第10話 目的
目的
人間の行動原理は二つ存在する。
一つは理由。もう一つが目的である。
理由はこうだから、こうである。
目的はこうしたいからこうする。
理由は過去の物、つまり経験から来るものだ。
目的は動機、未来を目指すものだ。
そして目的は常に今にいる『自分』が主体であり、理由はそれとは限らない。
目的という動機は目標という道しるべに向かっていくためのエンジンでもある。
どっちがいいとかはないけど、俺が今戦うのはきっと理由ではなく目的なのだろう。
なんか難しいこと書いちゃったな。書いてて自分でも微妙な感じだ!後で消しておかないと・・・・・・
世界線の移動・・・・・・そんなことが実際に行われるものなのか!?
「あ、アニメとかで見るあの、世界線の移動とかと同じなのか?」
「あ、アニメか?そういう類のものもあるのか最近は?まあ、どういうものか知っているのなら話が早いが、例えるのならそうだな・・・・・・この世界に様々な木があったとしよう。幹が世界線。枝分かれしているのは分岐とする。
人間は様々な事を選ぶことによってその選択に応じた分岐に行くことができる。だが、分岐点であるターニングポイントはやり直すことはできない。それこそアルトが前に飛月とやっていたゲームの分岐点と似た原理だ。一方、俺が行った世界線の移動は一本の木から別の木へ自分だけ移動したということだ。
つまり、世界線の移動とは歴史も分岐も何もかもが異なった世界に移るということだ。もう完全に肉体事な」
お、おう・・・・・・そんなアニメみたいな話があるのか。
そして例えがわかりやすい。
「なるほど、世界線を移動してきたことはわかった。もういろんなことがこの身に起きているから驚きはしないよ。だけど、さっきから言っている遣いってのは何なんだ?それにどうやって世界線を移動してきたんだ?」
「そうだな、そこも説明しておかないとな。俺はもともとこの龍之国によく似た日の国というところから来た人間だ。
そこは歴史上こことあまりかわらないようだが、そちらでの2020年以降は全く異なっている。世界は疫病が蔓延し、2024年には戦争が勃発した。
俺はそこで特別な隊で戦っていんだが・・・・・・まあこの話はまた今度でいいか。その戦争の最中、俺だけ故郷に帰れという命令が政府から下った。命令通りに俺は故郷の村に帰ったが・・・・・・村は何者かによって襲撃されていた。
何故か俺が戦っていた他国の人間と政府の機動隊が協力して村をめちゃくちゃにしていた。そこで、俺も殺されるはずだったが、何か声のようなものが聞こえてきたのだ」
「・・・・・・声?一体どんな?」
「具体的になんと言っていたかは正直覚えていないんだ。その言葉は俺の国の言葉でも、敵国の言葉でもなかったからな。
その声に応えようとすると、俺はあふれんばかりの力を手に入れた。そして村を襲撃した部隊を全滅させた。だが、何も残らなかった。俺は声に従ったのだから、こちらの要望も聞けと言ってやった。
こんな世界に居たくない。消えてしまいたいと思ってしまった。だが、その声の主はその声を聞いていたようで、俺の要望をかなえてくれた。まさかその結果が世界線の移動になるとは思わなかったがな」
「そうだったのか・・・・・・」
とても淡々と話しているようにみえるが、どんな壮絶な世界でこの人は人生を送ってきたのだろうか。
推し測るのも無粋で愚行だろう。
声の主の話だと、どこか俺の夢で出会った黄金の龍と似た話だ。
「旦那は世界線を移動する代わりに、その部隊を全滅できるほどの力を声の主から授かったと。その声の主ってのは一体誰のことなんだろうな」
「それは私から言おう」
ミー子さんが杖をつき、歩きながら話す。
「龍治が得た力とその導けという声の主の関係性。どこか私が言った伝承に近いとは思わんかね。青年が龍神様と契約をし、金の力を手に入れたことと、姫が龍神様の声を聞いて民集を導いた事。
だが実際、昔にアルト君の前任者がいたということも金の龍神様のこともこやつは知らなかったでね。そんな奴が龍神様の力を持っているわけね~と。ならどちらかと言えば、姫が持っていた力に近いということでね、『龍神の遣い』と勝手に私が呼ばせてもらっているのだ」
そういうことだったのか。
というか、その遣いって名付けたのミー子さんだったのか。
いや、待てよ。世界線を越えてきたか・・・・・・
確か異なる世界線には同じような人間がいると聞いたことがある。遭遇していた場合は一体どうなってしまうのだろうか?
