第13話 テスト前の安西さん

「ふゎぁ~あ……」


 風邪をひいた安西あんざいさんのお見舞いに行った翌日。俺はまだ誰も来ていない教室で一人、自分の席に座ってあくびをしていた。窓の外を見ても部活動をしている人や登校している人はいない。いつも余裕をもって登校してはいるのだが、今日は違う。中間考査一日目。緊張して眠れず、早く学校に来てしまった。


「今日のために頑張ってきたからな」


 一年の最初の内申点にも関わってくる重要なテスト。何かあってもいいように、少しでもいい点数を取っておきたい。


「直前に問題を解くのは、あまり効果はないっていうけれど」


 鞄に入れていた国語の教科書とノートを開く。

 基本的に家に帰ったら、本を読む前に復習はしているので、本番に活かすだけ。そのはずなのだが、高校に入って初めてのテストなので、対策の打ちようがなく、手が少し震えていた。


「よし、やるか」


 そう思って、筆箱からペンを取り出した瞬間だった。バンッと教室の扉が開く音がした。

 慌てて教科書から目を離し、扉に視線を向けると。


「安西さん?」

「あれ、斉藤さいとうくん?」


 そこには安西さんが立っていた。


「安西さん、体調は大丈夫なの?」

「うん、この通り」


 辛そうにしている様子もなく、安西さんはその場で一回転をしてみせる。


「良かったよ。昨日は辛そうだったから」

「……うん、ありがとね。斉藤くんのおかげで大分よくなったよ。ゼリーも美味しかったし……あ」


 昨日のことを思い出してしまったんだろうか、安西さんの頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 しまった。昨日のことは話さない方が良かったかもしれない。どうにか話題を変えないと。


「……えっと、安西さんはいつもこの時間に来てるの?」


 安西さんはいつも来たときには隣で寝ている。朝練をしている男子の噂を少しだけ耳にしたが、八時前には学校に来ているらしい。


「いつもはお店の準備があるから、もうちょっと遅いんだけどね。今日がテストだって言ったらお母さんが『今日は、手伝いはいいから』って」

「……そうなんだ」


 朝もお店の手伝いをしているのか。ますます起こしてあげるのも気の毒になってきた。どうにかできたらいいんだけれど。


「あ、そうだこれ!」


 そう言って、安西さんが鞄から取り出したのは一冊の見覚えのある青いノートだった。


「これのおかげで今日のテスト、良い点数とれそうだよ」

「それはよかった」


 もちろんそのノートは、俺が定期考査用にまとめたノート。ただそのノートは、渡したときとは違い、付箋やマーカー、文字が足されていた。


「……あのさ。良かったら、ちょっとだけ勝負しない?」

「勝負?」

「そう、テスト勝負。というか、今どれだけ覚えてるかっていう暗記対決なんだけど」

「いいけど」


 これから教科書の内容を一通り読み返して、問題集を解くつもりだった。テスト勝負なら復習にもなる。

 それに安西さんには負けたくはない。


「じゃあいくよ。3X二乗の次数と係数は?」

「……え、数学? こういうのって普通、社会とか英単語とかじゃ――」

「分からないなら、答え言っちゃうよ?」

「……いや、ちょっとまってすぐ答えるから」

 


 そうして、何問か問題を出し合うこと数分。

 教室に続々とクラスの子が入ってきて、俺はすぐ何もなかったように教科書を開き、安西さんは寝たふりをした。すぐに教室はクラスメイト達の会話で埋め尽くされていく。


「(もうこんな時間だったのか、ごめん安西さん。勉強の邪魔しちゃって)」

「(こっちこそ、邪魔しちゃったね)」


 朝凪さんと俺は小さく笑い合い、ノートを開いた。


「(じゃあ、お互い頑張ろうね)」

「(うん、お互いに)」

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