わからせ勇者

暮影司(ぐれえいじ)

第1話 その小さな祈りに、応えることにした。

「勇者様だー!」

「召喚に成功したぞー!」

「でけー!」

「マジでかいぞー!」


 なんだ?

 ピーチクパーチク、うるさいな……。


「勇者様はまだお眠りのようです。静かにしましょう」


 そうだよ。俺は眠いんだ……


「ってナニ一ッ!? 俺が勇者だってーッ!?」


 飛び起きた。

 夢の中ではなく、現実の方からそう聞こえることなんてないだろう。

 転生か、転移か。

 なんにせよ、異世界の住人が俺を待ち構えているのだ……


「うるさっ」

「声でかっ」


 ……おお……?

 そこにいたのは、間違いなく異世界人だ。

 間違えるはずもないほど。

 それはエルフのように耳が長いとか、翼が生えてるとか、そういうことではなく。

 小さい。

 妖精と呼ぶ方がしっくりくるくらいに小さい。

 なんといったらいいのか、大きめのフィギュアよりは大きいというか……なんというか……。ようやく歩くようになった赤ちゃんくらいか?

 しっかりした大人がそのまま小さくなった感じは、かなりインパクトがある。異世界だとそういうこともあるか……。

 男女含めて10人ほど俺を取り囲んでいた。服装はまさに異世界というイメージにぴったり。貴族っぽいっつーか、剣と魔法の世界のゲームっぽいっていうか。

 

「勇者様」

「おっ、はい」


 近づいてきたのは、お姫様っぽいというか、賢者っぽいというか。白いローブの上に緑のマント、杖とティアラという出で立ちだ。にじみ出る上品さからして、身分が高そうです。

 俺はまだ寝たままなので、これは失礼になりそうだ。

 とりあえず正座することに。立ってしまうと相当見下ろしてしまうことになるからだ。

 建物は大聖堂といった印象だ。大きさはうちのリビングくらいしかないが。彼女たちにとっては十二分にデカイのだろう。

 向き合った相手は、まあ美しいというか可愛らしいというか。つややかな深い緑のロングヘアに、大きな目と小さな鼻、薄い唇。年齢は一七歳くらいだろうか。スタイルもスレンダーながら、適度に出るとこは出ている。アイドル顔負けという感じ。

 しかしながらなんせ小さいので、よくできた美少女フィギュアという印象しかない。恋愛の対象にはならないだろう……。胸も相対的には大きいかもしれないが、俺が触るとしたら小指で撫でることになる。


「異世界から来ていただいてありがとうございます」


 そうか。彼女からすれば俺たちがいた世界が異世界か。

 俺は異世界モノには詳しいので、いたって冷静だ。


「私は、このエール王国の第四王女です。召喚主になりますので、マスターとお呼びください」


 ……勇者様と呼ばれてるのに、姫様をマスターって呼ぶんすか。なんか一気に召喚獣になった気分だが……。


「俺は渡良瀬勇わたらせゆうと言います」

「変わったお名前ですね。呼びにくいので、勇者様とお呼びしてよろしいですか」

「あ、はい」


 名乗った甲斐がないというか、あまり好感度がないというか。

 異常に他人行儀というか、なんというか。

 ようするに異世界ハーレムのフラグが一切立つ気配がない。

 まー、彼女にとって俺は巨人だもんな。俺だって20メートルもある女の子が相手なら、ビビるかもしれん。


「ちょっとこの世界のことを聞いても?」

「そうですね。知っていただく必要があります」


 とりあえずみんなが小さいってことはわかるのと、重力や空気などはおそらく地球と変わらないことはわかる。

 彼女以外の小さな人たちは退出していった。

 二人きりで話をさせてもらえるようだ。

 まずは、基本的なことの確認だ。


「俺は、転生じゃなくて転移ってことでOK?」


 そう。これが一番大事だろう。

 鏡もないし、俺が今どういう状態かわからない。

 これは転生したら巨人でした、っていう話なのか?


「……そう言われてもよくわかりませんが……召喚させていただきました」

「あ、そっか。そうだね」


 はいはい。俺は召喚されたってワケ。

 つまり俺は俺のままだ。生まれ変わっていない。

 次に確認すべきは、レベルだな。


「レベルは? スキルは? ステータスとかアイテムボックスはどうやれば?」

「……すみません、なにをおっしゃってるのか……」

「あー」

 

 そうだ、神様じゃないから。

 なんでも知ってるわけじゃないんだろう。

 しかし、言葉が通じるのはそういうスキルを持ってるからだと思っていたが。

 スキルはないのか……?

 でもあれでしょ、特別な力があるんでしょ。だって言葉が通じるんだから。


「言葉が通じるのは、魔法かな?」

「あ、そうです。よくおわかりで」


 ヒューッ!

 魔法があるってさ!

 いいじゃない、俺はスキルより魔法で無双したいタイプなんだよ~。

 俺は魔法使いだッ!


「言葉が通じるように召喚できる魔法なんです。うまくいってよかった」

「あ~、そっち? そっちの魔法ね?」


 あぶねー。なんか勘違いするとこだったわー。

 まあでも、俺にもなんかあるんでしょ。勇者様なんだから。


「でも、俺も使えるんだよね? 魔法」


 ちょっと心配になりますねえ。

 彼女は少しだけすまなさそうな顔で俺を見上げる。


「勇者様の世界には魔法がないらしいので、この世界でも使えないと思います」

「ええーっ!?」

「我々にとって、勇者様がこちらの言葉をしゃべっているように思えるというだけで、勇者様は召喚前と何一つ変わっていません。もちろん大きさもです」

「ええ~」


 おいおい、そりゃないでしょ。

 異世界に転移で、スキルもステータスもレベルも魔法も無し!?

 単なる召喚!?

 普通の高校生の俺に、一体この世界でどうしろっていうんだよ。日本の美味しい調味料でも作って売るのか? ポン酢とか焼肉のたれで無双するのか?

 目的はなんなんだ?

 そうだ、それを聞かないとな。


「それで俺にどうしろっていうんだ。召喚した目的は?」


 まさか本当に調味料を作ってほしくて呼んだわけじゃあるまい。

 とはいえ、なにも魔王軍と戦ってくれと言われるわけじゃないだろう。


「魔王軍と戦ってほしいのです」

「ええーッ!?」


 うそだろ~。

 無理に決まってるじゃん。そういうのは神様からいろいろ授けてもらったやつがやることだろ~。

 もしくは女神様がパーティーにいるとか……あっ?


「召喚されたのは俺だけじゃないとか?」


 それか。俺は魔法使えないけど、魔法使える仲間がいるのか。

 魔王軍を相手にソロプレイなわけないもんな。


「いえ、召喚できたのは勇者様だけです」


 いないってさー!


「必要な魔石も無くなってしまったので、もう召喚できません」


 俺だけだってさー!


「一人で魔王軍と戦ってください」


 ソロプレイだってさー!

 だとすると?

 俺が一人で魔王軍と戦えるとしたら?


「うーん……ひょっとしてなんか伝説の武器とかがある? 一振りで倒せる勇者の剣みたいな?」


 そのパターンあるよ?

 それだったら確かに無双できるよ?

 なぜか異世界から来た俺だけが使えるチート級の武器。


「ないです」

「ないんだ」


 いや、もはやあまり期待してなかったよ。

 どうせ無いと思っていました。

 それにしてもこのマスター、ちょっと冷たくない?

 なにこの塩対応。あるわけねーだろくらいの言い方なんですけど?

 召喚して魔王軍と戦えとかいう無茶な依頼してるとは思えないぞ。


「というか……そんなに大きいのに、魔法とか武器とか必要あります?」

「え?」


 大きい……まあ、確かに彼女に比べたら巨人なんだろう。


「こちらの世界では、勇者様ほど大きな動物は見たことありません」

「動物」


 俺はアフリカゾウかなにかですか?

 確かにそんな扱いに近いぞ。勇者というより召喚獣だと思ってるよね?


「わたしは魔法が使えますが、そんなものは勇者様にとっては児戯に等しいことでしょう。試しに火の攻撃魔法!」


 突如、呪文を唱え始める少女!

 なんかそれっぽいことをゴニョゴニョ言いながら、杖を振りかざすと、回りの空気が動き始めて服がたなびく。

 カッコイイ!

 なにこれ、超カッコイイじゃん!


「くらえ!」


 カッコイイけど、俺に「くらえ!」っていうのはどうかな?

 俺が勇者様だってこと忘れてない?

 ってか、やばい、魔法くらうのかよ俺!?

 すると彼女の杖から、火の玉が……飛んで正座してる俺の膝に当たった。


「あっつ」


 熱いよ。

 だが、まあ、それだけだな。

 線香花火してて落ちた玉が足の甲に当たったことを思い出す。


「これが私達の使う攻撃魔法です。どうですか?」

「ああ。まあ、そうだね。児戯に等しいね」

「……ですよね」


 畏怖の目で俺を見る。

 彼女にとって、俺はドラゴンかなにかに思えるのかもしれない。

 仮にドラゴンを召喚して、ドラゴンが仲間や武器を欲しがったら、首をひねることだろう。

 そんなもんいらないだろ、って。

 特別なことをしなくたって、握りつぶせばいいだけだ。


「仮に勇者様が私達を攻撃しようとしたら、まさに赤子の手をひねるようなものでしょう」

「うーん。ま、そうかも」


 大きさが赤ちゃんだもんな。

 なんなら顔は赤ちゃんより小さい。


「私達が勇者様と戦おうとしても、放り投げるだけで殺されるでしょう。何百人で攻撃したとて、文字通り蹴散らされるだけです。勇者様はいまのままで最強無敵です」

「ああ……ま、確かに……」


 単純に体がデカイ。

 それだけでチートってことか……。

 彼女は祈るようにその小さな手を合わせた。


「魔王軍の悪魔たちは、私達より大きい。そして、とても凶悪です。しかし、勇者様から見たらおそらく……メスガキにしか見えないでしょう」

「メスガキ?」

「ええ。見た目は小さな女の子なんです。とびっきり性悪な」

「はあ」


 魔王軍の悪魔が、メスガキ?

 なんの冗談かと思うが、彼女の目は真剣だ。


「悪魔たちは基本的に死ぬことがありません」

「え? 不死身ってこと? じゃあ勝てないじゃないか」

「ですので、わからせて欲しいのです」

「わからせる?」


 彼女は、まるで女神のように微笑む。


「ええ。圧倒的な力で、徹底的に力を誇示して、二度と逆らう気なんて起きないくらい、ギッタギタのコテンパンにぶちのめして欲しいのです!」

「……お、おお……」


 こうして俺は、メスガキ悪魔をわからせる勇者になった。

 

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