熱中症になりたい。
ハルシ
熱と花火
「こっちこっち!おっきいカブトムシ!」
「ほぁ…!!本当だ!大きいー!」
ある夏休みの日。僕は友達の陸と一緒に虫取りを楽しんでいた。燃え上がるような真夏の暑さの中、僕達は温かくなった土の上を走り回った。
陸が捕まえたカブトムシは大きくて、艶のある背中は太陽の光を写していた。
「空、このカブトムシあげるよ。今日まだ一匹も取れてないだろ?」
「いいの?こんなに大きいのに…」
「いいって!空の事好きだからさ!大事に育ててよ?」
空は僕の名前だ。僕は陸からカブトムシを受け取ると、大切に虫かごの中に入れた。
陸は友達と言っても僕より三歳年上だ。お兄ちゃんのような存在だった。
「僕の事好き…?へへ、僕も陸の事大好き!今日の花火大会見て、明日も遊ぼうね!」
「うん!当たり前だろ!!」
陸はそう言って走り出す。まだ昼だから、ご飯を食べたらまた遊ぶ予定だった。夜は花火を一緒に見ようと約束していた。
もうすぐで家に着く、その時、異変は起こった。なんだか陸の元気がないのだ。
「陸…?大丈夫?なんか汗凄いけど…」
「だいじょぶ…今日暑いから、はは、」
もうすぐで着くと言ってもまだ家には距離がある。近くにコンビニがあるから、そこで陸に休むよう提案したが、大丈夫、と断られてしまった。
「……ごめん吐くっ…!!」
そう言うと陸はしゃがみ込み、胃の内容物を吐き出した。びちゃびちゃという生々しい音が耳に響く。僕がただ立ち尽くす中、陸は吐き終わったと思えばそのまま倒れてしまった。陸の虫かごの中のカブトムシが暴れる音で我にかえる。
「り、陸!!え…嘘、どうしよう…陸、陸!!ぼ、僕どうしたら…」
陸の身体を揺さぶると、僅かに身体がピクピク反応した。まだ陸は生きている。
僕はほぼパニックで、近くのコンビニに駆け込んで叫んだ。
「と、友達が倒れて!!だれか!助けてっ…!!」
僕の叫び声にコンビニ内の客が僕の方を見る。ちょっと経つと、コンビニの店長らしきおじさんが走ってきた。
そのまま僕達は倒れた陸の方へ向かう。
「もしもし、救急車お願いします、子供が倒れていて…はい、はい……」
おじさんは救急車を呼んでいたが、僕はそんな事は気にせずに陸に呼びかけ続けた。
「陸…!陸!!どうしよう…あ…水筒…」
水を飲ませたら陸は少しは良くなるかもしれない。そう思って陸の水筒を手に取ると、中身は既に空っぽだった。
「君、ちょっとどいて…水かけて…!……心臓が…」
おじさんは陸の身体にペットボトルの水をかけ、僕にも水を渡してきた。が、陸が心配で全く飲めない。
そうこうしていると、救急車が僕達の前に来た。
✱✱✱✱✱✱
あれから一年。僕はまたカブトムシをとったあの場所を訪れていた。毎年、ずっとこの場所に来ても、もう陸はいない。
あの日、僕がコンビニに駆け込んだときにはもうすでに手遅れだったらしい。陸のあのピクピクという反応は、痙攣を起こしていたのだと言われた。
陸がくれたあのカブトムシは、まるで陸との思い出をかき消すようにすぐ死んだ。
「陸、僕ね、陸の事好きだったんだ…普通の好きとは違う好き…」
僕は陸が好きだった。友達よりお兄ちゃんのものより、恋人に向ける好きという感情だった。
だからあの日、花火をみたら告白するつもりだったのに。結局陸は花火を見られなかった。
病院で、花火の音と僕の泣き声が響いた。
今年も、今日が花火大会の日だった。
家に帰り、夜、庭から空を見上げると、大きな花火が一つ一つ、空に咲いては消えた。
花火は追悼や慰霊の意味があるらしい。できることなら、陸とずっと仲良くしていたかった。
どうか、陸とまた遊べますように。
ご飯できたよーと、母の声が家の中から聞こえた。返事をして、家に入る。入る前、僕は振り返り、花火を見ながらこう願った。
陸を蝕んだあの熱。あの時僕も熱中症になっていたら、一緒に逝けたのだろうか。
もう一度会いたい。
「きっとすぐ会えるよね、陸。」
陸と同じ場所に行く為に、僕は熱中症になりたい。
熱中症になりたい。 ハルシ @harusi444
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