第4話 決意

                  決意

人間は選択をして生きる生物である。

何を食べるとか、何時に寝るか。といった日常的なものから進路や結婚相手といった人生に関わる大きな事柄もすべて選択なのだ。

選択には正の感情も負の感情もつきものである。

それを選んだら自分はどうなってしまうのか、相手との関係性や将来への希望や不安で感情がふらふらとしてしまう。

だからと言って選択を拒んではならない。

我々人間には選ぶ権利がある。選択する自由がある。

選ばずに妥協した人生を送るならば、いずれ後悔が訪れることになる。

後悔は怖い。取り返せないものに永遠に縛られる呪いのようだから。

ならば俺は選ぼう。俺にしかできないことをしよう。

例えそれが、罪深い選択であったとしても・・・・・・


7月11日

俺が光と接触して6日が経過した。無事、体には特別悪いところが見受けられず予定通り退院することになった。


「お待たせ、チヨ。退院の手続きの手伝いをしてくれてありがとな」


「はい!じゃあ帰りましょうか」

病院から出ると、黒い大きな車が止まっていた。

こういう車の事なんて言うんだっけか?なんて考えていると車の中から人が出てきた。

例のグラサン集団の一人である。


「お待ちしておりました、ミスター・アルト」

前に俺が言い過ぎた長身男が出迎えてきた。


「どうやって今日が退院だってかぎつけたんですか?」


「それは企業秘密ということで」

いや、アンタら企業なのか?それとも適当に言ってきたのか。


「では、参りましょうか」

そう言いながら長身の男は車の後方座席のドアを開けてくれた。


「向かうってどこにですか?」

チヨが不安な表情を浮かべながら長身の男に問う。


「ええ、我々の基地。つまり、以前ミスター・アルトがおっしゃったように我々のキャプテンのところに」

男は車の後ろの扉を開く。俺たちに乗ってくれと促さんとばかりに。昨日の件もあって、俺は本当に迷っている。

この人たちに付いていって、真実を知る。

そうすれば、俺は戦いに身を投じることになるだろう。

そうなれば、俺の日常は終わる。もうあの農場で働くことも、あの家で過ごせることもなくなるかもしれない。

俺一人ならば別に行ったって構わない。だけど、チヨに影響が出るならば考えなければいけない。

まあしかし、今日は。今日だけはどのみち行けないのだ。


「すみません。どうしても今日は行けないので日を改めさせてもらってもいいですか?」

本当は謝る必要はないかもしれない。だってあちらが一方的にこちらを勧誘しているのだから。だけど、いつも現場の人間というのは気苦労が多い。労ってあげたい。


「・・・・・・理由を聞いてもよろしいですか?」


「今日は退院祝いにこの子が手作りの料理を作ってくれるんですよ。だから今日は無理です」


「アルトさん!?う、嬉しいですけど口に出されると少し恥ずかしいです・・・・・・」

だが、チヨのことが優先である!チヨがわざわざ俺のために作ってくれると言ったんだ!これを喰わなかったらバチが当たるだろう。


「わかりました。では日を改めて」

男は車の運転席に再び乗り、エンジンをつける。


「・・・・・・行こうか、チヨ」


「はい」

俺とチヨが帰ろうとすると、車の窓を開けて男が再び俺に話しかけてくる。


「ミスター・アルト。言い忘れていました。ご退院おめでとうございます」


「ど、どうも・・・・・・」

あまりに急だったので驚いた。この人はどこか大人って感じがする。

俺が出会ってきた教師や町の人たちとは違う何かを感じた。


「それでは、お気を付けて」

男は窓を閉めて、車を発進させる。

そして、影も残すことなくすぐに俺たちの前からいなくなってしまった。

決して悪い人たちではないんだろうけど、まだわからないことが多いからな・・・・・・

わかるまでは慎重に動こう。

最悪、接触してこちらの身に何かあった場合はあの人達の言う金の力を使えばチヨだけでも逃がすことができるかもしれない。