「だ、旦那!?世界線を移動してきたってことは、こっちの世界での本来のアンタはどうなっているんだ?同じ人間が同一の世界線で生きるなんてことは俺の知っている限りではできないはずだ」
なんていう名称だったかはわからないけど、確かそんなものがあったはずだ。
旦那が手を押さえ、考える。
「た、多分・・・・・・この世界線と俺が元居た世界線では人も結構違ってくるようだ。例えば、国の偉い人の名前が違ったり、歴史的に有名な人の名前が違ったりと。でも発明品や、戦争の年代とかはほとんど同じだ。つまり、この世界にもともと俺という人間は存在せず、もしかしたら似たような人間がいるかもしれない。実際そっくりな人もいたしな・・・・・・」
うーん、なるほど。
並行世界の移動とはまた違ったものだろうかと考えるが、もう体力の限界だ。
少しふらふらしてきた。
それに『そっくりな人』ってのも気になる。それを言っていた旦那は何とも言えない表情をしていた。きっと追求してはいけないことなのだろう。
「話が長くなってすまなかったね、アルト君。お前さんはもうお行き。帰りを待っている人がおるんだろ?」
やべ!そうだった!チヨに夜ご飯作らないと。
「うん、そうだな。任務が終わったばかりなのに、難しい話をしてすまなかった。詳しい話はまた今度にしよう」
「ああ、そうするよ。ミー子さん、ありがとうございました。おれ、いろいろわからないことが多いけど、やってみますよ!」
「あ、すまない!アルト君!最後に一つだけ聞かせておくれ!」
客間の出口から出ようとするとミー子さんが止めてきた。
「君は、龍神様の力を得た。人の常識を超えた力だ。その力さえあればきっとなんだって出来てしまう。もう人間として固執する必要はなくなったんだよ。それなのに何故戦う?」
・・・・・・
うーん。難しい。
理由なんてものはいくらでも湧いて出てくる。チヨみたいな目に遭う人が出てこないようにするため、泣いている人を見たくないから、俺みたいな孤児を出したくないから・・・・・・
それもとても大事だ。だけど、その考え方じゃ俺もチヨも昔に縛られたままになってしまう。
何々になりたくないから、こんな風になってしまいたくないからだなんて被害者っぽくいても何も変わらない。
変えるためには・・・・・・未来に何か伝えていくにはこんなものではきっとどこかで負けてしまう気がする。
もっと前に進めるもの・・・・・・もっと力にできる物があるはずだ。
「何故ってことは理由を聞いているんですよね。だけど理由とかそういうものは俺にとってはどうでもいいんですよ」
「えっ!?」
ミー子さんが驚いた表情をするが俺は続ける。
「どうせ理由なんてもの、状況によってコロコロ変わっちまうものですから。いちいち決めてたらきりがないと今思ったんです」
何においても理由は必要だ。俺にだって戦う理由はある。
だけど理由で止まってしまってはダメだ。行動する理由に主軸を置いてちゃ前には進めない。もっと力強く前に踏み出せる物があるじゃないか。
「な、ならばなんだ!?力を持った責任なのか!?」
責任・・・・・・なるほどその考え方も確かに在る。力を持った責任、力を持たないものを助ける責任。ノブレス・オブリージュか。
貴族の意味を持つノブレスと義務を負わせるオブリージュが合わさった言葉。簡単に言えば金も地位も権力もあるやつがふんぞり返るのではなく、道徳的に生きるためには力のない者を守りなさいみたいな感じか。
