2話『創造のウラ』
■ 02-01 マンション
◆ 02-01-01 活動
フウガ「つまり…ここで
ぼくが…ひとり暮らし…?」
ウラ「違う。
わたしと同居、同棲、
フウガ「
なにか知りませんけど」
玄関の扉が閉まり、電気を点けるウラ。真顔で否定しない。
ウラ「家事とか生活ルールとか
色々あって混乱するけど、
追々やっていきましょ」
フウガの足りない頭では、すぐに思考が止まる。
ウラ「で、きょうはこれから、
挨拶に行こうと思う」
フウガ「挨拶って、引っ越しの?
マンションで?」
ウラ「お隣さんじゃなくて、
わたしがお世話に
なってるひとね」
フウガ「ウラ
ウラ「近所だから
歩いて行けるよ」
フウガ「僕と?」
ウラ「もちろん。
そうそう、お土産に
『あれ』も持っていこうよ」
着替えの入った荷物を廊下に放置する。
フウガ「あれ?
なにか買ったんですか?」
ウラ「え? 買ってないよ。
作ったやつがあるでしょ?
わたしたちのゲーム」
病室でウラが作ったゲームは捨てずに、フウガは保管していた。
■ 02-02 比良坂
◆ 02-02-01 仕事先
ウラ「お腹すいてない?」
フウガ「病院出る前に
パン食べましたよ。
会計が混んでたので」
ウラ「病み上がりなのに食べ盛りだ。
ここで働いてんだよ、わたし」
街道に出て徒歩で10分ほどの場所に、広い駐車場の奥にぽつりと立った店舗兼住居。『鉄板
フウガ「…普通ですね」
ウラ「なに想像してた?」
働いたこともないフウガには、突拍子もない
しかしこの素朴な店構えに、フウガは安心感を覚える。大金を持ってきた元生徒会長のウラは、生徒の模範となるべく白鳥のように優雅に水面を浮かび、その下で懸命に足掻いていたのである。
フウガ「いいの? 入って」
ロープの張られた駐車場をまたいでウラが入っていく。
ウラ「いいよ。連絡してあるし。
で、なに想像してたんだい?」
フウガ「…じゃあ、キャバクラですか?」
ウラ「うわっ! エッチ!」
フウガ「なに想像してんですか!」
アンナ「店先でイチャつくな!」
裏口の前で騒いでいると、ひとりの女性が叱って出迎えた。栗色の髪を頭の上部で大きな団子にしても背は低い。
ウラ「こんにちは、アンナちゃん」
ちゃん付けで馴れ馴れしく呼ばれた女性。年齢はウラより上で、30歳前だがピンクのパーカーが
アンナ「いらっしゃい、この子がいとこ?」
ウラ「そうです」
フウガ「はじめまして…、
いとこのウラ
いつもご迷惑をおかけしています」
ウラ「かけてない」
フウガ「
うやうやしく頭を下げる。
アンナ「こんにちは。フウガくんね。
小さな顔に小さなえくぼを作って微笑んだ。
◆ 02-02-02 店内
住居となる裏口から入ったものの、店内の客席に案内される。中は家族向けの鉄板焼屋で、座敷になった広めの席がいくつも並ぶ。
フウガ「アンナさんは…
アンナ「
爺ちゃんの代からやってるのを、
私らが勝手に引き継いだの。
お腹が空いたら
いつでも来ていいよ。
お金はないけどね」
フウガ「えっ…と…」
無職、困惑し、ウラを見る。
アンナ「フウガくん。
女の方から誘われて、
遠慮するのはかっこ悪いぞ」
フウガ「えぇ…」
ウラ「初対面相手に
緊張してるのよ。
アンナちゃん、
これ見てくれる」
アンナ「例のやつ?」
ウラ「そう、大傑作」
フウガのクロッキー帳に挟んだ紙片が散らばっている。病室で作ったサイコロの目を予想するゲーム。
アンナ「なら、そこでやってみて」
