パシリ王子と暴君姫
川木
パシリ王子
「見て、王子だわ」
「ほんとだ。ああ、姫もいるよ」
「あの二人、よく一緒にいるけど、幼馴染なんだっけ?」
「そうらしいよ。何度見ても絵になるよねー」
などと言う会話が行われている視線の先、中庭のベンチ。王子と呼ばれた女子生徒の玉田莉子(たまだりこ)はお姫様と呼ばれる同じクラスの少女、初音美姫(はつねみき)にジュースをさしだしていた。
「美姫ちゃん、お待たせ」
「莉子、遅い。私が呼んだら1分で来いって言ってるだろ」
「無茶言わないでよ」
姫、と名前についている美姫は小柄で髪も長くまるで人形のように儚い美しさを持つ、その名前がぴったり似合う容姿を持ちながら、まるでチンピラのように莉子にそう悪態をついた。そして見た目だけはお淑やかにジュースを受け取り飲んだ。
「あのさぁ、美姫ちゃん。いつまでこんなふうにパシリしなきゃいけないの?」
「さぁね、私が飽きるまでだよ」
二人は幼馴染であった。莉子は成長が早くすくすく育っていたが気が弱く、逆に小さいのに気が強い美姫と正反対な二人だったが、家が近いこともあり幼稚園から小学五年まで仲良くしていた。だけど美姫が転校したことでその関係は終わった。それから莉子は一念発起して中学でバスケをはじめ、高校生になった今では一年でバスケ部のエースとして王子とからかい半分だがよばれるくらいには人気者になっていた。
高校入学で再会した時、美姫から声をかけたが気づかなかった莉子はそれに怒り、泣き虫で美姫の後ろをついてまわった恥ずかしい過去をばらされたくなかったらパシリな。と命じたのだ。
昔から暴君だった美姫は莉子が自転車に乗れるようになってからは二人乗りで莉子が足になるよう命じたり、莉子がお菓子を買えば必ず半分徴収したりとやりたい放題だったので、ついつい逆らえずに莉子は言うことを聞いてしまいすでに一月以上パシリをしていた。
「ひどいよ。美姫ちゃんだってすっかり雰囲気が変わってる癖に。私だって美姫ちゃんの過去を知ってるんだよ?」
「バラしたきゃバラしゃいいだろ。私は親の命令と小遣いの為に外面よくしてるだけだ。莉子みたいにちやほやされたいとかねーから、知られて引かれてもどうでもいい」
「ち、ちやほやされたいわけじゃ」
「へー? 王子って呼ばれて満更でもないみたいだけど? つか、私は名前に姫が入ってるから普通だけど、何だおまえの王子。百歩譲って玉子だろ」
「それじゃ悪口じゃんかぁ」
意地悪そうな声音で言われて莉子は唇を尖らせた。
正直に言って、王子などと言われてちやほやされいるのは高校デビューと言ってもいい。ちやほやされていい気分なのも本当だ。だけど中学の三年で少しずつ垢ぬけて自信をつけてきたのに、そんなに馬鹿にしなくてもいいのに。といじけてしまう。
その表情は美姫の知る小学生時代と変わらず、美姫はくくっと笑った。そのもれる笑い声は悪ガキのものなのに、見た目が可憐なお姫様なので脳みそが混乱しそうだ。
「で、今日は部活ないんだろ? どこ行ってたんだよ」
「図書室に本返してただけ。帰る?」
「おう」
ジュースを飲み終わったのを見て、莉子はゴミを受け取りながらそう提案する。美姫は当然のように渡しながら立ち上がった。莉子は幼少期からの刷り込みですっかり下僕として調教されていることに自覚がなかった。
「よっし。出していいぜ」
「はぁー、いつまで乗せなきゃいけないんだろ」
「ばーか、これはパシリじゃないからずっとだずっと」
「なんでそんな偉そうかなぁ」
自転車置き場につくと美姫は当然のように莉子の自転車の後ろに座った。再会してから普通に毎日朝から迎えに行っているので、そもそも自転車が一つしかない。しかもあれこれうるさいのでしっかりクッションをつけてと美姫向けにカスタマイズまでしているし。
莉子は仕方なくいつものように美姫をのせたまま自転車をおして出発した。学校の近くは二人乗りを注意されるので、しばらくは徒歩だ。
「そろそろいいんじゃない? 乗ったら?」
「公園のまわりは小学生もいるから駄目だって、前も言ったでしょ」
「相変わらず真面目ちゃんだなー」
ぶらぶら足を揺らす美姫は笑いながらそう言った。馬鹿にするような内容で、だけどその口調は親しみを込めた優しいもので、莉子は黙って前をむいた。
「あっ、危なーい!」
警告する声に莉子は思わず立ち止まって公園の方を見る。こちらの上を見るグローブをつけた少年が目にはいる。つられたように目線をあげて、野球ボールがこちらに向かっていた。
「わっ」
莉子は驚きに声をあげながらも、咄嗟に体が動かなかった。自転車のハンドルを握る手に力をこめながらも、前にも後ろにも足が動かず、ただぎゅっと目を閉じた。
「……?」