でも、俺はそんな大層なものは掲げちゃいない。それに俺以外の人が弱いだなんて思いたくもない。それに俺はそこまで正義感が溢れた人間じゃない。今回だって人を守れたかどうかわからない。力の責任なんてものを考える余裕は今の俺にはない。
「責任でもないですよ。ミー子さん」
それにそんな外部から押し付けてきそうなもの俺はご免だね。
龍治さんが俺の方を黙って見つめる。
「理由はなくとも、責任がたとえあろうとも、俺は目的のために戦う。俺が守りたいと思ったもののために。日常を、みんなを、そしてチヨや、俺の元に帰ってくる人のために俺は守り抜きます」
理由でも責任でもなく目的。目標に至るために力になってくれる物。ガソリンにもエンジンにもなってくれる物。目標は言い換えれば目的地である。それさえ決めてしまえば一気に駆け上がることができる。
「・・・・・・ああ、そうかい」
ミー子さんが何故か少し嬉しそうな表情をする。
きっと俺のことを心配してくれたのだろう。
急に人を超える力を持った俺に、改めて意思確認をさせてくれたのだろう。
「じゃあ、俺行きますね。チヨが・・・・・・大切な人が待っていますので。いろいろ話していただき、ありがとうございました。何が何だかよくわからないこともあるけど、俺、頑張ってみます!」
俺は客間を出る。
ミー子さんは優しく微笑んで、手を振って見送ってくれた。
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「・・・・・・全くすごい子だね。神様にも等しい力を手に入れたってのに、調子に乗るわけでもなく、けなげに現実と向き合っている。頼もしいったらありゃしないよ」
「理由ではなく目的か・・・・・・難しいことをいうものだなアルトは」
「なーに言ってるんだい!アンタはもう30近いのにガキ過ぎるんだよ!ちったあ勉強せえ!」
「ま、まあそれは置いといて、その紫の化け物やジェルは本当に人間だったのか?」
「さあてね、私がさっきまで言っていたこともあくまで伝承だ。何故その紫陽花病だっけか?が人をあんな姿にした挙句、あんな化け物まで作り出すんだかもわからないし、果たしてあれが人であるのかの確証もない。
後は、アルト君が持って帰ってきてくれたあの心の臓のようなものを調べてみるしかないね。それはアンタのところで頼むよ。私は別のことを調べておく」
「あ、ああ任せてくれ・・・・・・」
「・・・・・・やっぱり気がかりかい?こどもたちを自分と同じ目に遭わせてしまったことが」
「もしやつらが伝承通り人間だとしたら・・・・・・
子どもたちを俺の経験した惨劇と同じ目に遭わせてしまったことになるんだ。威勢よく見送り、敵への攻撃を指示をした・・・・・・それってさ、かつて俺がされてきた命令と同じ・・・・・・子どもたちに人を殺せと言ったことと変わりないではないか」
「ああ、そうだよ。そうであったら、アンタは人殺しを命令した悪人だよ。
だけど、覚悟決めな。
アンタがすべて背負って戦えない以上、あの子たちに罪を背負わせてしまう。ならグジグジしてないで、アンタは大人として何ができるかよーく考えな。現場に出た人間をサポートするのがアンタの仕事だよ!」
「・・・・・・ああ」
俺に喝を与えてくれた婆さん。俺がこの世界線で二番目に遭遇し、しばらく俺の世話をしてくれた。優しい時もあれば少し冷たいときもあるという多くの側面のある人だ。
