第5話 不安

                 不安


人間には心がある。それは今となっては当たり前のことと認識されている。

もしかしたら、他の生き物にもあるかもしれない。

嬉しくなったり、楽しくなったり、悲しくなったり、辛くなったり・・・・・・

私は心の動きというものは、何かの暗示のように思えてならない。

心に私たちとはまた違った意識みたいなものがあるのなら、きっと感情というものは人生の指針なのだろう。

では、この気持ちは何なのだろうか?

悲しい?辛い?いや、不安なのだろうか?

きっと、私は怖いのだ。またしても愛を失うことが。

私はただ愛されたい。愛してほしい。

ここにいていいよって抱きしめてほしいだけなのだ。

それを失ってしまったらきっと、私は私ではなくなってしまうから・・・・・・



「ああ!やってやるよ!この俺が!人類ひっくるめて何もかもを守ってやる!理由なんざどうでもいい!俺は!俺の守りたいものを守ってやる!」

・・・・・・怖い。

怖くて、怖くて仕方がない。

私はまたしても家族がどこか遠くへ行ってしまいそうな気がしてならなかった。

だってそうでしょ?

愛しい人が自ら戦地へ赴くことを善しとしているのだから。

さっき聞いた『それ』・・・・・・今は獣だったっけ?

それが私の両親を奪っていったのだろう。

私の愛を一瞬にして崩壊させた存在と私の愛している人が戦おうとしている。

不安・・・・・・嫌だ。

行かないでほしい。そのままでいてほしい・・・・・・




――私は、桜田神社の一人娘としてこの世に生を得た。

なかなか子宝に恵まれなかったらしく、私が生まれたときには家族総出で大層喜んだらしい。

両親からもとても愛されていた。

千年という長い年月が流れた世になっても、愛され続ける子になってほしいという母親の思いから千世と名付けられるぐらい一身に両親からの愛を受けていた。


――2020年 8月15日

不気味すぎるほどに晴れ晴れとした青空が広がっていたちょうどお盆休みの時。

明日には桜田町のお祭りが控えていた。

小規模ながら、毎年町の人の多くが参加する祭りだったので、両親はとても忙しそうだった。

お母さんがいつものように洗濯物を干していた。

お父さんが家で祭事の準備をしていた。

二人とも忙しいので構ってもらえず、両親のことが大好きであった10歳ながら少し寂しかったことを覚えている。


家の手伝いをしたいけれど、洗い物も終わってしまい、次にやることは昼ごはんのお皿を洗うことと、取り入れた洗濯物を畳む程度しかなく、祭りの準備に関しては怪我が多いからという理由でお父さんから止められていた私は、暇を持て余していたのでお気に入りの本を読んでいた。

幸せな生活を送っていた男の人と女の人が、ある事件に巻き込まれてながらも懸命に生きたけれど、女の人が死んじゃってそれでも男の人がみんなのために頑張る切ない物語。

もうタイトルも覚えていない悲しい物語。


今思うと、なんでそんな悲劇のような物語がなんで好きだったのか全く分からない。

私はとても幸せだったから、遠い世界のように見ていたのだろうか?