すぐにボールがどこかにぶつかると思ったが、莉子に衝撃はなかった。目を開けると、自分のすぐ前に手があった。ボールを掴んだ手。腕をたどるように振り向く。
荷台に座った美姫はボールを手を引き、ボールを手ににっと笑った。
「ほんと、相変わらずびびりだな」
美姫はそう言ってボールを軽く手でもてあそび、少年に投げ返した。お礼を言われて軽く手をふる姿はいつも通りだ。
そのそっけなくいつも通りのちょっと意地悪な言い方。だけどその姿に、莉子はかーっと体温が上がるのを自覚していた。
わかっていた。ずっと前から知っていた。美姫が格好いいことなんて。
昔からそうだった。どうしようもない暴君だったけど、莉子が自転車に乗れるよう付き合ってくれたのも美姫だった。自分がお菓子を持っていた時も必ず半分分けてくれた。向かってくるボールにいつも目を閉じるしかできず、ドッチボールでいい的だと狙われる莉子をいつも守ってくれた。体調不良で早退するとき、自分も勝手に早退して莉子より小さいのに家までおんぶしてくれた。
本当に困ってる時、助けてほしい時、いつも美姫は莉子の前にいた。俯く莉子を助けてくれた。そんな美姫が世界一格好いいなんて、そんなことずっと前から知っていた。
だから美姫がいなくなって悲しくて寂しくて、美姫みたいになりたくてずっと頑張ってきたのだから。
美姫の格好良さにどうしようもなくドキドキしてしまう。だけどこんな自分を見られたくなくて、莉子は美姫に応えずに前をむいてまた歩き出した。
暴君な美姫を素直に褒めて調子にのらせたくないのもある。だけどそれ以上に、ボールを投げられても大丈夫なようにバスケを選んでいくらでもキャッチできるようになったのに、結局こんな風に無様に助けられた自分が恥ずかしくて、莉子は何も言えなかった。
一方的に憧れて守られるだけじゃない。そう思っていたのに。恥ずかしい。だけど、全然見た目が変わっても、全然変わってない格好いい美姫で嬉しい。そんな相反した複雑な気持ちも絡み合い、莉子は胸がいっぱいだった。
「……」
それに対して、美姫は声をかけなかった。
隠したつもりで前をむいているが、正面で向き合った状態で真っ赤になったので普通に恥ずかしくて真っ赤になっているのはわかっていた。美姫の格好良さに見惚れたなとも察していた。
可愛い奴め、と上機嫌になったのでさらにからかうのはやめてあげたのだ。
美姫にとって莉子は昔から可愛い子だった。健気に後をついてくる可愛い妹分であり、時に勉強をおしえてくれたり頼りになる友人であり、大事な幼馴染だった。
高校で再会できたのは偶然だけど、とても嬉しい偶然だと思いながら声をかけた。なのに第一声が「誰?」で、名前を言っても喜ばずに顔をひきつらせたのだ。これで腹がたたないわけがない。なので罰としてパシリを命じたのだ。
あまりに女らしくない美姫が中学になると同時に親は堪忍袋をぶちやぶり、女らしくしなければ小遣いなし。次喧嘩して呼び出されたらご飯抜き。と非常に厳しい沙汰をした。なので仕方なく、喧嘩を売られないよう大人しく弱そうに振る舞っている。姫などと呼ばれるのは気持ち悪いが、弱い者の代名詞なら仕方ないと思っている。
自分がそんな風に変わっているのだから、莉子が変わっているのも別に変とも思わない。いい変化だと思う。すくなくとも、美姫が知っている莉子のいいところは何も変わっていなかった。
また前と同じように仲良くやりたいと思っている。だけど美姫は何だかんだ普通に言うことを聞いてるだけでパシリもあまり罰になっていない気もする。もっと本気で嫌がって、そして素直になってちゃんと再会の時のことを謝って、また友達になれて嬉しいと本心を言ってくれたならいつだって許してあげるのに。
などと非常に上から目線で全く素直じゃないなぁ。とそんなことを思いながら美姫は苦笑して、莉子に家までおくってもらうのであった。
○
「あ、あの。さっき、ありがと。その、びっくりしてお礼言えなかったから」
「ん? ああ、気にすんな。莉子を守るのは私の役目だからな」
「えっ!?」
玄関で美姫をおろし、さすがに気持ちも落ち着いたのでお礼を言った莉子だったが、美姫があっさりと言った言葉に驚いてしまう。
「なに変な顔してんだよ。そんな驚かれると、ちょっと照れるだろ。昔からそうしてただろ」
「それはそうだけど。でも美姫ちゃん、私のことパシリ扱いするし、昔はもうちょっとちゃんと友達扱いしてくれてたのに」
ちょっと照れたような可憐な顔で頭をそっとかいたお姫さまな美姫だけど、その振る舞いは子供の頃のガキ大将のようで少し懐かしくて、思わず嫌味を言ってしまう。
すると美姫はむっとあからさまに表情をゆがめた。その顔は整っていて学校では済ました表情が多いだけにギャップで見慣れたはずの莉子もぎょっとしてしまう。
「ふん。久しぶりに会った友達に、あからさまに『げっ』って顔をするのかよ、お前は。私を友達から外したのはお前の方だろ」
「え、いやそれはその。会いたくなかったとかじゃなくて。その、昔と変わったから、単純に過去を知る相手に会うと気まずいって言うか。美姫ちゃんはほら、悪気なく昔と同じように振る舞いそうだし」
美姫とのことは多くが綺麗な思い出としてあこがれの対象なのはまちがいない。だけどやっぱりこう、こき使われたり悪戯の罪を無理やり共犯にされたりと苦い記憶もあるわけで。
デリカシーゼロで一切の悪気なく、昔は泣き虫ビビりだったよな! などと大声で風潮されてしまうのではないか、と言うイメージがあってつい表情にでてしまったのだ。過去を捨てた、と言うと大げさだけど同じ中学の人も少なく、心機一転頑張ろうと言う気持ちだったのでなおさら。
「はぁ? 私の事そんな風に思ってたのか?」
「ご、ごめんて。でも久しぶりだと性格とか変わってるかもだし、しょうがないじゃん」
「はー? じゃあ今は私の事どう思ってるんだよ」
「どうって」
もちろん、美姫が嫌いなわけではない。パシリをおしつけられるのはうんざりだけど、呼びつけられていること自体は美姫に頼られているようで悪い気もしないのだ。
とびきりキュートになったビジュアルも魅力的だし、2人でいると他の人からより好意的に見られている気がする。それになにより、単純に気を使わなくていい。格好良くなりたくてバスケを始めただけあって、そのバスケ部の人はもちろん、高校に入ってからはクラスメイトの前でもしっかりした人だと思われたくていいカッコをしているのだ。それでちやほやされていい気分だけど、四六時中それでは疲れる時もある。
だけど美姫といれば自然と二人になれるし、何一つ気を使わなくていい。どんくさくても情けなくても、言葉一つ馬鹿にしてくるだけで、本気で見損なわれることはないのだ。美姫も外面を理解してくれているから今となっては本気でばらされる心配はしていない。
だからこのパシリごっこをなくして、普通に昔みたいな友達に戻れたら、いや昔もまあまあ親分子分だったし、できれば対等な友達になれたら。と言うのが莉子の偽らざる本音だった。友達になったあと、もっと仲良くなるかどうかはおいておいて、とりあえず普通の友達になりたい。
「えっと、友達になりたいって思ってるよ」
「は? お前、私のこと友達じゃないと思ってたのか?」
「ええっ、いやあの、美姫ちゃんが自分から私が友達から外したとか言うから」
睨まれてしどろもどろに言い訳するりこ。これは素直に友達になりたいと言えば、改めて仲直りできて普通に親しい友達になれるのでは、とそんな期待を抱いて頬を染めながら正直に言った莉子だったが、美姫はまさかのしかめっ面を継続であった。
「もう許さねぇ。お前、罰として友達になってもパシリ継続な。明日も朝迎えに来いよな」
そして美姫は莉子に背を向けて玄関ドアをつかんで開けながらそう言った。一瞬声音から怒られている、と反省モードになりかけた莉子だったが、去って行かない背中と脳みそに届いたその内容に首をかしげる。
「……えーっと。友達にはなってくれるってこと?」
「は? わざわざ言わせんな。お前頭の中小学生か」
美姫は振り返らずに中に入って玄関を閉めてしまった。
だけどどうやら、改めて友達にはなれたらしい。すでにこの一か月の付き合いで、パシリではあるけど友達ではないとも言えない微妙な関係だったのだけど、だけどちゃんと美姫の気持ちを知れた莉子は頬がにやけるのをおさえられない。
パシリ、だなんて言われて最初は変わって調子に乗ってる自分が嫌いになったのかと思ったが、何だかんだ昔と変わらず何気ない会話をして一緒に遊んだりして楽しかった。
美姫の本音を聞いた今、パシリ扱いは莉子の再会時の態度が問題だったとわかった。つまり美姫もまた、莉子と友達でいたいからパシリと言っただけだったのだ。今の態度は照れ隠しでしかないだろう。きっと、明日から改めて、パシリとか上下関係のない友達になれるんだ。そう莉子は確信した。
「美姫ちゃん、また明日ね」
「……おう」
ドアは閉められたけど、物音がしないのでまだそこにいるのはわかっていたので挨拶すると。ちゃんと返ってきた。それが美姫が莉子を友達と思っている何よりの証拠だ。
莉子は嬉しくなってそのまま玄関ドアを強引にひらけて中に入り、その背中に抱き着いた。
翌日、朝一迎えにいった莉子は当然のように自分の自転車の荷台のりこんだ美姫に、パシリ継続は嘘じゃないことを知ってがっくり肩をおとすのだった。
とぼとぼと自転車を押す莉子がいずれこの関係が恋人になってもパシリなのは変わらないと知るのはもっともっと先の事である。
おしまい。
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