第14話 親愛
親愛
愛には様々な形、表現の仕方がある。
動物的で野性的なもの。知的で人間的な表現をするものまでたくさんだ。
私には愛している人がいる。これから支えていきたい人がいる。
人を支えるとは何のことを言うのだろうか。衣食住の提供?金銭の多さ?将来の保障?
それらもきっと人を支える大黒柱のようなものだ。だけどその柱も立てるにはまず土台が必要だ。安定感のない場所に土台を立てても、その柱は倒れて折れてしまうから。
では、その土台は一体何なのだろうか?人間が、生物が根源的に持ち合わせているもの。永久的に、普遍的に欲し続けるもの。触れると温かくなって、安心感を与えてくれるもの。
・・・・・・それは、愛である。
その愛もさっき言った通り様々な形がある。寵愛、求愛、愛育、愛用、偏愛、性愛・・・・・・
列挙すれば暇がないというもの。だけど人間が生きていく上で欠かせない・・・・・・とまでは行かないかもしれないけど、間違いなく土台になってくれるものがあると言い切れる。親愛。そう親愛だ。家族に、友人に、周りに、自分に、そして想い人に。
たくさんあげることができる愛は親愛だけなのだ。
優しさの根底にあるものがそれである。あの人は深い親愛を持っている。私はそれに救われた。そんな人が今は疲れてしまっている。傷ついて、悲しんで。
『愛されたように人を愛してあげよう』。支えるとはそういうことだと勝手に解釈する。
この愛は義務的?いやそんなわけがない。
恩返し?いや違う。
あの人と一緒に居たいから。居続けたいから。私があの人の支えになりたいからそうするのだ!
だからどうか・・・・・・もうそんな辛いことを一人で抱えないで、アルトさん。
俺は一通り話して泣いてスッキリしていた。
まあ、まだ微妙に残ってはいるけども。
でも、人間生きている限りこういった不安とかは全部晴れることはないのだろう。
俺は旦那に礼を言って、トイレに向かおうとした。
救護室にはトイレはないため一回一回、廊下に出なきゃいけないのが若干面倒だけど。
救護室を出ると、救護室前のベンチのような椅子にチヨが座っていた。
「よ~チヨ?ちゃんと寝れたか?」
俺はいつものノリで話しかけると、こちらを見る目は少し赤くなっていた。
「アルトさん!」
「は、はい!?」
あまりに気合のこもった声なので驚いた返事をしてしまった。
「き、今日!アルトさんは私とお出かけします!」
「・・・・・・はい?」
俺は状況にまたしてもついていけず、頭の上に疑問符を乗せたような気分になった。
さあ!やるぞ!
私は覚悟を決めて彼の心の傷に挑むことにした。
10時半より少し前ぐらいに目を覚まし、アルトさんのいる救護室から泣いている声が聞こえた。
私はアルトさんが泣いている姿というのはかなり頻発してみる。だけどそのほとんどが感動から来るものであったり、人のためのものであった。だから、静かな涙であることが多かった。
なのに、今回は違った。
見てはいないけど、その涙は間違いなく自分の傷を癒すための物であった。
私は、彼が自分のために泣いているのを初めて聞いたのだ。
それに関しては安心した半面、泣かせるだけの何かが彼の心にあることに気づいてあげられなかった自分が少し悔しくて、自分も泣いてしまった。
だけど、泣くのはここまでだ。
さあ、行こう!私にできることをやろう!
「よ~チヨ?ちゃんと寝れたか?」
で、でもどうやってやろうか?
とりあえず、五代さんが昨日教えてくれたことを思い出す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『そっか。優しいな、チヨは。いや、優しいだけじゃなくてきっとその心の奥底にもっと強い意志に近いものを感じるよ。秘密の共有は責任を伴うか・・・・・・いいことを言う友達だな。
もうそれで充分かもしれないが、私なりに一方通行な気持ちにならない秘訣は相手の話に耳を傾けることだ。簡単そうでとても難しい事なんだぞ、これが。え?話してくれない場合はどうするか?
・・・・・・その時はこちらの伝えたいことをゆっくり伝えてあげよう。一気にこちらの気持ちを吐き出してしまったら、聞き手が自分からあちら側に移ってしまうから注意だ。感情や場面に流されないように慎重にな。
まあ、かく言う私もかなり感情に持っていかれやすいのだかな、アハハッ・・・・・・うん、頑張れチヨ。君には、君にしかできないことが必ずある。私や飛月、龍治にできないことが、必ずね』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
よし!
きっとアルトさんは私に何も自分のことは話してくれない。
だからこちらから伝えるんだ!
でも、じっとしたままじゃ、話すにも話しにくいだろう。
お互いに気まずくなったりするのは嫌なので、私はどこか散歩でもしながら気持ちを話そうと思い、誘う言葉もさっき起きてから少しだけ考えたが、アルトさんの泣いている声を聞いてすべて吹っ飛んでしまった。
だ、だけどもうやるしかない!
