第42話 懐抱(かいほう)
懐抱(かいほう)
人間は心の中に常に何かを抱えながら生きている。
それはきっと、私もみんなも変わりない事なのだろう。だって、自分のことを何もかも晒してしまうということは、自分を理解しきった存在が自分以外にいることになる。
それはとても恐ろしい事だ。そこには私という『個性』が残らない気がするのだ。
だが、すべてでなければいいのではないだろうか。自分自身を懐抱しすぎれば、他者から信用されていないと思われてしまう。それはとても怖い事だ。
私は・・・・・・知ってほしい。
だけど、それを言ってしまえば今の繋がりはどうなってしまうのだろうか?壊れてしまうだろうか?距離感が遠くなってしまうだろうか?
勇気を出して何回も近づいたけど、あんまり変わった気がしない。
やはり、包み隠しておいた方がいいのだろうか?この思いは遂げられてはならないものなのだろうか?
いついなくなってしまうかわからないアナタを私は思い続けてもいいのだろうか?
・・・・・・何を疑問に思っているのだ?愛は普遍的。愛に罪はあらず。
人は好きなように他者を愛し、自己の愛を満たせばいい。
私も私自身もすべて満たしてしまえばいい・・・・・・
その愛を一身に受けるために、強引にでも手に入れてしまえばいいのだ。
・・・・・・身体が熱い。とても熱い。
秋に入ると体はますます熱を帯びるようになっていった。
まるであの日のように、身も心も燃え尽きてしまうような熱。
ああ・・・・・・失いたくない。いなくならないでほしい。ずっとそばにいてほしい。
あの人がいない日は特に体から熱が発せられる。勉強さえも手もつかなくなるほどに。
水分を摂っても、冷水を浴びてもその熱は冷めることはない。
死んでほしくない。冷たくならないでほしい。
身体が疼く。むずがゆくて気持ち悪くて、どこにいても居心地が悪い。
熱くて眠ることすらできない。あの人がいなくて不安?いや、きっとそうではない。
私は満ち足りていないのだ。足りない。何かが足りない。物足りない。
身体が疼く。あの人を求めて。あの人のぬくもりと優しさを求めて。
熱い。疼く。むず痒い。寝れない。夜が深くなり部屋を闇に染めても尚、私を誰も止めてくれない。
「アルトさん・・・・・・アルトさんッ・・・・・・」
満ち足りない私は、気を紛らわすように自分を慰める。
いつから私はこんないけない子になってしまったのだろうか?
大事な人と生活を共にするこの場所には誰もいない。あの人はまだ帰ってこない。きっとどこかでまた私たちを守るために戦っている。
なのに私は・・・・・・私は・・・・・・
静まりかえった部屋からはベッドの軋む音と慰めることによって生じる水滴の音。そして私の荒れた息と喘ぐ声が耳に入ってくる。
ああ、早く聞きたい。あの人のただいまという声を。
そして言ってあげたい。おかえりなさいと。
もう私にはあの人しかいない。おかえりなさいと言える人が。
だから、帰ってきて・・・・・・ちゃんと生きて帰ってきて、アルトさん。
「アッ・・・・・・・アアッ!!」
快感が下半身から脳にかけて疾走し、私は腰を浮かせる。身体が痙攣をおこすたびにベッドが激しく軋む。
「ハアッ・・・・・・ハア・・・・・・」
強烈な快感から解放され、一通り慰め終わると熱が冷めていく。しばらく時間が経つとフワフワしていた頭の中が再び冴えわたる。
熱が冷めると体が冷たくなっていく。今はもう10月。何も着ていないと夜だと家の中でも流石に肌寒い。
「・・・・・・シャワー浴びよ」
私は自分のせいで濡れたベッドのシーツを洗濯機まで持っていきそのまま風呂に入った。
シャワーの温かさが冷えた私の肌を温めていく。
それと同時にその水の感覚が慰めている時に脚へ垂れる自分のもののように感じて不快感を覚えてしまう。
アルトさんはみんなの日常を守るために頑張っているのに私ときたら自分の思うがままに身体を慰めるだけ。
これでいいのだろうか。満ち足りず、自分を慰めるような情けない私はあの人の強い信念と共に生きていけるのだろうか。
私は一人の人間として、自分というものを確立できているのだろうか?
