6話『3人のカレー』
■ 06-01 ダイニング
◆ 06-01-01 ウラの提案
ウラ「きょうはこれから
みんなでカレーを
作ります」
ティナの高校は春休みに入り、バイト先、『
フウガ「カレー、
食べたいんですか?」
ティナ「ウラねえって
料理できたの?
見たことない」
ウラ「カレーくらい
作ったことあるよ」
ティナ「授業の一環で、
とか無しだよ」
ウラ「ぐっ…」
ティナもはじめのうちはよそよそしかったが、1週間も一緒に暮らせばウラの言動に馴染んできた。
フウガ「なにカレーですか?」
ウラ「それをいまから
ゲームで決めます」
ウラが紙と鉛筆を取り出したので、ふたりはこれから始まる事をなんとなく理解した。
◆ 06-01-02 役割分担
ウラ「この紙の
真ん中あたりに、
ふたりは絵を描いて」
A4のコピー用紙を5センチ四方に切り、真ん中に薄く丸を描く。
フウガ「カレーの?」
ウラ「具材」
ティナ「具材?
じゃがいもとかニンジン?」
ウラ「シーフードとか、
なんでもいいけど描いたら
上の方に名前を書いてね」
フウガ「シーフード?」
ティナ「なんでも…?」
ウラ「じゃあわたしが
オーダーするから、
それを描いてみて。
絵はシンプルでいいから」
早速、具材名を書いた紙を作り、ふたりにばらまく。内容はティナが言ったじゃがいもニンジンに、エビ、ブタ、ウシ、玉ねぎ…。
ティナ「こんな感じですか?」
ティナの描いた絵はコミック調で、輪郭がひと目でわかりやすい。
ウラ「かわいいしわかりやすい。
いいよいいよ。
もっと描いていって!」
ティナとは対称的に、フウガの絵はエビの殻など、妙なディティールに凝っている。
ウラ「ねえフウガ…。
カレーってほかに
なに入れるの?」
フウガ「羊の肉や鶏肉ですかね。
キーマカレーならヤギですね。
冬の野菜なら、大根、れんこん、
白菜、ブロッコリー、長ネギ、
かぶですかね…」
ティナ「大根ならまだ余ってるね」
ティナもフウガの料理を手伝うので、食材をそれなりに把握している。
ウラ「福神漬けとか食べたくなってきた。
シーフードは? さかな?」
フウガ「シーフードなら
ホタテや里芋を煮込んだり」
ウラ「里芋でもシーフードになるの?
芋なのに」
ティナ「なんでも有りじゃない?
カレーって。キクラゲは?」
ウラ「あれはキノコでしょ?」
フウガ「トッピングとかもありますからね。
エビならエビフライやカツとか。
なんでも合うんじゃないですか?」
ウラ「なるほどね。
それなら食材の用紙は
フウガも自由に書いてって」
それを聞いてウラが怪しい笑みを浮かべる。ウラは50枚ほど食材の紙を作り、ティナの描いた可愛らしい絵に、数字を書き込んでいった。
◆ 06-01-03 ゲーム説明
ウラ「お疲れ様ー。
それでは、お待ちかね
ゲームの説明ね」
ティナ「なんか変なの
いっぱい描いた気が――」
ウラ「ありがとう。ティナちゃん。
これから3人でそれぞれ、
好きなカレーを作ります」
フウガ「食材の紙で?」
先程書いた紙は集められ、ひとつの束、山札ができた。
ウラ「この山札を上から順番に
1枚ずつめくって、
カレー作りの材料を集めます」
1枚めくると、じゃがいもが出てきた。
ウラ「紙には絵と名前、
それから点数があって」
じゃがいもには+2と書かれている。
ティナ「2点?」
ウラ「山札から素材を取って
手元の紙を10枚以内で、
ちょうど10点にしてオリジナルの
カレーを完成させるゲーム」
フウガ「一番最初に10点にすればいい?」
ウラ「さて、ここで問題。
カレーに一番大事なの
ってなに?」
ティナ「…お肉?」
フウガ「カレーのルー?」
ティナ「あー、それかぁ」
ウラ「…スパイスが必要です」