アンナが選んだ客席の中央にある鉄板は、ホコリが入らないようにフタがされている。
フウガ「まさかプロに
見て貰うなんて、
思いませんでした」
ウラ「これ説明書ね」
マンションを出る前に、ウラが思い出しながら書いた1枚の紙を手渡した。
アンナ「元プロだよ。
で、このゲーム、
よくないねぇ」
説明書なる紙を見るなり、アンナは眉間にしわ寄せた。
◆ 02-02-03 ゲームの欠点
ウラ「どこ?」
アンナ「大きな
お互いが同じ手札しか
持ってないときの
処理が書かれてない」
ウラ「あっ!」
フウガ「パスするのでは?」
ウラ「そう。それじゃダメ?」
アンナ「ルールの後付けはダメ。
ほかにもあるよ。
先攻が最初に選ぶ札が、
5で固定になるよね、これ」
ウラ「ああっ!」
アンナはすぐに先攻後攻のパターンが決まっている状態に気づく。相手が3や4を持っている状況で、初手から6を使うにはリスクが高い。とはいえ、ほかに1や2、または3や4を予想する理由もない。
フウガ「そういわれると、
ほかを出すメリットも
ありませんね」
プレイしていたフウガも、指摘されてようやく気づく。
アンナ「詰めが甘いのう。
それに、このゲームの名前、
『しはつ』ってなに?」
ウラ「それは12月を意味する
アンナ「わかりにくっ。
6かける2だから12?」
ウラ「そう数字の12とサイコロをかけて、
イタリア語の
ウラは
アンナ「こじらせた感すごいわ。
12月もイタリア語も
このゲームには関係ないでしょ。
フウガくんは?」
フウガ「えっ…」
アンナ「なんかほかに
良いタイトルない?」
フウガ「じゃあ…えっと、六…札?
アンナ「おぉ、貿易か…んーそれなら
もっと、商売っぽさがほしいね」
ウラ「商売っぽさ?」
アンナ「このゲームは、
タイトルから想像できない
無機質な内容だから。
圧倒的にデザインが足りてない」
フウガ「デザイン…ですか?」
アンナ「私なら…そうだな…
ダイスって複数形なに?」
ウラ「ダイスはもとから複数形だよ。
で、
ちなみに語源は古フランス語のdeと
ラテン語で――」
長々と説明しようとするウラを無視して、アンナは続けた。
アンナ「へぇー、勉強になった。
じゃあ『die or dice』とかかな。
シンプルでわかりやすく」
ウラ「若者はなんでも
カタカナにしたがる」
アンナ「ウラのセンスよりマシでしょ」
ウラはそれ以上は言い返せない。
フウガ「デザインっていうのは、
タイトルだけですか?」
アンナ「もっといろいろあるわよ。
手札もチップもサイコロも、
もっとこだわってもよかった。
説明書も読んでて眠くなる」
ウラ「それは…以後、気をつけます…」
アンナ「さらにゲーム内容でいえば
数字とルールの結びつきが
弱いから、このルールを
記憶する必要があるね」
ウラ「数字の紙に特殊ルールを書くとか?」
アンナ「それでもいいけど、
もっと単純に絵や図形を見て、
直感でわかりやすいのがいいね。
対象年齢を決めたりとかね。」
ウラ「ほかには? ほかには?」
アンナの意見に、ウラはテーブルに両手を乗せて身を乗り出す。
アンナ「ゲームに主題がないのさ。
貿易っていうならともかく
チップって用語があるけど、
単にサイコロを振るのに払うだけ。
サイコロの目を当てるだけ。
偶然性が高くて戦略性が低い」
ウラ「ルールをもっと詰めないとか」
アンナ「このままルールを
突き詰めたところで、
オリジナルのゲームと
呼べるかも怪しいね」
フウガ「えっ?
なぜでしょうか?」
ウラのゲームを否定され、フウガが食らいつく。
アンナ「札とチップの枚数、数えてみて」
6枚と21枚。それがふたり分。ゲームに
アンナ「全部で54枚。
これはトランプと同じ。
ただサイコロを使った、
遊びのバリエーションの
ひとつに過ぎないのよ」
フウガはウラの顔を見た。
アンナ「最初からトランプ遊びの
想定で作ったんでしょ、
このゲーム」
ウラ「もう見抜かれちゃった」
◆ 02-02-04 改案
あっさりと白状したウラに対し、沈黙が場を支配する。
フウガ「でもこれをウラ
たった数分で作ったんです」
アンナ「あのね。
ゲームには作った時間も、
作った人の努力も才能も、
ゲームを遊ぶひとには
なんの関係ないわけさ」
ウラ「そうそう。
フウガの美大の試験だって、
病気で描けませんでしたって
言い訳は通じないでしょ?」
アンナ「ゲームってのは娯楽だかんね。
どんなに理由をつけたところで、
遊んだひとの第一印象ってのは
そう簡単には
フウガ「なら、どうすれば
いいんでしょうか?
僕は絵ばかり描いてたので、
ゲームをよく知りません」
アンナ「フウガって、そうか、
美大生だっけ?」
ウラ「浪人だよ」
バツが悪い無職。
アンナ「強いて言うなら、このゲームは
ウラ「
ギャンブルとかのこと?」
アンナ「そうそう。ガチャとかね。
これは数字を選ぶだけで、
あとはサイコロの運任せ。
すごろくゲームと同じで、
出た目っていうのは自分の
ちからじゃないでしょ?」
フウガ「たしかに…」
アンナ「サイコロの目はあくまで偶然。
大事なのはプレイヤーに
なにをさせるのか、なのさ。
サイコロの出目を予想して、
その結果によってなにが可能で、
どんな行動ができるのか。
結果を予想させることで、
プレイヤーの行動を導くのが
作り手の役割だよ」
ウラ「あっ! そっか…目的って…
ゲームの勝敗の仕様じゃなくて、
ウラはようやく勘違いに気づき、恥ずかしさに顔を赤くして両手で頬を覆った。
アンナ「そうそう。
バックギャモンとか、
ウラ「駒もゲームの要素かぁ…」
フウガ「これ…そんなに
ダメなゲームですか?」
遊んだフウガには、それほど酷評するものでもない気がし、アンナに食い下がる。
アンナ「もちろん、いいところはあるわよ」
ウラ「えっ? どんなとこ?」
アンナ「未完成という
拡張性の高さ」
ウラ「それ、
評価に値しないを
上手く言い換えた
だけでしょ」
アンナ「あはは」
フウガ「元プロのアンナさんが作ったら、
どうなるんでしょうか?」
アンナ「おっと、試されてるね」
ウラ「それ、わたしも気になる」
アンナ「えーじゃあ
ふたりの期待に添えて、
ちょっとだけ案を出そう」
と、コピー用紙を1枚取り出して正方形を描き、6×6のマス目を書いた。左右の端の列は太字で囲う。それから、どこから持ってきたのか、オモチャの硬貨が2種類6枚。
アンナ「このマス目の端に6個の駒を置く。
チェスや将棋みたいな感じね。
予想した数字が当たれば1マス
前後左右に進めて、自分の駒が
1個でも相手の側に到達すれば
そのひとの勝ち」
ウラ「真正面に進めても、
駒がぶつかっちゃうよ」
アンナ「相手の駒があれば進めないけど、
予想した目のゾロ目を出せば
斜め1マス先に進めて、
そのマスにある相手の駒を
場外に出せるの」
ウラ「ほー…斜め?」
フウガ「そこが両陣営の、
穴になるんですね」
ウラ「でもこれ、どっちかが
ゾロ目を出し続ければ、
それでほぼ勝ちに
なっちゃわない?」
アンナ「もちろん場外に出た駒は、
次の手番で自陣に戻して
補填できる。もうひとつ」
鉛筆を1本取り出す。
アンナ「予想する目の出る
確率を上げるには、
サイコロをふたつ振るけど、
1つだけ振って当てれば
自陣にある駒を2マス進める。
というのもひとつの手段ね。
これで、die or diceってね」
フウガ「当てれば2マス進めますが…」
ウラ「でも、出目を当てられきゃ
駒は進めないんでしょ?」
アンナ「そんなときにこのチップ」
ウラたちが作った小さな紙片を、2枚つまんで見せる。
アンナ「サイコロをふたつ振って、
ひとつでも当たらなかったら
これが1枚得られる。
で、これを3枚支払えば、
1回1マス進められる。
救済処置ってやつね」
ウラ「ゾロ目で攻めて出来た穴も、
チップを払って埋めて――。
あっ、サイコロ1つのときは
1枚しか貰えないんだ。なるほど」
フウガ「ひょっとして、
これで完成ですか?」
ただの予想であったゲームが、あっという間にゲームらしく構築されていった。
アンナ「まさか。
いま適当に言っただけだから、
あとは試行錯誤あるのみね」
ウラ「面白そうだよ?
あっ、駒に数字を振るとか?」
アンナ「駒にキャラクター性を加えると、
バランス調整はとても大変よ。
作ってみなくちゃわかんない。
料理と同じ。作っては
やり直しの繰り返し」
ウラ「そっか…」
それからアンナはさらに付け加えた。
アンナ「もちろん、作ったひとが
楽しむだけじゃダメだよ。
一番大事なのは、
遊ぶひとをちゃんと
楽しませることだね」
それはまさしく金言で、ウラとフウガにまで感銘を与えた。
◆ 02-02-05 幕間
アンナ「せっかく来たんだし、
夜ごはん食べてくでしょ?」
ウラ「もちろん。ね?」
フウガ「それじゃあ…お言葉に甘えて…」
アンナから誘われて遠慮するのはかっこ悪いと言われた矢先だが、フウガの性質はすぐに変わるものではなく、遠慮気味に誘いを受ける。
ウラ「アンナちゃん手作り?」
アンナ「ふたりが来たから
これからお
作ろうと思ってたのさ」
ウラ「わたしたちの引っ越し祝いだ」
アンナ「そうそう。せっかくだし。
これから打とうと用意しててね、
ウチには小麦粉しかなかったの」
ウラ「よかったね、フウガ。
おそばだって!」
フウガ「うどんですよ! それ!」
料理に
■ 02-03 マンション
◆ 02-03-01 帰宅
ウラ「ただいまー」
電気をつけると振り向いてフウガを見る。
ウラ「おかえりー」
フウガ「一緒だったのに?」
ウラ「いいから」
フウガ「たっ…ただいま?」
照れくさそうにするフウガを見て、嬉しくなるウラ。
ウラ「ご飯にする? お風呂にする?
それとも――」
フウガ「ご飯はさっき
ごちそうになりましたよね」
ウラ「それなら残るカードは
残りふたつ」
フウガ「そうじゃなくて
ホントに僕が、
ここに住むんですか?」
ウラ「そうよ。
じゃなきゃホームレスだもん」
フウガ「わかりました…。
じゃあもう寝ます。
なんか疲れたので…」
ウラ「あ、そうだ。言い忘れてた」
フウガ「なんですか?」
ウラ「一緒に住むなら、
トラブルを回避するために
隠し事は避けたいよね?」
フウガ「そうですね?」
トラブルの想像がつかないので、疑問形の返事となる居候のフウガ。
ウラ「実は、フウガの寝具一式が
明日届く予定で、まだないの」
ダイニングの奥に案内されたフウガの部屋を見ると、ウラの言う通り、たしかになにもない。
フウガ「えっ…ホントにないの…」
ウラ「まだ寒いし、
床で寝るのもあんまりだから、
きょうはわたしのベッドで
一緒に寝よっか」
事態をすぐに飲み込むことが出来ずに震えるフウガ。彼の後ろ姿を見て、ウラは少し恥ずかしがった。昼に冗談めかして言った言葉。
(2話『創造のウラ』終わり)
次回更新は6月28日(水曜日)予定。
眠たくなる説明書公開中。(外部サイト)
https://shimonomori.art.blog/2023/06/14/game-manual/
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