今も厳しいことを言われたが、実際のところは俺の意気地が足りていなかった。
子どもたちに殺人の指令を与えてふんぞり返っている大人たちが嫌いだ。それは俺が元の世界で経験したことだ。
俺はあんな風にはならない。絶対になってやるものか。
・・・・・・理由ではなく、目的か。
アルトの言う目的が何かを成すことで成立するのだとしたら、俺の楽園の創造も目的になるのだろう。
誰も傷つくことのない世界。果たして俺は本当にそんな世界に至ることができるのだろうか。
「よっこらせ」
流石に歳は取りたくないもので、少し歩いただけでも腰やひざの関節が痛くてたまらないわ。
「地上に上がったら、車を出すから少し外で待っていてくれ」
「ああ、頼んだよ。あと、今度からは朝か昼に呼び出せい。年寄りに夜は響くわ」
「ああ、悪かったよ、だけど今日は助かったよ。いろいろと。じゃあ少し待っててくれ」
龍治は駐車場の方へ軽く駆けていく。
全く、私の周りの若いもんはなんでこんなにも大変なことに巻き込まれるのかね。
凄い時代になったもんだよ。
伝承に残された物が本当に顕現し始めているとは。私もそろそろ本格的に動かなければならない。
神下ろしで告げられた神託の解析を急がねばならない。それがもしかしたらアルト君や龍治たちの助けになるかもしれない。
しかし・・・・・・あのような暗号を解ける人間がいるのだろうか。
私自身が何十年かけても解くことのできなかったあの暗号さえわかれば人類は大幅にこの厄災を打ち払える可能性が上がる。
しかし私も少し今日は疲れたよ。
全く、早く帰ってこないかね繋一は。もう何十年も顔を出さなくてちょいと寂しい。
あの子さえいれば、この現状を何とか出来るかもしれない。
ほんと、どこに行っちまったのやら。早く会いたいよ・・・・・・繋一や。
私が生きているうちに早く、もう一度姿を見せておくれ・・・・・・
――22時10分
俺は小走りで本部から寮の部屋へと戻った。
さすがに戦いを終えた跡ということもあり、疲れも溜まってきている。それに腹が減った。
チヨもきっと腹を空かせているに違いない。早く作ってあげなければ。
「ただいま~遅くなっちゃったよ。ごめんな、チヨ」
あ、あれいないな・・・・・・
寝ちゃったのかな?
まあ、俺も疲れたから手を洗ってさっさとご飯作らないと。
俺は洗面所の扉を・・・・・・はい、ノックもせずに開けてしまったんですよ。
そこには、うん、チヨがいた。
風呂上りだろうか、ちょうど下着のまま、ドライヤーを持っていたのですよ。
多分、その姿のまま髪を乾かそうとしたのだろう。
・・・・・・言い訳をしていいですか?ハイどうぞ。
前述したとおり、疲れていたんです。あと多分だけど少し貧血気味だったんです。
腹も減っていたんです。つまり注意力とか周りに配慮する気配りする余裕がなかったのですよ。
「・・・・・・へ?」
「た、ただいま、か、帰りました・・・・・・」
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
チヨの顔がだんだん赤くなっていき、羞恥のせいかだんだん涙目になっていく。
うーん、昔に比べて大きくなったな~いろんなところが。
って感心している場合じゃなかった!謝れねば・・・・・・
「いやーーーーーーーー!!!!!!」
「ご、ごめんなさグベラッ!!!」
俺は見事な右ストレートを顔面に叩き込まれた。
かなり痛い!?
