第2話 ボーイミーツカンフー?

 平凡で退屈な人生ってどうやったら抜け出せるんたろとまだ真新しい制服に身を包みこれからの三年間への不安を抱えながら覚えたばかりの通学路を歩く。


 いつも注目されるのが苦手で教室の隅っこで息を潜めて毎日をやり過ごしていた。そんなどこにでもいる卒業アルバムを開いた時にちょっとだけ思い出される存在。それが僕、新田和樹だ。同窓会には行きたくないけど誘われないにはきっと淋しいんだろうなってネガティヴの先行投資が毎日の日課である。


 「変わりたい。」…そんなたった5文字のアバウトな動機で三つも隣町の高校を選んだ。誰も今までの自分を知らない空間で最高の新田和樹をサクセスするんだ!


 そうやって同じ動機でいう動機で挑んでいった先陣の皆様は幸せに暮らせているのだろうか…16年できなかった事が今日から急にできるだろうか…そうやって環境のせいにして職も転々として誰にも看取られることもなく…1回先行投資を始めると止めどなく溢れかえってしまう。この投資した分はいつか返ってくるのだろうか。返ってきたら確実に死ぬな。


 悲しい未来に思いを馳せながら角を曲がる。ドンッと反対側の角から曲がってきた誰かとぶつかり尻もちをつく。王道の展開ならその相手はパンを咥えた美少女な訳だが期待を込めて目を開けると全身黒ずくめの大男だった。


 え?と困惑する僕を後ろから抑えこめかみ付近に何かを強く押し付けられた。黒ずくめの男は真っ直ぐ前に向かって「動くなよ!動いたら関係ないこのガキが死ぬぞ!」と大きな声で喚き散らかしている。

 

 パァン!とこめかみに押し当てていた拳銃を空に向かって一発放った。威嚇射撃ってやつだろう。当然ながら初めて聞いた生音は凄まじく僕の両鼓膜を濁らせた。


 パンを咥えた美少女じゃなくパァンを構えた大男と言う期待とは真逆の存在に僕の人生の終止符が打たれるの意外と冷静な脳が男の全身の緊張と震えをキャッチする。何かに怯えてる…?男は目の前の何かに向かって大声を張り上げていた。


 僕もその男の視線の先を追ってみる。するとそこにはチャイナ服を着た女の子が立っていた。チャイナガールは不思議な構えをしている。いつか何かの映画かアニメで見たことたったその構えと少女の服装からカンフーだと推測できた。


 カンフーと拳銃、日本ではなかなかお目にかかれない物を同時に見られるなんてなんたる奇跡だろうか。死ぬ前にこんなミラクルが見られて良かった…僕のネガティヴ先行投資はとんでもない終末を運んできてしまったのだな。


 僕を人質にしている大男とチャイナガール改めカンフーガールの間にはしばしの沈黙が流れていた。そんな緊張感のある沈黙を破ったのはここにいる3人の誰でも無い小鳥が飛び立つ音であった。日常的に聞いている音でもこんな非日常の中では異音になる。一体どれほどの時間が経ったかは定かではないが緊張状態で疲弊している男と僕は一瞬飛び立つ鳥に目を奪われる。


 その刹那、ドゴンッと言う明らかな異音が聞こえた。数メートル先にいたカンフーガールが目と鼻の先にいる。彼女がいたあたりのアスファルトは大きく抉れていて彼女が強く踏み込んだからだと思う。彼女の右腕がアッパーの要領で大男の顎を捉えた。アッパーカットではなく掌底だった。じゃんけんでもグーよりパーの方が強いもんななんて考えてつのも束の間、僕をフォールドしていた大男ごと電柱よりも高い上空に吹き飛ばされる。


 アスファルトを抉るほど踏み込める人間だし掌底で男2人跳ね飛ばすなど簡単なことだろう。この世界はなんだかんだルールに絶対服従なので当然、重力のルールが適応されアスファルトに引き戻させる。


 さっきまで拳銃押し当てられてたのに死因は落下死か。平凡で掃いて捨てるほどでもない小さな埃みたいな人生は突飛な出来事で終わる。これが辻褄合わせってやつか。覚悟を決め目をつぶる。


 全身がが何かに接触する。意外と、いやとっても柔らかい何かに包まれていた。僕はカンフーガールの腕の中いわゆるお姫様抱っこの形で収まっていた。空を飛ぶまでは大男の腕の中だって言うのに。


 毎年、1回はテレビで放送されている有名なアニメ映画に空から女の子が降ってきてそれを男の子が優しくキャッチする有名なボーイミーツガールがある。


 現状は真逆のシチュエーションである。さっきから真逆なことが起こったり色んなことが起こりすぎて自分が何処を向いているのかわからない。それにこの一連のエピソードを唯一の話し相手である愛犬のペソに喋っても普段ワンとしか言わない犬でも「色々と詰め込みすぎ」とやや飽きて気味な表情で冷静に突っ込まれるレベルだ。


 ただ、短時間に2回も命を救われてしまった。まぁ、後半の1回は彼女のせいだが。


 「色々見たね、タダでは返せないなぁ!私と来てもらおうか!」


 カンフーガールは流暢な日本語で言った。てっきり中国語を喋ると思ってたから同じ言語で驚いた。例え同じ言語だとしても言ってる意味はわからないけどね…


 これがきっと僕の人生を変えるボーイミーツガールもといボーイミーツカンフーな訳だがそれでも命の危機が終わってないのは勘弁して欲しい。


 カンフーガールは僕を抱き抱えたまま走り出した。初めてこんな至近距離で嗅いだ女の子の匂いは土埃の香りがした。



 


 

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カンフーガール・ラブストーリー アイウエ @hirunelogic

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