おかえり、レンくん

@chikachironi

第1話:帰ってきたレンくん


 レンくんが島に戻ってきた。


 レンくんは、2ヶ月前、急に体調が悪くなったらしく、東京の病院で手術をしていた。経過はどうやら順調らしい。

 僕ははやく、レンくんに会いたい。頬杖をつき、5限目の授業を受ける。あくびをし、何度も時計を確認する。おかしい、時間が経つのが、遅い。こんな状態では、到底部活動に集中できる訳がない。


『そうだ』


 今日だけ部活動をサボり、まっさきにレンくんのところへ向おう。中2で新体制の野球部だが、レンくんのお見舞いと言えば、みんな僕の気持ちを理解してくれるはずだ。


『きっと、そうだ』


 チャイムがなり、ホームルームが終わる。僕は走って友達に軽く挨拶をして、校門を飛び出した。夏の日差しが顔にあたり、走るたびに大粒の汗が出る。右側に見える海は、夏の太陽に反射してキラキラと眩しい。

 20分ほど走り続けると、左手に山へと続く一本の小道がある。そこをさらに5分ほど進むと、今度は古い石でできた階段が右手に見える。

 この階段を登るとレンくんの住処が現れる。困ったことに、レンくんの住処は、山の麓にある。しかも、普通の一軒家とは訳が違う。地図で見ると、この建物は、育児施設と書いてある。

 レンくんは、物心ついた頃から両親がいなかった。どうやら、この施設のお爺さんとおばあさんがレンくんと何か関係があり、彼を引き取って育てているそう。


「はぁ……着いた」


 顔をあげ、汗を拭く、久しぶりに見たこの育児施設というのは、相変わらず異様な雰囲気を漂わせている。というのも、壁の塗装がところどころ禿げていて、見た目は古い石造りの旅館のようだ。門のそばには、大きな桜の木が植っていて、夏だから、葉は深緑色だが、それが影と相まって、暗い。そして、土の匂いが鼻につく。

 僕は携帯をカバンから取り出して、レンくんに電話をかける。


 プルルルル、プルルルル。ガチャ


「もしもしレンくん! 僕だよ! 今日の朝レンくんが島に帰ってくるって聞いてさ!LINEの返信ないし、心配で来ちゃった」


「…………」


レンくんから言葉はない。僕は音声がうまく届いていないと思い、早口にならないよう、気を遣って言った。


「それで、大丈夫だったら、少し話そうよ! 久しぶりにレンくんと話したい!」


「…………」


「わかった……」ガチャ。


 僕は、レンくんのあまりに素っ気ない返事に驚いた。だって、こんなことは今までになかったからだ。もしかしたら、レンくんはまだ体調が悪かったのかもしれない。それなのに、僕はレンくんに会いたいからって勝手にレンくん家を訪ねてしまった。


『僕は、自分勝手のクソ野郎だ』


 こんな時は、どうしてか爪をかじりたくなってしまう。悪癖だとはわかっているんだけど、どうしても治すことができない。

 爪をかじり、石を蹴っているとレンくんが2階の自室から一階へ降りてきた。どうやら玄関で靴を履いているようだ。ドアに手をかける。


 ガララ、キギィ、ガララララ


 鉄が錆び付いていて、ドアをスライドさせるのに苦労しているようだ。


 ガラララララ


 レンくんが家から出てきた。レンくんは、白いTシャツにブラウンのズボンを履いている。


「レンくん! 久しぶり」


 僕はレンくんのところへ走った。


 ギギィ、ガララララ、ガチャ


 レンくんはドアを閉め終わると、ゆっくり顔をあげて、目を合わせて言った。


「やまと、久しぶりだな」


 いつもの癖で、レンくんの着ているシャツを掴もうとしたが、その手が固まった。僕の身体から体温が奪われていく。


 僕は、ひどく動揺している。

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