知らないうちに転生しては死んでいる話

はんだごてとはんだ付け

第1話

 始まりはたわいない——ことはないが、よくあることから始まった。

 そう、電車に轢かれたんだ。痛みを感じる前に意識を失ったのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 自殺じゃないのかって? そんなことしないさ。するにしてももう少し手段は選ぶ。


 いやぁ、あの時はビックリした。まさか電車が突っ込んでくるなんて。

 ……ん? どういうことって、言葉通りの話だけど。


 そう、電車が脱線して、たまたま踏切前を横切った僕に大衝突。全く、参っちゃうよね。

 ——よくあってたまるか? え、電車ってそんな感じのものじゃないのかい。


 ……おっと、電車だけでなく話の流れまで脱線してしまったようだ。

 とにかく、僕はそうして死んで、暫く霊体として彷徨ってたんだ。


 そんな時、何処からか声が掛かった。

 多分女の人だよな〜、なんて思っていたら、どうやら生死を管理する女神様だそうで。

 死に方が何か可哀想だから、新たな生命に生まれ変わる権利をくれるとからしい。


 このまま現世を見下ろし続けても退屈なだけだと思って、一先ず女神様のご厚意で天界に連れていってもらうことにした。

 実際に行ってみると、天界は思ってたよりも何もない場所で、雲の上に立ってる程度の面白味しかなかったから、そこは少し残念だったけど。


 そうそう、そこで漸く女神様の姿を直接見ることが適ってね。とても好みの美人さんだから驚いちゃったけど、神様って皆顔が整っているのかな。

 僕がすっかり見惚れていると、女神様は微笑んで転生についての説明をしてくれた。

 

 どうやら今の記憶は消えて、魂だけが別の世界で人生を過ごすことになるらしい。

 普通の人は魂を作り変えてリサイクルされるそうだけど、僕の場合は記憶が無くなるだけで性格とかは変わらないみたいだ。


 それって僕にとっては他の人と大差ないことな気がするけど、記憶を失った僕が自由に生きることができるのなら、僕はそれでもいいと思った。

 だから女神様に別れを告げて、僕は新たな世界へと旅立った——はずだったのだが。

 

   ★ ☆ ★

 

 おかしい。格好付けて女神に『行ってきます』なんて言って別の世界に送り出してもらったのに、僕は変わらずその場にいる。

 ……いや、微妙に異なる部分があった。

 自分の頭の中に知らない人物の人生がダイジェスト形式で流れ込んでくる。


「……あれぇ?」


 僕が実際には存在していない首を傾げていると、女神は柔和な笑みを浮かべて僕に近付いてくる。


「おや、目覚めましたか? 此処は神が住まう世界——俗に云う天界です。私は——」

「——いや、女神様。その説明、数十分前にも聞いた」

「…………え?」


 すると女神は訝しげな顔をしながら、僕の顔を覗き込んできた。


「て言うか、転生はまだ?」

「……貴方、記憶があるのですか」

「え、まだ何もしてないよね」

「いや、確かに私は転生を……あっ」


 女神は何かに気が付いたように僕を更に凝視し、やがて彼女の額に冷や汗が浮かぶ。


「あの〜、非常に申し上げにくいんですが……設定を間違えちゃいました」

「……というと」

「転生時には記憶を引き継がずに始まるんですけど、転生が終わると、その記憶を持ったまま此処に戻ってきてしまうみたいで……」


 それはつまり、実際には転生しているのに、僕の体感的には他人の人生を逐一知るだけで何事もない状態にあると。


「——何だこのクソ仕様」

 

