第13話 大人
大人
大人は嫌いだ。何であんな奴らがいてしまうのだろうか。
人のことをけなし、立場を陥れて、経験をあざ笑って、夢を見ることを諦め、金や目的のために生きているあいつらのことが嫌いだ。
・・・・・・人間には性善説と性悪説というものが存在する。生まれながらにして人間は善なのか悪なのかという説、これに関しては様々な意見が存在する。
もし生まれながらにして悪であるならば、人間という存在そのものが悪で在り、改善のしようがない。人間の本質、根源にあるものは変えようがないからだ。
では、生まれながらにして善であるならばどうだろうか。その本質は永遠に善である。だが人間がつくりあげた社会の中には悪が必ずいる。
悪というものは人間が生み出すものだ。善である人間が何故それを生み出すのか。
それは紛れもなく『環境』である。後天的なもの。自分を取り巻くもの。
生まれてまだ何も知らない人間は、周辺にある物、もしくはいる者から学習していく。話し方、振る舞い、生き方、哲学とか。
幼い子の周辺には必然的に大人が絡んでくる。これは避けがたい事実だ。彼ら大人が子どもたちに自分たちの生き方を示さなければならない。そうじゃないと悪は連鎖し、終わることがない。
他人との競争や比較を激化させ、生きていくことは難しい、勉強ができなければ底辺だ、それ以外に道はない、我々も通った道で頑張ったのだから君たちも頑張れ。と人生がまるで絶望と共にあるように言い聞かせてくる大人たちが俺は憎かった。
生きる道筋を狭め、可能性のある子ども達を自分の狭い視野の世界に閉じ込めてくるあいつらが嫌いで、嫌いで仕方なかった。
だが、自分が成人と言われる年齢になり気づかされた。大人というものは所詮子どもの延長であり、悪に染まった彼らもまた周りに影響されてしまった被害者であるということに。
俺は大人というものに期待しすぎていたのかもしれない。近くにいた人があまりにも輝きすぎていて、この人こそ大人だという幻想にかき乱されていたのだろう。
だけど、だからと言って俺は俺のことを見下して笑ってきた大人みたいになりたくない。俺はもっとビッグで輝かしくて、将来を夢見れる大人になりたい。
成人になったからすぐさま大人になれるわけじゃない。だから、俺は俺よりも後の世代に俺みたいな人間もいたんだって伝えていけたらいいな。
大人という存在をそこまで怖がらないでほしい。彼らもまた人間で、君たちと同じ存在なんだって子どもたちに教えていきたい。
そのためにも俺はみんなを守る。日常を守る。
遺(のこ)せるものを遺していくために。人生は素晴らしいものだと子どもたちに伝えて、もっと生きることに対して真っすぐ、楽しく向き合える人がたくさん増えますように・・・・・・
「なんだここは?」
辺りを見回す。しかし景色なんてものはそこにはなかった。
俺は今、金色に光り輝く世界にいる。一面の金。雪が積もりに積もった場所のことを銀世界なんて言うけれど、この場所はもっと自然的で神秘的な世界だ。
「・・・・・・俺、もしかして死んだ?」
うーん、ここが死後の世界なのか?
という割には豪華すぎるような気がする。金に溢れているというとどこか俗っぽいし。
なんて思いながら辺りを歩いていると、その世界が揺れた。
震えるような揺れ、身体の中までその振動が響く!
正しくは、その世界の空気が揺れたような気がした。
「・・・・・・!」
何か気配を感じた。ふと見上げると、そこには金色の龍がいた。
「そうか。これが龍神様か」
俺はなんとなく手を合わせ拝んだ。
「ありがたや、ありがたや」
ってそうじゃない!
「なあ、ここはどこなんだ?俺は死んだのか?」
・・・・・・以前と同じような認識できない声のようなものが聞こえる。
だけど、何を言っているのかは何故か俺にはわかる。
「これから、災厄が来るぞ。神無き月に注意せよ?そう・・・・・・いったのか?」
それを聞くと、視界が真っ白な光に包まれて俺は・・・・・・!
