人魚姫は王子様を籠絡(おと)したい

市川 ありみ

第1話 よみがえる前世の記憶

深い深い海の底。ガラスのように透き通った水と、白い砂、珊瑚の森を色とりどりの魚たちが泳ぎ回っております。


 人魚の住む城は、そんな海の深い水底にあります。


 人魚の王様には6人の娘がいて、揃いも揃って美しいお姫様でした。中でも末娘が一番美しく、真珠のように白くスベスベとした肌と、海のように澄んだ青い瞳をしておりました。




 ――って私、何で人魚になった?




 いや、違うか。人魚の私――メッテに前世の記憶が蘇ってきたんだ。現に、生まれてきてからこれまでの記憶はきちんとある。


 いつも通り朝食を食べ終わって運動でも、と思って城を出て散歩をしていたら、海底火山の噴火に巻き込まれたんだっけ。

 吹き飛ばされて頭を思いっきり打ち付けて気絶。目が覚める時には前世の事を思い出していたというわけだ。


 さっき思い出した記憶によると、前世の私は社会人3年目。友達と海辺に遊びに来ていたら、波にさらわれた少年を助けようとうとしてお陀仏となった。

 ちょっと泳ぎが得意だったからってライフセーバーでもあるまいし、無謀な真似をしてしまった。一緒に来ていた友達は救助を呼んだのかな。ちゃんとあの少年は助かったのかな。もう知る由もない。



 それにしても溺れて死んだと思ったら、まさか人魚に生まれ変わるとはねぇ。


 これは俗に言う、異世界転生と言うやつなのでは?


 異世界転生と言えば悪役令嬢とかチート能力持った奴に生まれ変わるでしょ!

 何で私は人魚になんてなっちゃったのよ。下半身お魚ちゃんじゃない!


 まあ最近ではスライムに転生するくらいだから、上半身だけでも人の姿しているだけマシか。



 ふー、落ち着いて記憶を整理しよう。


 今の私は人魚の王様の娘で、6人姉妹の末っ子。お母様は小さい頃に亡くなって、お祖母様がいる。歌が上手くて、難波した船から落ちてきた大理石で出来た少年の像を持っている……



 あれ……? この世界はもしかして、もしかすると、あの有名な童話「人魚姫」の世界なのでは。


 そして私は、ラストで泡になって風の精霊になったあの、人魚姫なのでは?!


 メッテが貝のベッドでブツブツと独り言を呟いていると、侍女のエラが歓喜の声を上げて駆け寄ってきた。


「メッテ様!! お目覚めになられたのですね

。こんなに大きなたんこぶを作ってしまって、お可哀想に。お医者様の話では1週間もすれば治るそうですよ。他にお加減の悪いところはございませんか」


 頭を打ったせいで前世の記憶を思い出したけど、別に加減が悪いわけじゃない。むしろ話したら大騒ぎされそうなので黙っておこう。


「たんこぶがちょっと痛むだけで後は大丈夫よ」


「ああ、良かった。それでは私はメッテ様が目覚められたことを陛下に伝えに行って参ります」


 エラが部屋から出て行くのを見送ると、もう一度ベッドにゴロンと寝転ぶ。


 

 考えれば考えるほど、童話「人魚姫」と酷似している。でも、まだ決まった訳じゃない。

 私はただの人魚のお姫様かもしれないんだから。


 まっ、分からないことを考えたってしょうがないか。


 メッテは欠伸をすると、昼過ぎだと言うのにもう一眠りした。




******




「お父様、お呼びでしょうか」


 頭を打ち付け前世の私を思い出してから数日後、父親である王に呼び出された。


「メッテ、頭のケガは大丈夫かい?」


「はい、もうほとんど腫れはひきました。ご心配をお掛けしました」


 「それは良かった」と安堵のため息をつくと、お父様は仕切り直すようにコホンっと咳払いをした。


「それでなメッテ、お前も明日で16歳。掟通り明日の誕生日を迎えたら、お前も姉達の様に海の上に浮かんでも良いぞ」


 誕生日!! 前世を思い出すと言う衝撃的な出来事のせいですっかり忘れていた。


 これまでずっと、お姉様達が海の上で見聞きしたことに耳を傾けるだけしか出来なかったけど、いよいよ私も海の外の世界を見れるのね!


 前世を思い出したお陰で陸や海上と言うものがどんなものか知っているけど、この世界のは知らないしワクワクしちゃう。


 それに、童話では確か15歳で海の上に浮かべるはずだった。

 よしっ、やっぱり私はあの人魚姫じゃない。


「お父様、ありがとうございます」


「海の上は危険が沢山あるからね、十分に気を付けるんだよ。特に人間には見られないように。奴らにワシ達の姿を見られたら、何をされるか分かっもんじゃないからな」


「分かりましたわ。気をつけます」


「どうやら噂でお前の美貌と歌声の美しさを聞いたらしくてな。どうしてもと言って来るのだよ。ワシも断ろうかと思ったんだが、それがなかなか……」


 海の中にだって覇権争いという物はある。人間社会も面倒なように、人魚の世界も色々面倒なのだ。


 お隣の国と仲良くするために私は生贄になれってことね。そう言う為にお姫様って言うのは居るんだもの。諦めるしかない。


 分かりました、と返事をしてドヨンとした気持ちのまま部屋へと戻る。


 隣海の第2王子とは会ったことがない。妙なプレイが趣味でも、せめてイケメンだったら良いのになぁ。

 サメみたいにシャープな強面とかなら最高。ルリスズメダイみたいな綺麗系も大歓迎。カワハギみたいなアホズラだったらどうしよう……


 あぁ、これ以上想像するのはやめよう。いくら私が想像したところで、相手が変化する訳でもないし。


 頭をブンブン振って邪念をとばす。


 先のことより今の事よ! 明日は初めて海の上に行けるんだもの。とびっきりオシャレして行かなくちゃ。


 メッテはエラを呼んで、明日身に付けるアクセサリーや胸当てを選ぶことにした。

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