 何だか五億年ボタンを押しているのに似た感覚だ。蘇る記憶も妙に現実味がないというか、自分の人生とは到底感じられる状況にない。


「何が嬉しくて、戦争で各国から狙われる兵士として大立ち回りをして死んだ自分の来世前世を知らなきゃならんのだ。今すぐ修正してくれ!」

「だ、ダメです! 魂は頻繁に複数回弄ると、勝手に崩壊して消滅するようになってるんですから!」

「えぇ、じゃあどうすれば——なんか、また新しい記憶が届いたんだけど」


 その記憶によると、俺は中流階級に生まれたは良いものの、直ぐに流行り病に罹って死んだようだ。


「これ勝手に転生してるの⁉︎」

「ああ、すみません! 今すぐ止めますぅ!」


 転生を止めること自体は、魂の構造を改変するまでまなく輪廻との接続を切るだけで上手くいく……らしいのだが。


「うぅ、ケーブルが絡まって……!」

「どういう構造なの⁉︎ ちょっと、早くしないと……もう、またか」


 今度は何だと記憶を遡ってみると、幾人もの人々に囲まれて息を引き取ろうとしている老人の姿を思い出した。


「大往生してるじゃん! さっきまでの流れはなんだったのってくらいに往生してるじゃん!」


 女神様、何故か自分相手に悔しいので、迅速に対応していただきたいです。


「……ん? 女神様、真珠の髪飾りなんて着けてたっけ」


 彼女の御髪によく合ったそのアクセサリーに一瞬目が吸い寄せられる。

 だが、すぐさまそのような些事は気に留められることもなく意識から外れた。


「もう少し……終わりましたぁ!」

「ホント?」

「本当です! これで自動的に転生することはなくなりました」


 もはやこの人のことを信じきれなくなっている自分がいる。

 無駄にドヤ顔で『ムフ〜!』といった感じの効果音がつきそうなのが余計に腹立たしい。


「しかしどうしましょう……本当なら一生を終えた貴方を他の魂のところに戻すだけのつもりだったんですが……」

「もうそっちに送ってもらってもいいよ? 元々女神様の厚意でしかないし」

「いえ、それでは私の気が済みません!」


 あれ、この話ってそういう趣旨だったっけ。


「今から妙案を考えますから、その間どうぞご歓談ください」

「一人で⁉︎」


 後、妙案って自分で言うのは何か違う気がする。


「……まあいいや。それじゃあ転生先での話でも独り言として聞いてもらおうかな」


 僕が初めて生まれ変わったのは、世界中で戦争が勃発している物騒な世界。

 中でも大きな世界大戦が起こる数年前に生まれたらしい。

 比較的裕福な家庭ではあったのだけれど、そういった世界情勢的に有無を言わせず兵士になることを選ばされた。


 そうなること自体は僕も両親も想定していたから、早いうちから身体を鍛えて剣や槍の修練を積んでいた。

 その成果もあってか、体格にこそ恵まれなかったものの、軍に所属して数年は辛勝を続けていつの間にかそこそこまでは直ぐに昇格したんだ。


 ただでさえ死んでいく新兵が多い中で生き延びた僕の存在は、軍にとっても都合が良かったらしい。そうして報奨金が増える代わりに更に危険な戦地へと駆り出されるようになった。結局のところ、使い捨ての駒だったんだろうね。


 敵軍の数およそ数千に対して此方の兵はたかが五百。上層部ははなから負けることを前提に僕達を体よく切り捨てた。

 そうして僕は、気が付けば全軍を壊滅させていた。


「あ、勝ったんですね。流れ的に死んだんだと」

「僕も『わりい、おれ死んだ』くらいに思ってたみたいなんだけど、頑張って敵の頭上に崖上から岩落としたりしたら行けたんだよね」

「思ってたよりヤバいことしてた」


 一番の決め手は、自爆覚悟の崖の崩落だったんだけど。生き埋め作戦成功だね。

 それで無事に生還したら、また別の前線に送り出されてを繰り返して、知らない間に周囲の国から過剰に敵視されるようになった。

 結局二十後半で他国を壊滅させて早死にしたみたいだけどね。


「いや強すぎません?」

「たまたまだよ。できることをしただけで」

「多分それ英雄とか呼ばれてるやつですよ」

「確かに二つ名みたいなのはあったけど、英雄とかじゃなかったって」


 その様な渾名が付いていたのなら、僕だってもっと自信満々に話すというものだ。


「……その二つ名というのは?」

「えっとねー……『神の裁き』とか何とか」

「崇められてるじゃないですか! 何したらそうなるんですか」


 何と言われても、僕はただ砂漠に蟻地獄もどきを作ったりとか、雪山で人為的に雪崩を起こしたりとか、敵軍の潜む森林をその周囲から焼き払ったりしただけだけどな。


「もはや自爆テロの域ですよ」


 それぐらいしないと死んでたからねぇ。ま、その後直ぐ死んだから元も子もないけど。


「変な人生送ってるもんですねぇ……それで、二つ目は?」

「アンタ策練るんじゃなかった?」


 何を聞き入っているのだろうか。僕としては一刻も早く現状をどうにかしてほしいのだけど。


 ……二回目の転生は特に語ることがない。

 何せ、生まれてから本来であれば物心が付く前の時期に死んだのだから。


 どうやらその世界は衛生面がとにかく致命的だったようで、悪質な流行病で高熱を出してからは特に散々だった。


「赤子はよく熱も出しますけど、体力がないですもんね〜」

「あ、いや……死因は寝ゲロによる窒息死だね」

「えぇ……」


 僕も薄らとしか覚えていないけど、想定外だったよね。寝ゲロ、恐るべし。


 そして逆に、三回目は語り尽くせないほどの人生だった。

 何しろ八十年もの長い年月だからね、可能な限り端折っていきたい。


「わくわく」


 もうコイツ娯楽に走ってやがる。もう誰かこのアホをクビにできないのだろうか。


 ——生まれは何の変哲もない一般家庭だった。

 その世界には魔法・魔術というものがあって、十二歳までは普通に街の学校に通っていた僕に、其処にいたある教師が魔法の才能を見出した。


 僕が興味を示すと彼は様々な技術を教えてくれ、ついには王都の魔法学園への推薦状まで一筆くれたんだ。

 両親にそのことを話すと、二人とも僕のやりたいようにやらせてくれて、僕は学園へと進学することになった。


 そこからは早いもので十八で学園を無事卒業。少し変わったところだったけど、留年とかは流石に避けることができたみたいだった。

 それからは王宮仕えの魔術師として働き始めたけど、王族の護衛や王城の警護、延いては各国の重鎮との交渉まで任され、何やかんやあって同僚と結婚。


 新たな魔術の考案や兵器の開発、やりたいことをやれるだけやっていた。

 時折紛争もあったようだけど、できるだけ無理のない平和を築き上げ、晩年には孫も生まれて皆に見送られて、生涯を終えた。


「そんな感じの退屈しない人生だったみたいだね——って、どうしたの?」


 急に黙りこくったかと思えば、今度は感銘を受けたようにしみじみとしている。


「いやぁ、良いですね。そういう話を聞くのも」


 ああ、女神ともなると人間の一生の体験談を聞くこともないのだろうか。


「……そうだ、良い案を思いつきました!」


 僕の話に相槌を打っていた彼女は、途端に目を光らせてそう言った。


「えっと、一応聞かせてもらっても?」


 その時、僕は無性に嫌な予感を察知していた。

 短い間しか彼女と共にいないが、この神がこういった顔をするのは大体ダメな時だと。


「はい! 貴方の話をもっと聞きたいので、どうでしょう————このまま何回も転生してもらうというのは!」

「却下に決まってんだろ」


 やはり、コイツは早急にクビにするべきだと思う。

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