第3話

後輩 前編


中学3年の出来事。

いつもと変わらない通学路をミチオと歩く。

登ったり降ったり、交差点で止まったり…

コンビニでコーヒーを買ったり。

なんら変わりのない道を毎日歩くが、不思議と飽きないのは、誰からも相手にされなくても学校へ行くと言う目標があるからだろうか…それとも、長い付き合いの友がそばにいてくれるからだろうか。


「あの…ちょっといいですか」

微風が吹き木々が色づき始めた夏の終わりの今日はどうやら、いつもと違うことが起きる気がした。



「はい…」

そう答えて振り返ると、そこには初々しくまだ新品の香りがする学ランを、首のフックまで締めた少年がこちらを見て怪訝そうな顔をしていた。


「木こり先輩ですよね。」

「そうだけど…」

「…」

お互い見つめあったまま無言の状態が続く。俺も人と話すことは慣れていない為、こう言う時になんと返したら良いのか頭の中で考えていると、彼の目線が左下に落ちる。


私も彼のその先を辿ると、そこには、早くいこーぜと、しゃがみ込むミチオがいる。

「……なんだよ」

「あっ…いや…あの。あっあの」

「お前、名前は?」

「はい…っと…えっ…足立です。」

「足立君か…もしかして、見えてるのかい」

野暮な質問かなと思いながらもそう問いかけると、彼の目つきが鋭く変わる。

「じゃぁ、話がはえーな」

「あ?」

こちらに近づき肩を思いっきり殴られる。

「いって、何するんだよ。」


「嫌われ者の懐にたかり、宿主の生命を喰らう。あほくさ…あんた…そいつに騙されてんだよ。あんたの担任の伊藤とか言うやつも、鱗が光って眩しいんだよ。学校にいるだけで、校舎全体が動物の小便臭くてたまらねぇ。」


「なんだよ急に殴りかかってきて怒鳴って、第一、お前に俺らの何がわかる。」


「あんたのそれ、今すぐ払ってやるよ。」

足立の眼光に体が震える。これが、殺気というやつなのかもしれない。


「無理だよ。」

ミチオが立ち上がり、私の肩をさする。


「君には出来ない。」

俺の前に立ち両手を広げると同時に、その細い体から、大きな尻尾と、鋭い爪が生え、金色に輝く綺麗な髪の間から耳が浮き上がってくるのを、俺はただただ、見ていることしかできなかった。


「そんなことしても無駄だよ、ミチオ。」

そう足立がはなった言葉は

微風と共に俺の頬を伝い何処かへと消える。

そのほんの一瞬、時が止まる感覚さえ覚えた。

「………なぜ君が、ミチオの名前を知っているんだ…」



「あー、先輩は引っ込んでな。」

ミチオを挟んだ向こう側にいる足立がそういうと、両手の親指と人差し指と中指を合わせて、それを口元に寄せる姿が見える。


「木こり、彼はね…君と出会う前に…」


その言葉を最後に

ミチオが目の前から消えた。


「あ、消えたかー、なんだよ、唱える前にいっちまった。あはははははははは、よえーなー、ミチオ」


彼が目の前でゲラゲラと笑っている時、俺の頭の中には、今まで過ごしたミチオとの記憶が、鮮明に蘇り一筋の涙が溢れる。


「なんで…なんで…君に一体何をしたっていうの…」

その言葉を出すだけで精一杯だった。


「あはははは、あーごめんなさい、先輩に失礼な口、聞いてしまいました。ミチオはひどいやつでね、僕は神社の神主の息子なんですが、祖父を殺された経緯から代々、ミチオを恨んでおりまして、いやー、やっと見つかってよかったですよ!こうやって、払えたし、先輩も死ぬとこでしたよ!」


良かったですねと、言われて頭の中がぐちゃぐちゃなりそうだ。

ミチオは俺だけが知る存在だと思っていたが、いつからこの世にいるのだろうか。

足立のお爺さんが殺されたなんて、俄には信じ難いが、たまにみるミチオの変わった姿を見ると、もしかしたら…と思う。

でも…


「でもミチオは…いつも優しくて、ずっとそばにいてくれて、俺は幸せだった。」


「だから?…それで命取られるの、おかしくないですか?」


「そんなのどうでもいい…ミチオは俺の事を拠り所だって…言ってくれて…俺も…」


「お前今、なんて…」



「拠り所って言ったのさ」

足立の後ろからミチオが姿を表し、ギロリと睨みつけたまま、俺の方へ背中を向けて、戻ってくる。


「なんで…」

足立が尻餅をついて、ガクガクと震え始める。


「君は何か勘違いをしている様だね。木こり、びっくりさせてごめん。もう大丈夫だよ!」


また涙が溢れて膝の緊張が解け倒れ込む。


「ミチオ…良かった。本当にいなくなったと思った。周りから見えない存在…例え霊体だったとしたら、もし仮にミチオが、本当に成仏やお祓いされたとしたら…」


「どうして…嘘だ…」

足立は酷く震え歯をガタガタと鳴らしている。


「君の親族が神から貰い受けた山を、勝手に開拓して、山の祠もろとも壊したせいでお爺さまは死んだんだ!人間の欲のせいで、」


「そんなの嘘だ…」


「君のお爺さまは僕の飼い主だったんだぞ!」


「一体、どういうことなんだ…なぁ、ミチオ…俺、分からない。」


「木こりはもう大丈夫だから落ち着いて!ほら2人とも立って!今から、神主、足立君のお父様の元へ行こう。」

そう言って、ミチオが差し伸べる手を掴み

立ち上がるが、頭の整理が追いつかずただ呆然と立ち足立を見つめるが以前震える彼もまた、俺と同じ状況のようだ。


ほらっとミチオが足立に手を伸ばすが足立はそれを振り払おうとしたが、ミチオの手を通り抜ける。


「マジかよ…神体だなんて…」


そう呟くと白目をむき、そのまま気絶してしまった。


「しょうがないなー、木こり…ちょっと手伝ってよ!」


「なんで…」


「僕がおぶってたら、足立は気絶したまま宙に浮いて見えるだろ?それだと変だよ!」


理解が追いつかない中ではミチオの言うことに従うのが一番だと感じまだ震える足を叩き、足立を背負う。


「それじゃ、行こうか」

そういうと、俺の後ろに周り、安達のお尻をグイッと持つと、かなり負担が減ったので、

普通に疲れを感じずに歩くことができた。


「なぁミチオ…詳しく話聞かせて欲しいんだけど…」


沈黙が訪れて辺りの空気が一気に冷えだす。


「その時が来たら、話すさ…だから今はこのままでいよう。」


そう言われてから深く考えることはしなかった。

ミチオにも辛い過去があるのだろう…俺なんかよりももっと辛い経験をしているのかもしれないし、その時が車で、ミチオから口を開くまでこの話はしないと決めた。


田舎のシャッター街を抜けると、大きな鳥居が見えてくる。

目の前には絶望的な坂道が立ち塞がっていて、とても登る気にはなれない。


「ここ登るの?」


と聞くと、当たり前だろとミチオは笑う。


登る先を見渡すが、ゴールが見えない。

思い切って一歩を踏み出し、少しずつ進む。

足立の重さはあまり感じなくても登るだけで息が上がりジワリと汗がにじむのがわかる。

いかに普段から運動不足か思い知らされる経験をした。


登り始めて10分くらいだろうか、遠くからシャッ、シャッと音がする。


「ほら、もう少しだから頑張れ!」


そう言われて顔を上げると狩衣を着た50代くらいの男性が箒で通路の掃除をしている。


「あっ、あの…すいません!」

普段から運動をしない疲労が溜まった足を酷使したせいか、その場から動けなくなる。


「君は…」


カランとその男性が持っていた箒が地面に落ちて音を立てる。


「この間から嫌な予感がしてならなかったんだ…君達、こっちへきなさい…」


どうやらこの人はミチオのことも見えてるようだし、慣れた手つきで本殿の扉を開けていることからここの神主、足立のお父さんだということを察することができた。


ミチオに押されながら、足立を担いだまま重たい足を前に動かす。


「あのお賽銭とかは…」


「そんな用事じゃないだろう。君は清らかな心を持っているね、そのまま入りなさい。」


足立を畳の上に慎重に寝かせ、自分もその場へ倒れ込む。

ふーと息を整え改めて本殿の中を見るとキラキラ輝く装飾や丁寧に彫られた木細工に目が輝きを隠せない。


「まずは、ミチオ…本当にすまなかった。先代や親族の欲の甘さが原因で取り返しのつかないことになってしまった。本当にすまない」


「本当にそう思ってるのかい?僕は少なくとも飼い主を失った。君たちや村の全員から忌み嫌われて…それでも僕はずっとここにいたんだ。ずっと1人で、この場所を守ったんだよ。」


「それで彼を拠り所に選んだと…」


神主が生唾を飲みミチオにそう尋ねると、ミチオの表情が険しくなる。


「木こりには手を出さないでくれ。僕が一番大切にしている人だ。役目を果たすまで、ずっとそばにいるんだ。」

ミチオは肩を震わせ、その獰猛な目からは涙がこぼれている。


「安心して聞いていい、君は御神体になったんだ…払うことはせんよ。」


そう言うと神主は数本の長い線香に火をつけてお経を唱え始める。


唱え始めて少し立ったことだろうか。

俺の心がひどく苦しくなるのを感じる。

その痛みと共に、どんどん経を上げる声も大きくなり、ついには座っていられないほどの痛みに変わる。


ミチオの体がどんどん毛が逆立っていくのが見えたので、俺は身体の苦しさを我慢して住職の背中に飛びついた。


「あんた…それでも今…ミチオを払おうとしたろ…」


「違う…払うのは君だよ」


神主は細い目を開けてこちらを睨む。


そうするとガタンと本尊に奉られる像が倒れてきた。


「親父…もうやめとけって…」



そこにはよろよろとこちらに向かってくる足立の姿が見えた。



「親父も…金目的だったんだろうが…気を失ってる間そう見せられてな…ミチオに…こいつは嘘をつかねぇ…ついてるのはテメェ……がは…」


みると、神主が足立の腹に棍棒のようなものを突き刺していた。


「ガキには知らんでいいこともある。」


ゆらゆらと左右に体を揺らし経を唱えながら、一本の糸で垂らされた煙の出る箱を振り回しながら本堂の中をぐるぐると回り始める。その体からはドロドロと黒い液体が流れ両目は方向を変えながらブリッと飛び出てくる。


「親父…」


「違う…あれは君のお父さんじゃない。」


「ガッ…アァァシコミ〜カシ……コミァァ」


「苦しい…ミチオ…助けて」


「ガッアアアアアアアアアアア」

俺の方へガタガタと走ってくるそいつはもう人の原型をとどていなかった。


「なんの騒ぎだ!」


ピシャッと本堂の扉が開き一筋の光が流れ込んできた。


「えぇい厄介なものを連れ込みよって…」


「ダァ〜〜ユレノホニネチノヘニルマソトチル」


その時、シャリンと澄んだ音が境内に鳴り響く。

その音に空気が澄み渡りそこにいるみんなが静寂に包まれた。


「親父になりすましやがって…」


振り返ると、足立が両手を合わせ下にかお経のようなものを唱えながら左手を横に振りかざす。


「ガッガアアアアアアアアアアア」


得体の知れない塊は絶叫をあげて灰のようにふわふわとその姿が崩れていく


「足立もういい、あとは僕がやる」


ミチオが怪異に鋭く尖った牙で噛みつく。


そこに足立のお父さんが、両手の手のひらを

その物体に押し付けると、怪異はものすごい勢いで、お堂の奥へと吹き飛ばされる。


そいつはもう、原型をとどめておらずガァ、ガァと泣くだけだった。


「貴方たちは、あれは一体………」


失禁し腰が抜けたままの状態で放てる言葉はそれしかなかった。


「木こり、大丈夫かい」


ミチオが優しく微笑みながら伸びた牙や耳が、歯茎や頭皮の中に戻っていく。


優しく後ろから包み込むものに足立と足立のお父さんの視線を感じながら薄れていく意識を任せた。

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