第22話 はいはい、そうこなくっちゃね?

 ――油断していた。

 どくどくと、流れる血。

 ここが異世界だと。

 相手が悪魔だと。

 そういうことを、一切忘れていたのだ。

 痛い、痛い、痛い。

 ああ、ここがゲームの世界ではなく。

 俺が人間以外の存在に転生したわけでもなく。

 ただ、男子高校生がありのままに転移しただけ。

 正しい方法で攻撃されれば、本当に痛いのだという当たり前のことを忘れていた。

 

「痛い? 痛いんだ?」


 少女は俺を見上げて、にやりと笑う。

 なぜ攻撃してこないと思った?

 なぜダメージなど無いと決めつけた?

 武器がないから、魔法が弱いから。

 だから俺は無敵だと。

 だから俺にピンチなど訪れないと。


「あああああああ!!」


 俺は馬鹿だ。バカにもほどがある。

 なぜ一撃で終わりだと思った?

 これだけ苦痛だとわかる顔で、悪魔に効いていると思わせて。次の攻撃が来ないわけがない。

 あまりの激痛に耐えきれず、思わず彼女を開放した。

 左の脚と左手で抱き込むように抱えていたため、体を動かすことはできない。

 武器も無ければ、魔法も効かない。

 もう勝利を確信していたのだ。それが命取りとなった……。


「痛ええええええ!」


 絶叫する俺。

 その様子を見ていた実況と解説。


「その手があったか」

「いやー、すごい攻撃だーっ! まさか、まさかそんな動物みたいな攻撃方法。考えたこともなかったーっ!」


 そう。そうなんだよ。

 武器だの魔法だの。そんな高等な、人間らしい攻撃よりも。

 単純な、獣のような、いわゆる子どもの攻撃。それが有効だったのだ。


「おーっ、効いた? 効いたかー」


 まるで勝ち名乗りのように左手を掲げた。頬は紅潮しており、興奮気味。運動会のかけっこで優勝した園児のような笑顔だ。

 ゆきうは、中学生の中でも一番の童顔というくらい子どもっぽい顔をしている。無邪気だが、攻撃も無邪気だった。

 彼女の攻撃方法とは……


「とっさに噛み付いただけだけどねぇ」


 そう。噛みつき攻撃である。

 考えてみれば、なんでもありの総合格闘技でも金的と噛みつきは禁止されている。反則になるくらい強力な技ということだ。

 俺の左腕には、歯型が2つくっきりとある。


「あー、痛い。超痛い」


 痛みがあることを打ち明ける。

 ちょっとうれしくもあった。

 このまま、尻を叩いてわからせるだけじゃ、圧倒的すぎる。まさに、歯ごたえがないというやつだ。

 しかし、噛みつきかー、この世界に来て一番痛かったね。

 この痛みが、右手に力を与えてくれる。

 いや~、やっぱりさ、あまりにも弱い相手には本気出せないよ。

 やられたから、やりかえせる。倍返しパワー!


「うおおおお! 俺の右手が光って唸るぅ! お尻を叩けと轟き叫ぶぅ!」


 超必殺技モード発動!

 書籍化したらここに挿絵が入ります!

 ゲームだったらスキップできないアニメが入ります!


「早くしろ」

「いつまで手を振り上げているんだ……」


 うるさいぞー。俺はいまテンションマックスなんだぞ。


「ぜ、ぜんぜん、逃げられない……すごい力だよ~」


 俺は右手にパワーを注いでいるが、ゆきうは動かないように掴んでる左手を評価しているようだ。

 そんなもんじゃねえぞ……俺の必殺お尻ペンペンを喰らえーっ!


「あんぎゃああああ~!」


 この世界で、いや生まれて初めて聞いたボリュームの叫びです。

 ゾクゾクするぜ……!


「うっわー」

「いったっそー……」


 あいらんとしまんは、痛みを想像してしまうのか目を閉じて悶絶している。

 こんなもんじゃねえぜ。


「おりゃあああああ!」

「あああああああああ!?」


 尻を叩いた右手が痛い。ジンジンとする。

 だが!

 わからせるまで、尻を叩くのをやめない!


「わかった、わかったから! もうわかったから!」

「うおおおおお!」

「いったあああああい! いたいってー! あーん!」

「ゆきうが、わかるまで、やめないっ!」

「だからわかったって! もうやめて! いたいよー!」

「うおおおおりゃああああ!」

「うえーん! いたいよおー!」


 わからせる、わからせるのが俺の正義だ!


「ちょ、ユウ!」

「やりすぎだから! 怖いって!」


 あいらんとしまんが飛びついてきた。

 ふーむ。ふたりから同時に抱きつかれるのは……いいですね。

 ヒリヒリする右手で、あいらんの長い髪を撫でる。


「わたらせゆ、ここまでやらなくても」

「わからせないといけないからな……」

「ひーん! もうわかったって!」


 ゆきうは泣き顔が非常に似合っていた。

 ちょっと太めの眉毛が歪み、白くてぷにぷにのほっぺが赤くなり、玉のような涙がぽろぽろとこぼれている。

 メスガキだから涙は似合うのだが、ゆきうは特にたまらないものがある。


「もー、痛すぎるよお~」


 開放してすぐに、ゆきうはお尻を手で抑えた。


「がぶってしたの、怒らせたね」

「わたらせゆは、絶対に怒らせないようにします……」


 しまんとあいらんは、ビビりまくっている。いい機会になりましたね。


「よしよし、わかったんだね。撫でてあげようね」

「いらないよ~」


 拒否するとはね。


「撫でて、あげようね」


 にっこりと、ゆっくりと、まったく怒ってないですよ、という顔と口調でゆきうの肩をぽんと触った。

 なぜか、あいらんとしまんはゴクリと息を呑んだ。


「うっ……はい、ありがと……」


 どうやら、本当にわかってくれたようです。

 

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