何回も本を読んだので、本がクシャっとなっていたことも覚えている。

私は構ってほしかったので、母が縁側日に当てていた布団の上でゴロゴロと本を読んでいた。

当たり前のように続くと・・・・・・いや、当たり前すぎてそんな施行にさえなっていなかった。

そして・・・・・・その時はきた。


――午後2時37分

ラッパのような不快な音があたりに響き渡る。

空が昼なのに夜のように闇に覆われる。

どこかで何かが割れるような音がしたことも覚えている。

そして、揺れた。

全てが揺れた。全部が崩れていった。

母が私に覆いかぶさった。

両親のスマホと部屋で電源のついていたテレビから警報が鳴り響く。

怖い。

大丈夫とお母さんが言ってくれた。

怖い。

大丈夫と私を安心させようと何回も言ってくれた。

怖い。

だけど、大丈夫じゃなかった。


その揺れは・・・・・・

私のすべてを壊した。私からすべてをかっさらっていった。

神社が崩れた。境内も崩れた。

お父さんがこちらに走ってきている時に建物の天井が崩れて下敷きになっているのを見た。

お母さんが私を強く抱きしめた。

皆、かつて家だったものに下敷きになった。

幸せは一瞬にして、シャボン玉のように消えていってしまった。

お母さんの呼吸がだんだん浅くなっていくのがわかった。

母親から生暖かい血が私の顔を伝っていく感覚は今でも時々夢に見る。

何も感じられない。・・・・・・感じたくない。

熱い。近くで何か燃えているのだろうか?

肌に感じる熱と反比例するように、心の中が冷たくなっていく。

自分が壊れていく。グジャグジャになっていく。

私は誰なのだろう?どうして生まれてきたのだろう?私はこのまま死んでしまうのだろうか?


・・・・・・そんな時、男の人が来た。

黒い制服を着た、黒髪に古風なリーゼント風の髪型をした男の人だった。

崩れた瓦礫をぼろぼろになった手でどかしている。

そして私を見つけた。

見つけてくれた。

男の人はお母さんの脈を確認し、次に私の呼吸を確認すると、生きてる。生きてる。と私を泣いて抱きしめた。

・・・・・・あれ?一瞬この人が来る前に何か声のようなものが聞こえたような?

あれ?あの石は確か・・・・・・

そこで、私の意識は途絶えた。




――そんなことがあっていいわけがない。

同じことを繰り返してはならない。私と同じような経験をしていい人がいていいわけがない。

アルトさんもきっとそう思っているに違いない。

そんなことはわかっている。

だけど、その戦いに命の保障がされているわけではない。

なのに・・・・・・

なんで・・・・・・

そんな覚悟を決めたような顔をしているの?

ふざけないでよ、アルトさん・・・・・・


「ふざけないでください!」

つい口から心にある言葉が出てしまった。

我慢しようと思っていた。アルトさんの選択を奪ってはいけないと思って・・・・・・

だけど、出てしまった。ならば良いだろう。アルトさんとみんなに私の思いを、不安を言おう。

周りの人たちが私の先ほどの様子との変貌ぶりに驚いているようだがそんなことはどうでもいい。

でも、私の動悸を落ち着かせるために付き添ってくれた五代さんには申し訳ない事をした。

私の豹変に人一倍驚いているように思えた。


「ど、どうしたんだよチヨ?そんなに大声をあげて・・・・・・」

5年間一緒に暮らしてきた私の恩人であるアルトさんさえも私の大声に驚愕しているようだ。

アルトさんの前でこんなにも声を出すことはあまりないからだろう。

・・・・・・変にちょっかいを出してきたり、エッチな発言をアルトさんがしたとき以上の声だもの、アルトさんが驚いても仕方ない。

でも、そんなことはどうでもいい。


「どうしてなんですか!?あなたは今、実際に死を宣告されたのと同じ状況なんですよ!わかっているんですか!?

なんで覚悟を決めたような顔をしてるんですか!?やめてください!じゃないと私、私・・・・・・」

ああ、ダメ!

泣いちゃダメなのに・・・・・・

怖くて仕方がない。

・・・・・・ずるいよ私ってば。

まるで泣き落とししてるみたいじゃん。

あふれ出る不安(なみだ)を手で押さえつける。

出そうになる嗚咽も必死にこらえる。

もう周りの目なんて関係なく必死になった。

そんな私をふと、温かな感覚が私を包む。


「ごめんな、チヨ」

そのぬくもりはかつてのものと変わらない、安心させてくれる私の居場所。


「そんでもってありがとな、チヨ。俺のために泣いてくれて。嬉しいよ」

凄いゆったりした声で、私を落ち着かせようとする。

でも違う。私はそんな言葉が欲しいんじゃない。

ただ、やめてほしいだけなのに・・・・・・

それも、私がアナタを失うのが怖いって理由だけで・・・・・・


「違いますよ・・・・・・私ってば、ずるいから。きっとあなたのためなんかじゃなくて私が怖くて・・・・・・アルトさんがいなくなるかもって思うと寂しくて、怖くて・・・・・・」

