第44話
名前を告げると、イージの妹は僕を居間にあげてくれました。イージの家の居間には、いちどだけ入ったことがあります。しかしあんまり記憶になく、イージの死からこの家にどんな変化をあたえたのかわかりません。ただ直観で、この妹はもう学校にいってないんだろうと思いました。
この直観がどこからきたのかわかりません。僕が訪れたのは土曜ですから、妹が外出してなくてもなんら不思議ではないのに。……もしかしたら、どこかしら不幸に対する相応の変化を期待していたのかもしれません。
話が逸れました。妹は、僕を居間にあげたものの、大した話をしませんでした。それでいて僕も、亡くなった友人の家にいるのですから、何も言えず、ただ気まずい、濁った空気が流れていました。
イージの妹は、ずっとうつむいています。それは思案をめぐらせているぼんやりで、そののち、彼女は僕に一冊の日記を渡しました。むろん、イージの日記です。高校生にしては古風ですが、イージなら日記をつけていてもおかしくありませんでした。彼はそういう古い文化を気に入ってもいたので。
僕は迷いながら、たどたどしく日記をひらきました。大事にしていたのか、ページの手触りはまだすべすべしています。読むと、イージらしい、軽快でシニカルなことが書かれていました。そしてそれはずっと続き、ついに最後まで笑い飛ばすような趣のままでしたが、しかし、終わりのページの欄外に、またあの言葉が居座っていました。『いいや、あなたたちは知っていた』。
僕ははっとして、顔をあげました。イージの妹は、もううつむいておらず、僕をじっと見つめています。……僕はあんなに深刻に見つめられたことはありません。見つめながら、彼女は夜のような深淵な思索をしています。何を考えているんでしょう? 僕は怖がってそれを訊きませんでした。わかっているのです。イージの妹は、彼の残した言葉、あの有刺鉄線に痛めつけられたユダヤ人とおなじ言葉を誰にむけたのか考えているのです。そして、僕がその相手なのではないかと。
そのときになって僕はようやく、イージの死についてまた考えました。さっきも言ったように、因果はどこからでも、意思さえあれば見いだせるものなんです。僕は、イージの死が、自分のせいではないかと思えました。しかし……正直にいいましょう、僕は、どこか快感だったのです。自分の胸に秘めた哀しみの、悲運のコレクションが増えた気がして。僕は最低の人間でした。僕は笑みだけはぜったいにしないようにして、その快感に浸っていました。
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