めざせ爆裂スカムダイアリー at the ドブーパーク
エリスグール細田
ゆさぶられる果実
恋愛経験のろくにない、いたいけな少年であるユキオにとって、その日々はあまりに瑞々しく、至近距離で共に過ごした時間は、彼を恋の渦に落とすには十分すぎるものだった。
家庭教師 木野遥香、21歳。大学3年生。知的な雰囲気の彼女の言動は、常に品位に満ちており、くだらない欲求をつつくような要素は何一つないはず。その清廉潔白さが、よりユキオの純粋な恋心と、まだ何にも触れられていない情欲をせつなく揺さぶる。
「ねえ…木野先生」
自室の勉強机で、隣には彼女がいる。
「どうしたの?」
首を少しだけ傾げて、不思議そうな目を向ける遥香。肩までかかる黒い髪が揺れる。その仕草に、ユキオの胸がきつく締め上げられた。
少年の人生で初めての一歩。生まれてから今まで、何にも情熱を傾けたことのない彼が、意を決して踏み出す。これを口に出せば最後、今までのような関係ではいられなくなるかもしれない。それでも、伝えずにはいられなかった。この感情には嘘をつきたくなかったし、喜ばれようと蔑まれようと、受け止めてほしかった。
「先生…あのさ」
「うん?」
「俺、もし大学受かったらさ、」
「…」
口が渇き、舌が回らない。それでも。それでも。
噛まないように、しっかりと言った。
「俺と付き合ってください」
沈黙に満ちる部屋。
「大学?」
「うん。俺がんばって、東大行くから。そしたら俺の彼女になって! お願い!」
困惑の表情を浮かべる遥香。少し考え、やがて口を開いた。
「ユキオ君、あのさ」
「はい!」
「なんていうか…さ その、まあ
そういう感じじゃなくない?」
頭が空白になるユキオ。何を言っているのだろう。好きな人が、心から大好きな人が思っていることを理解できない。苦しい。一瞬で涙が出そうになるのが分かる。
「ユキオ君はそういうのとは違うというか」
ダメか。悲しい。諦めたくない。
「今はしっかり勉強してほしいし」
もう分かった。でも。でも。
「そういうことは考えないほうが」
気づけば叫んでいた。
「もういいよ! 俺が、俺が高校生だからだろ!」
最低だ。思いを押し付けたうえに、当たり散らしてしまう。しかし、思いが打ち砕かれるという経験のない衝撃に、自分で自分を止めることができなかった。
「俺が年下で、頼りなくて!」
「違う、違うの」
「違わないよ! 木野先生は結局さ!」
「ユキオ君、聞いて」
「結局俺のこと子供だと思って!」
「聞きなさい!」
温厚な遥香が、初めて叫ぶのを見て、ユキオは縮こまった。
「あのね、ユキオ君。東大行ったら付き合ってって、すごく熱心な受験生なら分かるんだけど…ユキオ君って、ただ成績ドベで進級危ういからこうやって補習してるわけじゃない?」
「うん」
「基本真面目に勉強しないじゃん。今日もさ。午後4時から始めるって言って、私は時間通りに来たのに、ユキオ君どっか寄り道してて帰ってきたの7時だったじゃん」
ユキオは思った。この人は本当に何の話をしてるんだろう。
「すっっっごく待ったよ。お母さんが出してくれたお茶もお菓子もなくなって、全然来ないから一回外出て、あっそういえばバイト先に住民票出すんだったって思い出して市役所行って、印刷してもらって、そろそろ戻んなきゃと思ったよ。でも今まで何回も待たされて、正直腹立ってたから逆に待たせてやろうと思って! コンビニでジャンプ買って、駅前の広場で読んで、日が暮れたから流石にもう行こうと思ってここ戻ってきたらまだいないじゃん! 私さあお母さんにお金払って呼んでるのにどこ行ってたんですかって怒られるつもりだったの! お母さん玄関先で平謝りだよブラックタイガーぐらい腰曲げてさ! 予定すっぽかしてあんな時間どこ行ってたの!?」
「学校にいた」
「嘘だよね? 本当は何してたの?」
何故、今の一瞬で嘘がばれたんだ。俺はこんなに木野先生のことが分からないのに、先生は俺のことを手に取るように理解している。人間として一つも二つも上だ。敵わなすぎて…ますます惚れてしまう。
「ユキオ君言いなさい どこ寄り道してたの」
「メロンブックス」
「メロンブックス!?」
遥香は目をひん剥いた。
「いい加減にしてもらえる!? 勉強辛いからって逃げてさ! 例えば河原で座ってるとか! 知らない街を当てもなく歩いてるとか! 自分なりに悩んでるんだったらまだ寄り添いようあったよ! 何を趣味楽しんで欲求満たそうとしてんの! しかも3時間もいたの!? 迷惑な客! 未成年が! 何買うわけでもなくさ!」
「いやちゃんと買ったし!」
そこは勘違いしないで欲しいと思った。
「買った買わないの問題だと思う今!?」
「でも何も買わないのにずっといる客って思われるの嫌だ! 見てこれ今日買ったやつ!」
遥香は舌打ちをした。
「せっかく行ったからマニアックなやつ欲しくて! ヒロアカの18巻!」
「そんなんどこでも売ってるよ!」
「俺この巻が一番興奮するから何回も何回も読んでるんだ」
「オーバーホールが両腕ぶち切られる巻で!? やめなさいそんな楽しみ方!」
目を輝かせるユキオ。さっきまでの話の流れも、遥香がどうして怒っているのかも理解していないことは明らかであった。
「あーもういいよもういい」
遥香は頭をかきむしり、ため息をついて立ち上がった。
「本当にもうわけわかんないから。今後は別の人に代わってもらうね」
この言葉に、流石のユキオも目の色が変わった。
「は、何で? それは違うじゃん!」
部屋を出ようとする遥香を通せんぼしてまくし立てる。
「付き合ってもらえない理由は分かったよ! 高校生の俺の未来を奪うようなことはできないって!」
「そんなの言ってない」
「でも家庭教師は続けてくれてもいいじゃん! 今まで通り勉強はするしさ!」
「今まで通り!? さっきの話きいてた!? 今までが嫌だからもう辞めるっつってんだけど!」
「お願いだって先生、俺、木野先生が隣にいるとなんか…あの…なんかこうムクッ」
「はい最低最悪永遠にさよなら」
「ごめんごめん今のは本当にごめんって」
ドアノブに手をかける遥香の腕に掴みかかるユキオ。
「やめてよ触んないでっ」
「じゃあ辞めないで! 明日も来て!」
「分かった分かった来る来る」
「嘘だ! 今出て行ったらもう戻んないつもりだ! ちょっと一回こっち来てよ!」
「痛いってちょっと 何する気! やめて引っ張んないで伸びるから ねえ!」
「勉強以外のことも教えてよ先生」
「以外っつーか何もできてないんだって きゃあっ」
運動が苦手な遥香の華奢な身体が、容赦なく壁に押し付けられた。部屋中に緊張感が走る。
その瞬間、ドアが開いた。
「ボキュウウウウ」
「うわあ何こいつ!」
驚愕する遥香の目線の先、部屋の外には、筋肉質で毛むくじゃらで、何やら咀嚼をしている不細工な生き物がいた。
それを見て怯えるユキオ。
「こ…こいつは…性犯罪の気配を感知して無の空間から現れる、ダチョウの足にヤマアラシの胴体、パンダの尻尾とブタの頭にホルスタインの内臓を持つ概念干渉型異次元生命体…」
「全然強そうじゃない」
「その名を…暴漢喰らいのボデォムビゥッツォヌ!」
「何て?」
「チュノノョョョョョョ!!!」
猛るボデォムビゥッツォヌ。全身のトゲを逆立ててるとすぐさま発射し、鋭い先端がユキオの股間に大量に突き立った。
「痛ッッッツァァアアアアイギァァアッッ!!! きいいいいえ!! 形容し難い!!!!」
さらに次の瞬間、刺さったトゲは高速で回転を始めた。
「ぐわあっ 何だこの感覚は!?」
高速回転するトゲはユキオの身体をパスタのように巻き取り、まもなく肌色のゴミがついたウニのようになると、おもむろに動きだして窓を破り、
「そんなぁぁぁ!! 勢いに任せて気持ちよくなりたかっただけだというのに!!!!」
絶叫と共に飛びさっていった。
そして部屋は静寂に包まれる。未知の存在ボデォムビゥッツォヌと見つめ合う遥香。
「何か…分かんないけど…助けてくれたんだよね? ありがとう…でいいのかな」
戸惑いながらも笑みを浮かべる。するとボデォムビゥッツォヌは鼻を鳴らし、いななきを上げて遥香に覆い被さった。
「普通に獣なのかよ」
「ジョムジョムゲ!!!」
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