チラシ配りの日

ソルア

チラシ配りの日

「あー、あった。あったよ郵便受け」

 築何年だろう、きっと裏に回ったら塀に囲まれた中庭があって、ちょっと盆栽が飾ってあったりするかもしれない家。

 その玄関先の壁に陶器でできた飾り付きの郵便受けがあった。

「最近はデザインが多彩だね。人々の個性と同じだな」

 うんー。そうだね。そうね。

「さて、あの郵便受けだけど、行くまでの間の手前、石段が3つくらいあるね。ちょっと凸凹してる。しっかり足をついて」

 片手の平ほどの凹みに雨水が溜まっていた。

 左手で郵便受けの入り口をそっと支えてチラシを入れた。


 * * *


 ここは似た形の家が数軒建ち並ぶ。

 そのうちの1軒目だ。

「あれは、たぶん、上が開くやつじゃなくて、その下のヨコ線2本のところが入れ口だ。上が開きそうなデザインに見せかけて普通に差し込むタイプ。建売住宅に多いね」

 薄く、くすんだシルバーの屋根の下に優しい色合いの白のボディをした郵便受け。屋根のところは押しても引いてもびくともしない。その少し下のところがよくある郵便受けのように差し込み口になっている。

 入り口を支えながら、郵便受けの中で変な形に落ちていかないかと心配しつつ、チラシを入れた。

「上に蓋がついてて開けたところにさらに細い入り口がある郵便受けもあるよね、新聞とか取る人が使ってた縦長デザインのをオシャレにしたやつ」

 粉洗剤の紙箱を開けるみたいに上が開いて、ストンと広告を入れることができる。

 時々、更に押し入れないと入れづらい構造になっていることがあって、もう一本手が欲しくなることがある。ちょっとした薄型荷物なんかは入らないんじゃないかと常々思う。

「何ヶ月か前に近所のお婆ちゃんが縦型オシャレな郵便受けの差し込み口わからなくて困ってたね、回覧板……力任せに飾り板の間に挟もうとしてた。私も最初そうだったな」

 その時は一回通り過ぎたけど、自分も困ってたのを思い出してすぐ戻って助けた。

「……まだ結構あるけどね」


 * * *


[チラシ・勧誘 お断り]

「……ふむ。そうか。」

「階段上がって来たのにね」

 まー、仕方ない、仕方ない。こんな小さな物、読んでみないとわからない物だ。

「誰かはかな」

「君たちには難しい話だ。と、チラシお断り、って書いてあったのにここまでやってきた君たちは、今この瞬間 招かれざる客になった。あー、帰った帰った。」

 ちょっと周りを見渡す。ここまで5、6段も階段があったから見晴らしがいい。平日だから私の見える限りでは、人は見えない。

「……次だね」


 * * *


「……緑だ」

「うーん。緑だなぁ。家はある」

「人、いるか?」

 お寺の裏に面した道に草地が広がっている。

 ブロック塀に沿って道があり、その先に家が見えるのだ。

 ただ、その道には、花火みたいに広がったトゲトゲの種子を動物や人間の衣服に付けてくる賢い植物が群生していた。

「ここから見る限りじゃあなぁ。ただ雑草の手入れをしない人が住んでいるのかもしれない」

「まぁ……行ってしかない」

 もうズボンに植物のトゲトゲの種は付いてるから今更気にしても仕方ない。

 ちょっと駆けてみたら少しは付かないんじゃないか? そう思って駆けてみたが、そんなことはなく、たくさん収穫できた。

「いなさそうだ」

 郵便受けがそもそも植物や柵に遮られてアクセスできない。庭にも傍にも草が伸びていて、空き家を絵に描いたみたいな家だった。道からはそうけど。

 やっぱりかぁ。で、どこか元の道に戻るか、別の抜け道は?

「奥の方、アパートのフェンスがあるけど、この場に立っている時点でちょっと不審者だから戻るよ。ズボンが種だらけだけど」

 元の道に出ると、ちょうど幼稚園生の朗らかな列が通るところだった。

「あー」

 その日、職場に戻ると、ズボンにたくさん草の種をつけて帰って来たことを不思議に見られた。


 * * *


「ここは、玄関先にベンチがよく置いてあるね。日光浴がブームなのかな?」

 郵便受けに着く前、1段上がって広くなったところに2、3人が座れそうなベンチが置いてある。

 かつてベンチをこの地域に売りに来て、そして流行らせた人がいたのだろうか?

「ちょっと素敵めなお家が多いから、えっと、素敵ハウス=庭先ベンチみたいな文化がこの地域にあるのかも?」

 歩いてた感じ、日光浴も座ってオハナシーをしてる住民いなかったけど。

「平日だし、今日。」


 * * *


「効率は悪いと思う。私は配達のプロではないし」

 エリアによって、郵便受けの型にも流行があるように見える。

 少し慣れた手つきで腕を伸ばしてチラシを入れた。

 今日は小雨という、チラシ配りには少々不向きな天候。けど、人に会うことは無いから気が楽だ。

「チラシ配り、売上につなげるため、ということなのだけど、一方でそのチラシを見る人は ほとんどいない のだそうね。けど、何もしないよりは配っていた方がマシだって」

「不得手な目を使って郵便受けを探して、探して、チラシを配っている。『チラシお断り』の張り紙やシールを見て、やっと見つけた郵便受けを前にショックを受けてる。君の目は、それでいいの?」

 どうだろうね。

「プロなら別に対して気にも留めないのかもしれない。そういう時は、やっぱりチラシ入れないで次に行くのかな?」


 * * *


 自宅でカーペットと同じように水平になる。

「チラシ配りに出る時は、自転車を連れて行くことを推薦されるけれど、本当はあまり遠くの知らない場所を歩きたくないんだよね」

 ただでさえ個人宅の敷地という何がどこに配置されているかわからないエリアに足を踏み入れるんだ。

「本当は怖いよ、人より見えない事。理不尽だ。見えないのに見えるように振る舞って生きてる。不思議に思うよ。掃除をしている時も、チリトリに入って初めて床の埃を見つけるんだ」

 汚れは見つけづらいのに、余計なものばかりが入ってくる。

「どうしよう、って思ってるんだ。今度のチラシ配り」

「もう、推測できる土地は配り終えてしまったからね。いよいよ見た記憶にない場所を歩かないといけない」

「嫌だなぁ……」

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