魔王と従僕の結婚生活

まゆずみ

第1話

私の感情は魔王城周辺の天気に現れると気付いたのは、つい最近のことだった。例えば機嫌の良い時は晴れているし、落ち込んでいる時は雨が降る。物語を読んでいると感情が変化しやすいからなのか、外は大荒れになっている、らしい。これについては夫兼従僕であるセオドアが言っているので間違いはないだろう。以前は自分の周りだけ天気が違うなんて現象が起きていなかったから、私が魔王になった時に先代の魔王様から継承した能力の一つなんだと思う。

まさか、天気で気持ちが分かられてしまうとは。

従僕として契約する時に、思考が一定距離以内であれば筒抜けになるようになってしまった。だからそれより離れていれば思考が筒抜けになることはないと思っていたのだが……。この能力を自覚してしまった今では、彼に四六時中思考が筒抜けになってしまっていることが、気恥ずかしくて仕方がない。ーーまぁ。彼になら筒抜けでも良いと思えるのは、私が彼に溺れるほど惚れているからか。

……そんな戯言はさておき。私の感情が空に現れるなんて能力があることが分かれば、それを利用して任意の天気に変えられるようになりたいと思うのは好奇心か、ただの暇人だからか。そんなことを出来るようになって何に使えるかは分からないが、任意の天気に私の感情次第で変化させられるのであれば、技術として学んでおくのは決して無駄ではないだろう。そう思った私はここ数日は魔王としての責務の合間に、天気を任意で操れるよう努めていた。何とか自分が望んだ通りの天気に変化させられるようになりつつあって、少しばかり浮かれていた。この調子ならどんな天気でも対処できると、そう思っていたのはつい一時間前までのこと。現在の私はというと、しんしんと降り始めた雪に頭を抱えていた。

雪は魔王になってから降っていたこともあったが、その時の状況を覚えているわけもなく、予測の立てようがない。ここから天気を変えられればもしかしたら候補の幅が狭まるのかもしれない。そう思い試しに書物を読んでも夫お手製のクッキーを食べてみても、雪は降り続いているまま。寧ろ荒れつつあるようにも見える。もしかしたらセオドアなら雪の時の心境を知っているのかもしれないけど、今は街に買い出しで出払っているため聞けない。

一体どうすれば良いのやら。

ぼんやりと窓枠で切り取られた雪が降る世界を見る。そういえば。夫と初めて会った時も、こんな感じで雪が降っていたことを思い出した。

あの日は突然職を失い、少しの所持金以外は手ぶらの状態で家から追い出され、雨が降る街を彷徨っていた。これでも順風満帆の人生……、とは言い難いが、国王お抱えの諜報機関に所属していた。だからこのまま一生職務を全うして職に困ることなんて金輪際無いと思っていた矢先にこれだ。確かに同じ諜報機関所属の先輩の裏切り行動に気が付いていながらも任務を遂行したのは悪かった。結果だけを述べるなら任務は達成したが、一歩間違えていたら確実に私は殺されていただろう。両親もその事情は知っていたようだが、それでも弁解の余地なく諸々の手続きを行い追い出された。

今回の件で不出来な娘だと認定されたのだろう。

自覚こそあまり無かったが相当ショックだったらしい。たかが空腹程度で動かなくなる筈がない身体が、段々動かなくなってきていた。空を見上げるといつの間にか雨が雪に変わっており、寒さも関係してるのか。と独りごちる。このまま目的地もなく歩みを進めるには体力も気力もなく、適当な横道に入り路地裏に姿を隠す。此処に居たら誰にも気づかれず、ひっそりと死ねるだろう。そう思いながら地べたに座り込み、膝を抱えて瞳を閉じた。

「大丈夫ですか?」

路地裏に身を潜めてどれぐらい経ったか分からない頃、誰かに声をかけられた。既に身体が冷えて殆ど動かなくなっていた私は、返事することもままならず不可抗力の無視をしていた。すると死んでいると判断してくれたのだろう。声をかけてくれた誰かの足音が遠ざかっていく。それでいい。路地裏で膝を抱えて座り込んでるものになんて関わらないのがいい。ロクなことにならないし、私はこのまま眠るように死にたいんだ。最期ぐらい帰る場所も生きる意味もなくなった私の邪魔はしないで欲しいし、邪魔されたくない。そう思いながら意識がなくなりそうになった刹那、誰かの足音が聞こえて丁度私の前で立ち止まった。そして私の身体は突然宙に浮き、俗に言うお姫様抱っこをされたのだった。

「寝ている間に勇者が来たらどうするんですか、ライラさん」

何故私の名前を知っているのだろう。あの時は確かお互いに名前も何も知らなかった筈なのに。じゃあ私を抱き上げた人は一体……?

ゆっくりと目を開けると、黒を基調とした服が視界に入る。目線を上げるとそこには愛おしい夫の顔があった。私が見つめていたことに気付いたのか、彼と不意に目が合い微笑んできた。

「まだ寝てて良いですよ」

どうやら私は彼との馴れ初めを思い出している内に眠ってしまっていたようだ。それを買い出しから帰ってきた彼が発見し、今は私の自室に抱きかかえて連れて行ってる途中のようだ。セオドアが居るのに寝てられるわけもなくて、降ろすように頼んだけど速攻で断られた。

「あの日みたいに、オレに身を委ねて寝ててください」

どうやら夫も今日の雪を見て、私たちが出会った時のことを思い出したようだ。拒否を言わせる気がない顔で言う彼に、大人しく負けを認めて瞳を閉じる。

この時外の天気が雪から晴れに変わっていたことは。それは何故なのか。この時の私はまだ知らない。


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