今日のあの怪物の攻撃よりは軽かったものの、なんか思ったよりもすごい勢いでびっくりした。
いろんなところが大きくなったから、筋力もついたのだろうか・・・・・・
まあ、でも無事成長しているということでよかった、よかった。
その後、殴られて痛い頬を手で摩りながらリビングに行くと、テーブルには生姜焼きと千切りのキャベツが置いてあった。
ラップもしてあり、そこの近くに何か書いてある紙が置いてあった。
『お疲れ様です。夜ご飯作っておきました!温めて食べてください!おみそ汁も作ってありますので温めて、今日はゆっくり休んでください。千世』
つい微笑んでしまう。
夜ご飯を作る面倒が省けたことによる笑顔ではなく、チヨが俺のためを思って夜ご飯を作ってくれたことが嬉しいんだ。
何故、人は自分のためを思って何かをしてくれる人がいるとこんなにも心が温かくなるのだろうか。
そんなことを思っていると、ガラッと洗面所の扉が開いて、チヨが出てくる。
着替えて、ドライヤーで髪も乾かし終わったのだろうか。
首元にバスタオルを巻いている。
ふと俺と目が合う。
チヨがジトーッとした目でこちらを見てわざとらしくプイッと顔を俺のいない方向へ向ける。
「――チヨ」
俺が声をかけると、部屋に行こうとした足が止まる。
「なんですか?」
俺の方を見る目はまだ家の中にいる虫を見つめるかのような目をしている。
し、視線が痛い・・・・・・
だけど、お礼は忘れないうちに言っておかないとな。
「夜ご飯ありがとな。すごくうれしいよ」
俺がそういうと、チヨは微笑む。
「いえ、最近作ってもらってばかりだったので。勉強の息抜きがてら作らせてもらいました。どうですか?」
「まだ食べてないけど、チヨが作るご飯はいつも美味しいからな。ありがとな、忙しいのに」
「そ、そうですか・・・・・・」
チヨが少し照れている。
「じ、じゃあ!先ほど私の下着姿を見た謝罪と、夜ご飯のお礼を兼ねて・・・・・・」
チヨが頭をこちらの方へひょこっと出してくる。
昔からチヨが何かしてくれるたびに俺はチヨの頭をなでている。
家に来た時にあまりにも辛そうな状態だったので、俺が小さい頃、繋一さんにやってもらって心を落ち着けていたことと同じように頭を撫でてみると、少し落ち着いた表情を見せることがあった。
それ以来かな、ねだられるようになったのは。
背もあまり大きくなく、撫でて嬉しそうな表情が小型犬のようでかわいらしいし、髪もクルッとくせ毛っぽくなっているが、触り心地がいいため俺もチヨの頭を撫でることが好きだ。
「ったくしょうがないな」
俺は悪態つきながらも、いつも通りチヨの髪を撫でようと手を頭の上に乗せようとした。
――その瞬間、感覚がよみがえる。
あの化け物の腕を切り落とした感覚。胸に突き刺し、心臓のような器官を抉り出したような感覚。
冷や汗が出てくる。人間並みの生物を殺したときの感覚が俺のことを襲ってきたのだ。
「・・・・・・ッ!」
胸が締め付けられる。呼吸するのが苦しい。きっと顔もおかしなことになっている。
――チヨに気づかれてはいけない。余計なことまで探られてはいけない。
チヨにこちらの世界は不要だ。
「あ、アルトさん?」
・・・・・・人間は、人を殺したら殺人鬼なんて呼ばれ方をする。
もし、あの化け物やあのジェル状の人々が紫陽花病の感染者だったら、俺は殺人鬼と同じなのだろうか。
つまりそれは鬼であり人ではないのか。
そうだとしたら、そんな手でチヨに触れてしまってもいいのだろうか。
怖い。この手でチヨに触れてしまうことが。化物たちを殺したときのようにチヨのことを傷つけてしまうのではないかと・・・・・・
「お、おいおい。そんな子どもっぽい事いつまでも言ってないの」
「えー!なんでですか!」
チヨがムスッとした顔をする。だけどすぐに心配そうに俺を見つめる。
「何かありましたか?明らかにいつもと様子が違いますよ、アルトさん。やっぱりさっきの警報の時に・・・・・・」
やっぱりわかってしまうよな・・・・・・ただでさえ顔に出やすい俺だが、今日という日ほどこの特性が厄介だと思った日はない。
「なんもなかったよ。相変わらずの一日だ。さっきの警報もちょっとした訓練みたいなものだったんだ。帰りが遅くなったのもその反省会をしていたからだ」
「そうでしたか・・・・・・とりあえずお疲れさまでした。今日はもうゆっくりしてくださいね」
「うん、そうする。チヨも勉強、無理しちゃだめだからな。夜更かしすると成長ホルモン出ないから」
「・・・・・・さっきの流れからのその発言だとただのセクハラとしか思えないのですが」
ふてくされているような顔を頑張ってしているようだが、なんでそんなまんざらでもない顔をするんだ。やめなさいそういう顔は。
「そ、それじゃあ私は寝ますね。もっと大きくなりたいですし。お、おやすみなさい」
「ああ、お休み」
チヨが部屋の扉を閉めて中に入っていく。
部屋が静寂になり、一気に寂しさと恐怖が押し寄せてくる。
・・・・・・
「はあっー」
ため息をこぼしながら戦いで殴られた腹の傷を見る。
先ほど救護室で見た時よりも明らかに小さくなっている。
俺は、本当に今人間なのだろうか。
ミー子さんには目的のために守り抜くと言った。確かに日常を守り、皆を守るという目的は変わらない。
だけど、俺の中で日常という価値観がだんだん変わっていく恐怖と、人じゃなくなっている実感が俺の心を惑わせていた。
・・・・・・ごめんな、チヨ。
俺は、チヨが作ってくれた夜ご飯を食べ、怪我もまだ大きいので風呂には入らず、そのまま寝ることにした。
――情けねえ、さっきは殺人鬼になりに行くのではないと大口叩いたのに。俺は、人を殺した現実(こと)から、目を背けることができない。
あー!!
