第32話 中等生の気に入らない2人

 今日から課外授業とかいうのに出発しなければならない。だからすげー朝早くからせわしなく準備をしてケイトがあれこれうるさく指示してきていた。

 指導役かなにか知らねえけど母親みたいに指図してくるのでハルトとログはムカついてきた。

 

 でかい荷物を持って寮に暮らしている4人は外で並んだ。

「よし、準備は済んだか」と正面でケイトが偉そうにメガネを持ち上げながら言った。

 しかし気になるのはケイトの横に二人の男女がいるということだった。

「今回3泊4日の課外授業を行うが君たち初等生を引率するのに私一人では手に余る。だから中等生の二人が今回の課外授業に参加してくれる。紹介しよう、セレナとノアだ」

「ノアです。どうかよろしくお願いします」と中等生の男子生徒が言った。メガネを掛けていて気弱そうな雰囲気だった。

「よろしく」と女の方は素っ気なく言った。

「セレナ、ちゃんと挨拶しないか」そうケイトが注意した。

「はいはい、中等生のセレナです。よろしく諸君」

 男の方は感じがいいが女の方は気だるそうでやさぐれているし初等生たちを見下しているような態度であった。


「よし時間がもったいない。早速出発するぞ」

 上等生と中等生はものすごいスピードで走っていった。

「「「「「なっ!」」」」と初等生4人は驚いた。

 急いであとをついていった。

 初等生たちは軽いピクニックだと思っていたから面食らった。体力には自信があったハルトだったが魔法使いというのはとことん化け物だと思った。調理する道具やテントなんかも持っているため荷物がやたらと重いはずだがとんでもない速度で山中を走り、木々を抜けて大きな岩を跳んで交わしていった。


 ケイトが先頭で走って、中等生はケイトにラクラクついていく。しかし初等生は遅れてついていく、ハルトなんて尚更だった。

 ケイトと中等生は先に進んで休んでいる始末だった。

「ようやく来たか。先を急ぐぞ」と初等生が追いつくとまた走りだした。

 そんな地獄の行進が行われた。


「お前たちやっと来たか」そうケイトが言った。

 最後方でヨレヨレで走っていたハルトだったがやっと野営予定地にやってきた。鬱蒼とした森の中で今日は過ごすことになる。

 上等生と中等生や余裕にしていたが初等生は倒れて息を切らしていた。課外授業は二泊三日の日程だった。寮から近くの森を抜けて二泊して帰ってくるという行程だった。これは初等生の恒例行事となっている。なんでもこれが魔法使いの修養になるらしい。

「「「「はぁはぁはぁはぁ」」」」初等生四人は息を切らせて地面に倒れる。

「全く今年の初等生は体力がないんだから」と中等生のセレナが小言をほざいた。

「あっ?」とログが食ってかかった。

「私が初等生の頃はこんなの楽勝だったね」

「なんだと?」

「ふたりともやめないか!」とケイトが止めた。「もう時間がない。今日はここで野営する。これからテントを設置して食料を調達する。私は中等生の二人で行うからお前達初等生は初等生だけでそれを完遂しろ」

