世界破壊同盟
友真也
第1話
パリン!と何かの割れる音が家中に響き渡る。
僕はその不快な高い音に目を覚まし、どうせ二日後の木曜日に不燃ゴミで僕が捨てに行くんだろうなと思いつつ、音のした方向でもある、この家で唯一の鏡がある洗面所の方へと向かった。
当然割れていたのは鏡。
同居しているのは母だけなので、そこにいたのも当然母だった。
「お酒、買って」
猟奇的な表情の母は今にも僕を刈り取りそうな勢いで、僕にピシャリと服にハイボールを浴びせる。
買えとか言うなら残りを飲めよ。
もったいねぇ。
さらに僕は手元にある図書館で借りてきた本の、「蜘蛛の糸」に水がついていないか心配になりつつ、それを確認し安堵しながら地面に置いた後、母に追い出されるように外に出され、買ってくるまで中には入れないぞと言わんばかりの鍵の閉まる音を聞く。
「はぁ~」
僕はため息をつきながら今にも崩れそうなミシミシと音のする、活気がある町の築百年であり、廃れきった家具の買い替えどころかリフォームさえされていないアパートの階段を降り、コンビニに向かって歩き出した。
いわゆるアルコール中毒。
これが僕の母の病である。
学校に行くこともなくほぼ全ての時間を家で過ごす僕は十七才だ。
当然酒を買うのは、法律に基づき到底許されることではないのだが、いかんせん母があんな感じなので、ジャムおじさんみたいな顔のコンビニの店長は、僕の家庭環境を理解して、一応酒は売ってくれる。
ただ深入りはしたくないのか、決して僕に救いの手を伸ばそうとはしない。
所詮、人間なんてそんなもんである。
目の前に蜘蛛の糸が降りてこないだろうか。
十七歳にもなってこんなことを呟いていた。
いつでも自分自身で変えられる筈なのに。
とはいっても、買ってこないとそこには殺人未遂寸前の凶器を用いた暴力が待っているわけで、結局今日も文句を垂れながらきっと手に取ってしまうだろう。
家に帰らなければ良いだけかもしれないが、金も服も人脈もない僕に、家出して生きていく方法なんてない。
どうにもならない。
一番まともな生活環境が、これとは僕は神に嫌われているのだろうか。
反抗期の方、僕と代わりませんか?
親ガチャ失敗って、これですよ。
「風が寒いな、……新快速か」
駅のプラットフォームを電車が止まることなく通過していくと、十月の風が僕に走り込んで来た。
薄手の服は風の勢いを止めることなくすぐに通していく。
是非ともここに乗り込みたいものだ。
初乗り運賃さえ手元にはないが。
昔の優しいあの母はどこへ行ったのやら。
父が死んだ時からずっとこの調子だ。
思い返せば、金も、家も、夢も、希望も、なくなった。
増えたものといえば、母の白髪としわぐらいのもので、いいことはない。
一度殺そうかとも思ったのだが、実行には移せなかった。
そっちのほうが楽なはずなのにそうしないのは、心の底で母を思って居るからだろう。
愛情か、哀れみなのかは分からない。
コンビニに着く。
いつもの通り、中に入りアルコール度数の高いチューハイを一本買おうと思っていた時、うっすら光が当たる位置である、外に置いてあるゴミ箱の横に立っていた少女をチラリと見た。
空気が、世界が変わった。
暗く視界が悪くてもわかる、この世のものとは思えない美貌、コンビニから離れ暗闇に溶け込んでしまえばもう二度と地球に帰って来れない、幽霊みたいな儚さ、夕日の下にいたとしたら、溶けてなくなってしまいそうな脆さ。
不思議というか完璧で、でも野生の世界では絶対に生きていけないような、危うさを孕んだ少女だった。
思わず僕が目を向けてしまったからか、彼女は普段からそんな目線を浴びせられているのか、その儚さとは正反対の蔑むような目つきでこちらを見返してきて僕はすぐに目を逸らす。
だから僕は、あなたのことが気になるなんて微塵も思ってません、と言わんばかりに背筋を伸ばし、前を向きコンビニに入ろうとする。
彼女とはきっと二度と会うことは無いだろう。
直感で僕はそう思う。
だから僕は向こうが不快になると分かっているのに、横目で目に焼きつけようとした。
通り過ぎようとした頃、僕は後ろから手にトンと軽く叩かれる。
「キミさ、私と世界を壊さない?」
心を燃やすような強い声で彼女は僕にそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます