2章:王女様と地上を目指すぞ!

第9話 魔虫との激闘! つまり泥仕合です

「とりゃっ!」



 俺はワームの頭にナイフを突き立てた。緑の身体をくねらせて暴れるワームから、なんとかナイフを引き抜き、距離をとる。


 ナイフを刺したくらいではこいつらは死なない。刺したままにしておくとそのままどっかに行ってしまう。それで既にナイフを二本なくしている。


 一撃で急所を突き刺して引き抜いて、あとは息絶いきたえるまで後を追う。それがワームの倒し方。これがなかなかうまくいかないのだから腹が立つ。



「今度は急所だと思うんだけどな」



 のたうちまわるワームの後を俺は追う。腰ほどまでの大きさの虫。動きは俊敏しゅんびんとは言わないが、走らないと追いつけない。


 木のかげに隠れて一度見失いかけたが、血の跡を追ってなんとかみつけた。ワームが瀕死ひんしだっというのもあるだろう。俺はもう一度ナイフを突き刺して、息の根を止めた。



「ふぅ、やっと倒した」



 この森で、食えて、かつ、俺が倒せそうなのが魔虫ワームだけだった。とにかくまずい。ぼろ雑巾ぞうきんみたいな味だ。まぁ、ぼろ雑巾なんて食ったことないけど。イメージとして。


 ただ量が多いのと狩るのが簡単なので、なんとか食えないかとセバス3が煮たり焼いたりしていたけれど、結局、ムリだとさじを投げた。これを食べるくらいなら、毎日兎狩りに行きますとすごい真剣な顔で言っていた。あれはおもしろかった。


 そのセバス3は今ここにいない。


 ドラゴン撃退の後、彼はぶっ倒れた。出会ってから初めてのことで、俺はとまどったが、よくよく考えたら、俺はしょっちゅうぶっ倒れていたんだった。理由はきっと同じだろう。


 魔力切れ。


 正直、死んだのかと思った。そのくらい、うんともすんとも言わなかったのだ。かろうじて息をしていたので、一安心したものの、生活用品は燃やされ、居住地も破壊され、これからどうしたものかと途方とほうに暮れた。


 今、セバス3を安全そうなところに寝かしている。この森にセバス3なしで安全なところなんてものがあると思えないが、一応、この数日の経験則けいけんそくから選んだ。


 あと必要なのは食料の確保。で、こうやって倒せる魔物を倒しに来ているわけだ。



「セバスに頼りっぱなしだったからな。足手まといだなんて言い訳しないで、もっと手伝うべきだった。はぁ、今更だけど」



 ワームを背負って、俺はセバス3のもとへと向かう。いくらまずいといっても何も食わないよりはマシだろう。どう調理しようか。いちばんマシだったのは、煮て汁を全部捨てて三回くらい水洗いしたやつだったっけ。煮汁がいちばんやばかった。においだけで吐き気がしたもん。


 

「もっとマシなもん食べさせてあげたいけど、しゃーないよな」



 それよりもせめてワームを持って辿たどり着かないと。ここはワームの群生地帯ぐんせいちたい。ワームの他にたまごさなぎがいる。卵は煮て食っても焼いて食っても腹をくだした。蛹は固すぎて何をしても刃が通らなかった。


 さて、当然のことであるが、卵があって幼虫がいて、蛹がいるということは、成虫もいる。



「やばいやばい!」



 羽音が聞こえて、俺は木の根の下に身体を隠した。通り過ぎたのはパピヨン。


 あれだ、だ。


 そう、蛾。


 でかい蛾。


 そのやわそうな羽でよく飛ぶなと不思議に思うが、それはいいとして、獲物を捕らえるとげの生えた足と、大きなあご。ただ羽の色だけはきれいで目を奪われてしまう。


 パピヨン、森の中では相当上位の魔物らしい。以前、狼を追い回しているのを見た。


 羽音を鳴らしているのは、縄張りを主張するとき。


 この音を聞いて逃げないのは相当の強者か、間抜けか、のろまだ。俺がどれに当たるかはわかりきったこと。


 俺は息を殺して、パピヨンが通り過ぎるのを待つ。あいつらに子育てなんて考えはない。腹が減ったら自分の卵だって食べる。あるのは縄張り意識だけ。


 羽音が遠のくのを確認してから、俺はワームを担ぎ直し、木の根の下から這い出る。



「今の内だ」



 と俺が足を踏み出したとき、



「ぴぎゃ!」



 ワームがばたばたと跳ねだした。


 この虫、まだ生きてやがったのか! くっそ!


 俺はナイフを再び首に刺し、止めをさす。今度こそくたばった。まったく手間かけさせやがって。


 ふぅ、と顔をあげて、俺は青ざめる。


 聞こえてきたのは羽音。


 カチカチと顎を鳴らして、パピヨンは複眼ふくがんをきらりと光らせる。こちらに向けるまでもなく、おそらく知覚していることだろう。


 この間抜けを。



「やっべ」



 ワームを放り投げ、俺は全速力で逃げ出した。


 ほんと逃げてばっかだなと俺は心の中で愚痴ぐちる。何を言っても勝てる要素などないのだから、逃げるしかない。


 ただ逃げ切れる要素もないわけだが。


 ごんと背中を小突こづかれ、俺は前に転がった。なんとか受け身をとって、すぐさま立ち上がる。そして、不穏さを感じ取り、恐る恐る振り返った。



「増えてんじゃん」



 そこには三匹のパピヨンが羽音を立てて、こちらをうかがっていた。正直、窺うほどの大した相手ではない。他のパピヨン達と誰が食べるかをもめているのか?


 これは、死んだか?


 死んだ死んだと何度も思い、結局、なんやかんやで、生きのびてきたわけだけれど、今度の今度は打開策が思い浮かばない。


 でも、それじゃ、セバス3が。


 今まではこんな理不尽な世界で、死んでも仕方ないとなかあきらめていたが、今は少し違う。俺を待っている人がいる。彼のために、まだ死ぬわけにはいかない!


 いや、打開策はないんだけどね。

 

 何かないかと俺が脳みそをフル回転させていたとき、


 スパン!


 風が吹いた。


 鼻先をかすめる空気はひりついていて、右から左へ消えていく。続いて、世界が二つにける。正確には、うるさかった羽音が消え、パピヨンが真横に切断されたのだ。


 その断面の鋭さは自然界のそれではなく、どことなく人工的な冷たさを残していた。


 助かった? いや、ただ危機が危機を上塗っただけではなかろうか。


 どさっと血をまき散らしてパピヨンは落下する。その背後に、かま


 巨大な鎌が地上から生えている。いやいや、そんなわけがない。視線を下に降ろしていけば、所有者がいた。そう、所有者。人だ。


 髪を覆う黒いベールと、黒いワンピース、ぱっと見、修道服だが、スカートにスリットが入っており、そこから白くすらっとした足がのぞいている。


 彼女は、俺をぎろりと睨んだかと思ったら、ハッと驚いたように口を開けた。



「ぱぴぃ!? こんなとこで何してんの?」

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