と、山札の中からスパイスと書かれた砂山のような絵を取り出す。赤く塗られているので、ひと目でわかりやすい。右下には星印に3と書かれている。
ティナ「これだけで3点?」
ウラ「これは得点じゃなくて、
交換に必要なポイント。
ひとり1枚しか持てないから
2枚目を引いたら、次の巡で
放棄しないといけない。
2枚目はマイナス3点。
5枚しかないからね」
星印の3の下には、星印2つで-3と記載されていた。
ティナ「スパイス以外の9枚以内で、
10点にすればいいんだね。
最初でいきなり
スパイス2枚引いたら?」
ウラ「2枚とも手放すことになるね。
フウガ「カレーのスパイスは多いほうが…」
ティナ「もったいないー」
フウガ「ひょっとして
食材を交換しあうゲーム?」
ウラ「そそ。
まず時計回りで
順番に山札から1枚だけ引く。
スパイスを捨てるときは、
山札から具材を引けないから
注意してね。つまり1回休み」
ティナ「放棄したスパイスを貰うときに
そのポイントと同じポイントの
食材と交換するんだ」
ウラ「そういうこと。
ポイントが足りなければ
2枚、3枚と使って。
でも交換するときも、
山札から引けないからね」
フウガ「わかりました」
ウラ「だいたいこんな感じかしらね。
一番早くカレーを作る料理名人か、
一番美味しそうなのを作る達人か、
完成するか山札が切れたら交換も終了。
そんじゃ料理を始めましょ」
ティナ「名人と達人の違いってなに?」
フウガ「究極か至高みたいなノリなんですね」
◆ 06-01-04 ゲーム開始
ティナ、フウガ、ウラの順に山札から紙を1枚ずつ取る。
ティナ「ナン?
いきなりカレーの具じゃない」
フウガ「あ、それ僕が描いたやつですね」
ウラ「酢飯もチャーハンもあるからね」
ティナ「いらない…」
フウガ「僕はらっきょう…らっきょう?」
ティナ「それ描いた記憶がある」
ウラ「食材によって
3点から1点まで
別れてるから。
あっ…見てこれ」
フウガ「うわっ!
やめてくださいよ…」
絵を見ただけで顔をしかめる。
ティナ「なんでコブラ描いたんだっけ?」
ウラが引いたのはティナが描いたコブラ。もはや食材ですらなかった。
ウラ「これはマイナス2点、
ほかのいらない食材と一緒じゃないと
捨てられないやつね」
フウガ「僕に引かせようとしました?」
ウラ「せっかくのゲームなんだから、
こういうのもあるといいよね」
ティナ「それを捨てないと、
完成にならないんだね」
ウラ「そういうこと。
マイナスを持ってたら
上がれないから、確認してね」
意図をわかってもらえて喜ぶウラとは対照に、苦手なヘビにげんなりするフウガ。
3人は山札から次々に手札を加え、理想のカレーとはおよそ遠い食材を手に入れる。
ハンバーグ、オムレツ、からあげ、目玉焼き、磯辺揚げ、アイスクリーム、とうもろこし…。オーダーは全てウラが書き、一心不乱に描いたティナが自分で引いて首をかしげる。
フウガ「あ、スパイス来ました」
フウガが星印のスパイスを最初に手に入れた。しかし、手札が少なくクリアの条件となる10点には程遠い。
ウラ「早い」
ティナ「わたしトッピングばっかり来るー。
あっヒツジが来た! ヒツジかぁ」
喜ぶティナだが、羊肉のカレーは食べたことがない。
フウガ「なんですか、これ」
ティナ「あっそれ、マンガ肉だよ」
ウラ「しらない。マンガのお肉?」
肉塊に骨が刺さった食材。
ティナ「マンガ肉だってば」
フウガ「ティナさんが作ったんだ。
ウラ
じゃないんですね、これ」
ティナ「マンガ肉、マイナスじゃんっ!
スパイスと一緒に捨てていいよ?」
ティナの描いた架空の食材は-2点。
フウガ「捨てませんよ」
ウラ「わたしのタイノエと
スパイス交換しよ」
フウガ「あっ…うーん…」
ティナ「悩むとこなの、それ!