「えっちょっと休憩させてくださいよ」とハルトが膝に手をやりながらそう言った。

「モタモタしていると日が暮れてしまうぞ。明るいうちにテントを張って薪と食料を調達しなければ夜に大変なことになるぞ」

「み、水」

 そこで水筒から水を飲もうとしたログからケイトが水筒を取り上げた。

「水や食料の持ち込みは禁止したはずだ」

「なっ! ふざけるな! 喉が乾いてしかたねえんだよ!」

「学校を卒業してギルドの仕事をすれば現地調達は基本だ。自分ひとりで何日も冒険できるようになるための授業だ」

「何なんだよそれ。魔法使いだって普段水筒ぐらい持ってるぜ」

「口答えするな!」

「ならどうやって水飲むんだよ」

「ログ、幸い近くに川がある。そこから飲むんだ」と川の音が聞こえる方角を指さした。

「はあ? まじかよ」

「とにかくお前たちは早く野営の準備をするんだ」

 初等生たちは手際悪くテントを張って薪を集めていた。男子二人と女子二人分の二つのテントを張ってその真ん中で焚き火をすることになった。

「さて誰か魔法で火をつけろよ」とログが言った。

「偉そうに自分でつけろよ」そうレミリアが反論する。

「はいはい、『初級炎魔法レイ・フレイディア』と薪に向かって魔法を詠唱してもなにも起こらない。

「なにをしているんだログ」レミリアは帯剣していたレイピアを引き抜くと薪に剣先を向けた『初級炎魔法レイ・フレイディア

 剣先から炎が出て枯れ木に火がついた。


「腹が減ったな……」とログが言った。

「そうだな」とレミリアが同意した。

「マリーなにか食い物持ってないのか?」とログが聞いた。

「ふーん、ケイトさんが食料は持ってきちゃいけないって言ってましたから」とおっとりとした口調で答えた。

「やっぱり現地調達か」そうログが言った。

「暗くなる前に調達しなければ今日は何も食べられなくなるぞ」レミリアが答える。

「食べ物って何が食べられるのか食べられないのかわからんが」そうハルトが言った。

「その知識を身に着けるのがこの課外授業の意義だ。毎年の初等生の恒例行事なんだから」と上等生のようなことをレミリアが言った。

「しようがないこの辺で食えるものを探すか……」そうログがつぶやく。

「ではハルトとログ頼むぞ」そうレミリアが言い放った。

「「え!?」」

「この火は僕が起こした。だから僕とマリーは火の番をしている。まだはなにもしていない。だから食材を取ってきてこれも分業なの」

「……ふざけんな! そんな横暴が通ると思っているのか?!」とログが怒った。

「なに文句あるわけ?」

「大有だ!」

「魔法も使えないんだから食べ物ぐらい探しなさいよ」

「あんな簡単な魔法を使っただけで偉そうにするな!」

「なんだとー」


「オホン」といつのまにかケイトが近くにいて咳払いした「この課外授業は魔法使いとして協調性を養う意味も含んでいる。みんなで協力してサバイバル生活をこなすことが目的だ。争ってはいけないなーこのまま争っていればもしかすると課外授業が延長するかもしれないなー4日5日もしかしたらみんなで協力するまで一生ここで暮らすことになるかも」とわざとらしい口調で脅してくる。


「クソッ、いくぞハルト」

 仕方がなくログとハルトは川へ向かった。

「まったくなんでこんなことしなきゃならないんだよ。魔法使いなんてクソだ!」そうログが言った。

「まあ落ち着けよ。それで食材たってどうする?」

「川には魚がいるはずだ。ほらみてみろ。やっぱりいやがる」そうログが川を指さした。

「けどどうやって獲るんだ? 釣り竿なんて持ってないぜ」

「魔法を使う」魔法具である指輪をハルトに見せた。

「えっ?」

 指輪をつけている人差し指を川で泳いでいる魚に向けた「初級光槍魔法レイ・ペネトラーレ!」

 しかし何も起きなかった。

「おいおいやっぱり駄目じゃないか」

「あれ、おかしいな。初級光槍魔法レイ・ペネトラーレ!」とまた唱えた。


「ははははっははは」と女の甲高い笑い声が聞こえた。

 その近くで中等生の二人は川で釣りをしていたのだった。

「おい見たかノア。あの馬鹿たち」とセレナが嘲った。

「クソ、うるさいやつらだ。お前たちだけ釣り竿持ってきやがって、せこいぞ、魔法使いなら魔法で捕れよ」そうログがやり返した。

「別に釣り竿は禁止されてない。釣り竿が必要になると想像できなかったお前たちが浅はかなんだ」

「おい、ログそんなことより魚だよ。本当に魔法が使えるのか?」そうハルトが発破をかける。

「この程度の魔法ならできないことはない」再びログは川に向かって魔法を使った。今度は魔法が放たれて白い矢のようなものが飛び出した。しかし魔法は水に川面に当たると急速に威力と速度は減退して効果がなくなった。