「行くんですか?あの人達のところに」


「・・・・・・行こうと思っている。どんな人たちかはわからないけど、俺のあの力のことを知っている。情報を手に入れるだけ手に入れて帰るのも手段の一つだろうからな」


「そ、そうですよね。帰ってきますよね!なら大丈夫です!」


「うし、じゃあ帰ろうか!楽しみだな~、チヨの料理」


「楽しみにしててくださいね!めいいっぱい心を込めて作りますから!」



7月12日

今日は休日である。

久々に家の中でも片付けようと思い、いつもの鍛錬を終えた俺はリビングに掃除機をかけていた。

チヨが掃除してくれていたのか、だいぶきれいになっていてすぐに終わりそう・・・・・・なんて思っていたら、家のチャイムが突然俺のことを呼び出した。

今日は農場のメンツと会う予定なんてなかったし、チヨの友達かとも思ったがチヨは遊びに行くときは必ず俺に何かしら言うし、今日は家に居るとも言っていた。

・・・・・・嫌な予感がする。

恐る恐る玄関の扉を開けると、いました。

サングラスをかけた長身の男がいました。


「あの・・・・・・うん、会う予定の場所を言わなかったからうすうすどうするんだろうなってのは思ってたよ。だけどまさかさ、家にまで来るとは思わねぇよ!」


「す、すみません。こちらとしてもできる限り早く話をつけたかったもので・・・・・・」

そういえば、あの日。サングラスをかけた少年は人類・・・・・・と言いかけて話をこの人が止めていた。

何か早めに話をしておきたい理由があるのだろう。


「わかりました。準備しますのでしばらく待って居てください」

俺は家の中に再度入り、身支度を済ませる。


「アルトさん!」


「どうした、チヨ?どうせ帰ってくるから家で待って居ても・・・・・・」


「行きます!私にも話を聞く権利がありますから!」

・・・・・・巻き込みたくはないんだけどなあ。

だけど、俺が拒否してもずっとくっついてくるだろうから一緒に来てもらうことにした。

二人で車に乗り、俺たちは家から離れた。



「って!なんでここにあるんだよ!!!」

俺たちが車で運ばれた先は、よく顔を出しているあの孤児院だった。

チヨもええっ!と声を上げて驚いている。


「おや、この場所をご存じだったのですか?」

長身の男が意外そうな声を出してくる。


「ご、ご存じも何も、ここって孤児院なのでは・・・・・・」


「ええ、この場所は孤児院です。しかし、昔は結婚式場であったのはご存じですか」


「はい」


「実はある事情があり、我らのキャプテンがここを基地と選んだのです。では、基地はこちらとなります」

そう言って俺たちを基地へ案内する長身の男はサングラス越しではあったが、どこか悲し気な雰囲気を醸し出しているような気がした。



「では、こちらです」

場内の関係者以外侵入禁止の場所にあるエレベーターに乗せられて俺たちがたどり着いた場所はというと・・・・・・


「って!いやいやいや!」

俺はあまりのことでうろたえてしまう。

だけどこれは!


「地下にあるなんざまっっっっったく予想なんてつくかよッッッッッッッ!!!」

でも知ってる!

こういうのアニメとかで見たことある!

地上はカモフラージュ的な扱いで本当は地下にありますよみたいなやつ。

どっかで見たことあるよ!

チヨも驚いているのかあわあわしている。


「おう長倉!連れてきてくれたか!」


「ええ、言われたとおりに」

エレベーターを降りたらすぐに俺たちの目の前に信じられないような大男がいた・・・・・・

・・・・・・へー、この長身男、長倉っていうのか。

いや!なんて現実から目を背けている場合ではない!

この長身男、いや長倉さんと会話している男!

豪快且つエネルギッシュな声を出しているこの人・・・・・・やばすぎる!

何がやばいって見た目の派手さもそうだが、それ以上にこの人が纏っている雰囲気。

今まで出会った人たちの中では断トツにやばさを感じる。

殺気とかそういうものではない。もっとそんなものさえも超越した何か。

何なんだ、この人は!?