あの人の愛がなくて私は私だと言い切れるのだろうか?
「いいの。だって私は愛しているから」
・・・・・・え?
今の声は・・・・・・私のもの?
だけどそんな事思っていない!違う!そんなのでいいわけがない!
ダメなの、これじゃあ!私はあの人に依存したいんじゃないの!
「いいの、だって私は愛されているから」
違う!だからといって甘えちゃいけないの!
アルトさんはただでさえ昔からたくさんのことを抱えている!これ以上背負わせてしまったらアルトさんが壊れちゃう!
壊れたらきっと、アルトさんはアルトさんじゃん無くなってしまう!
「失うのは・・・・・・怖い」
「だったら、全部得ればいい。あの人の愛も、優しさも全部、全部」
誰かがささやく。だけどその声は私の口から発せられるもので、だけどその言葉は私の意志ではない。
「違う!あの人の優しさ、は・・・・・・」
私は声を上げながらふと鏡を見る。移る姿は私の身体そのもの。
だけど、湯気で濁っているせいだろうか。一瞬、自分の瞳の色が普段とは全然違うように見えた気がしたのだった。
2月13日
「輝きやがれ!シュラバァァァァァァァァ!!!!!!!!」
部屋中に淡い虹色のオーラが満ちる。その輝きはすべてを浄化する光。
光が消えていくと部屋の真ん中には黄金な鎧と強さを象徴するように存在感のある角を生やした青年が一人。
「どうだ、旦那?俺と抑止の力の一体化は?」
「うむ、金の力の進行がやはり早いな。夏ごろに比べて、力を纏った時に身体が鎧に変化している部分がかなり多くなってきている。これを見てくれ」
俺は特訓部屋にあるスクリーンに比較画像を映し出す。
「これは9月の中旬、ちょうどモグラの化物と遭遇する前の時だ。この時、鎧はわき腹までにしかない。そして例の左腕。この時は完全に真っ赤なままだった。人間の手の形もしっかり残っている。だが、今の状況を見てくれ」
アルトは自分の腕をはじめとした自分の全身を首が回る限りの範囲で見渡す。
「うーん。その画像と比べるとずいぶんと進んでるよな。脚は膝元までだけど、もう上半身に関しては背中を含めて一体化してる。それに左腕も上腕辺りが金色になり始めてる。手の形も右腕と完全に同じだ」
「そうだ。それがアルト、今のお前の状況だ。これ以上の一体化が進めばお前は人ではなく完全に抑止の一部となってしまう。だから有事の際以外での変化はあまりしないようにしよう。人間態である以上、一体化が進むこともないが万が一ということもある。今後は俺と共にまた体氣の特訓を行おう」
「はいよ、旦那」
アルトは金色の輝きに包まれる。その一瞬が過ぎると、その光は粒のように散っていき普段の姿に戻る。
いつ見ても神々しい。だがそれと同時に恐ろしいものだ。レアスの光を受け継がない場合、抑止の継承者は抑止との適合率を上げるために一体化するだなんて。
だが、それはクリスマスイブの日にリードによって告げられた寿命とは違うのではないだろうか。
5年という寿命は紫の力、バベルによって引き起こされるものだ。
あの日見た光景。アルトの紫陽花病に関すること。
あれだけは避けなければならない。そうなってしまえばアルトは人間でなくなるどころか化物になってしまう。町を破壊し、人間を蹂躙していく。それだけにはなってほしくない。
「どうした、旦那?気分でも悪いのか?」
アルトが心配して俺に声を掛けてきてくれた。だがあまりこの話題を言ってはならないだろう。病は気からともいうからな。意識させたら余計に罹りやすくなってしまうかもしれない。
「ああ、すまない。少しボーッとしててな」
「大丈夫か?やっぱり忙しい?特訓だったら俺一人でもできるから、旦那は休んでおいた方がいいんじゃないか?」
「いや、大丈夫だ。多少睡眠不足というものもあるが問題はない」
最近は調査や政府機関との話し合いなどで睡眠時間をそこまで確保できていないのも事実だ。
