第27話 罰

それから俺と彼女は、再びメールを頻繁にやり取りするようになった。

日常であった出来事の話だったり、ニュースの話だったり、仕事の話だったり、アニメや漫画の話だったり――メールアドレスを交換した当初と同じような内容と同じくらいの量と頻度に戻った。

おそらくそうなったのは、彼女が俺のことを完全に友達だと認識していて、その安心感があったからだろう。

安心感――多分俺がもう”付き合ってくれ"とか"彼氏と別れてくれ"と言ってこないだろうという期待だ。

彼女が望む”友達関係"を俺も了承して納得して継続してくれていると彼女が信じているからこそ、また前みたいにメールができるようになったのだ。

俺自身もそれに反旗を翻すつもりは毛頭なかった。

泣きじゃくるその子を前に”友達であり続けよう"と心に誓ったのだ。

俺の彼女を想う気持ちも、彼氏から彼女を奪い去りたい気持ちも全て蓋をして、彼氏がいる彼女と友達であり続けようと――あり続けなければならないのだと誓ったのだ。


でも、そんな彼女の信じて安心しきった姿に俺は次第に言葉にできない複雑な気持ちを抱くようになった。

彼女との接点が復活し、継続できたことは俺にとっても間違いなく嬉しいことだった。

その気持ちはホンモノであるはずなのに、それと同時に胸の凝りがいつまでも取れず残り続けている感覚があった。

それは、言ってしまえば”友達でいよう"と決めた当初に覚悟していた嫌悪感だったのは間違いなかった。

いつからか俺は、彼女との日々のメールのやり取りの中で彼女の男の存在を見るようになった。

例えば、友達と何処何処へ行ってきたというメールに対しても「ほんとうは彼氏と行ってきたのかな」と訝しんだり、夜中のメールのやり取りの最中には「隣に彼氏が横になってたりするのかな」と想像するようになった。

それは、彼女と仲良くなればなるほど大きくなっているように感じた。

そしていつしか日々の何気ないやりとりの中で、どんなに仲良くなれても俺は彼女とは付き合うことができないんだという虚しさを覚えるようになった。

散々悩んで出した答えだったはずなのに、それしかないと思って選んだ道だったはずなのに、結局俺はそういった嫌悪感を拭うことができなかった。


それは、嫌悪感だけではなかった。

俺は、彼女を好きでいる権利すらも初めから自分にはなかったのだと自分に思い込ませ、彼女と友達関係を継続する道を選んだ。

だが結局、封じ込めようとした想いをずっとはなくすことができなかった。

”好きでいちゃいけない”と考えれば考えるほど、自分は彼女のことが”好き”だという事実に直面した。

多分それは、一度彼女に近づいてしまったから――肩を並べ、触れ、一緒に歩いてしまったから――彼女の残り香を本能が追い求めている感覚に近かった。

どんなに俺に権利がないと必死に手で自分自身を押さえつけようとしても僅かな隙間から本音が滲み出てきた。

やっぱり彼女のことがどうしようもなく好きだと――彼氏がいて、俺を選んでくれなかったことが悔しいと。

そう考える度に、やっぱりあの時終わらしておくべきだったのかと自分のした判断に嫌気と後悔が増長し、今更戻れもしない彼女の信用を勝ち得てしまった今を呪った。

その幾重のも繰り返しを経て、結局俺はまた自分に課した誓いを自分自身の手で反故にしてしまっていることに気付いた。


それでも、そうなってしまった俺がただ一つどんなことがあってもしなければならないのは、絶対にこの想いを彼女には悟られないことだった。

俺が、今の彼女との関係に対し嫌悪感を持ってしまっているということが彼女にバレたらどうなるか?

多分、今のような親しい関係ではいられなくなってしまう。

俺にずっと辛い想いをさせていたことがわかったら、彼女はきっと悲しむだろう。

"ごめんね"と言って、メールを送ってこなくなるだろう。

俺は、友達関係を継続する苦しさも当然嫌だったが、それと同じくらい彼女と疎遠になるのは絶対に嫌だった。

そんな今の俺にできることは、この辛さや苦しみにいち早く慣れ、なるべく無心で彼女との友達関係を継続することだった。


多分、罰ーーなんだ。

これまで何百回したかもわからない"高校生だった時に彼女と向き合っていたら"という後悔、そして今のこのどうにもならない状況を生んだのはまさに自分自身であるという事実、そしてそれを受け入れるしか道がないという息詰まり――それら全てが罰なんだ。

――つまるところ、俺が全部悪いんだ。


・・・。

俺はそうやって、当時の――3年前の"その子とは付き合えない"という事実がまだ自分の中で消化しきれず、なおかつ彼女の友達関係もやめられなかった優柔不断さの責任を無理やりそう自罰的に考え、自分を納得させた。

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