4章:ダンジョン攻略! ~猿の村~

第22話 飢えたときは何でも食え でもエスカルゴは無理

「腹減った」



 俺は、ついに言ってはならないことを口にした。緑色の明かりで照らされた洞窟どうくつの中、俺の前を歩くライリーが振り向きざまにぎろりとにらんできた。



「きぃぃさぁぁまぁぁあ! 言ってはならぬと言ったでしょう!」


「ごめん。ごめんって」


「おなかいたと言えば、お腹はふくれるんですかぁぁあ?」


「ごめんて言ってんじゃん。目が怖いよ」


「もう10日も! 何も! 食べてないんです!」


「10日は言い過ぎじゃない? 夜が来ないからわからないけど3日くらいだよ」


「3日も10日も一緒ですぅぅぅう! ばぁぁぁぁか!」



 相当、きているな、ライリー。


 溶岩の谷を越えて、しばらく休んでから、俺達はさらに洞窟の奥へと歩み出した。歩み出したまではよかったのだ。それから概算がいさんで三日、俺達は何も食わずに歩き続けている。


 飲まず、でなかったことがさいわいだった。もちろん洞窟の中に給水ポイントなんてものはない。ただ水のような生物はいた。


 スライム。


 まさにファンタジー世界の王道のような生物、スライム。そのスライムとの遭遇そうぐうはあまり感動的ではなかった。なんか、壁に張り付いてた。ほとんどなめくじだよ、うん。


 こいつら、スライムを採取して飲むことができたから、まだ俺達は生きている。しかし。


 腹が減った。


 最後に食べたのは、溶岩の谷でって食べたコウモリだ。しょうべん臭くて、本当にまずかった。だが、今思えば、空腹よりは百倍マシだ。


 断絶により、そこから生態系が変わるとは聞いていたが、確かに、奈落の底にいた生物をまったく見かけなくなった。いるのは緑苔とスライム。


 これ、餓死がしするな。



「セバス、何か食えそうなものはあった?」


「いえ、今のところ見当たりません」


「そっか。やばいなぁ」


「しかし、お父様、これを見てください」


「草?」


「そうです。草です。草が生えているということは、この草を食べる虫や動物がいる可能性があります」


「おー! 確かに!」


「もう少し進めば、何かみつかるかもしれません」


「よっし。もうひと踏ん張りしますか」


「最悪の場合は、お父様には私を食べていただければと思っております」


「……セバスもだいぶきているなぁ」



 セバス3は、完全にマジの顔でこちらを見ていた。ていうか、可能性あるっておまえが言ったくせにおまえがいちばんあきらめてんじゃん。


 ただ、セバス3が言うように洞窟に草が増えてきた。こんな洞窟の中にどうして草がえるんだと不思議に思えるが、この緑苔の光のおかげなのだろう。


 ほんと、そろそろ食えるものが出てきてくれないと、俺達、死んじゃう。いや、最悪、草とか食えるのかな。


 それから、またしばらく歩いて行ったときだった。ティスが岩壁の方に寄っていって、くるりと振り向いた。



「ねぇ、ぱぴぃ。これ、食べれんじゃない?」



 ティスが手に持っていたのは、殻であった。手のひらサイズの殻、その中から頭がひょろりと出てくる。



「おう、エスカルゴォ」



 かたつむりだった。



「え、待って待って待って。かたつむり食べるの? 確かにそういう料理あるって聞いたことあるけど」


「わかんないけど、エビみたいなかんじじゃない?」


「わからないけど、絶対違うと思う」


「じゃ、食べないの?」


「食べ、ないことはないけど、食べていいやつなのかな。何でも食べれるわけじゃないと思うんだ」


「とりあえず、あっちの死にそうな奴に食べさせてみる? 毒見的な?」


「え? 死にそうな、って、ライリー!? 倒れてんじゃん! いつから? お腹空いて、もうムリ? 倒れる前に言ってよ!」


「よし、しゅほどこしぃ? をあたえよぉ」


「ティス、口に突っ込まないで! せめて殻をとって! いや、焼いて!」



 ティスをなんとか制したものの、肝心の問題は残っている。かたつむりを食うのか、食わないのか。


 いや、食わないという選択肢はない。なぜなら、もうみんな限界だからだ。


 どう食べる?


 焼くか茹でるかだよな。普通茹でるのかな。貝とかと同じだろうしな。


 ということで、茹でることにした。ティスが発見したかたつむりは群れており、かたっぱしから採取して、鍋に入れる。水はスライム。その辺の草木をかき集めて、セバス3が火をつける。


 腹減ったなー、と周囲の岩をしばらく眺めた後、ぐつぐつと煮える鍋の中を覗いた。



「もう、食えるかな?」



 かたつむりをすくいあげて、皿に乗せる。もう食えるとは思うが、本当に食べるのか? 俺がごくりと喉を鳴らしているとセバス3が殻をつまみ上げた。



「毒見は私が」



 セバス3は殻を割って中身を出す。内臓を避けて身の部分をつまむ。そして、意を決したように口に運んだ。



「うっ!」


「どうした? 毒だった? ペッってしなさい」


「いえ、毒はなさそうです。ないのですが、食感が、ちょっと独特で」


「ワームとどっちがまずい」


「ワームと比べるのであれば、100倍おいしいです」



 あ、じゃ、そこそこまずいんだな。


 しかし、食えることがわかって、俺達はかたつむりを夢中で口に詰め込んだ。確かに食感は独特だが、貝と似たようなかんじで俺はそこまで気にならなかった。味も、まずいというより、ない。だから、ワームよりぜんぜんマシだった。


 ただ、ライリーだけは絶対に食わないとか言いやがったので、むりやり口の中に押し込んでやった。泣いていたが、最後には呑み込んでいた。



「何で、うっ、私が、うっ、こんな、気持ちわるいもの、食べないと、いけないんですかぁ」



 ……うん、めでたし、めでたし。



「それにしても、これ、臭いね」


「そうですか? んー、これは、かたつむりのにおいではありませんね」


「え? そう? 何だろう。そういえば、かいだことある臭いなんだけど、何だっけな」



 かたつむりを口の中に放り込んだところで、ふぅと一息つき、そこで俺はふと臭いのもとについて思い出した。



「あ、これ、温泉だ」

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