第2話

 次に彼女に会う機会が訪れたのは、1週間後の授業のときだった。今度は時間ギリギリではなかったけれど、教室に彼女の姿を見止めて、私はその隣に立つ。今回は肩を叩くまでもなく、彼女は顔を上げた。



「隣、いい?」



「うん、どうぞ」



 彼女は椅子を軽く引いて、散らばってもいない荷物を自身の方に寄せる。今日はイヤホンをつけていなかった。


 今日こそはReLiの話をするぞと意気込んできたのだけれど、いざしようと思うと緊張する。何かわかりやすいグッズでも身に着けていてくれたら聞きやすいのだけれど、ReLiからそういうものは出ていない。



「あ、あのさ」



 意を決して声をかけると、彼女はまっすぐ私を見据えた。真っ黒い瞳をこちらに向けて、私の言葉を待っている。



「この間、ReLiの曲聞いてなかった?」



 そう言ってから、自分が盗み聞きしたようで気持ち悪いなと気が付いた。彼女は驚いたように目を丸くしている。



「ReLi、知ってるの?」



 彼女の声は、やっぱりReLiのものに似ている。それと同時に、やはり彼女もReLiのことを知っているらしいとわかって嬉しくなった。



「うん、知ってる。最初の曲出したときから聞いてて、もう3年くらい? ずっと好きなの」



「すご、古参じゃん」



 彼女の表情がふっと緩んだ。それと同時に、聞かれてもいないことをべらべらと話しすぎたかなと恥ずかしくなる。今まで周りにReLiのことを知っている人がいなかったから、つい興奮してしまった。



「ReLiのどこが好き?」



 そんな私の焦りを見透かしたように、彼女はそう話題を振ってくれる。私ばかりが話しすぎるのもどうかと躊躇ったが、私の言葉を待つように微笑んでいる彼女に促されて、私は引かれませんようにと願いながら口を開いた。



「まず、声が好きなの。最初に歌を聴いた時に、その声がすごく好きだなって思った。ハスキーで、体の芯に語り掛けてくるような声が。投稿されてすぐに知ったから、新曲が出るまで新しい歌が聞けなくてじれったかった。

 もちろん曲も好き。テンポもいいし、歌詞が好き。全部1人で作ってるの、本当に信じられないって思う。実はReLiって3人くらいいるんじゃないかな」



 私の話を、彼女は口元に笑みを浮かべながら、うんうんと聞いてくれている。思ったより熱量の高いオタクに話しかけられて鬱陶しいなとか思われていないだろうか。実はたまたま聞いていただけだったのにとか。そう考え始めるとなんだか不安になってきて、私の喋りの勢いは落ちた。



「あ、あのさ、あなたはReLiのどこが好きなの?」



 自分だけが語っているイタいオタクになるのが嫌で、恐る恐る彼女にもそう話を振る。彼女は黒いネイルで彩られた指先で自分のことをさして、軽く首を傾げた。もしかして本当に、オタクの話に付き合っていてくれただけなのだろうか。


 彼女は耳元のピアスをいじりながら、話すことを悩んでいるようだった。自分と同じくらいReLiのことが好きじゃなくてもファンであることに変わりないなら私は嬉しいのだけれど、やっぱりあれだけ語られたあとだと口に出しづらいのかもしれない。それとも、普通にぐいぐい来られて面倒だったのか。適当にかわそうと思っていたのに、話を振られて困っていたらどうしよう。


 私がそうやきもきしていると、彼女はいたずらっ子のように目を細めて笑った。その表情に、なぜだか心臓がはねる。



「実は、私がReLiだって言ったら、どうする?」

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