9月5日 午前5時
「ハッ!」
俺は目を覚ました。
まだ薄暗い部屋だが、見覚えのある部屋だ。
ここは救護室、もう俺にとっては見慣れた場所だ。
俺が飛月との特訓の後にけがをするのでよく訪れているし、犬の化物と対峙した夜にもここを訪れたのでなんとなく自分の置かれている状況が分かった。
「そうか。生きてるのか俺は・・・・・・」
だが、身体は非常に元気だ。
巨大化した後に病院に運ばれて、起きた時は寝すぎからの頭痛や水分不足とかで喉が痛かったのにそんなこと今はない。
頭には包帯を巻かれ、身体の至るところにガーゼや湿布がつけられている。
俺は試しに包帯を取ってみるが、傷は全くないどころか、かさぶたさえも残っていない。
腹の傷も、傷跡一つ残さず消えている。
「・・・・・・」
これは人間やめてますわ。まあ、それでもいいか。
傷の治りが早いのはいいことだし。
あいつら無事なのかな?
それに・・・・・・
また殺しちゃったなあ。
そう思いながら俺はまた床に着くのだった。
6時
俺が目覚めたことを聞きつけたのか、旦那とチヨが救護室を訪れた。
「アルトさん!アルトさん・・・・・・」
チヨが泣きながらベットで上半身だけ起こした俺の体に抱き着いてくる。
「・・・・・・ごめん。心配かけたな」
また癖で頭を撫でようとしたが、切ったり殴ったときの感覚がフラッシュバックして俺は手を下ろしてしまった。
「アルト・・・・・・」
旦那が不安そうな顔をして俺を見つめる。
「旦那、とりあえず俺は大丈夫そうだ。後で色々話すよ。ほら、チヨも。今日学校だろう?
そろそろ出ないと間に合わないよ」
「・・・・・・今日学校ないです」
「えっ?そうなの?今日って金曜日じゃないの?」
「今日は土曜日です・・・・・・」
俺に抱き着きながらこもった声で俺に言うチヨ。
俺は電子の時計を見ると5日の土曜日の表記が出ていた。
「もしかして、俺って一日寝てた感じ?」
「・・・・・・そう、ですよ」
チヨの意識が消えていっているのか声がどんどん小さくなっていく。
「おーい、チヨ?チーヨ?」
どうやら寝てしまったようだ。
「チヨ君、昨日は学校を休んで、アルトのそばにずっといてくれたんだ。寝るときは客間を貸したのだが、どうやら寝れていなかったようだな」
そうだったのか。心配かけちゃったな。
「すんません、旦那。チヨのやつを客間に寝かしてきてくれませんか?」
「ああ、わかった」
「ありがとう。そんで、俺もあと少しだけ寝ます。話はまたあとで、起き次第でも構わないか?」
「もちろんだ。ゆっくり休んでくれ」
旦那は頷いて、チヨをお姫様だっこをして客間に運んでくれた。
さて、俺ももう少しだけ寝ますか。
10時
俺は目を覚ましたので、救護室に旦那を呼んだらすぐに来てくれた。
とりあえずは、夢で見たことの話をする。
「そうか・・・・・・神無き月・・・・・・俺のいた世界ではその月は10月に該当しているな」
「10月ですか。何で神様のいない月なんですか?」
「そうだな、そこも少し説明しておくか。俺のいた世界、日の国ではこの龍之国と同様に八百万神がいるんだが、10月というにはいささかズレもあるがそこの説明は省くとしよう。
そしてその月になると神様がある場所に集まって会議をするという。その際、氏神などの土地神はその守護から外れるといったものだ。
勿論、神というものは概念的なものだが・・・・・・その概念性を利用して襲撃してくる可能性は十分にある。
そして何より、アルトが直接金龍から聞いたとなると、それは確定なのだろう。長倉や他のスタッフと情報を共有し、策を練らせてもらうよ。報告ありがとう」
とりあえず、夢?で見たことを伝えることはできた。
だが、まだ引っかかるものがある。
やっぱり、一連の戦いの感覚が手と心を貪っている。
・・・・・・伝えた方がいいんだろうか。
だけど、日常を守ると決めてそこからゴタゴタと言うのは如何なものだろうか。
きっと、これがアニメとか漫画のキャラクターとかだったら、半端者だとか面倒なキャラだとかたたかれるのだろうが、俺は紛れもなく現実を生きている人間だ。
辛いものは辛いのだ。
「それとこの数日間、科学技術班の調べにより明らかになったことが一つある。アルトが持ち帰ってくれたあの心臓のような器官のことだ。あれは何かの動力源のようなものであるらしい。しかし、何を動かすかまではわからない。加えて、あの器官のようなものがどのような働きをして、動力となるのかもまだ不明だ」
