第9話 キスをせがんで背伸びされたら、もう負け。

「ほ~ら、水だぞ。水! ほしいか、水が~」

「「おお……水だ……」」

「あいらん様、お水をくださいって言えばやるぞ~」

「「あいらん様~、お水をください~」」

「あはははは! 超ウケる~!」


 メスガキだなあ……。

 あいらんは川から運んできた水を人間にわたす際、最高潮に調子に乗っていた。

 とはいえ、これは大きな一歩とも言える。いままでのあいらんと人間たちに比べたらコミニュケーションとして大進化だろう。水風船をぶつけるのがお似合いなんですよ。

 俺とあいらんが運んできた水の量はせいぜい5リットルというところだろうが、この小さな人間たちには十分であるようだ。人間たちは小さな桶に水を入れて帰っていく。

 セリフはあれだが、やってることはめちゃくちゃボランティア。あいらんも少しは人間にメリットを与える良さがわかってくれるだろうか。


「ひー。川で汲んだ水をありがたがってるよ。ザコすぎる~!」


 腹抱えて笑ってるよ……。まあいいか、慈愛に満ちた眼差しを悪魔に期待する方がバカだ。


「さ、次は食料の供給だ」

「あー。魚でいいんだっけ? 釣ればいいのに」


 俺たちは簡単に魚を釣ることができるが、彼らには難しいだろう。川にいる魚はこの世界の人間と同じか、魚の方がでかい。

 しかし、あいらんがあんまり乗り気じゃないな。よし。


「あいらんの作る蒸し魚はめちゃくちゃウマいからな。人間はおそらくあんなウマいもの食ったことないだろうから、感激して死ぬかもしれないな」

「あはは! いくら人間が弱くても死にはしないだろー! しかし、そうかそうか。人間はウマいもの食ったことないかー。そうかもなー。かわいそうになー!」

「そうそう、食わしてやろうぜ。あいらんの最高にウマすぎるやつをな」

「しょうがないなあ~」


 よし。ノリノリになった。歩くときに手と足がピーンと張っていて、見るからに機嫌が良いぞ。

 ここで一句。「メスガキは 褒めて調子に 乗らせとけ」

 でもね、機嫌がいいあいらんと一緒にいるのは楽しいんですよ。

 水と魚料理を人間に振る舞い、パンツを作ってもらう。最初の人間と俺たちの最初の取引はうまくいきそうだ。


「勇者様~!」

「勇者様を呼んでくれ~!」


 ん?

 なんか俺を呼ぶ声が聞こえるな……。

 ひょっとしてパンツが出来たのか!?

 こりゃ釣りどころじゃねー!


「いくぞあいらん!」

「おお、なんだなんだ、きんきゅーじたいってやつか?」


 パンツを履く。それは緊急事態とはほど遠い日常だが、テンションはマックスですよ。


「どうした、どうした。勇者様のおとおりだい!」


 意気揚々と声の方に向かうと……


「ん? お、あいらん。ってか、デカっ」


 あいらんと違う悪魔だった。

 レンガ道のド真ん中で人間を握っている。


「知り合いか?」

「ん。しまん、ってヤツだ」

「へー。友達か?」

「違う。話あわない」


 ふーん。

 確かにキャラは全然違うっぽい。見た目もかなり異なる。

 丸顔でぷにぷにした感じのあいらんと違い、彼女はスラッとしていてモデルのようなカッコよさがある。顔の輪郭もシュッとしていて、細っこい感じ。

 目もあいらんはタレ目だが、しまんという娘はツリ目だ。鼻もまるっこいあいらんと、ツンと高いしまん。愛嬌のあるたぬき顔のあいらんに対し、クールなキツネ顔。見事なまでの対比だ。太陽と月。


「助けてください、勇者様」


 小さなおじさんたちが助けを求めている。


「なにをされてるんだ?」

「わ、わかりません! チャパツはなにか奪うことはなく、いつもこうして俺たちを!」


 ふーむ。どうやら、人間たちは悪魔を髪の色で呼ぶんですね~。確かにあいらんは金髪で、しまんは茶髪だ。


「おい、しまん」

「……なに」


 ハスキーとまでは言わないが、声もあいらんとはだいぶ違う。あいらんはキンキンとするくらい高くて子どもっぽいが、しまんは透き通るような静かな声だ。

 

「人間に何をしているんだ」


 あいらんは人間をなんとも思ってない。扱いとしては虫みたいなもの。人間から食料をゲットするのは、蜂からハチミツをもらっとく程度に考えている。

 それでもあいらんは楽しそうに人間と接している。このしまんの氷のような無表情をみる限り、もっと冷徹なのだろう。


「……遊んでる。かわいいから」


 ……ゑ?

 カワイイ?


「小さいおじさん。かわいい」

「ひい~」


 しまんは小さいおじさんの腹をぷにぷにして遊んでいた。ええ?


「おじさんのどこが可愛いんだよ~。意味ふめい」


 あいらんはヤレヤレと両手をあげる。なるほど、話があわないっていうのはこういうことでしたか。

 

「おじさんが怯えてるじゃないか」

「怯えてるところもかわいい」


 うーん。メスガキよのう……。あいらんは人間を虫くらいに思ってるとして、しまんはハムスターとかモルモットとかくらいの扱いっぽいな。


「やめなさい」

「は?」


 メンチ切られたぞ!?

 もともと無表情の女子に睨まれるのこわっ。

 あいらんより背が高いし、ひょっとして結構強い可能性も……?


「おい、あいらん」

「どした」

「あいつ強いの?」

「知らん。けど、わたらせゆには勝てないよ」


 ちょっと自慢げに言うしまん。なんか嬉しいな。


「なに? あんたなんなの?」


 人間を放り出し、俺の前に。下から見上げるように、いわゆるメンチ。うーん……。いや、やっぱりキレイな顔してるな……。


「わたらせゆは、強いよ」

「は? あんたに聞いてないんだけど」


 やだー、メスガキが争ってるー。あいらんの態度は嬉しいんですけどー。


「まあまあ。俺は人間に召喚された勇者なんだ」

「へえ。じゃ、悪魔の敵じゃん」


 睨まれる。できれば、このしまんとは喧嘩せずにわからせたいところだ。やっぱりちいさな女の子に暴力を振るいたくはない。


「いや、俺は悪魔とも仲良くやりたいんだ」

「は? なに? なんなの?」

「あいらんはわたらせゆと仲良しだぞ。いいだろ」

「あいらんはちょっと黙っててくれ」

「ほら、見ろ。ちゅーするぞ」

「するな!」

「ちゅーしたら、羨ましくなって、しまんは降参する」

「え? マジ?」

「ほら、ほら」

「しょうがないな……」

「ん、んー」

「ふう……」

「やはり気持ちいいな」

「よし。じゃあ、しまん。降参するな?」

「するわけないじゃん。バカなの?」

「おい! あいらん!」

「やっぱ、しまんは話あわないな」


 こうして、結局俺はしまんと戦うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る