第7話
「さぁーて、入りますか」
ユキがいなくなってしまったので、一人で喫茶店の前に立っているわけにもいかない。中に入ればこの街の調査員が待っているはずだ。
調査員は、事件が起こるよりも前からこの街で暮らしている人物なのもあり、直接の面識はない。知っていることといえばここに来る前に渡された資料の作成者だということくらいだ。
喫茶店の扉を開くとカランカランと乾いた音が鳴った。
店内は、街の中の派手な景色と違い派手な色や物はなく、着の自然な色を中心とした落ち着いた雰囲気の内装をしていた。
中に入ると、カウンターに立っていたこの店のマスターと思われるダンディーな男性と目が合う。彼は、お好きな席にどうぞと一言だけ言うと、手に持ったグラスをくるくると回しながら拭き始めた。
言われなくても勝手に奥のテーブル席に進んでいく。待ち合わせの場所は一番奥にだからだ。
テーブル席の背もたれは高くて姿は見えないが、人がいる気配はあるのでもう座って待っているようだ。
一番奥の席に座っていたのは、初老の男性だった。白髪にひげを蓄えてはいるが、姿勢はビシッと正しく、スーツの上からでもわかるくらいに体はがっちりと筋肉質だ。そのおかげもあり体つきから年齢は感じない。顔を隠せば二十歳以上は若く見えそうだ。
「あなたがシリウスさんですか?資料で見たよりもだいぶお若いようですね」
男性は、こちらには視線も向けずに席の横まで来ていた俺に話しかけた。こちらに気付いた様子がない状態で次話しかけられたので、驚きで体がビクッとなってしまう。
「あなたが、この街の調査員ですね」
驚いた様子を隠すようにあくまで何もなかったように平静を装う。横目でこちらを見ていたマスターがくすくすと笑っているのが見えたが気にしない。……気に、しない。
マスターが見えると辛いので、逃げるように席に腰掛ける。
「はい、今回サポートさせていただきます、ロブと申します」
丁寧な口調のロブだが、体格のおかげか威圧感がすごい。本人にはそのつもりはないのだろうが、正面から向き合うとまるで歴戦の戦士を相手にでもしているようだ。別に戦うわけではないのに自然とこぶしに力が入っていた。
「送っておいた事件の資料は読んでいただけましたでしょうか」
「はい、一通りは読んできましたけど。……というか、こういう話をここでして大丈夫なんですか?」
店内にはオレたち以外の客はいないが、マスターはいるし、ここが喫茶店である以上客が入ってくる可能性もある。そんな場所でこんな話をしていいのだろうか?
「大丈夫です。マスターと私は旧知の仲でして、今回の件についてもいろいろと協力もしていただいているんです。お店についてはこの時間は閉めてもらっているので、ほかのお客様がいらっしゃることもないです」
俺の質問は想像の範疇だったようで、しっかりと根回しは済んでいたようだ。マスターには喫茶店を閉めさせて悪いとは思うが、街の危機でもあるのでそこは我慢してもらおう。そのおかげで心置きなく話もできるのだし。
「ならいいです。続きをお願いします」
「はい。では、資料の内容も確認しながら順序を追って話をさせていただこうと思います。
事の始まりはふた月ほど前に路地裏での不審死でした。路地裏の死体というのは一昔前のこの街では珍しいものではありませんでした。なにしろ路地裏が芸術家たちの違法建築で迷宮のようになっているからです。街の人間でも迷いかねないほどにです。ですが、その時の遺体はそういうものではありませんでした。頭からスッパリとキレイに切断されていたんです。
本来人間の体をキレイに切断するには技術がいります。どこを切るか、どう切るか、技術がいるからこそギロチンのようなものが作られたくらいですから。なのに、あの遺体はそんなもの関係なしに頭から股までをまっすぐに体を両断していたのです。そんな遺体が一人ではなく、十数人も。おそらく路地裏の迷宮の中にはまだ見つけられていない人がいるでしょう。
それだけの人数を殺害されたにも関わらず、証拠は何も残っていません。目撃者もです。見た人間はすべて犠牲になっているのでしょう。
人間離れした殺害方法、証拠も目撃者もなし、その二つから殺人鬼は異能者であると判断し今回魔法使い様に依頼をさせていただいたわけです。簡単ですが、ここまでは資料に記載させていただいた内容のおさらいになります」
ロブが淡々と告げた内容はすでに資料で知っていることだけだったが、それでも改めて今回のことを聞くと驚きしかない。殺害方法についてもだが、ふた月ほどで十数人いやそれ以上を殺害したという頻度の高さだろう。一週間で一人以上の頻度での犯行、そしてその証拠を一切残さないというのは驚異的だ。警戒するべき相手と考えるべきだろう。なんでこんなのが初仕事の相手なんだよ……。
「そしてここからは新しい情報を。まずは被害者の共通点として全員が男性という点です」
「……男だけが狙われている、ってことですか?」
そういえば資料には事件の概要は書いてあったが、被害者の詳しい身元などは書いていなかった。相手が殺人鬼と聞いていたので、無差別だと勝手に思っていたが共通点があるならその方向から正体がわかるかもしれない。
「今まで見つかった遺体を確認したところ、そうでした。元々この街は男性の比率が高いので偶然かとも思いましたが、それでも三割は女性です。だから、女性が全く被害に遭っていないというのは意図のようなものを感じざるを得ません」
俺の質問に対して、ロブはそう言い切った。
街の人口がどれだけか知らないが、俺が街を歩いた印象では全く女性がいないということはなかった。少し歩いただけでも女性を見かけたし、ユキだって女性だ。ロブの言った通り偶然という可能性も考えられなくはないが、何かしらの理由があって男だけを襲っている。または女性を避けていると考えるのが自然だろう。
「じゃあどういう意図があるんですかね?」
「さあ?それがわかれば犯人は捕まってるんじゃないんですかね」
なんとも残念そうにロブは肩をすくめて見せた。その仕草はさっきまで感じていた彼の威圧感をほんの少しだけ緩めた。
それがわかれば苦労はしないか。被害者の傾向が見えただけでも進歩だろう。
「ですよね……。ほかにわかったことは?」
これ以上考えても答えが出るはずもないのでいったん話を先に進める。
「来る前に送ったものの追加資料になります。何枚か刺激的な写真もあるので、気を付けてください」
ロブはカバンを取り出すとその中からファイルを取り出した。そしてそれを机の上に広げてオレに見せた。なぜだか少しだけ口角が上がっていた気がしたのは気のせいだろうか。
ファイルから資料と取り出すと、報告書と一緒に何枚かのショッキングな写真が出てきた。
写真は、事件の被害者たちのようだが、バラバラで血まみれになっているので全部同じものにしか見えなかった。
そんなものを長時間は見ていられないので、ぱらぱらと流し見するとすぐに報告書の方へと目を移した。
報告書の方は、死体が発見された場所や状況、死後何日たっていたかなどが事細かに記載されていた。死体発見までに時間がかかりすぎてしまい、正確な時刻が分からないものもあったようだが、見た限りほとんどが深夜に殺害されているようだった。
重なった報告書をさらさらとみていくと、一番新しい日付の報告書の最下部、備考欄に気になる一文を見つけた。
「?……この『最初に比べ、殺しに慣れてきたように感じる』ってどういうことですか?」
さらっととはいえ、一通りはすべて見たつもりだったのだがオレはそんなことは感じなかった。そのなにかをロブは感じ取ったのだろう。だからこそ、一番下の備考欄とはいえ、報告書にもそう書いた。
「いえ……、本当に所管なんですが、最初の方の遺体に比べて、着られている箇所が増えているのです。しかも手や足などの急所から外れたところに致命傷にならないほどの小さな傷ばかりが。まるで殺さずにいたぶっているように」
そうやって言われてみると、最初と最新で比べると細かい傷が増えている気もしなくもない。だけど、本当に些細な違いで素人の目では誤差程度にしか感じない。そんな些細な違いにまで気が付くほど、ロブは死体を見慣れているということなのだろう。体つきやオーラから只者ではないとは思っていたが、本当に何者なのだろう。
「遊んでいるってことですか?……人殺しで?」
「異能の使い方が分かってきて、使うのが楽しくなってきたという線もありますね」
「……そういうもの、なんですかね」
自然と声が沈んでしまっていた。
異能を使うのが楽しい、なんて感覚はオレにはわからない。ましてや、人殺しに使うなんてますます感覚が知れない。それはオレがこの力で人を傷つけることの意味を知っているからなのかもしれないが、とても気持ちが悪かった。
新しい情報はそれくらいだった。そのあとは資料にあった内容の気になることを聞きなおしたりしたが、特に収穫はなかった。
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