「そうでしたか・・・・・・」
俺は、旦那の言ったことがあまり頭の中に入ってこなかった。
もやもやした気分が全然晴れてこない。
紫色の霧さえもふっ飛ばせる金色の力も、自分の中にあるわだかまりの除去の仕方までは教えてくれない。
「だが、わかったこともある。アルト。あの心臓部だが・・・・・・構造原理は人間のそれと同じであった。つまり、あれは婆さんの言っていた通り、人間が紫陽花病や他の原因によって変化した者の・・・・・・心臓だ」
「・・・・・・ッ!」
言葉にならない気持ちがおれの口から漏れ出す。
そうか、やっぱりそうだったのか。
・・・・・・
キツイな。
何だろうか、変に体に力が入らない。
辛さを表しているであろう表情を変えようとしても、変えられない。
だめだ、隠さないと。悟られないように。
この思いを背負うのは自分だけでいいんだ。
「アルト。それに、飛月も五代も・・・・・・すまなかった」
旦那は頭を深々と下げて謝罪してくる。
いないやつらにまで謝っている。
「なんで謝るんだよ?俺は・・・・・・俺たちはできることをやったまでだよ、旦那」
旦那はしばらくの間、無言のままであった。しかしその重たい口を開く。
「聞いてくれるか、アルト。少しばかり長くなるかもしれないが、俺の昔の話を」
「もちろんだよ。なんの話だ?」
旦那が天井の方を見て話し始める。懐かしむように、哀しむように。
「前に少し言ったかもしれないが、俺が元居た世界では戦争中で俺は兵士をしていた。
ただの歩兵ではなく、ある特殊な戦闘を行う組織だ。その組織では敵を殺さず、捕獲し、情報を聞き出すことを目的として作られていた。
だが事実は違った。俺たちが捕まえた兵士たちは裏で人体実験に使われ、殺害されていたんだ。事実上、俺たちのぶちは殺人の片棒を担いでいた・・・・・・そして、俺たちの組織の戦い方である武術のようなものは、いずれ国や世界の秩序を乱すというほどの力があった。
事実、その力を使って一国が革命に成功していたんだ。それを恐れた日の国政府は他国と連携して俺たちの掃討作戦を実行した。
その際、俺は以前言ったように政府からある情報を知っている可能性があるということで故郷に戻されていた。もう燃料切れも近く、ゆっくりと走る汽車で故郷へと帰っているある夜だった。
俺は眠れず、ネットで情報を見ていると、ある場所に『核』というものが落とされたという情報が飛び込んできた。核というものは使い方次第で人間たちに恩恵も与えるが、間違った使い方をすれば人間を、星の存亡さえも揺るがしかねないものだ。
こちらの世界には存在しないようだがな。それでその核が落とされた場所は・・・・・・俺たちの組織が戦っていた場所だった。
恐らく、皆焼け死んだだろう。大海の真ん中に位置する小さい島ということもあり、どこの国が落としたのかも誰も判断することなく、お咎めなしという謎めいた理由づけと共にその事件は報道された。俺だけが助かってしまったという絶望感があった。
そして、俺は村に戻った。だが、それでは終わらなかった。俺が出兵する前の穏やかな村はそこにはもうなかった。家が焼け、赤い水たまりができて、人が地面に転がされていた。村のみんなが殺されていた・・・・・・俺の想い人も殺された。まだ気持ちも伝えられていなかった。帰ってきたら伝えよう。
そんなことを言い訳に後手に回った結果、何も残らなかった。そして絶望した俺は村を壊滅させた兵士たちに見つかり、村の人々と同じように嬲られ、殺されそうになった。
だが、そんな時に声が聞こえたんだ。誰かもわからない。何を言っているのかも明確じゃない声が。だけど俺にはその言葉の真意が伝わった。俺その声に従い、敵を殺しうるだけの力と覚悟を得た。
そして、全員殺した・・・・・・組織の不殺の契りも、その技を教えてくれた師の教えにも背き、その力を人に向けて使った。
そして、何もかもが嫌になり、俺は自分がいた世界の在り方さえも否定して、この世界に・・・・・・逃げるようにしてやってきたんだ」
・・・・・・
それが旦那の元々いた・・・・・・世界なのか。
残酷すぎる。国にとって、世界にとって都合の悪いことを知っているから殺してしまうだなんてあまりにも惨たらしい・・・・・・
やっていることをこの国が以前、紫陽花病が初めて発見されたときと同じことじゃないか!