ああ、本当は行ってほしくないけど、あなたは行ってしまうのだろう。

でも、せめて・・・・・・


「アルトさん・・・・・・今のアナタの意志は人間としてアルトさんの意志なの?それとも、金の力を持ってしまったから仕方なく戦おうという意志なの?どっちなんですか?」

アルトさんは抱きしめながら私に告げる。


「これは立花在人、俺自身の意志だ。俺は君が生きている限り死なない。死んでやるもんかよ。だから・・・・・・安心してくれ」

そう言いながらアルトさんは私を抱きしめる力を強くする。

そして、私の肌に私のではない思いが降り注ぐ。

ああ。誰かの悲しみや怒りに寄り添って泣いてくれる、温かいあなただから私は・・・・・・

あなたを好きになったんだ。


・・・・・・

またチヨを悲しませてしまった。

家に帰ったらたくさんかまってやろう。

・・・・・・でも、これは俺の決意だ!

俺はチヨを抱きしめた腕を一旦下ろして、組織の人達に宣言する。


「俺の意志は変わらない!この授かった力で全部を守り切ってやる!だから、力を貸してくれ!」

周りの全員が頷き、意志を分かち合った。


「では!改めてようこそ八咫烏へ!我々とともにこの星を・・・・・・いや、みんなの日常を守っていこう!」


「はい!よろしくお願いしますッッッッッッッ!!!!!!」

これから、俺の新たな生活が幕を上げる・・・・・・

なんてことよりも!


「じゃあ!飯食うの再開しますね~」

全員が空気の変わりようにずっこけるような仕草をする。

ノリがいいな、この人たち!

いつものあいつ等だったら絶対に乗ってくれないだろうに・・・・・・

シリアスな話はあまり好きではない。見ていても聞いていても悲しくなって胸が痛むから。

折角なら楽しい方がいい。明るく元気に健やかに過ごせた方が何倍だっていいはずだ!

それに、あまりにもシリアスな話だったので食べる手が完全に止まっていたことを思い出した。

とりあえず、入院明けの飯が格別すぎる。

周囲にまた食事会を始めた時のような空気感が戻る。

うんうん、やっぱり人間笑ってねーとな。

平和と日常が一番なのさ。不幸も争いも人間には、いや、少なくとも俺とチヨの人生にはいらないのだ。


「すごいですよね、彼」

「ああ、全くだ。まだ二十歳なのに人としての大きさがうかがえるよ」

俺、大道龍治は参謀で在り、一番古い縁がある長倉と彼のことで話題になっていた。


「誰かのために生き、誰かのために行動しようというミスター・アルトの言動はさながら勇者のような勇ましさを感じますよ」

「文面に起こすと勇の字が二回も出てて若干違和感のある例え方になるが、きっと彼のような人間が、これからの人類を導いてくれるのかもしれないな」

長倉が少し微笑み俺に言う。


「もしかしたら、キャプテンが前に言っていた理想の世界にも近づけるんじゃないですか?」

・・・・・・うーむ。

どうなのだろうか?

未だにあれについてはわかっていることは少ない。


「かつて栄えた文明のような世界。俺はそれを楽園といっているが、もしかしたら・・・・・・」

本当に俺の理想の世界にたどり着くことができるのだろうか?

誰も傷つくことのない世界に。

その世界に至るためにはどのみち獣は障壁となる。

俺一人で何とかできればよかったが・・・・・・彼を巻き込むことになってしまった。

せめて非日常に飛び込むことになる彼のためにパアーッとやって俺たちの普段の雰囲気をわかってもらいたかったが・・・・・・それは無事に成功したようだ。

皆と何気なくしゃべっているように思える。

だが、何故彼が金の力を有することになっているのだろうか?