「君たちが、アルト君とチヨ君だね」

金髪のオールバック。日焼けのように焦げた肌をして、俺なんかよりも身長が数十センチ近く高い男が俺たちに視線を向ける。

そのうえで筋骨隆々さが人目でわかるぐらいパッツパツのスーツを着こなしている。

町で見かけたら間違いなくヤクザだと疑ってしまうような格好だ。


「は、はい!そうです!」

つい姿勢を正しながら答えてしまう。


「そうか、よく来てくれたな」

声は穏やかそうだが、低くて響きのある声だ。


「早速ですまないが、こちらの部屋に来てくれないか?」

俺とチヨは互いに目を合わせ、アイコンタクトをする。


(だ、大丈夫だろうか。ついていって)


(多分大丈夫だと思います。そこまで悪い感じはしませんから)

うむ、チヨがそう思うのなら信頼しても大丈夫だろうな。

こういう人を見る目に関しては、チヨはとても優れていて、俺も昔に何回か危ない業者で働きそうになった時に違和感があったらしく、俺を行くなと止めてくれたことがあった。


「わかりました」

俺たちは素直に彼の言うことに従うことにした。


俺とチヨは金髪の男に連れられて、ある部屋に入った。

辺りは暗く、何も見えない状態だ。

俺の中に金髪の男と出会った時以上の緊張感が精神を研ぎ澄ます。

その部屋の扉が閉められたのと同時に、部屋に明かりがついた。

俺たちを出迎えたのは・・・・・・

クラッカーの音だった。

パンッ!パンッ!という音とともに部屋には何人かの白衣を着た人たちがテーブルの周りを囲いながら立っていた。


「「「ようこそ!!!!」」」

そう言って彼らは、そそくさと俺たちをテーブルの近くにあった椅子へ誘導した。

あまりにもさっきまでの雰囲気と違いすぎて、気が一気に抜けてしまった。

チヨも、目をまん丸にして驚いている。


「改めて、よく来てくれたな!二人とも!」

金髪の男が片手にジュースを持ちながら俺たちに言う。


「ようこそ。八咫烏へ」


・・・・・・

その名を聞いて、耳を疑った。

八咫烏といえば、この国のお偉いさん方を守っているとかいう秘密組織だったはずだ。

やっべーよ!俺そんな機関相手に啖呵切ってたのかよ!

いや、一応あれはチヨの安全を守るためにやったことだけど、消されない?大丈夫?


「ちなみに、この名前を聞いたことがあるかな?」


「知っています!な、名前だけですけど・・・・・・本とかで・・・・・・」


・・・・・・何故チヨはそんな秘密組織の名前を知っているんだ?

まさか、この子!俺の部屋の都市伝説系の本を無断で読んだな!?

後でお説教だな、こりゃ。

部屋の中にある秘蔵の本を読まれてしまったらと思うとたまったものではない。


「まあ、せっかくだから食べながら話をすることにしよう」


・・・・・・うーむ。入院中のご飯は薄味のものばかりで物足りなかったから、テーブルの上にある豪華な食べ物にとても食欲を刺激させられる。


「いいんですか!?では!いただきます!」

俺はもう警戒心などどうでもよくなって食事に手を出すのだった。


「まずは名前を言っておかないとな。俺の名は大道龍治(だいどうりゅうじ)。この機関のリーダーとして働いている。」


「「よ、よろしくお願いします。」」

龍治と名乗る男はとても満面の笑みを浮かべ、歯が白く光っている。


「私は、長倉と申します。参謀をしております。この組織は科学技術を使って様々な事を達成するのを目的としております」


「おお!」

科学技術とな。どんなものを作っているのだろうか?