「だからな、アルト。お前にだってここから逃げてもいい。辛ければ、全部放置して逃げたっていいんだ。すべてをお前が背負うことはない。俺は人を殺した後の辛さからも、自分を取り巻く環境も、運命をもいやになって逃げてしまったんだ・・・・・・俺はな、アルト。お前を止める権利なんてない。日常を守ると言ってくれて、俺たちのために戦ってくれただけで十分だ」
・・・・・・・
「初めて紫のやつらと戦う時の出発前、旦那はなんて言ったか覚えてるか?旦那はな、俺みたいになってほしくないと言っていたんだ。 それってどういう意味だったんだ?」
「・・・・・・俺は、ただ、俺のような気持ちを味わってほしくなかっただけだ」
「そうだよな・・・・・・なあ、旦那。次はおれの話を聞いてくれるかい?俺さ・・・・・・幸せなんだよ。昔っからさ。
死んじゃったけど、覚えてもいないけど話を聞いた感じ父さんと母さん、んでもって妹と暮らして。俺を救ってくれた人と出会って、チヨと暮らして。普通に学校に行ってダチにも恵まれて。
それで、金色の力を手に入れてさ、今までできなかった人を助けたりとかがもっとできるようになって。この組織で大人ってやつの良さも学んだ。嫌なこともさんざんあったけど、この20年を振り返ってみるとさ・・・・・・俺は幸せなんだよ」
続ける。吐き続ける。この大人になら伝えてもいい気がする。受け止めてもらえる気がする。
「だけどさ・・・・・・だけどさ・・・・・・」
吐き出す。心の底にある物をすべて洗いざらい。
「贅沢な人生送ってきたけどさ、辛い・・・・・・辛ぇんだよ。今の俺は!なんて言ったらいいかわからなくて・・・・・・どうやって伝えたらいいかわからなくて・・・・・・何をすればいいのかもわからなくて・・・・・・全部丸ごと、自分ごと捨てちまいたいよ・・・・・・だけど、それ以上にみんなの日々を守りたい・・・・・・だけどさ・・・・・・」
もう俺は声を出せなかった。
救護室には、俺のむせび泣く声だけが在った。
気持ちがあふれかえってきて、何を言えばいいのかもわからなかった。
ただただ、小さい子どもが自分の気持ちを伝えるためだけに泣くように。
ただただ・・・・・・
俺はアルトの気持ちの吐露を何も言わずにずっと聞き続けた。
だが、やるせない・・・・・・
大人として、同じ経験をした身で。
婆さん、俺も考えてみたよ。大人として何ができるか。
だけど、これしか思いつかなかったよ。
俺のことを話して、アルトにも自分のことを話してもらう。
この方法しか思い浮かばなかったよ。
・・・・・・これでよかったのだろうか。
「・・・・・・アハハ。いい年してたくさん泣いちまったよ。恥ずかしいったらありゃしない」
アルトが一通り泣き終わって気恥ずかしそうに後頭部を掻く。
「すまない、おれは・・・・・・君に何もしてあげられない。遣いとしての役目を果たせていない」
「なーに言ってんだよ、旦那。さっき神無月の事教えてくれたじゃんか。んでもって、俺の話聞いてくれた。それに、役目なんてそのよくわからない声が勝手に押し付けてきたんでしょ?そんなの旦那が知ったことじゃないし、責任を必要以上に感じないでよ」
「そ、そうか・・・・・・」
「それに、少し楽になったよ。100あったモヤモヤ気分が60ぐらいになった感じ。ありがとな!旦那!」
アルトはめいいっぱいの笑顔を浮かべる。
「・・・・・・そうか」
・・・・・・これが俺のせいいっぱいだ。だが、やれることはやった。
俺の言葉や態度ぐらいでは晴れないものもあるが、他にも彼を支えてくれる人はいる。
だから、どうか頼んだよ!チヨ君!
俺は、救護室の入り口の方から出ている強い意志を感じながら心の中でそうつぶやいた。
俺は一通り話して泣いてスッキリしていた。
まあ、まだ微妙に残ってはいるけども。
でも、人間生きている限りこういった不安とかは全部晴れることはないのだろう。
俺は旦那に礼を言って、トイレに向かおうとした。
救護室にはトイレはないため一回一回、廊下に出なきゃいけないのが若干面倒だけど。
救護室を出ると、救護室前のベンチのような椅子にチヨが座っていた。
「よ~チヨ?ちゃんと寝れたか?」
俺はいつものノリで話しかけると、こちらを見る目は少し赤くなっていた。
「アルトさん!」
「は、はい!?」
あまりに気合のこもった声なので驚いた返事をしてしまった。
「き、今日!アルトさんは私とお出かけします!」
「・・・・・・はい?」
俺は状況にまたしてもついていけず、頭の上に疑問符を乗せたような気分になった。
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