第14話 呼極

のばせ、呼極」 


 顕現を唱えるシエラ。それと同時、空間が歪み始めた。


 呼極とは、神のみが所持できる特殊な具装ぐそう――神具である。神具は、魔力に依存せず事象を改変・創造することができる。


 そして、呼極は神具の最高峰とされ、その効果は三つある。

 1.魔法の増幅

 2.魔法の拡張

 3.魔法の反転


 今回、シエラが選択したのは2.の魔法の拡張。

 シエラは、魔法の出力の指向性を操作できない。つまり、全力を出せば周りにいる人間を否応なく巻き添えにしてしまう。そのため、自分の魔法の出力範囲を完全にコントロールするために魔法の拡張を選択した。


 だが、シエラは自分の魔法を勘違いしている。シエラは“物体”に対し、斥力を働かせることができると思っているが、実際は“クォーク”に対して斥力を働かせている。

 クォークは物体の最小単位、原子核を構成する陽子と中性子をさらに構成する粒子である。

 シエラが魔法の出力範囲を自由に設定できない理由はここにある。

 もし出力範囲を設定しようとすると、無限に存在するクォークを一つずつ選び取る手間が発生し、その負荷に耐えきれず脳が焼き切れる。そのためシエラの魔法には出力範囲の設定は組み込まれていない。


 だが今回、シエラは呼極を使って、その制限を無理やり解除した。

 その瞬間、シエラの脳は悲鳴を上げた。クォークを一つずつ選び取る作業が脳に強制された。解析と演算をつかさどる前頭葉。それが軋む――。


 家の中にいる二人だけを避けて魔法を放つだけでもこれだけの負荷。シエラは何度も気を失いかけるが、ゼシルを殺すまで死ねないという執念の元、なんとかこらえる。


 だが、シエラの視界には微笑むゼシルがいた。勝利を確信した表情。そのとき、シエラの目の前に一人の男が投げ出された。


 それは――生きた人間。まだゾンビにされていない無垢の人間。


 シエラは救える人間を救う。だから演算をやり直すことにした。

 脳が焼け焦げるのを感じる。本能的に演算を中止しようとするが、理性でそれをなんとか押し留めた。


 演算が終了した。その間わずか3.14秒。シエラは、妃とホロン、そして投げ出された人間の3人以外の全てに斥力を浴びせた。ゼシルはそれを肉の壁で防ごうとするが、無意味であった。絶対的な破壊からは逃れることはできない。ゼシルは斥力に押しやられ、悲鳴を上げる暇もなく消えた。


 なにも残っていなかった、シエラが出力範囲外に指定した3人以外は。

 全くの更地。そこに太陽の光が差し込む。上空を望むと、そこだけ雲がなく、美しい真円が出来上がっていた。そして、スポットライトのように露わになったシエラは手をつき、地面にひれ伏していた。


 シエラの前頭葉は、およそ8割が破損。自らの魔法の本質を見誤ったがゆえの傷。シエラはゼシルを殺すことができたと安堵し、そのまま永遠の眠りに就こうとした。

 ――だが、許されなかった。


 見知らぬ男が真横にいたからだ。その男は仮面を被っており、腕には篭手こてを装着していた。仮面男は拳を握り、シエラに襲いかかろうとしていた。


 ――誰だ


 もはや精根尽き果てたシエラであったが、最後の力を振り絞り、斥力のバリアを身にまとわせた。これで攻撃は防げる、そう思ったシエラだったが、そうはならなかった。


 仮面男の拳はバリアをものともせずに通過し、シエラへと触れた。確かな衝撃。――だが、そこに痛みはなかった。それを認識する前に、シエラの頭蓋が、吹き飛ばされたのだから。

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