「どんなものを開発しているんですか?」

チヨが俺と同じことを気になったようで、長倉さんに質問をする。


「それは、これからのお楽しみですよ。いろんなものを発明していきますからね」

男も穏やかな笑みを浮かべる。

うん、この人は絶対に大丈夫そうだな。


「では、次は私だ。名を五代という。歳は18だ。今後ともよろしくな」

以前、病院に長倉さんと飛月とかいう少年とともに来た人だ。

長い髪を後ろでまとめていて、背筋がしゃんとしている。

一目で鍛えていることがわかる。


「五代さんは、ここでは一体どういったことをしているんですか?」

気になったので聞いてみた。


「私は主に防衛の役割を担っている。後は情報処理も担当しているぞ!」

俺への質問に対してさわやかな笑顔で答える五代さん。

その顔を見た瞬間、この人は絶対に女子から告白される系の人だなと確信した。

・・・・・・うん?情報処理?

この人、一見身体を使った能力だけに見えたけど、機械系にも強いんだなあ。

どことなく運動系は得意だが、機械に関しては全くできない、むしろ壊してばかりのポンコツ系を一瞬期待したのだがな・・・・・・


「ん、アルト。私に何か聞きたいことがあるのか?」


「い、いえ!何も!」

その上直感もある。今まで一体何してたんだこの人。

その後も何名かの人の名前やどのような役職なのかを俺たちは聞いた。

そして、あの少年の番になった。


「俺は飛月未来、15歳。ここでは主に戦闘員として活動している」

少し機嫌の悪そうな口調で自己紹介してくる。


「わあ!私と同い年じゃないですか!よろしくお願いします!」


「よ、よろしくお願いします・・・・・・」

チヨが喜々として言葉を交わそうとするが、飛月はあまり愛想がよくないようだ。

その言葉だけ発してひょいとそっぽ向いてしまった。

15歳か・・・・・・女の子を意識する時期だもんな。

俺にもそんな時期が在りましたよ。はい、確かにあったんです。

だけどなんだろう、彼のチヨに対する態度の違和感は。

よそよそしいというよりも、どこか申し訳ないような表情をしているように思える。

知り合いなのだろうか?だが、チヨは知らないようだ。

知っていたならば絶対に何か挙動を見せるだろうし、知らないふりをできるほどチヨは器用ではないはずだ。

・・・・・・というか、ご飯めっちゃ美味しくて手が止まらん。


「よし、一通り紹介が終わったな」

龍治さんがそういうと少し周りの雰囲気がピリッとした感じがした。


「まあ、食べながらで全然いいから、聞いてほしい。俺たちが何故君たちと遭遇し、ここに来てもらったのかを」

俺は食べていた肉をさらにおいて話を聞くことにした。

チヨも他の団員の人と話すのをやめて龍治さんに目線を向ける。


「君たちに来てもらったのは他でもない。急な話になるが、我々とともに人類を守ってほしいんだ」


「・・・・・・え、あ、はあ」

唐突のことで何が何だか分からない、話の規模があまりにも大きすぎる。


「具体的な話をすると、先日現れた未確認飛行物体。長いのでUFOと呼ばせてもらおうか。彼らの目的は不明だが、最近この星に、いやこの龍之国周辺でよく確認されるようになってきているのだ。君たちもあのUFOに襲撃されていたことは記憶に新しいはずだ。他の地域にも出没し、数々の町を襲っては姿を消しているのだ。俺たちが観測した龍之国での出没回数は君たちが遭遇したのを含めて3回だ。観測できていない例を含めるとなるとさらに多いかもしれない」


マジかよ・・・・・・あんなものがすでに俺たちのところ以外にも1回来ているのかよ!


「し、知らなかったです。あ、あの。私たちを襲ったものと別の一件は同じUFOだったのですか?」

チヨが不安な顔をしながら問う。


「それは私から言おう。確認した限り関連性のある可能性が高い。しかし、同じような機体が襲来したのであって、それらが同じ場所から来たという根拠は今のところないのだ。すまない」


「あ、謝らないでください。教えてくれてありがとうございます」

深く頭を下げる五代にチヨがたじたじになる。

あそこまできれいに頭を下げられる人もめったにいないだろうなあ。


「話を続けよう」

龍治さんが神妙な顔つきになる。


「君たちが知らないのも無理はないだろう。今現在、龍之国政府はこのことを情報として表に出していない。隠蔽しているのだ」

隠蔽・・・・・・あんなことがあったのに何故そのような事を?


