(6)初めての日本(後半)

 喫茶店から1.5kmほど離れた場所で、僕とアネッサは公園のベンチで座っていた。

 本来なら今頃図書館に既に着いていてもおかしくない時間帯なのだが……アネッサがどうしてもこの国の子供達の遊んでいる姿を見たいと言い出したので、こうして公園のベンチで子供達を見守っている。


「この国の子供達は本当に…幸せそうね」


「あぁ、僕たちの世界は魔王軍なんてもん存在しないからな。子供達は安心して遊べるんだよ」


この、"魔王軍"という情報も王城の図書館で得た情報だ。


「ふーん、良いね。こういう国を目標に、シュケイツも平和になっていってほしいな…」


僕は今になって自分の言動がアネッサにとっての元の世界を思い出させたのだと思い、反省した。

やはりこの口下手は今すぐに治すべきだ。


「あー、いやシュケイツもめちゃくちゃ良い国なんじゃないかな…日本とはまた違う良さがあると思う…」


「ふふっ、やっぱり君褒めるの下手だね(笑)」


僕は小っ恥ずかしくて顔を自分の両腕で覆い隠した。


「それじゃあ、図書館まで行こっか?」


「あ、あぁ」





 僕とアネッサが公園を出て、曲がり角を曲がった瞬間ソイツは突然現れた。


「おっ!司ァァ、何してんだよ。って、えぇ!お、お前が女と一緒に!?」


そう、コイツこそが僕が魔法基礎学を自慢しようと考えていた親友であり、ヤンキー感が否めない茶髪の精悍な顔つきの男"佐伯和信"(さえきかずのぶ)である。


「マジかよォォ、まさかお前に女が出来るとは夢にも思ってなかったぜェェ」


「あー、その、なんだ。僕たちはお前が察しているような関係じゃないぞ」


「そ、そうよ!私は第一王jy………た、ただのアネッサよ!」


危うく"第一王女"などと言いそうになっていたが、まぁギリセーフだろう。


「んだよォォ、じゃあ、どんな関係なんだよ?」


 佐伯は僕達を怪訝そうな顔で見つめている。


「彼女は僕の家にホームステイしに来たアメリカの子なんだよ!」


「そ、そうです。私は司君の家にホームステイしてるんです!」


「ほォォ、なるほど、そっか。ワリィィ、勘違いしちまったわ。」


こうして、素直に謝ることが出来るのがこの男の良さの一つだろう。


「んで、お前ら今から何処行くんだよ?」


「今から図書館で彼女に日本の文化やマナーを教えようと思ってね。図書館なら色々な資料があるだろう?」


「なるほどなァァ、うしッ、俺も図書館付いて行っていいか?丁度暇なんだよなァァ」


 一度アネッサに了承を取るべきか…とも考えたが、この男に限ってアネッサに対して嫌な行為はしないだろう。

教えるのにも1人じゃ限界があったからコイツにも付いてきてもらって2人体制で教えるとしよう。


「あぁ、付いてきてくれると助かる」


「うしッ、じゃァァ行くかァァ」


 そうして、佐伯とアネッサと共に向かった僕たちは10分後、無事に図書館へと着いた。


「へぇ、ここがこの国の図書館なのね。何故だかよく分からないけど涼しくて快適な場所ね」


 おそらくその涼しさの原因はクーラーのせいだろう。

この"クーラー"についても彼女には教えなければならない。


「うしッ、こんなもんで良いだろォォ!」


ドスンッッ!という音が図書館のテーブルに響き渡る。

その音の正体は、日本の文化やマナー作法といった内容が書かれている本が積み上げられたタワーのせいであった。


「うへぇ、この量全部覚えなきゃならないの?」


「いや、流石にこの量を全部覚えろとは言わん。重要な言葉だけ抜き出していって、他の子達と一緒に話せるレベルまでを目安に頑張ろう」


「はーい」


 アネッサは僕たちが教える前から嫌そうにしていたが、いざ教えていくと日本のことについて興味津々なアネッサは10教えたら10覚える優秀な生徒となった。


「だからァァ、朝は"おはようございます"昼は"こんにちは"夜は"こんばんわ"。アメリカはハローで全部済ましちまうのか分からねぇが、日本は時間帯によって変わるんだァァ。覚えとけよ。」


無論、アメリカにも"こんにちは"や"こんばんわ"という言葉は存在するが、今は佐伯の勘違いを上手く利用してやろう。


「ふむふむ、教えてくれてありがとう。……えっと、さ、えき君?」


「大丈夫、佐伯(さえき)であってるぜェェ。礼には及ばねェェ。なんたって司の家に泊まる子なんだからなァァ」


やはりコイツは良いやつだ。

また今度ラーメンを奢ってやろう。




 そうこうアネッサに日本の勉強を教えていく内に、日が暮れてしまったようだ。

僕が時計を確認した時点で17:30を回っていた。


「アネッサ、佐伯。もうそろそろ閉館時間だ。」


「おォォ、もうそんな時間かァァ。んじゃ、俺はここで帰るとするわ」


「佐伯、ほんと助かった。お前が居なけりゃ僕は口下手だからアネッサにここまで教えられなかったかもしれない」


「んなこたァァ、気にするもんじゃねぇぜェェ。今度ラーメンでも奢ってくれりゃチャラだ」


などと冗談めかして去っていく佐伯の後ろ姿を見送りながら、僕はアネッサと共に帰路へついた。


「はぁ~、ほんと日本ってムズカシイわねぇ」


「お疲れ様」


僕は彼女へ労いの言葉を掛けながら自販機で購入したあま~いミルクティーを彼女に渡す。


「えっと、これはこのフタの部分を捻れば開けられるのよね?」


「あぁ、そうだ。アネッサは記憶力が良いな」


「今日教えられたことを今日忘れたらそれは馬鹿でしょ(笑)」


「確かにな(笑)」


こうして僕たちは雑談を交わしながら玄関まで辿り着いた。


「アネッサ、覚えてる?」


「大丈夫だってば(笑)」


「じゃあ、いくぞ」


ガチャリ…


「「ただいま~」」


こうして、僕とアネッサの土曜日は締め括られた。






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