「本当に大丈夫か?俺のことはいいんだぜ」
「構わないさ。アルトの身体のことに比べれば。それに体氣を完全に習得すれば疲れなんて時間があればすぐになくなる」
「そんな便利なのか、体氣って?」
「ああ、完全に習得するには相当時間がかかるがな。かじっただけでも体氣は体にいろんな良い影響を起こしてくれる。ストレスを軽減させたり、血行を良くさせるというのが最初に出てくる効果だな」
はえーっとアルトが感心する。そう、体氣は完全に習得するには相当の年月がかかる。俺が前にいた世界でもおよそ10年かかったのだ。これでも相当早い方らしい。
アルトにそれをしてもらう時間はない。少しだけでもやり方を覚え寿命を延ばすことができればいいが・・・・・・
「眠れてないって調査のことか?そういえば、長倉さんから旦那が桜田神社の跡地に行ってるって聞いたけど」
「ああ、そうだが・・・・・・」
「そこに何かあるのか?なんだったら俺も行くけど?そこは俺とチヨが出会った場所でもあるからさ。まあ俺もあんまり行ったことがないからよく知ってるわけではないけど」
・・・・・・伝えていい物なのだろうか。あの場所で何が起こっているのか。
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桜田神社跡地での調査後、俺と科学技術班は割れた石の破片とその近くに大量に転がっていた虫の死骸と猫の死体を一つ持ち帰り、検査を行った。
様々な検査を行い、何故あんなに石の近くに死体や死骸があったのかが明確になりつつあった時だった。
「これは、一体・・・・・・?」
写真には死体や死骸を映したものであったが、隣には科学技術班の誰かが書いたであろう記号のようなものが記載されていた。
「龍治さん、あの場所・・・・・・というよりもあの石、明らかにおかしいですよ」
科学技術班の原田が俺に石の異質さを主張してくる。
「何かわかったのか?」
「はい。信じられないことですが、あの石は周囲に何か毒ガスのようなものを撒いている可能性があります。その写真に書かれている文字はその石から出ているガスと似ている毒素の記号です。ですが、今の時代にはそんなものはないはず・・・・・・」
割れた石、周囲に毒ガス・・・・・・そして虫の死骸や動物の死体。
「殺生石・・・・・・」
「殺生石!?・・・・・・って何ですか?」
「そうか、この世界線には言い伝えがないのか。俺がいた日之国での古い言い伝えがあってな。その石にはとても強力な九尾が封印されていて、近づいた獣や虫を殺してしまうというものだ。
割れるとその国に災難が降り注ぐとも言われている。日之国にも実際にそれはあったが、2020年頃に割れてしまった。その後に始まったのが第三次世界大戦だ」
「え!?それって」
「ああ、確実に何かが起こる。この石がいつ割れたものかはわからないが、獣やティリヤ人の動きが活発化したことが災難だとするならば、これは間違いなく殺生石だ」
「そんな・・・・・・」
確かにその跡地には石を締め付けていたであろうしめ縄もあった。だが完全に切れていた。
それが殺生石だとするならば中に封印されていたものはどこに行ったのだろうか?
日之国では中には実際に何もおらず災いの象徴というものであったが、ここは龍之国だ。
何が起こるかわからない。
それにこの殺生石がいつ作られたものなのかもわからない。確か日之国の物は千年程前に作られたもので他の国にも散りばめられたと聞いていたが・・・・・・
『古代文明の時代は7人いたのですが、一人は自分勝手に動いた挙句、千年程前に石に封印され・・・・・・』
そうだ!リードは確かに言っていた。世界政府を樹立させ、新しい秩序を創り出す際にそろったティリヤ人は6人、だが古代文明の時代には7人いたと!
