第17話 再会

そして、とうとう当日を迎えた。

俺は、盆休み中実家に帰省していて、今はその子と同じ地元にいる。

数日前に地元に帰ったことをその子に報告し、今日の夜の19時に店の前に集合と伝えた。

その子からは『OK! お店の予約ありがとう!』と返事がきた。


俺は店の前で10分くらい前から待っていた。

もうじき定刻になるが、まだその子は現れない。

元々、仕事があるのは聞いていたので、その仕事が長引いているのだろう。

俺は特に慌てることなく定刻が過ぎたあとも待った。


「遅くなってごめ~ん!」

10分程経った頃に後ろから声がかかる。

俺は声がする方向に振り向いた。

「やっ! 久しぶり!」

高校の頃よりも一段と垢抜けてキレイになったその子が立っていた。

俺は、高校のカラオケ以来初めてのその子との対峙で、否応なしにドキドキが止まらなくなった。

そして何よりもずっと会いたかった夢が叶ったことがどうしようもなく嬉しかった。


「久しぶり! ――ってほぼ毎日メールしてるけどな」

緊張して、その場から逃げ去りたい気持ちは今でもあった。

その気持ちを無理やり抑え、俺はインターネットでがちがちに固めた会話法に則り、冗談とツッコミとボケを適度に会話に混ぜながらその子との会話に従事していった。


店は個室の焼肉屋を選んだ。

少し証明が暗めで落ち着いた雰囲気だったそこはカップルにも人気があるのか、男女二人組の客が多かった。

俺は席へ着くと「何飲む?」とその子に尋ねた。


「何があるの?」

その子はメニューを手に取り、どんなものがあるか確認する。

その子はしばらく悩み、「カシスソーダにする」と言った。

「OK」とだけ返事をし、「すみません」と店員を呼び、自分の分も合わせてドリンクのオーダーをした。

そして、その子に「肉、何注文しようか?」と食べ物の方のメニューを渡した。

どれにしようか悩んでいるうちにドリンクがきた。


「じゃあ、これとこれとこれにして、あとこのサラダも頼もうか」


「いいよ~」


そんな感じで注文も済まして、「じゃあ注文も終えたことだし、乾杯でもしようか」とグラスを手に持ち、俺とその子は互いのグラスをぶつけて音を鳴らした。

ここまでは想定通りの動きができていた。

手こずることなくスムーズに事が運べている。


次はどんな会話をしていこうか?

会話は一番応用力が求められる。

俺は、ビールをグラス半分ほどゴクゴクと飲み、「お仕事お疲れさま」とその子に声をかけた。


「あっそいえば、ちょっと遅れちゃってごめんね~。閉店作業に時間かかっちゃってメールも送れなくてさ」

その子もお酒をちょびちょび飲みながらそう返答する。


「全然気にしてないし大丈夫だよ。元々仕事あるってのは聞いてたし」


「仕事終わって、"小林くん待ってる!"と思って猛スピードで向かったんだけど、間

に合わなかったよ~」


「そうだったんだ。もっとゆっくり来ても良かったのに」


「えっ、でもお店の予約してる時間とかあるでしょ? あんまり遅くなったらまずいかなって・・・」


「それはたしかに・・・そうだけど・・・」


会話の雲行きが悪くなっているのを感じる。

あまりに俺がその子を立てすぎて、無駄に空回りしてしまっている。

微妙な空気が二人の間に流れる。


「まあでも、◯◯さんが急いで来てくれて、俺は嬉しかったよ」

俺は、しどろもどろになりながら思いついた内容をそのまま口に出した。


「ふふっ、ありがと!」

その子も、俺の返答が変だと思ったのか少し鼻で笑ったような笑いをこぼしてそのように返事をした。

俺は、実際会って話すことのマニュアル通りにいかない難しさを感じ、改めてその子を前にして緊張しているんだなと気づいた。


そのあとだいぶ会話にも慣れたのか、いつもメールでしているような趣味の話などをし、しばらくして注文していた肉や野菜が来たので、俺はそれをトングを使いながら一枚一枚並べた。

