第46話 聞きたい安西さん

 バイトが終わり、麦茶を持ちながら、勉強会をしているいつもの席へ向かうと、先に座っていた安西さんが心配そうな表情でこっちを見ていた。


「最近、ミスが多いよね。どうかしたの?」

「……いや、何でもないよ。ちょっと気になることがあっただけだから」


 気付かれないわけがないよな。

 加賀谷かがやと会ってからというもの、お皿を割ってしまったり、注文を取り違えたり、小テストで解答欄を間違えたり、と、ミスが増えていた。普段はこんなことはしないのだが、どうしてもあの時のことが頭から離れず、失敗を重ねてしまう。


「……そう? ならいいんだけど」


 これは俺と加賀谷の問題だ。安西さんには、加賀谷のことでは迷惑はかけたくない。ひとまず今日はこのまま勉強会をして、バイトのミスを取り返そう。


「うん、大丈夫だからさ、勉強会始めようか」


 鞄からノートを取り出して、机の上に置く。教科書も取り出そうとしたそうとした瞬間、


「……あ」


 教科書が手から離れて床に落ちた。


「やっぱり、何かあったんだよね」

「いや、ただ落としただけだから」


 教科書を拾って、机の上に広げる。

 あれから何年も経っているんだ。加賀谷とは偶然、あの場所で再会しただけ。加賀谷だって今は友達がいる。これからあいつと何かあるわけでもないはずだ。本当に安西さんが心配することじゃない。

 そのはずなのに。


「そんなわけないじゃん!」


 安西さんが机に手を置いて顔を近づけてくる。真剣な表情だが、こうも近づかれると恥ずかしい。


「安西さん、ちょっと近い……かな」

「……え、あ、うん」


 顔を赤く染めながら、安西さんは椅子に座りなおした。


「言いたくないなら言わなくてもいいんだけど、いつもと全然違うから。斉藤くんが困っているんだったら、助けてあげたい」

「…………」


 体育祭のときだって、バイトのときだって、何度も安西さんには助けてもらった。できればこのことは、このことだけは安西さんに知って欲しくはなかったのに。


「本当に大したことじゃないんだよ。ただの昔話だから。それでも聞きたい?」


 安西さんが小さく頷く。

 こんなに心配させたのは俺のせいだ。あのときのことなんて、話をすることはないと思っていたけれど。

 グッと小さく拳に力を籠める。

 そして俺は、安西さんに過去を打ち明けることにした。

 

「じゃあ、聞いてほしいんだけど、俺には天江さんの他にもう一人、幼馴染がいたんだ」


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