「アルトさん!」
で、でもこれってもしかしてデートみたいなものなのでは!
う、嬉しい!・・・・・・ってそうじゃない!
今回はアルトさんへ私なりにできることをするんだ!
「き、今日!アルトさんは私とお出かけします!」
「・・・・・・はい?」
良し!まずは誘えた!
って!ええええええ!!!!!
今、私どうやって誘った?
え・・・・・・どうしよう。
完全に五代さんの言ってた感情や場面に流されるなってこと、忘れてた!
ご、強引な女とか思われたらどうしよう!
「ち、チヨ?今日はいつに増して強引だな」
アルトさんが苦笑いしながら、私に死刑宣告をする。
強引だな、強引だな、いんだな、だな、な・・・・・・
彼の言葉が頭の中で反芻し、真っ白になってしまった。
でも、今日はうなだれない!
絶対、絶対にやりとおしてやるんだから!
「もちろんいいよ。だけど、今日なんか暑くなりそうってラジオで流れてるの聞いたから夕方前で良いかな?遠出するなら早めの方がいいけど?」
「い、いえ夕方ぐらいからで大丈夫です。あ、後は救護班の人とかに外出していいかも聞いておかないとですね!私聞いておきます!」
私は、誘えたという嬉しさとやってやるという意志が混在した形容しがたい感情のまま救護班の人がたいきしている場所に早足で行ってしまった。
だけどそれ以上に今は、アルトさんの顔を恥ずかしくて見れない・・・・・・
「あ、うんありがとう。俺も旦那に言って・・・・・・」
何かアルトさんが言っていたようだが、最後まで聞こえなかった。
多分、龍治さんにも伝えておくとかそういうことだと思う。
午後3時
救護班の人から許可をもらい、もはや見るところがないから大丈夫とさえ言われてしまった。
おまけに危機に言った時に少し、からかわれたし・・・・・・
ま、まあ、傍から見たり聞いたりすればデートになるかもしれないですよね・・・・・・
本部内の食堂で昼食を済まして、二人で寮に戻りそれぞれ準備をし終えた。
「じゃあ行こうか、チヨ」
「は、はい。アルトさん」
うーん、いつもと同じように周囲を歩くだけなのにとても緊張している。
けど、こちらが固まっていたらきっとアルトさんは心配してしまうし、また私は何もできずに今日を終えてしまう。
いつも通りに行こう。
そして、変に意識しないようにしよう。
私たちは町のいろんなところを他愛もない話をしながら歩いた。
近くの河原で白くて大きい鳥がいるとか。
小さい花がきれいだとか。
ベビーカーに乗ってた赤ちゃんが可愛いだとか。
そんなあたり前がある。それを確認するように。
「いいな~このぐらいの季節にこの時間帯は。そこまで暑くないし。少し日が沈むのが早くて心細いけど」
「アルトさんはずっとこの季節になってくるとその事を言いますね。日が沈むのが早いって」
「だって~、なんか寂しい感じがするじゃん。夜ってなんか。やっぱり明るい方がいいって。おまけになんか夜って不気味だし」
「いい歳になってまだ怖いんですか?」
「別にそうゆうわけではないけどさ」
アルトさんが少し拗ねたような顔をする。こういうアルトさんのいじらしいところがからかうと時々見ることができる。リアクションとか表情がかわいらしくてもっとからかいたくなるけど、今日はそれが目的じゃないから、残念だけどここまでにしておこう。
「そういうところ、全然昔から変わってませんよね。少しいじられるとムッとした表情をしたり、思ったことを素直に言えたり、寂しがり屋だし、子どもっぽいし」
「うるさいな~大人になれとでも言いたいのか」
「いいえ。そんなことはありませんよ。それに所詮、大人だって子どもの延長だって昔私に言ってたじゃないですか」
「言ったっけかそんなこと?」
「はい、その癖に威張ってる奴が気に食わない~とかなんとか」
「あ、ハハ・・・・・・そんな事言ってたのか俺」
少し、昔の自分の発言に恥ずかしそうに頬を掻くアルトさん。
「そう思うと、昔よりだいぶ俺という人間は変わってのではないだろうか?なあチヨ氏」
「どうでしょうか、さっきも言った通り子どもっぽいところは、ぜ~んぜん変わってませんよ、アルト氏。如何でしょうか?」
「ウッ、こいつ・・・・・・」
ぐーの音も出ないような表情をアルトさんは浮かべる。
本当にこの人は・・・・・・
「本当にわかりやすいですね。そんなところも変わらないです」
私は数歩アルトさんの前を歩く。
声が聞こえるぐらいに。
アナタに私の想いが届くぐらいの距離を測って。
間違えないように、慎重に。
前みたいに踏み込み過ぎればきっと・・・・・・
アナタはまた遠くへ行ってしまうから。
「チヨ?」
「アルトさん。私ね、夢ができたんですよ」
「夢か!いいじゃないか!でも、急にどうしたんだ?」
「アルトさんのおかげなんですよ。」
「俺の?なんだって俺が?」
「アナタが私を救ってくれたからですよ。両親が無くなって、私を孤児院から引き取るように繋一さんを説得してくれて。また私を優しい世界に戻してくれた。それで思ったんです。私もアルトさんからもらった優しさを他の誰かにも与えていきたいって」
「そ、そうだったのか・・・・・・」
アルトさんの表情が少し曇る。
あの日の朝のように。
でも、ここで引いたらまた遠くへアルトさんが行ってしまう。
「アルトさん、聞いてください。私はアナタの優しさに救われた。そしてその優しさは誰かに受け継がれている。それは見知らぬ誰かかもしれないし、身近な人かもしれない。アルトさん。アナタの在り方はちゃんとみんなの日常を守っていますよ」
「チヨ・・・・・・でも俺は、人には言えないことをしてしまった。決して、どんな言い訳をしようとも許されるべきじゃないんだ。だからもう、俺はもう昔の俺じゃない。俺の在り方はもう変わってしまったんだよ・・・・・・」
・・・・・・例えそうであろうともアルトさんはアルトさんのままだ。
伝えよう、真っすぐに!私の思いを!
「変わっていません。変わっていませんよ、アルトさんは・・・・・・だってそうじゃないですか。アナタは誰かを助けるためにそうした。そうでしょ?だったら変わらないじゃないですか。
昔から自分のことは二の次にして、人一倍頑張っちゃって。でもそのくせに人一倍傷つきやすくて、繊細で、不器用で、人の痛みや悲しみに敏感で、自分のためじゃなくて人のために泣いてあげられる。
それが5年間アナタをずっと見てきたアルトさんなんです!
例えアナタを取り巻く環境が変わったり、何か外的な要因でアナタが変わったと言い張っても、アナタのその根底にある『優しい』在り方は変わらないんですよ。私にきっと言えない何かがあるはずです。きっと一緒に背負いきれないほど重い事情があることもわかっています。
ですが、私は・・・・・・ずっとアナタが私にくれた優しさを信じています。アナタがどう成ろうと、どう在ろうと、私がアルトさんをアルトさんと・・・・・・な、なんていうのかな?」
私は何故かちょうど今勉強でやっていた数学の図形の証明のようなものがフッと頭に浮かび上がった。
「そう!定義とか、証明とか!そういうものをします!」
う、うわ~・・・・・・
最後の最後で微妙な感じになっちゃったよ!
どうしよう!?い、言いたい事伝わったかな?前みたいに一方的になってないかな?
私は何とか表情だけは変えないように不安を心の中に留めた。
「チヨ・・・・・・最後の定義とか証明とかって、絶対数学思い出したろ?」
「な、なんでわかったんですか!?」
「だって、8月の最後の方に教えたばっかりじゃん。2学期にそれの難しい問題が出るとか言って頼んできたじゃないか」
さっきの強引のことといい、これといいなんでアナタはそういう変なところだけ鋭いんですか!?
せめて思っても言わないで!恥ずかしいから!
「俺の在り方は変わらない、か・・・・・・そうか」
アルトさんはどこか優しくて穏やかそうな表情をしていた。
まるで、何かから吹っ切れたような表情である。
「ありがとな、チヨ。その・・・・・・俺もなんていえば良いのかよくわからないけど」
「じゃあ、そんな不器用なアルトさんに私からお礼の仕方を教えてあげます!」
私はいつものように頭をアルトさんの方に差し出した。
でも、アルトさんは少し躊躇したまま、右手を私の頭上に浮かせたままだ。
全くこの人は!
私は左手で、頭上の手を掴んで自分の頭に乗せた。
その手は自然と私の頭を撫で始めた。
「どうですか?落ち着きますか?」
「・・・・・・ああ、とてもな」
その手はいつものように優しい手つきで。
「どうしたんですか?少し涙目じゃないですか?」
「い、いや!んなこたぁねえよ!いい年してチヨの前で泣くわけあるかってんだ」
「しょっちゅう泣いてるじゃないですか?子どもっぽくてかわいらしいですよ?ア・ル・ト・さん」
「コイツ、コンニャロー!」
アルトさんは思いっきり私の頭を撫でてきた。
「アハハハハ!」
・・・・・・
もう、これ以上、私はアルトさんの心を掘り下げない。
家族とはいえ他人であることには変わりはない。
人には人の事情があり、秘密の共有には責任が伴う。
そして、アルトさんは私には何も言わず、自ら背負う道を選んだ。
そして私は背負うことができない代わりに、彼の在り方を証明する存在と成ることを選んだ。
それでいいのだ。
互いに自分のできることをやればいい。
そして、支えたり、支えられればいい。
一緒に歩んでいきましょう、アルトさん。
私は、ずっとアナタと一緒ですよ。
愛しています。
どうか、この優しくて素敵な空間が永遠なものでありますように・・・・・・
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