会話もしながら、肉の焼き加減も見て、その子のドリンクの残りを見ては次何注文するかを伺ったり、気配りしなくてはいけないことがたくさんあった。

正直、何もかもが初めてのことばかりで上手くできている自信はなかった。


「あっ・・・」

その子との会話に夢中になりすぎてるうちに、肉が真っ黒に焦げていた。

「ごめん、焦げたのは俺食べるから」

それらを自分の皿に移動させる。


「焼肉って焼くの難しいよね~」

その子は俺に気遣ってフォローしてくれた。

上手くできなくて申し訳ないという気持ちもあったが、俺はそれ以上にその子の優しさに改めて感謝をした。


その子は、第一印象は内気で大人しい性格だと思っていたが、こうして関係を深めたことで思慮深く、思いやりがあり、気遣い上手な一面もあることがわかった。

それでいて、あまり固すぎずフランクな雰囲気も持ち合わせているところが魅力的だった。

それは実際に会ってみても変わらずで、目の前でにこにこ笑ったり、俺の話を一生懸命聞いて相槌を打ったり返答してくれたり、その子から生まれる一つ一つの所作や挙動に、改めて俺は惚れ直した。

やっぱりどうしようもなく、俺はこの子のことが好き――

そう確かに思えるほど、その気持ちは強いものだった。


俺たちは2時間ぐらい焼肉屋で飲み食いし、お互い程々にお酒に酔い、楽しくなっていたこともあり、2軒目に行こうという話になった。

どこ行こうかという話になってすぐ、その子が「カラオケでも行く?」と提案してきてくれた。

思い出したくない黒歴史だが、一度カラオケに行った仲だし、歌うことは今も当時も好きだったのでその提案に賛同した。

カラオケに向かう途中、俺はその子と肩が触れ合うくらい距離が近くなっていることに気がついた。

それに気づいてから、俺はわざと接触するように彼女に近づいた。

アルコールが回った脳は冷静さを欠き、判断を鈍らせるが、そのおかげで普段できないことへも勢いづかせてくれる。

俺は、略奪愛や恋愛テクニックについてインターネットで調べていた時に一つだけ見て見ぬふりをしていたものがあった。

それは、身体的距離を近づけること、もしくは身体的接触を図ることだった。

俺は、さすがにそれはいくらなんでも彼氏持ちの子にしたらまずいだろと判断して、自分がやるかどうかの思案すらもしていなかった。

でも今、こうしてからだが接触するぐらいの距離で、俺はその子と肩を並べて歩いている。

恋愛テクニックの記事には、身体的接触やそれによるパーソナルスペースの確認によって、その相手との親密度を推し量れると書かれていた。

つまり、その記事に書かれていた内容で判断すると、俺はその子から全く嫌われておらず、むしろ身体的接触を嫌がられないくらいには好感を持ってもらっているということになる。

俄には信じがたいが、横目でその子の表情を見ても嫌がっている感じや俺から距離を取ろうとする素振りもなかった為、俺は少しずつだが根拠のある自信を持ち始めた。


カラオケへ移動し、少し狭い個室へと案内される。

俺とその子、二人だけの個室ってだけで変に意識して緊張する。

その為か、俺はその子と距離を置くように反対のソファに腰をかけた。

多分、一番最初に歌うのって緊張するし嫌だよなと判断し、俺はリモコンを操り、彼女よりも先に曲を入れた。

高校生だった時、俺はその子の前でエロゲソングを熱唱したんだっけなと思い出し笑いをして、今回は同じ轍は踏まないと普通にJ-POPを選んだ。

その子も音楽好きで、J-ROCK系のアーティストならほぼほぼ知っていたので選曲には困らなかった。

ミスチル、BUMP、RAD、あとその子が好きな椿屋四重奏を歌った。

一方で、その子は昔と変わらずアニソンを歌った。

その子は声量こそないものの透き通ったキレイな声をしていた。

高校の時も思ったが、その子は歌が上手かった。


「◯◯さんって、歌上手いね」

俺は、その子が歌い終わったタイミングで拍手をしながらそう伝えた。


「そうかな? ありがとう~!」


「うん、すごくいい声してると思う」

俺は、思ったことを率直に伝えた。


「そんなに褒めてもなんにも出ないよ~」

その子は嬉しそうに笑う。

その屈託のない笑顔が、酔った俺の歯止めを効かなくさせる。


「あのさ――」


「なーに?」


「もっと、近く行ってもいい?」


「――えっ、どうして?」

先程と変わらない笑顔のまま、その子は咄嗟に俺に訊き返した。


「・・・どうしてって――」

なんで、俺はその子にもっと近づきたいのだろう?

近づきたいから――もっとその子の存在を、匂いを、肌を、より強く感じたい。

自分の中に沸いて出てくる言葉はたくさんあった。

全部ひっくるめると――好き。

”好き”という言葉で全てが説明づく。

でも、今それを伝えてしまっていいのだろうか?


「――近くに行きたいから」

俺は、なんとなく”好き”って言葉はしまっておいたほうがいいと思い、そう伝えた。

するとその子は、「どうして近くに来たいの?」と俺の目をジッと見つめながら今度はそう質問してきた。

吸い込まれそうな丸くて大きい瞳に見つめられ、俺は身動きが取れなくなる。

お酒に酔って冷静さを欠いてしまっていた俺は、先程しまっておこうと思ったばかりだというのに、その子の瞳の前では抵抗もむなしく、自身の溢れる想いを口に出してしまう。


「俺、やっぱり、◯◯さんのこと、どうしようもなく好きなんだ。だから、もっと◯◯さんの近くにいきたい――だめ、かな?」

俺は、その子の返答を聞く前に我慢できずにからだをその子に寄せる。


「うん、ありがと~。 ほんと、私なんかを好きって言ってくれて、嬉しいよ」

「でも――」

「ごめんなさい。やっぱり、小林くんの気持ちには応えられないや。私には、彼氏がいるから――」


その子は、すごく真剣な表情でそう返答してくれた。

けっして嫌がっている表情でもない。

だからだったんだと思う――

俺は、次のようにその子に告げた。


「だったら――」

「――彼氏と別れて、俺と付き合おうよ」


止まらなかった。

止まれなかった。

今思うと、半分はアルコールのせいで、もう半分は雰囲気に酔っていたのだと思う。

でも、けして軽はずみで言ったわけではなかった。

その子は、俺の言葉に30秒ぐらいだったろうか、口を閉じた後、重そうに口を開き、こう呟いた。


「――そしたら、彼氏が、かわいそう」


”かわいそう――?"

「かわいそうって、なんでだよ・・・?」


「うーん、わかんない。でも、なんとなくそう思う」


「◯◯さんは、まだ彼のこと好きなの?」


「うーん、それもわかんない・・・。でも、小林くんと付き合うために彼と別れるのは、なんか違う気がする・・・」


「でも俺、ほんとに◯◯さんのこと、大好きなんだ。高校の頃から、ずっとずっと好きなんだよ!!」


「うん・・・。その気持ちはほんとにほんとに、すごく、嬉しいんだよ?」

「――でも、ごめん。やっぱり、彼を振るなんて、できない・・・」


”どうして――?”

理解ができない。

だって、その子は俺のことを嫌ってなんかいない。

いや、むしろ間違いなく俺に対して好感を持ってくれている。

冷静になって、自分のことを過小評価しても、嫌われていないことは絶対に間違いない。

そして、その子は5年付き合っている彼氏がいるが、その彼のことは今はさほど好きというわけでもなさそうなのだ。

その子自身もそれは感じているはずで、だからこそ彼に対しての不満や物足りなさを補うようにおそらく俺みたいな友達に無意識に求めてしまっているのだ。

"一緒にいても楽しくないんだろ?"

"あんまり彼のこと好きじゃないんだろ?"

"俺ならもっと君を楽しませてあげられる!"

寸前のところまでその言葉が出かかる。


「――だからね? 小林くんとは付き合えないけど、小林くんが良ければこれからもこんな私と仲の良いお友達でいてくれると嬉しいな!」

その子は、どうしても彼氏とは別れられないと言う。


じゃあ、俺はどうするか?――

「・・・わかった。ごめん、無理言って・・・。でも――」



「俺、絶対諦めないから!! ◯◯さんが俺のこと好きになってくれるまで、絶対諦めないから――!!」



それは、これまであらゆることから逃げ続け、失ってきたことに気付き、涙し、絶望し、挫折し、自殺も試み――そして"もう絶対に逃げない"と心に決めた者の決意表明だった。

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