【悲報】ダンジョンごと地球に転移したゴブリンさん、うっかり有名配信者を倒したら、なぜか人類の間でバズってしまう
小垣間見
第1話 ゴブリン、有名配信者を倒してしまう
吾輩はゴブリンである。名前はマダナ・イ。
どこで生まれたかとんと見当がつかぬ――というのは嘘で、吾輩は薄暗いじめじめしたダンジョンで生まれた。
親はいない。なぜなら吾輩のようなモンスターは、ダンジョンでポップするからだ。だから強いて言えば、ダンジョンが母親ということになる。無論、ダンジョンは話したりしないが。
さて、そんな吾輩だが困ったことがあった。
「冒険者が一人もこないな」
いつもなら勇者だの戦士だの魔法使いだのが、一狩りいこうぜという感じでダンジョンに潜ってくるのだが、今日はまだ一人も見ていない。こんなことはダンジョンでポップしてから一度もなかったことだ。だから、これは間違いなく『異常』である。
「もしや魔王が人類を滅ぼしてしまったか? はは、まさかな……はあ」
一人で冗談を言いながらため息をつく。
冒険者が来ないということは、戦闘する必要がなくなるということだ。それ自体は願ってもないことなのだが、しかしそれはそれはで困ることもある。それは、ダンジョンの養分のことだ。
吾輩が言っているのは、吾輩のようなモンスターをポップする際に、ダンジョンが何をエネルギーとしているかということだ。そしてそれは冒険者の死体から生まれる養分だった。
冒険者というのは食用にはあまり向かないが、数多の戦闘を経て経験値というエネルギーを溜め込んでいる。その経験値がダンジョンの唯一の栄養分となるのだ。
この前、『東の勇者』一行にダンジョンを半壊させられたから、吾輩はできるだけ早くダンジョンに栄養を取らせて、仲間となるモンスターをリポップさせたいと考えている。しかし冒険者が来ない以上、何もすることがなかった。
「暇だ」
吾輩はゴブリンである。リッチみたいに学問を究めるような趣味もないし、だからと言ってスライムのように何も考えずに生きていられるほど脳天気でもない。
そういうわけで、以前『侍』と呼ばれる珍しいジョブの冒険者から奪った刀をいじりながら黄昏ていると――声が、聞こえた。
「…………」
吾輩は即座に椅子がわりにしていた宝箱の陰に身を隠し、様子を窺う。
この声は……人間だ。
「シュウです!」
「リンです!」
「トーヤだよーん」
「コースケでーす」
「サチでえす☆」
「「「「「五人合わせて、男女男男女ダンジョンでーす!」」」」」
ダンジョンに似つかわしくないはしゃいだ声が聞こえる。吾輩の目が捉えたのは、三人の男と二人の女――五人組の集団だった。
「今日も今日とて、無双系ダンジョン配信やっていきたいと思いまーす!」
「無双系って自分で言うなし!」
「だってしょうがないじゃん。本当のことだもん」
「もー。あんまり調子に乗ってると、炎上するよ?」
「それはそれでいいんじゃない? 炎上商法的な?」
「「「「「あははははは!」」」」」
吾輩は観察する。
右の男の装備は短刀だけ……おそらく盗賊の類か。装備も軽装だし、よほど敏捷性に自信があるのだろう。隣の女は杖……魔法使いか。しかし、魔女帽子を被ってないのが気になる。本来なら魔女専用装備で魔力を上げるのが鉄板なのだが……もしかしたらあの杖はフェイクで、奴も盗賊のような俊敏性をウリにした戦闘スタイルなのかもしれない。他は――
そのようにして吾輩は敵の戦力を分析した。
本来ならこんな面倒なことはせずに、いきなり襲いかかってやりたいものだが、しかし吾輩はあくまでゴブリン。ドラゴンやサイクロプスのような強力な力を持ったエピックモンスターではない。
弱者には弱者なりの戦い方がある。
吾輩はモンスターだ。人間の言うところの騎士道や武士道なんていう哲学は持ち合わせていない。
卑怯で結構。
勝てば官軍負ければ賊軍だ。
「お、あんなところに宝箱があります! 早速開けていきましょう!」
そして、いよいよ冒険者たちが吾輩のところに近づいてきた。
探査系の魔法は使っていないようだ。
「何が出るかな、何がでるかな、タララタンタンタラララン♪」
「それ古いし、サイコロ降るときのやつじゃん」
「歳バレるよ(笑)」
陽気な会話。
ダンジョンであるというのにこの余裕。もしかしたら有名ギルドに属する冒険者たちかもしれない。油断は禁物だ。吾輩は気を引き締めた。
そして、冒険者集団のリーダー格であろう人間が宝箱に手をかけたとこで、宝箱の陰に隠れていた吾輩は居合を放った。
「え?」
リーダー格の首が驚いた顔のまま空中を舞う。
そこからは一瞬だった。
何が起こっているかわからずに固まっている杖持ちの女の右肩から左脇腹にかけて袈裟斬り。前進。その背後で自分たちが襲われていることにやっと気づいたもう一人の女に逆袈裟斬り。左背後からメイスを叩きつけようとする男に右薙ぎ。何かよくわからない板のようなものを構えたままで静止している男の心臓を刺突で貫く。
「ダンジョンの贄となれ、ニンゲン」
肩透かしを食った。
なんだ、警戒してた吾輩が馬鹿みたいではないか。まさかここまで弱いとは思わなかった。この最難関と呼ばれる『ラスト・ダンジョン』で歓談してるくらいだから、相当の猛者だと思っていたが、ただの雑魚だったようである。
ミミックチェックもせずに宝箱を開けていたし、もしや『東の勇者』がダンジョンを半壊させたことで、吾輩たちが弱っているとでも思われているのか?
……舐められたものだ。かつては魔王を倒せる実力を備えた勇者でさえ潜ることを恐れた『ラスト・ダンジョン』が、こんな雑魚冒険者たちにまで侵入を許すことになるとは。
そんなことを考えながら、吾輩は冒険者たちの死体を漁る。肉体はダンジョンの養分になるが、それ以外の武器や装備はダンジョンには吸収されない。放っておいても邪魔なだけだし、使えるものがあればラッキーくらいの気持ちでごそごそいじっていると、あるものが目に入った。
「……なんだ、これは」
それは一枚の板のようなものだった。そういえば最後に斬った男が持っていたような。
吾輩はその板を手に取る。すると、板の表面にダンジョンを描いた絵と見たこともない文字列がものすごい速度で流れているのが目に入った。
「精巧な絵画だが……戦闘には役に立たないな」
使えないものまで持ち帰っても仕方ない。だから、吾輩はその板を捨てようとした――のだが、とある顔を思い出して、思いとどまった。
「そういえばリッチの奴、変なものがあれば持ち帰ってこいと言っていたな。仕方ない、土産として持って帰ってやるか」
そういうわけで、吾輩はその絵と文字が記された板を片手に、リッチのいるフロアに移動することにした。
*
このとき吾輩はまだ気づいていなかった。まさかこの一枚の板――スマホが吾輩の未来を変えるだなんて。
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