第4話 アンナメーダーマン登場 

「うおおおおーーー!!!」


 声と共に拳を前に出す。

 相手の拳は、楽々避ける事が出来た。

 俺の手がゴミを拾うスピードは、こいつの拳の百倍は速い。

 それが目で追えるのだから、拳を避けるぐらいたやすかった。

 手の平を自分の胸の前に置き、体から力を抜いて傾け前に倒れこむようにする。

 そして、このままでは倒れると勝手に足が出るという瞬間に、足を出さず手のひらを前に出す。


 バシュッ!!


 男の体が、強烈に押し出され砲弾の様に吹き飛んだ。


 ドーーン


 壁まで吹っ飛び体が石膏ボードにめり込んだ。

 男は口から泡を吹き、白目をむいている。


「うーーむ、少し強すぎたか!」


 俺は加減が分からずやり過ぎたようだ。

 もう少し弱くしないといけない。


「くそーー!! 全員でかかれーー!!」


 八人が、かかってきた。

 一斉と言っても個人差があり、少しずつズレがある。

 一人ずつ来た順番に、掌底で胸を素早く押した。

 力をだんだん弱くしてたたいたので、一人目が壁の上の方まで飛んだのに対して、だんだん低くなっていった。


「何なんだよーてめーはー!! な、なんなんだてめーーはーー!!!」


 最後にリーダーの男が血走った目で殴りかかってきた。


 トン!!


 丁度良さそうな強さでたたく事が出来た。

 体は壁まで飛ばなかった。

 でも飛んだのが机の手前で、頭を机の角にぶつけて、かえって痛そうだった。

 頭をだらんと前に倒し、口からトローーンとよだれを垂らしている。


「大丈夫ですか?」


 俺は捕らえられている夫婦に、声をかけながら体を拘束しているガムテープを外した。


 キーーーッ


 丁度その時、階下の駐車場に凄い勢いで車の止る音がした。


 トン、ガタン、トン、ガタン


 車の止った勢いに対して階段を上るのが遅い。


 ガチャリ


 ゆっくりノブがまわり、事務所の扉が開いた。

 そこには、頭を包帯で巻き、右手を三角巾、足も包帯にまかれ、目の横に傷のある男の肩を借りて立っている、痛々しいゲンの姿があった。

 ゲンはあの、光の無い、闇の様な目で部屋をぐるりと見回した。


「ふっ、ふぁあーはっはっはっはっはー!! あっいで、痛ででで」


 ゲンは笑い出して、それがけがに響いたのか痛がっている。


「何でここにいる。豚ヤロー」


 ゲンを支えながら頬に傷のある男が声を出した。


「ポンいいんだ、木田ちゃんだ」


「えっ!?」


 ゲンと一緒に入ってきた、二人の男が驚いている。

 ゲンの腹心と言うところだろう。

 まあ、こんなヒキニートな豚野郎がーー。

 って顔をしちゃってるよ。わかりやすすぎる。


「やあ、木田ちゃん久しぶり、探したぜ」


「その二人は?」


「ああ、こっちがダーで、こっちがポンだ」


 ダーと呼ばれた男は、左の眉からこめかみにかけて、傷痕がある男で、ポンは左頬に傷痕がある男だ。

 当然二人とも悪党顔だ。

 でも、ゲンが恐すぎて、二人の恐さがかすんでいる。


「で、俺に何の用ですか?」


 俺はまたゲンに、ですます口調になっている。

 まじで、こえーーんだよ、この男。


「ひひひ、こないだ命を助けられた御礼に飯でもどうかと思ってね。いいだろう」


「えっ!?」


 今度は俺が驚いた。そんなことーっていう驚きだ。


「うわああーーー!!!」


「どうした、ポン! うるせーぞ」


「は、はい。こいつ心肺停止しています」


「しょーがねーなー。おらーー!!」


 ゲンは心肺停止と言われた男を自分の前に連れてこさせると、背中を強く蹴った。


「ゲフッ、ゲフッ」


 蘇生したようだ。

 結局、最初に攻撃してきた男と、最後の男の二人が心肺停止になっていたが、二人とも無事蘇生した。


 ブオン、ブオン、キキキキーーーー!!!


「おっ! なんだ」


 ゲンが驚いている。


「どうやら、ここの社長夫婦が俺たちの車で逃げたようです。追いますか?」


「別にどうでもいい、それより木田ちゃんと飯だ飯!!」


 どうやら、俺はゲンに気に入られているようだ。

 俺が窓から、逃げて行く車を見ていると、袖がツンツンする。

 袖を見ると、子供が俺の服の袖をつまんで引っ張っている。

 たいへんだーー。この子置いて行かれているぞーー。


「なにまん?」


「へっ?」


「じゃあ、なにじゃー?」


「えっ?」


 子供が何を言っているのか分からない。

 まてよ、あれか、ヒーローの呼び名か。

 ウルトラとか、スパイダーとか。

 マジレンとかボウケンとか言うあれの事か。

 俺は少し考えた。


「アイアム、アン、アメーバーマン」


 と、自分を親指で指さすと、超ネイティブな言い方でいった。

 まあ、ネイティブな言い方なんか知らんけど。


「アンナ、メーダマン……アメダマン、アメダマン?」


「アメダマンはやめて!」


「うん、アンナメーダマン。ねえねえ、あの技の名前は?」


 なんだかグイグイ来るなーーこの子。

 うーーん、何にしよう。


「蜂蜜アタックかな」


 ちょっと、ださいかな。


「か、かっこいいーーー!!!」


 無邪気な子供の姿を良く見るとなんだか様子がおかしい。

 まず、一月の真冬なのに、元は白だと思われるくすんだ灰色のTシャツ、そして紺の短パンに裸足、まるで真夏の格好だ。


「ねえ、君の名前は?」


「わたし、天神(あまがみ)あずさ。六歳」


 指は四歳になっとるよ。

 しかし、この子、女の子かー。まるでわからんかった。

 服から出ている手足は、細くガリガリで、良く立てるなーと思うぐらい筋肉が無い。

 その筋肉の無い手足に所々、痛々しい青あざがある。

 頭は、キウイくらいの円形脱毛症が四つある。髪もザンバラで親が適当に切ったのだろうか。

 顔は目が落ち込み、頬はこけて、ほとんどガイコツのように見える。

 いや、ガイコツにしか見えない。


 いったい、どんな生活をしてきたのだろうか。

 想像するだけで気の毒になる。

 こんな子が一人いるという事は、日本には他にも三十人はこんな子がいるはずだ。


「……」


 あずさちゃんが無言で、僕を見上げながらじっと見つめている。

 両親がいなくなったのは気が付いているはずだが、僕を見つめている。

 その目はアンナメーダーマンに保護を求めているように感じた。

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