「それに前任者が誰で、何故彼に力を託したのか。それも気がかりだな」

「20数年年前でしたっけ?前任者、コード:ファーストが現れたのは」


「ああ。

――お前と初めて出会った時に言った通り、俺は世界線を越えてきた人間だ。

故に不確定な情報が多すぎる。俺もコード:ファーストのことは一切知らないが、契約を交わした際の情報だと相当人間であることにこだわっていたらしい。

その他に手に入れた情報はかつて世界政府が研究していた軍事用生体兵器である強化人間を次々に倒し、世界政府機関を数々と破壊したとしている。懸賞金をかけようにも一人の人間に機関を破壊しつくされたなんてことを言えば、世界中が大パニックになるからという理由でかけられず、今の俺と同じような扱いを受けていたらしい」

長倉が俺の発言を聞くや否や苦笑いをする。

なんかおかしなことを言ってしまったかな?


「あなたも大概ですよ、全く。龍之国政府に捕まった私を無理やり外に出すだけでなく、裁判所一つぶっ壊して、裁判を台無しに突入するおバカはあなたぐらいですよ」

「あれは、お前の存在を危惧してつまらん理由で死刑にしようとした国が悪い」

「果てには、あのミス・五代まで仲間にしてしまうんですからねえ」

「あいつに関しては、飯おごったら仲間になったじゃないか」

長倉はあきれ顔で話を続ける。


「あの時は皆さん栄養失調に近い状態でしたからね。あの状態で食べ物を胃の中に入れることができたミス・五代の生命量には驚かされました・・・・・・・

それに五代といえば、裏社会では名の知れた大御所ですよ。政府の裏切り行為で、組長は殺されて敵(かたき)を取るためにわずか組員150人を引き連れて国と争おうとした人ですのに」

俺はつい大声で笑ってしまう。


「少ない物資を他の組員に与え、その上栄養失調寸前で俺と殴り合おうってんだ。あんなすげーやつを俺が国なんぞに殺させるわけがないだろう?」

確かに、と長倉が微笑む。


「そういえば、ミスター・飛月とはどのように出会ったのでしたっけ?」

あー。とつい声が出る。


「あいつとは、もとは俺がたまたまランニングで立ち寄った野球のグラウンドで見かけた時が始まりだったな。飛月本人は作業に集中していたようで俺に気づいてはいなかったし一人練習から外れてるもんだったから微妙に目立っていてな。

それから数か月後・・・・・・俺が八咫烏を創設したぐらいの時に突然、街中で出会って俺の名前を急に言ったもんだからびっくりしちまったよ。

おまけに俺の知らない黒の玉の籠手まで持っているときた。それもあって、あいつが一番謎を秘めているんだよな。

何故、俺の名前を知っているいたのか。謎に満ちた黒の玉を何故飛月が持っているのかな。本人もわからないの一点張りだし。おまけに武術の経験がないのにあんなに動けるときたもんだ。本当にすごい奴らだよ、皆」

思えば、素晴らしい能力を持った人たち仲間にしたもんだ。

当初は、俺の理想とする楽園に至る方法を考え、実行するために創設した組織が人々の日常を守る存在になるとはな。

アルト君・・・・・・いやアルト。

君が何故コード:セカンドになったのかは俺もわからない。

だけど、君の人間としての真っすぐな意志は、誰かのために行動し、誰かの涙に寄り添うことができる君ならば、間違いなくいろんな人間に良い影響を及ぼすだろう。


「さーて!俺たちも大人としてのお役目を果たそうじゃないか!長倉!」

「ええ!やってやりましょう!キャプテン!」

俺はクシャっと笑う。

再び俺はこんなにも頼もしくて愉快な連中と共に生きていけるのだ!

どうかみんなに幸ある人生があらんことを・・・・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る