「そいつは、一体何のためにですか?」


「それはまだわからない。だが、やつらは何かしでかそうとしているのは事実だ。若しくは・・・・・・内部に何かが入り込んだか」


「なるほど。あなた方の言っていることはよくわかりました。要するにそういった侵略者?みたいなやつらを倒して人類と国を守るのが皆さんの仕事ということですよね?」


「まあ早い話だとそうなるな。だが、それ以外にも問題があるのだ。いや、UFOだけならば俺たち八咫烏でも対応すること自体は可能だ。しかし、俺たちではどうしても相手できない存在がいる」

そう言って龍治さんは俺の方に目線を向ける。


「アルト君。君はUFOに襲撃されたときに謎の光と遭遇してあの金色の巨人になった。間違いないな」


「はい、そうですが・・・・・・」


「そうか。じゃあ俺にはあの力について説明する義務がありそうだな。心して聞いてくれ。一応チヨ君にも聞いてほしい。君の家族のことだからね」


「わ、わかりました!」

チヨが力強い声で反応する。こういうときに動揺しなくなったのは誰の影響を受けたのか・・・・・・

しかし、顔つきは勉強しているときよりも真剣な表情になっている。テストが近い時よりも真剣である。


「その金の力は抑止の力。星に滅びの脅威が迫ってきたときに現れると言われているのだ。それが今の時代、正しくは20数年前から人間の体を借りて具現化するようになってきた。

そして時を同じくして災害が増え、他の国とは一切の連絡もつかない状態になってしまった」

・・・・・・星の抑止力?

話が難しすぎてよくわからないな。

だけど、それ以上に気になることが一つあった。


「龍治さん。今、他国とは連絡がつかないってどういうことですか?」

龍治さんに聞いてみると、目を伏せて事実を告げる。


「・・・・・・滅ぼされた」


「滅ぼされた!?どういうことですか!?」


「俺たちが確認した災害の中で最も脅威なもの・・・・・・いや、もはやあれは災害ではないのかもしれない。それが発生したのは5年前。謎のラッパのような音とともに周囲を闇に包みながら現れた。そいつは現れるとすぐに姿を消したものの、現れた周囲では厄災が発生し、死傷者が多数現れたという報告がなされている」


5年前・・・・・・

厄災・・・・・・

ラッパのような音・・・・・・

闇・・・・・・

曖昧だった記憶が少しずつ繋がっていく。

それは確かに在った。だけどそれは・・・・・・

間違いない!

あの日、俺たちの町を5年前に壊滅寸前にまで追い込んだあの日と同じ現象だ。

でもそうなると・・・・・・


「え・・・・・・?あ・・・・・・」

チヨがその話を聞いて青ざめた表情をして、動悸が少し激しくなっている。

・・・・・・やはりそうか。

その闇は、チヨを愛していた、チヨが愛していた家族を一瞬にして奪っていったものだ。

悉く、チヨのすべてを奪ったやつだ。

そして、俺とチヨが出会った日でもある。

恐らく、龍治さんの言う『それ』がチヨの両親を殺した敵となる。

すかさず五代がチヨの近くに行き、声をかけ抱きしめてくれた。

チヨの動悸が少しおさまったように思える。とりあえず安心だ。

・・・・・・しかし、珍しいな。

チヨのあの動機は俺と一緒にいないと収まったことがないのに。


「しかし、一年前に東側の海岸近くで再びそれは顕現したがその際、俺がそいつを倒した」


「・・・・・・ん?・・・・・・え?はあ!?」


何言ってんだこの人!?

今、厄災って自分の口で言いましたよね!?

倒したって何!?倒せるものなのそれって!?


「何言ってんだこの人、って顔をしてんな」

飛月が呆れた顔をしながら俺につぶやく。はい、その通りでございます。


「あの人は最強なんだよ。それこそ、この国の憲法を揺るがしかねないほどにはな。それも一撃でだ」


「ま、マジかよ・・・・・・」

俺は『それ』がどんなものでどのぐらい強いのかは想像しにくいが災害を起こすほどのやつを一撃で葬るってどういう鍛え方してるんだこの人?