先輩、タイノエ入れたの?」
変な食材が集まりはじめると、カレーを作るために食材を厳選する必要が出てくる。
ティナ「あっスパイス来てくれたー」
フウガ「マンガ肉と一緒に、
納豆と豆腐を手放します」
納豆と豆腐はそれぞれ+1点。-2点のマンガ肉と
ティナ「あーわたしのマンガ肉が
捨てられちゃった…」
ウラ「捨てたんじゃなくて
ってことにしてほしいね」
フウガ「センシティブ…」
ティナ「マンガ肉って交換できる?」
ウラ「マイナスのは交換できないよ。
わたしもマイナスの手放す」
-2点のコブラと一緒に手放したのは、+3点のウシだった。
ティナ「あー特上牛肉の
ウシさんが放流された…」
フウガ「放牧じゃなくて放流って…
水生生物じゃないですよね」
ウラ「余ってるから捨て…
ティナ「捨てるって言った!」
過ちを指摘されてむくれるウラ。
ティナ「ウシとヒツジって
交換できますよね?」
ウラ「同じ3点なら大丈夫。
点数低いのは合わせて」
ティナ「あーでも、どうしよう…」
迷ったものの、山札から1枚を引く。
ティナ「えっ! 出たっ! スパイスぅ…」
2枚目のスパイス。
フウガ「マイナス3点?」
ウラ「次の手順で放流ね」
フウガ「
作成して提唱した本人が、放流で定着させ始めていた。
◆ 06-01-05 ゲーム終了
にんにく、ピーマン、トリュフ、食用菊、ヤングコーン、ギョウザ、くさや、肉まんなど、もはやカレーとは遠のく食材の数々が
ウラが食材名を書いてふたりに依頼したものだが、これら多くのイラストを疑問も抱かず、さっさと仕上げるティナの腕も目を見張るものがある。
マイナスにはネズミ、お弁当についてくるバラン、角砂糖の山、氷、楊枝についた旗など。
芋の品種であるメイクイーンをだますように、ウラがいたずらにネコのメインクーンと依頼を混ぜたが、描く側のティナは勘違いから真面目に芋を描いたファインプレーも見られた。その
ティナ「わたしはこれで完成かな」
ウラ「えー。まだ山札あるよ」
残り五分の一ほどを残し、ティナの手札は10点となった。
フウガ「でもスパイスが
まだ山札に1枚残ってる
はずじゃないですか」
ティナ「引いたらまた
食材放流することに
なるもんね」
ウラ「食材の量、多く
作りすぎたかな」
一番に完成したティナが、手札で組み立てたカレーを公開する。
スパイスを省き、ハンバーグ2点、エビフライ2点、プリン2点、タコさんウインナー1点、ナン1点、枝豆1点、たくあん1点で計10点。
フウガ「ハンバーグとエビフライ
はともかくプリン?
テーマパークみたいな
カレーですね」
ティナ「だってこんなのしか
来なかったよ?」
ウラ「さすが名人ね。
達人のフウガのは?」
フウガ「僕は普通ですよ」
鶏肉3点、ジャガイモ2点、ニンジン2点、玉ねぎ1点、らっきょう1点。家事マスターのフウガだけあって、最後の1枚を除けば完璧であった。
ティナ「普通はチキンカレーに
タイノエ入れないっ」
ウラ「マイナスにしとけば
よかったかな。
なんで交換するかなぁ」
フウガ「ウラ
手札いっぱいあるけど」
ウラの手札は10枚になっている。
ティナ「出来てないんですか?」
ウラ「わたしも完成はしてるんだなぁ。
これでも一応」
と、自信あり気に笑みを浮かべた。
フウガ「えっ? これはなにカレー?
ソースポットって食材ですか?」
ウラ「大事でしょ?」
ティナ「りんごとはちみつ…
と、ヨーグルト、ローリエ…
メインはなに?」
公開されたウラのカレーは、およそカレーとは呼べないものだった。
ウラ「これは隠し味カレー」
カレーを入れる器のソースポットの2点以外は、すべて1点で占められていた。りんご、はちみつ、ローリエ、ヨーグルト、コーヒー、チョコレート、ウスターソース、赤ワイン。
フウガ「カレーへの
ティナ「ぜったい美味しくない」
制作者は批難を浴びる。
ウラ「所詮ゲームなんだから、
こういう裏技もありでしょ?」
フウガ「手間のかかる裏技ですね」
ティナ「それで言うなら、
この中でわたしが一番、
マシじゃない?」
フウガ「遊び心はともかく
食べるなら普通のカレーが
いいですね」
ティナ「同感」
ウラ「ほかの感想は?」
ティナ「料理せずに考えるだけなら、
これはこれで楽しかった。
自分で描いたからかも」
フウガ「カレー以外なら、
献立の参考になるかも
しれないですね」
ウラ「お好み焼きとか
ピザだとなーんか
しっくり来ないんだよね。
ラーメンかうどんくらいかな、
トッピングで楽しめるの」
フウガ「いくつもある料理を
ゲームの題材にするには
厳しそうですね。
だからカレーだったんですか」
深く考えられていたことに感心したフウガだったが、それはすぐに否定される。
ウラ「ううん?