「はははっはは」と釣り竿を構えながらザックが爆笑していた「その程度の魔法で水の中にいる魚を貫けるわけがないだろう。そもそも初級光槍魔法レイ・ペネトラーレじゃ魚は捕れるわけないじゃん。水面に当たったら威力が減衰して水中にいる魚を貫けるわけがない。魚を捕まえるなら釣り竿が必要なの」

 ログが鋭い目で中等生のセレナを見た。

「気に入らねえな。新入生を助けるわけでもなく無視するわけでもなく煽ってくるなんてよ。お前、そんな文句ばっか言っているが、どうしてわざわざ課外授業に参加してやがる。別に義務じゃないんだろ」

「ふん、優等生に選ばれるにはこういう学校行事にも積極的に参加しなきゃならないんだ。そうでもなければ誰が好き好んでお前らみたいなのを落ちこぼれのお守りしなきゃならないんだよ」

「何が優等生だよ。お前がどんなもんだってんだ?」

「ほう。とやる気か」

「さあこい」


 二人の中に緊張が生まれた。セレナは立ち上がると置いていた傘を持って胸の前に構えて、ログは魔法具である指輪をつけた右手をぶらりと垂らしている。

「セ、セレナ……まずいよ。魔法使い同士が戦うなんて」ともう一人の男の中等生が言った。

「いいんだよノア、これは喧嘩でなくてただの指導だよ。初等生に魔法使いというのはどういうことか指導してやるんだ」と意気揚々と言った。

「指導か面白え。なら教えてもらおうか」とログが言い放った。

 ハルトは魔法使いの常識がなかったため止めなかった。そればかりか心の中ではログがこの中等生をぶちのめすのを期待していた。

「さあこい。落ちこぼれ」

「こっちは久々で殺さないように魔法を使うのが大変なんだ」

「ふふふ、口だけは達者だね」

 二人は奇妙に一定の間隔を空けて回り始めた。だが先に仕掛けたのはログの方だった。

初級炎魔法レイ・フィアンマ」と叫んで指輪から細い赤くて細い火を放った。

中級炎魔法レイド・フィアンマ」そうセレナが言い放って傘の先からログよりもはるかに大きい炎を放った。

 ログの火は飲み込まれ彼の右腕に直撃した。硝煙が立ち込めてログの姿は見えなくなった。しかし徐々に煙は消え去って仁王立ちしているログが現れた。

「てめえ! やりやがったな! 本気でやったな!」と右腕から煙が舞い上がりながらそう言い放った。

「手加減するとでも思った?」

「ぶっ殺――」


「何をしている!」ケイトの声が聞こえた。


 ケイトが川上からその光景を見下ろしていたのだった。ケイトはすぐにこちらに駆け寄ってきた。

「ログ、どうしたんだ? 怪我をしているのか? ひどい火傷だ」

 ログの右腕は袖が焼けて腕は爛れていた。

「こんなもん大したことない。なんでもない」

「なんでもないことないだろう」

 だがそのままログはケイトを尻目にその場から消えていった。

「セレナ、何があったんだ?」と今度は中等生のことを詰問した。

「ケイトさん、ちょっと生意気な初等生を指導しただけですよ」と得意になって答えた。

「なんだと? 新入生に向けて魔法を放ったのか?」

「ええ」

「セレナ、これは問題だぞ。何があったのか知らないが」ケイトはログのことを追いかけた。

「お前も私の指導を受けたいか?」とザックはハルトに聞いた。

「いや、僕は……」と情けないか細い声でそういった。

「ふん」そう捨て台詞を吐いて中等生二人は去っていった。

 ハルト一人で川の音と共に立ち尽くしていた。

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