「まあそうだが、飛月。何故俺がそれを一撃で倒したというのを知っているんだ?」

龍治さんが不思議そうに飛月に問う。


「何ですか、前に教えてくれたじゃないですか。覚えてないんですか?」


「そ、そうだったかな?」


「まあ、それは置いといて。とりあえず、龍治さんは国が警戒するぐらいやばい人だ」


「おいおい、人を破壊兵器みたいに言うなよ」


「ほとんど似たようなものですよ」

淡々と話が進められていて完全に置き去りになってしまった。


「待った待った、じゃあ何か!?龍治さんがそいつを倒したのなら、もうそれは現れないってわけか!?」


「いやそれもわからない。まだ似たようなものが現れるかもしれない」

じゃあ、安心できないな・・・・・・

厄災がまだ現れる、というよりも厄災が現れるってまずなんだ?

だけど、この人が一人いればもういいのではないだろうか?


「ということは、俺のこの力って必要ないんじゃないんですか?龍治さんさえいれば何事も万事解決なのでは?」


「そう簡単な事ではないというのがその事だ。実はな、そいつを倒したときにどうやら呪いのようなものを受けてしまったようでな」


「呪い・・・・・・ですか・・・・・・」


「ああ、紫色の粉のようなものを全身に受けてしまってな。俺の実家・・・・・・のようなところの近くにいろんなことに詳しい婆さんがいて聞いてみたら、もうそういった類のものとは戦うな。さもないと命が危ないと言われてな。普通の人なら即死だとさ」

おいおい!やべーよこの人!

なんでそんなもんくらって生きてるんだよ!


「どうやら、あの紫色の粉のようなものにまともに対抗できる存在が、抑止の力を持つアルト君の金の力のようだ。他の色の力でも対抗できるようだが、巨大化できるのはどうやら金の力だけのようだ」

待て待て、また新しいワードが出てきたぞ。情報量多すぎでは?


「他の色というのは一体何のことですか?」

つまり、金色の力ってやつ以外にも抑止の力みたいな色の力が存在するってのか?

そう思い、俺は龍治さんに質問する。

それを聞くと龍治さんは、少し慌てたような顔をした。


「そ、そうだった。すまない。色のことについての説明をしていなかったな。

少し難しいかもしれないが、頭にある程度入れておいてくれ。今から8000年近く前。人類は絶えず争いを続けていた。それに怒った星は人類の魂を洗濯するために、大規模な洪水を起こした。それによって滅亡しかけた。世に言う箱舟の話が恐らくこれに該当する。

その際、生き残った人間の一人がこの星と契約を交わした。もう悪が繁栄することがないようにと。その甲斐もあってか、人類はしばらくの間、安寧を手に入れたという。

その時に人類側の要求を受け入れる代わりに星が要求したことは、星の信仰だった。簡単に言えば星を成長させてくれというものだ」

・・・・・・いや、星の成長ってなんだよ!?

魂の洗濯?選択ではなく?


「星を成長させるにあたって、星は人類側にある機能を与えたという。

生物の生命力を増加させる赤。安定した生活を送るために火や道具を作る技術を与えた橙。輝きや基盤を授ける黄。心や自然を愛する感受性を与える緑。精神や浄化を意味する青。それらを使って自然と調和し、生活するようにというのが星の契約内容だった」


「ですが、その色の力っていうのは星・・・・・・?を成長させるという話ですよね。紫の力に対抗できるようには思えません」


「確かにその通りだ。本来、星を成長させ、自然と調和するための力だ。

転じて自然の大本である星を守るための力もあるのだ。それぞれの色に対応した役割のようなものがある。うちには『イレギュラー』な色もいるが、五代が持っている物は『赤』の力だ。赤は力の源、該当する人物に凄まじい力を与えたりな。

他には、例えば安定した生活を送る橙であれば、安定した生活には食事が必要だ。それには火が必要なものが多い。なので、火は安定した生活を送るには必要なものである。故に火を使った攻撃とかが恐らくできるようになる。というのが色の特徴だ」


「なるほど・・・・・・では、他の色を持ち、自衛をできるような存在がいるのにも関わらず、何故それを行わないのですか。その前に、俺たち一般人はその色のことなんて全く知らない。なのに龍治さんは何故知っているのですか」

少し、一気に質問しすぎただろうか。

少し龍治さんは考えて再び口を開ける。


「その色の力は、星の信仰によって成り立っているらしい。つまり、多くの人たちに信仰されるほど、その力を増していくのだ。

また昔の時代の話に戻ってしまうが、人類は星と契約し、安寧を手に入れたまではよかった。

しかし、それから数百年後に人類は再び滅亡しかけているようなんだ。それから人類は様々な大陸に渡り分裂したというが、どうやらその際に星の信仰の文化が廃れていき、いつしか忘れられたものになってしまった。

その結果、人類は色の存在も星の正当な信仰方法も忘却したまま、現在に至るというわけだ。何故俺がその話を知っているかというと、またしてもあの婆さんから聞いた話になるからだ」

・・・・・・信仰。宗教っぽい話ではあるが話の規模はまるで神話だ。


「なるほど、信仰ですか。どことなく神様の話みたいですね。それで先ほど言っていたイレギュラーな色というのはどういったものなのですか」


「うん。つまり、先ほどの赤、橙、黄、緑、青に該当しない色のことだ。

おっと、言い忘れていた。それらの色は契約の際に星から龍玉とともに授かった力のようだ。それを踏めて聞いてほしい。

君に備わっている金色の力。それは星と直接契約した人が授かったものであり、星の力そのものだ。他の色は星を成長させることが目的として贈られたものであるが、金色は星を守ることを一番の目的として授けられた力のようだ。そのこともあってか、金の力は戦闘に特化し、様々な奇跡を起こすような力が備わっている」


「つまり、俺の持っている金の力は忘れられて力を失ったであろう他の色の力とは違って、前に災害を起こした『それ』とかUFOみたいなやつらとも戦うことができるというわけですね」


「そういうことになる。そして、君も巨大化した際にどこか玉のようなものが身体のどこかにあったはずだ。それがいわば力の源、我々で言うところの心臓に当たるものだ」

ほうほう、その玉みたいなものが動力ってわけだな。


「それで、何故龍玉の話をしたかといえばもう一つ。龍玉は存在するものの、どういった力が秘められているかわからない色がうちにはいるんだ。飛月、見せてやってくれ」

龍治さんがそういうと飛月が俺に左手につけた籠手を見せてくれた。

てか、こんないかつい物つけてたのか、夏なのに長袖を来ているもんだから全然気づかなかった。

その籠手は全体が黒く、その手の甲には黒い龍玉があった。

人間の手の甲と同じサイズの玉だ。


「見えたか?これが、俺が持っている黒の玉だ。俺自身もよくわかっていない。いつ俺がこれを持ち始めたのかもよく覚えていないんだ」

覚えていない?コイツもしかして俺と同じく過去の記憶をなくしているのか?


「記憶はもちろん正常だ。心配することはない」


「いや、人の思考を読むな!というかよくわかったな!」


「まあ、なんとなく。アンタの言いたいことはわかりやすいしな。単純そうだし」

単純!?

5歳も年下の、中坊ぐらいのやつに単純って言われた!

普通にショックというか恥ずかしいんですけど!?

そんなにわかりやすいのかね、俺って・・・・・・

チヨからもわかりやすいとか、顔に出てるって言われるけど、まさか言おうとしたことまであてられてしまうとはな・・・・・・


「というわけなんだ、アルト君。簡潔にまとめると、この星に脅威が迫ってきている。他国は恐らく壊滅状態。この国にも魔の手が迫ってきている。それで俺がこの八咫烏を創設した。多方向で優秀なエージェントで構成されたこの組織であるが、戦闘員が飛月と五代しかいない。

おまけに『それ』・・・・・・もう言うのがややこしいから今後は『獣』と総称しよう。獣みたいなやつだったしな。その獣に対抗できるのは俺だけだったが、呪いを受け、今後出てきてしまった場合に太刀打ちできない。このままだと、人類は恐らくまたしても滅亡の危機を迎えることになってしまう。どうかアルト君!我々に力を貸してはくれないだろうか!頼む!」

龍治さんが俺に頭を下げる。見事なまでの90度だ。


「俺はもう、人が目の前で死んでいく様を見たくないんだ!身勝手なのは百も承知!君が金の力に何故選ばれたのかもわからない。だが、君はただ事情を一方的に教えられた一般人だ。我々に君が力の行使を強制する権利も、君を拘束し、命を賭けて戦えなんて言う義理もない。だから選んでくれ!たとえ断ったとしても、我々は君を咎めるようなことはしない!」


・・・・・・とてつもなく必死だ。

まるでかつて目の前で人が死んだのを見たことがあるかのように言うその男は、纏っている雰囲気こそ頼もしさそのものだが、今はどこかおびえているようにも感じ取れた。

そうか、人ってのはどれだけ凄くなろうとも失う怖さってのにはかなわないのかもしれないな。

――俺だってそうだ。

社会的には20歳になり、成人し、大人になった。


だけど、いまだにどこか、子どもらしさというのを失うのが少し怖くなってしまうのだ。

それと同じなのだろうか。

命と思い。

重さは違うかもしれないけれど、失うという現象そのものの特性自体に何ら変わりはないのだろう。

それに俺だって失ってきた。

5年という短い期間ではあったものの、温かな生活と幸せを与えてくれた家族、当時の友達、家、そしてそれらとともに生きていけたであろう未来。

そうだ、すでにそれらを奪われて悲しんでいる人々がいる。

家族や居場所を失って、怯え、泣いている人々がいる。


・・・・・・

俺にできるのだろうか?繋一さんのように、人を救うことが。

俺にできるのだろうか?星を救うことなんか。

それになんで俺なのだろうか?金の力は何故俺を選んだのだろうか?

断ったらどうなる?

多分、龍治さんの言うことなら大丈夫。きっとそのまま日常に戻れる。

でも・・・・・・事情を知りながら、普段通りの日常を俺は遅れるのだろうか?

この場で一緒に聞いているチヨにせよそうだ。

また村田夫妻のところで働いて、あいつらとふざけて楽しみながら遊んで暮らせるのだろうか?

またチヨと家でご飯食べたり、孤児院の子どもたちと遊んだりできるのだろうか?

何も知らない人たちと人類の滅亡が迫ってきていることを知った俺たちに、どこか心の中に壁のようなものができてしまうのではないか?

もしその日が来たら、俺は受け入れられるのだろうか?

後悔しないだろうか?

やればよかった、やらなかったからこんな結果を招いたと後の祭りにならないだろうか?

疑問が絶えず俺の頭の中を反芻する。


・・・・・・

チクショー!埒が明かねー!

いや、できるのだろうかじゃない!俺がやるんだ!他の誰でもない!

この俺がやってやるんだ!

俺しかできねぇったなら、やってやる!

もうあの日のような思いはしたくない!

それに・・・・・・これ以上人の死を見たくないのは俺だって同じだ。

そして、残された人の悲劇だって俺は知っている。

昔のチヨのように心を壊してしまう人ができる限り少なくなるってなら・・・・・・


「ああ!やってやるよ!この俺が!人類ひっくるめて何もかもを守ってやる!理由なんざどうでもいい!俺は!俺の守りたいものを守ってやる!」

覚悟なんて大層なものなんかじゃないのかもしれない。

考えるのを放棄しただけかもしれない。

果てには、日常を失うことが怖くなって逃げただけかもしれない。

でも明確なことが一つある。

この星や人類、いや日常を守るということは・・・・・・

俺にしかできないということだ!


「上等じゃねーか!滅びることを知りながら、怯えながら生きていくなんざ御免だ!腹くくってやるよ!」


「待ってください!」

しかしそんな俺の燃え滾る心の炎は、彼女の一声で消火されることになった・・・・・・

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