身勝手動き、千年程前に石にされた・・・・・・
殺生石が、もし俺のいた日之国と同様、千年程前に作られていたならば、そこに封印されていたものはもしかすれば・・・・・・
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「いや、大丈夫だ。アルトはできる限りのことをしてくれればいい。後は俺達大人に任せろ!」
「そうか!だったら任せるぜ。それでもなんかあったら言ってくれよな」
「ああ、わかっている」
・・・・・・わかっているか。
言えないさ、例え何があったとしても。それに俺の推測が必ずしも正しいわけではないし確信があるわけでもない。
それにこれ以上、アルトにストレスをかけるわけにはいかない。
だが・・・・・・一体何を以て龍宮の乙姫は俺に危険ということを伝えたのだろうか?
その殺生石に封印されている者のことを言っているのならば早く見つけ出さねばならない!
「大変です!キャプテン!」
長倉が勢いよく扉を開けて走って中に入ってくる。
「どうしたんですか、長倉さん?そんなに息を上げて?」
「ミスター・アルトも、これを見てください」
長倉が持っているものはスマホより少し大きいタブレット端末だった。その画面に映し出されたものは、
『紫陽花病の感染者って化物みたいになるってマジ?』とタイトルを付けられた画像であった。
「化物の・・・・・・画像じゃないか!」
「まさか!SNSに挙げられてしまったのか!?」
「はい、そのまさかです。科学技術班が削除するために動いてくれていますが・・・・・・」
面倒なことになった。
一般的には紫陽花病は死の病気と報道されている。化物になるなんて報道はされていない。きっと五代組が助け出した誰かが撮影をしたものであろう。
国民不安を仰がないようにするために隠していたが、どうなるか・・・・・・
画像の下のコメントには様々な事が書いてあった。
「嘘乙」 「デマやろ。ニュース見ろや」 「マジかよ、こっわ」 「もしかして五代組ってそのために
あるのか?ガチで陰謀論が真実になってきてるぞ!」 「陰謀論信者がなんか騒いでるwww」 「家の近くにそういえば紫陽花病の感染者がいたような・・・・・・」
反応は三者三葉であったが、これは外に漏れだしてしまえば国中が大パニックになる。
下手をすれば感染者やそれに酷似した症状を持った人が迫害される魔女狩りのようなことにもなりかねない。
「・・・・・・あ、でも見てよ。急に閲覧できませんになった」
「どうやら間に合ったようですね。コメント数もそこまで多くありませんでしたし、マークされた形跡もすべて削除されました。この件はとりあえず大丈夫そうですね」
「だけど、急に消しちゃったらそれこそこの話が本当だ~、とか囃し立てる人が出てきそうだけど・・・・・・」
「いや、これでいい。下手に大勢に知れ渡れば隣人同士での疑心暗鬼が生まれてしまう可能性がある。これでいいんだ・・・・・・」
互いに疑い合い、傷つけあう。俺たちはそんな人々を創り出すために世界を守っているのではない。
この話が穏便に済んでくれればいいのだがな・・・・・・
一通りの特訓を終え、外に出るとすでに真っ暗である。
時刻は18時。2月の中旬とはいえまだまだ日の沈む時間が早い。地上はいつもよりも若干冷え込んでいた。
俺はチヨからもらったマフラーを少しきつく締めて近くのショッピングモールまで歩き始めた。
ショッピングモールの中は人がかなり多く、にぎわっていた。明日の2月14日はバレンタインデーということもあり、女性客がチョコレート売り場に殺到していた。きっと予約していた物を受け取りに来たのだろう。
例年ならチヨも俺にチョコレートをくれたものだが、今年はそうは行かない。
明日はとうとうチヨの受験本番の日である。今日はカツ丼でも作ってやる気を上げてもらおうと思い、チョコの売り場を避けてロースカツの売り場へと足を運んだ。
本当ならば手作りしてやりたいところだが、カツを作るのにはいささか時間がかかる。そのせいでチヨが夜に寝る時間が遅くなってしまったら元も子もない。