カレーが食べたかったから」
ティナ「でもきょうは
おでんでしょ?」
ウラ「えー! カレーがいい!
もうすぐ4月だよ?」
フウガ「そんなわがまま言ってると、
カレーの具材が大根とか
おでんみたいになりますよ」
ウラ「うぅ、それなら仕方がない…」
シンプルな動機で作ったゲームだったが、結局それが現実を理解する教材となり、ウラはすぐに折れた。
■ 06-02
◆ 06-02-01 アンナの提案
ウラ「どう? アンナちゃん。
以前、みんなで作ったのを
いくつか改良してみたの」
カレーを作るゲームを見せる。フウガとティナも一緒に
春先に作ったものから食材を厳選し、遊び方はだいたい同じだが、新たにレシピカードを追加した。
レシピは指定された食材を集めることで、ビーフ、ポーク、チキン、マトン、シーフードなどの既成のカレーが完成する。
食材の種類が少なく済むカレーうどんや、変わり種のプリンカレーなどは簡単に作れるが、評価は低い。
アンナ「このレシピってつまり、
ポーカーやマージャンの
『役』と同じね」
アンナの推察する通り、レシピを基準にした『役』を組み立てることで、難易度に応じた点数をつける仕組みになった。
フウガ「一度見ただけで
すぐわかるもの
なんですか?」
ウラ「アンナちゃんは
プロの遊び人だよ?」
ティナ「そんな紹介でいいんですか?」
胸を張って自慢するウラに、ティナも困惑する。
アンナ「いいよ。いいよ。
マイナスの素材で
それで交換を成立させる仕組みは
なかなか面白い発想だと思うよ」
ウラ「ホント?」
アンナ「なにより絵があると楽しいね。
統一感に欠けるのが気になるけど」
フウガとティナは顔を見合わせる。ふたりで描いたが絵柄を合わせず、タッチはそれぞれ異なる。コミック調でシンプルなティナとは対照に、フウガはディティールに凝っている。
アンナからの評価は高いが、彼女の表情が少し険しいのには理由がある。
アンナ「でも、これ似たような
ボードゲームがある気がする」
ウラ「ウソっ!」
ゲームについてようやく褒められただけに、ウラの感情の沈み具合も激しくなる。
アンナ「いや、詳しくはわからんが。
カレーってよくある題材なのさ。
みんな大好きだからね、カレー」
ウラ「
ウラは無実を訴えるが、ティナがスマホで検索すると、それらしいゲームはたしかに存在し、隣のフウガにも見せた。
アンナ「わかってるって。
でも特許とかあるから、
商品にする気があるなら、
そこらへんちゃんと
調べないとダメだよ」
ウラ「商品に…?」
あ然とするウラ。
アンナ「ちょっとなに?
そこまで考えてないの?
商品化するもんだと…」
フウガ「考えてなかったんですか?」
ウラはフウガの顔を見て、二度もまばたきをした。クリエイターになると宣言したものの、具体的な目標までは実のところ持っていなかった。
ウラ「クリエイターって、
ゲーム作ったらそれで
いいんだと思ってた」
アンナ「そりゃそういうタイプも
居るには居るよ。
名乗るだけで
詐欺みたいなのも多いし」
ティナ「商品化って…
むずかしそう」
アンナ「まぁ、そうよね。
デジタルでもアナログでも、
専門の知識やノウハウは必要だから。
普通は会社の中で、企画書通して
やったりするんだもん」
社会経験の乏しいウラたちにはわからない。
アンナ「1回作ってみたら?
商品になるまで」
フウガ「でも、作れるものなんですか?
個人で」
アンナ「もちろん。
作ってるひとは
いっぱいいるよ」
それを聞いて、ウラは目を輝かせた。そんな彼女にフウガとティナのふたりは顔を見合わせて、これから始まることをなんとなく理解した。
(6話『3人のカレー』終わり)
眠たくなる説明書公開中。(外部サイト)
https://shimonomori.art.blog/2023/06/14/game-manual/
このゲームには、ウラがある。 下之森茂 @UTF
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます