第54話 心がぽっかり。空もぽっかり。

「安らかに眠ってくれ……」


 俺たちは、お墓の前で冥福を祈っていた。

 この世界では、お葬式という概念がないらしい。

 理由はいろいろあるだろうが、そもそも人間たちは寿命が短いので、悲しんでいる暇がないのかもしれない。

 あいらんたち悪魔も、葬式をしたことはないそうだ。この葬式は自主的に俺がやっている。

 火葬をする習慣もないが、魔法で遺体を燃やし、土に埋めた。石を置いたくらいだと虫か魚の墓に見えるので、まな板に「シンシャ」とカタカナで文字を書いて刺している。

 喪服もないから、みんななるべく黒い格好をしている程度。

 全員が冥福を祈っているはずだが、誰かが俺の脇腹をつついた。あいらんだ。


「これ、なに?」

「祈ってるんだ」

「祈るってなに?」

「天国に行けるようにって」

「天国ってなに?」

「亡くなった後に行く場所だよ」

「それはこのお墓ってやつじゃないの」

「魂が天国に行くんだよ」

「魂ってなに?」


 そうなるよなー!

 そうなっちゃうよなー。葬式とか墓の概念ないんだもん。話が通じませんよね。

 これはあいらんがふざけてるわけではなく、みんながそう思っているのだろう。このやりとりをチラチラ見ている。

 そりゃそうなのよ。だって葬式の概念ないんだから。意味分かんないだろうよ。

 宗教がないから、天国の概念もない。説明は難しいな。

 きっと、そういう一般的な説明はいらないんだ。

 俺が思っていることを言えばいいんだな。


「まあ、なんだ。シンシャが亡くなって悲しいじゃん」

「そうだな……」


 うつむくあいらん。人間なんてどうでもいいと思っていたあいらんが、人間の死を悲しんでくれている。

 人間が嫌いだった、ゆきうも。しまんも、みんな。目頭が熱くなる。


「みんなでこうやって悲しんで、ちゃんとお別れしたほうが、気持ちが楽になる気がしないか。忘れるためじゃないよ。言えなかったサヨナラを言うんだよ」

「そういうことか」

「なるほどね」

「確かに目を閉じて手を合わせると、より真剣に思い出せるね」


 この説明でよかったみたいだ。

 あいらんたちも、人間たちも、手を合わせて祈っている。小さな声で「さよなら」とか「ありがとね」とか呟いている。俺もお別れを言おう。

 シンシャ……昨日も解説してくれてな……。

 5連戦全部見せてあげたかったが、ラストの5回戦目をする前にシンシャは旅立ってしまった。

 それでも最後に見せられてよかったと思う。あと1週間遅かったらと思うと……。

 こうなってくると、一刻も早くアカネに会いに行きたい。もう亡くなってるかもしれないが……。

 今日は、シンシャ王女サヨナラ興行だ。試合を待ち望んでいるのは王女だけじゃないからね。


「シンシャ王女のために、俺は勝つぞー!」

「「わあああああああああああ!!」」


 シンシャ、聞こえてるかこの声が。

 町のみんな全員が、お前のことを好きだったという証だ。


「なんの、こっちだって負けないぞー!」


 あいらん……。長い金髪をたなびかせ、腕を振り上げる。かっけー!


「勝つ……」


 しまん……。静かな闘志を感じさせる、すらりとした立ち姿。クール!


「やるぞおー!」


 ゆきう……。おだんごの黒髪に、頬を紅潮させて両手を握った。かわいい!


「そうですね。全力でいきましょう」


 つるや……。上品に、優雅に微笑んで。それでいて闘志にあふれている。エレガント!


「ボクもやっちゃいますよ!」


 ふんにゃ……。いつもながらボーイッシュで元気いっぱいだ。ポップ!


「ふふふ……かかってこい」


 わかるてぃ……。一番のちびっこがラスボスさながらの仁王立ち。ファニー!


「よっしゃ全員! まとめてかかってこいやー!」

「「わあああああああああああ!!」」


 ラストマッチは俺と他全員。これがお約束となっている。

 昨日までは俺は一度も負けていない。というか、負けるわけがないマッチメイクをしてるといってもいい。

 俺自身、勝つか負けるか。楽しみにしてるのが、ラストマッチなんだ。


「よっしゃああ!」


 最初に殴りかかってきたのがマスクをつけていない、そのまんまのわかるてぃ。

 そこへ俺はタックル。そのままジャイアントスイング。


「最初からそんな大技を!?」


 驚くつるやに、わかるてぃをぶん投げる。


「「わあああああああああああ!!」」


 大歓声。ここでポーズでもかましていいんだが、今回は勝ちに行く。

 右腕を」の形にしたまま、腰を落としてしまんにダッシュ。そのまま腕を首にぶつけて走り抜ける。


「アックスボンバー!」


 アックスボンバーは、アックスボンバーと叫んでやるのがマナーです。

 これで3人ダウン。このまま圧勝だ!


「とー!」

「ぐふっ」


 背中にあいらんのドロップキックが決まった。コーナーの隅に追いやられる。


「やー!」

「がは!」


 みぞおちに、ゆきうの前蹴り。体重の乗ったいいケリだ。


「てい!」

「!」


 ダッシュで飛んできた、ふんにゃの膝蹴り。痛すぎる。こいつら強くなりすぎ。


「よっしゃ行くぞー!」


 わかるてぃが叫ぶ。

 復活したしまんとつるやが俺の足を掴んで引きずる。

 ふんにゃとゆきうが、腕を絡め取る。動けません。


「いけ―!」


 あいらんが、しゃがみこんでジャンプ台になり、わかるてぃが飛ぶ。俺に向かって~、フライング、ボディー、プレス! ぐふうー!

 わかるてぃの小さなボディでも、防御できない状態で、上から降ってきたら効くよ。


「「1!」」


 観客のカウント。俺は1で返す。なんとか上げた右腕だったが、すぐに腕ひしぎ十字固めにかけられる。

 両足は、アキレス腱固め。


「う、うおおおおお!」


 3人から関節技を決められるやついる? いねえよなあ!?

 

「そいや」


 わかるてぃのエルボードロップ。立ってる状態から、寝ている俺の腹に肘を落とす技です。痛いです。


「ほいや」


 あいらんのエルボードロップ。痛い。


「そいや」

「ほいや」

「そいや」

「ほいや」

「そいや」

「ほいや」


 うおおおおお!? 餅つきか!!! 餅つきのリズムでエルボードロップ!!!


「いまだっ」

「いくぞっ」


 両足のアキレス腱固めが解除され、そのまま二人がかりでフォール! 

 

「「1!」」

「「2!」」


 か、返すぞ!

 そう思った瞬間。

 体重がどんと乗った。6人がかりー!


「「3!」」


 負けたー!

 久々に、負けたー!

 いや、完敗ですよ。


「勝ったぞ、シンシャ―!」

「勝ったぞ―!」


 負けたぞ―! 負けたぞ、シンシャー!

 見ててくれたか、こいつらがまた俺に勝ったぞ。そして、そしてな。


「「うわああああああああ!!」」


 観客はみんなスタンディングオベーションだ。最高だ。最高だよ。お前の町の人たちはよ。

 ああ、空が高いなあ。

 見えてるかなあ。

 この最高の光景をさ――

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わからせ勇者 暮影司(ぐれえいじ) @grayage14

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