おっさん現状を知る

 まるで自分が小人の様に小さくなったのかと錯覚する程に、周りの木々や低木、雑草などが大きかった。

辺りは真っ暗闇で、時折動物の鳴き声や鳥の羽ばたいた風切り音が聞こえた。雲に隠された微かな月明りだけが頼りだった。


(落ち着け…落ち着け…落ち着け…大丈夫だ…冷静になれ…)


 荒い息を吐きながら、ボロボロになったチクチクする布を引っ張り自分に冷静になれと言い聞かせるように何度も念じる。巨木と低木の狭間に入り込み、隠れられる場所を探す。山で遭難した(訳ではないが…)時のセオリーを思い出す。


(…どこから来たのかわからないから引き返せない…雨具はない…食料もない…防寒具は…このボロ布がある…)


 日の出まで低体温症を回避しなければならない。身体中痛いし衣服はいつの間にか薄い貫頭衣の様な物に変えられていた。通りで寒い訳だ。


(…死んでると思われて山?に捨てられたのか…?なんで俺がこんな目に…)


 雲が流れたのかひと際明るい月明りに辺りは照らされ、運よく巨大な木に洞が出来ているのを見つけた。入口も丁度低木で隠れる。

 虫は気にはなったが、背に腹は代えられない。自分一人ならば十分入れる大きさの洞だ。これで夜露を防げる筈だ。

  


 ボロ布に包まりながら一息つき空を見上げる。子供の頃山で遊んだ田舎育ちをなめるなよと星である程度の方角を見ようとした。


(…今は春だから北斗七星を探して…乙女座に…………えっ?!)


 暫く呆然としてしまったが、信じられない事に空には3つの大きな月が均等に仲良く並んでいた。


(春の大三角形‎ならぬ…月の大三角形…ははっ…月…3つ…嘘だろ…?)


 ここはもう白目をむいて倒れてもいい気がする。理性が感情に追い付けないほど心も体も疲弊している。


(…これは夢か?…夢だろ?…覚めろ!覚めろ!)


 世界で人気を誇った某アニメ映画の主人公の女の子の様に頭を抱え、念仏のように繰り返し覚めろ覚めろと唱える。少女には此処で薄幸の美少年がお握りをもって来てくれるはずだが…いい年したおっさんにはそんな都合のいいことは起こるはずがなく、今一度冷静になるように努めた。



(…なぜこうなったのかきっかけを思い出せ…)


 

 そう…



 切っ掛けは神社で左目に何かが当たった時からだ。驚いて足を滑らせた俺はそのまま階段を転げ落ちるはずだった。でも転げ落ちず足を滑らせたまま宙に留まっていた。


 謎の白い発光体が現れて…突然口を挟む隙間がないほどのマシンガントークでギャンギャンキンキン頭が痛くなるほど喚いていた。


 大部分は聞き取れなかったが…『~の世界にご招待』とか『人間はこの世界とばっははーい』とか言っていたはずだ。一方的に…


(……アイツ矮小な人間とか敬って諂えとか言っていたな…思い出せば出すほどなんかムカついて来たぞ?)


 咳ばらいをし、今一度落ち着けと暗示する。マインドコントロールだ。マインドコントロール。

 仮にここが俺のいた世界と違うと仮定しよう。いや。月が三つあるから違う世界なのだろうけれど…

 あの白い発光……いいやもう糞玉で。糞玉が何か有益な情報を言っていたはずだ。スキルとかハイスペックとか案内とか言っていたはずだ。スキルはよくわからなかったから自身が知る最高の四字熟語を出したはずだ。ハイスペックはわからんが…案内……


おい!案内いるなら出てみろ!

「………っ!」


 相変わらず声は出ない。が、ヴゥゥゥンというパソコンが立ち上がる時の様な音が聞こえた。


(何だ?)


『…はい。お呼びでしょうか?』


うわ!

「…っ!」


(突然声がして驚いたじゃないか!姿くらい見せろよ…)


『姿を見せることは今は不可能です』


(え?今声に出してなかったよな…?ってさっきから声出てないし…?)


 辺りを見回してもそれらしい案内人の姿は見えなかった。そういえば…目覚める前にこの機械の様な声を聞いたような気がする。いつの間にか静かになっていたけど…


『はい。私は共同体様の左目に座し、*^.?#•*の力を取り込み、吸収し私の力に還元し共同体様のスキルをこの世界に合うように最適化させておりましたが、先ほどその作業が終わりました所です』


(は?共同体様?って俺の事か?)


『はい。私は*^.?#•*に名を消されたこの世界の古き神の一柱の一欠片。我が依代を消された時に発生した星をも砕く力を*^.?#•*が相殺した代償に、遠い異世界への次元断層が開いたので私はそこに飛び込んだのですが*^.?#•*に見つかり…』


(…超新星って奴か?…それで俺の左目に入ったんだな。さっきから聞き取れないのは糞…否、あの白い発光体の事か?)


『その通りです。共同体様には大変申し訳ないことをしたと思います。*^.?#•*は人間には美の女神エレオノーラと言われておりますが…奴は貪欲に力を追い求めこの世界の神々を喰い散らかした共喰い神。私が最後の一柱でした』


(美の女神ぃ?元を正せばあいつが悪いんだな…もう本当糞でいいわ。糞女神。悪の権化じゃないか。美の女神じゃなくてまんま禍津神じゃないか。しかも神様食い散らかすとか…)


 話し相手がいるせいか、先ほどまでの恐慌状態は落ち着いたが話を聞くとあの糞玉…改名糞女神がこの訳の分からない状態を作り出した元凶と言うのはわかった。

 そして一番聞きたかったこと。


(…なぁ。無理ってわかってるけど…俺が元の世界に戻るのは…)


『同じ座標と言うのは不可能に近いと思われます。たとえ神をもう一度消そうとしても次元断層は同じ座標に開くとは限りません』


 よく漫画とかでありそうなやつだ。タイムトラベルをして自分が元の時間軸に戻った時そこが本当に自分がいた所なのか。これも似たような事案なのだろう。


 わかっていた。

 

目覚めた時から身体中が痛かった。夢じゃないのはわかってる。

今まで稼いだ金…貯金に、死んだ時に棺に一緒に入れて貰おうと思っていた御朱印帳たち。俺がいた証が皆無くなった。


(…なぁ…親父とか…お袋は…)


『…共同体様は、私が左目に入った瞬間に*^.?#•*に全ての時間軸の存在を消されました。御母堂は共同体様を産んだ事さえ覚えていません』


(…そっか…)


 思えば…思えば親孝行なんてしたこと無かった。心配ばかりかけて孫の顔さえ見せられなくて。まさか俺の方が先に消えるとは思わなかったし。これからそばにいて…ちょっと旅に出て帰ったら一緒に畑やって…っ…うん。ちょっとだけ…ちょっとだけ。気持ちを落ち着けてもいいかな。


 とうさん。かあさん。ごめんな。


 湧き上がる熱がコントロールできなくて。口の中がしょっぱくて。うん。

 大きな木の洞で膝を抱えて、ボロ布ひっかぶって飽きるまで泣いた。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る