だから今日は妥協をして売っているロースカツを切って卵でとじることにした。
他の国からの物流が途絶え国産の物に頼りきりになった結果、物の需要が供給に追いつかなくなり最近は物価が上がり始めている。無駄な消費を許されない状況だ。これ以外の物は買わないようにしておこう。
「ただいま、チヨ」
俺はいつも通りチヨに帰ってきたことを伝えと、チヨが部屋から勢いよく出てきた。
「おかえりなさい!アルトさん!」
俺のいる玄関に向かいながら返事をしてくる。その返事はいつもよりも力がこもったもののように思えた。
「今日の夜はカツ丼にするぞ。楽しみにしててくれ」
「わあ!本当ですか?嬉しいです!」
俺は靴を脱ぎ、買ってきたカツを冷蔵庫へ入れるためにリビングに向かうとチヨが後ろかヒョコヒョコとついてきた。
冷蔵庫に入れ終わり、コートを脱ごうとすると正面から急にチヨが俺を抱きしめてきた。
「ん?どうしたチヨ?」
チヨは何も言わず俺の胸元に頭をグリグリさせてくる。
「もしかして、明日のことがあって落ち着かないのか?」
先ほどからの妙に高いテンションと俺の後をついてくるような落ち着きのない行動。そして急に抱き着いてくる行為。それはチヨから落ち着きがなくなっているという合図である。
昔から落ち着きがなくなるとそういった行動が目立つのだ。
「だ、だって~」
チヨの抱き着きがさらに強くなる。まあ、仕方のない事だ。明日は受験本番、不安も相まってメンタル的にも相当キツイところだろう。
というか、身体に似合わずかなり強い力で抱きしめてくる・・・・・・抑止との一体化が始まりささいな事でも痛みを感じなくなった俺の身体が少し悲鳴を上げている。
「な~に?緊張してるのか?ホレホレ~可愛いやつめ~」
「わ!アハハ!」
俺はチヨの髪をいつも以上ににわしゃわしゃと撫でると、チヨがいつもよりも良い反応を見せてきた。やはり精神的に安定していないのだろう。
一度緊張をほぐすために勉強から距離をおいてもいいかもしれない。
「チヨ。外、寒いけど散歩にでも行く?夜ご飯ちょっとだけ遅くなっちゃうかもしれないけど」
「行きたいです!」
「お、おう・・・・・・」
めっちゃドヤ顔で言ってきて少し驚いてしまったが、下手に勉強に囚われていないようでよかった。
ここで勉強しなきゃいけないなんて言ってきたら余計にストレスがかかるし、精神的な負担が大きくなるから無理やりにでも連れていくつもりだったが、そんな事をするまでもないようだ。
「じゃあ、しっかりと着込んでから行こうな。かなり寒いからさ」
「はい!じゃあ少し待っててください。すぐに支度するので」
「急がなくてもいいぞ~」
俺の声が聞こえたかどうかわからないほど、チヨはすぐさま部屋の中に入っていってしまった。
「あの慌てっぷりは相当だな・・・・・・」
空は深い闇の色。澄んだ空気のおかげかいつも以上に星が煌めいているように見える。
かつて地上を照らしていた星は、現代の人工的な明るさには勝てずその輝きは薄れているようにも思えたが、その光は見るたびに趣深さを感じさせてくれる。
俺とチヨはしばらく何も言わずに外を歩く。
寒さに凍えているわけでも、何も言うことがないわけでもないが今日はチヨの緊張をほぐすのが目的なので俺から話を振ってもチヨの心が解消されることはないと思って何も言わずにいた。
「アルトさんは・・・・・・」
チヨが何か言おうとしたのでチヨの方へ意識を向ける。
「昔から、手袋はしませんよね」
「うん、前も言ったかもしれないけどなんか蒸れるというか付け心地が合わなくてさ」
「寒くならないんですか?」
「まあ、少しはね。だけどポケットの中に手を入れておけば寒くならないし大丈夫」
「そうですか・・・・・・」
他になにか言いたいような雰囲気を出していたがチヨは何も言わず、またしても沈黙が続く。
俺はチヨの手の方へなんとなく視線を向けた。いつもはモコモコした手袋をしているのだが今はしていない。