見られちゃった!見られちゃった!
私、チヨは布団の上で枕を顔にうずめてゴロゴロしていた。
さっきは本当にびっくりした。まさか帰ってきているとは思わなかった。
全然気づいていなかった。
き、今日の下着大丈夫なやつだったかな?子どもっぽいとか思われちゃったかな?
で、でもすごく見てたし・・・・・・
は、恥ずかしい・・・・・・
けど同時にちょっと嬉しい・・・・・・
な、なんてこと考えてるんだろ私ってば!
あ、あれ私って自分が思っている以上に変態なのでは!?
それだったらきっとアルトさんのせいだ!
町中ですごくいろんな女の人にいやらしい目線を送っているからだ!
そうやって、私は先ほどまでの思考をわけのわからない理由で正当化する。
だけど・・・・・・
「どうしちゃったのかな、アルトさん・・・・・・」
いつもなら、頭をアルトさんのほうへ出せば撫でてくれていた。
私はあの感覚がとても好きである。
どこか居場所がある感じがしてとても温かい気持ちになるからだ。
でも、さっきのアルトさんの表情・・・・・・
「どこか怯えていた?」
私が、下着姿を見られて恥ずかしさのあまり殴ってしまって怖がらせてしまっただろうか?
いやその程度で私を遠ざける人ではない。
なんか、思ったよりも力が出ちゃったみたいだったけど・・・・・・
じゃあ、さっきの警報音に何か理由があるのではないだろうか。
18時ぐらいに突然、寮内に響いたあの警報音のようなもの。
私は5年前のあの一件以来、警報のような心の落ち着きを狂わせるような音が苦手になってしまった。
何か、すべてを持っていかれてしまいそうで怖い。
いつもなら、アルトさんに抱きしめてもらったりして何とか持ちこたえていた。
警報が鳴り、本部に向かう前もアルトさんは私のことを心配してくれた。
・・・・・・そうか!
さっきの表情のアルトさんは私なのだ!
いつも警報音や災害を怖がっている私と同じなのだ。一体何がそんなにも怖かったり、不安なのだろうか。
もしかして、やはりさっき何かあったんだ!
「わ、私にできるかな?アルトさんが私にしてくれたように・・・・・・」
アルトさんは私が怖がっていたり、寂しがっている時はいつも一緒にいてくれた。
一緒にいると心が温まる。
いくら外にいても帰ってくれば、それ(心の温まる場所)があって。
私は、あの人にとってのその居場所に成れるのかな?
あの人がくれた優しさを今度は私が与えたい。
そのおかげで私は心が死んでいたころから、人間に戻れたのだ。
「・・・・・・よし!」
今日はアルトさんも疲れているだろうし、明日聞いてみよう!
何があったのか?そして何をそんなに怖がっているのか。
私は、小さな勇気をもって明日の朝に挑むことにした。
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