そういえば今年に入ってから俺と出かけるときは手袋をしていた記憶がない。気のせいかもしれないが一緒に歩いていたらあの手袋は確実に目に入るはずなのに、学校行くときの見送り以外に見たことを思い出せない。
もしかして・・・・・・
「チヨ、手袋してこなかったのか?」
「え!?ああ、忘れてきちゃいました!アハハ・・・・・・」
誤魔化すような下手な笑いをしながらチヨは俺のいない方向へ視線を変えた。
やっぱりか・・・・・・全くこの子は。いつからそんなに計算高い子になったんだか。
「あ~、ちょっと手が冷えてきたな~。ポケットの中に入れてても冷えるな~」
俺はわざとらしく手をポケットから出してチヨに見せびらかす。
「ひ、冷えてきたんですか?じゃあ!」
チヨが俺の手を取って繋いできた。予想通りの行動過ぎて俺は少し笑いが出てきてしまった。
「ああ!なんで笑ったんですか!?」
「だってチヨの言動ってやっぱりわかりやすくて」
「あ、アルトさんに言われたくないですよ!」
「でもいいのか、外でこういうことはやらないって前までは言ってたのに」
「いいんです!私ももう15歳。今年で16ですよ!もう大人なので!」
ドヤっとした顔で大人宣言をしてくるチヨ。自分が大人だと主張してるときの顔がまだかわいらしいので少しからかってやろう。
「いいの?人いるけど?」
そう言うとチヨは何事もなかったかのようにすぐに俺の手を離し、何事もなかったかのようにまた前を見て歩き始めた。
「まあ、嘘だけど」
「ひどいです!びっくりしたじゃないですか!」
「大人なら別に他の人に見られても大丈夫なんじゃないのか?」
「それとこれとは別です!」
少しプリプリと怒りながらチヨは俺の腕に抱き着いてきた。
「いいのか~?外だぞ?」
「いいんです!人気はありませんし、これが一番落ち着くので」
「・・・・・・そうかい」
「そうなんです」
今はたまたま人通りもないのでこういうことをしているのだろうが、本当に人が来たらチヨはどうするのだろうか。
「ああ~、落ち着く~」
チヨの顔がいつも家に居る時のようなリラックスしたものになったのでまあいいか。
・・・・・・俺はチヨの歩幅に合わせて歩く。
チヨと歩くときはできるだけ速く歩かないように、おいていかないように意識しながら足を前に運ぶ。
隣にいないと昔はすぐに不安そうな顔をしたものだったから、その意識的な癖が消えないのだ。
だけど、できる限り気づかれないようにそれをする。
気づかれてしまえばきっとチヨは気を使ってしまうから。きっと大丈夫だと、隣を歩くことができなくなってしまうから。出来る限り自然に、悟られないように俺は振る舞う。
吐く息が外の寒さのせいで白くなる。最近は自分の吐く息白しで自分がまだ生きていることと意識があることを自分自身に証明する。
でも今は、この瞬間はチヨの身体の温かさを感じて俺は生きている証を持つ。
もしかしたら、俺は少し怖いのかもしれない。いや、怖いのだ。
チヨと離れてしまうことが。
チヨが成人になるまで生きれればなんて皆には言ったものだが、本当はずっと一緒に居たいのだろう。
俺の気持ちは自覚はないけど旦那が前に言っていた通り、凝り固まりすぎて麻痺してしまっているかもしれない。
でも、それでいいのだ。そうでないとまた俺はきっと弱くなって泣きすがってしまう。
きっとあの日、飛月が亡くなった日にチヨに泣きついたときに言ったことが俺の本音なのだろう。
本当はくっついてるチヨを離すべきなのかもしれない。俺の寿命のことを話さないといけないのかもしれない。
だけど、話そうとするたびに、チヨとの距離を離そうとするたびに胸が痛む。
痛みを感じないように無意識にブロックして、麻痺させてきた自分の心が、気持ちが段々とあらわになってきている。
伝えなきゃいけない。チヨの幸福のために。俺がいなくても大丈夫なように。
深い心の懐に隠したそれを伝えなければ、またチヨは独りぼっちになってしまうから。
痛い。辛い。だけど大丈夫。
俺は、俺ができることをただやり切りたいだけだから・・・・・・
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