第2話:いざ、桜花中学校へ!

「ここが、桜花おうか中学校、ですね」


起きがけに来校依頼の電話を受けた数日後、小嵐こがらし 心太しんたは桜花中学校へとやってきていた。


彼は大きな門の前で呟き、そのまま誰にともなく一礼してその門を通った。

そんな彼に、突然声がかかった。


「ようこそ、桜花中学校へ」


突然の声に、心太の心臓はこれまでにないほどに鳴り響いていた。

それは、声をかけてきた相手が女性であり、しかも彼がこれまでに出会ったどの女性よりも美しかったから、ではなかった。


実際には、目の前に現れた人物は確かに女性であり、また心太が出会ってきた中でも群を抜いて美しい見た目をしていた。


事実彼は、後ほど冷静になって彼女の美貌に、別の意味でドキドキすることにるわけであるが、今の彼にはそんな余裕は微塵もなかった。


(え?あの女性ひと、さっきまでそこに居た!?)


普通の人よりも人の気配に敏感なはずの彼は、女性の気配に少しも気付くことができなかった事実に驚いていたのだ。


「あ、え・・・失礼しました。お電話を頂いて伺いました、小嵐 心太と申します」

心太は、不思議に思いながらも目の前の女性へと頭を下げた。


「伺っております。どうぞこちらへ」

女性は、ニコリともせず、むしろ若干不機嫌そうな表情のまま心太へそう告げると、オロオロする彼を待つことなく歩き始めた。


(あれ?僕、歓迎されてない!?)


女性の冷たい態度に戸惑いながらも、心太はズンズンと先に進む女性を、足早に追い始めた。



「綺麗な校舎ですね〜」

校舎の外を無言で歩き続ける女性に着いていく心太は、何か話したほうが良いかと思いそう口にした。


「・・・・・・・・」

しかし目の前を歩く相手は、その言葉に何の反応もすることなくただ無言で歩き続けていた。


(無視ですかっ!!え、なにこの中学校。呼び出しておいて歓迎する気ゼロ!?)

心太は心の中でツッコみながらも、考え直した。


(いや、そんなことはどうでもいい。せっかくチャンスをもらったんだ。僕はただ、僕の信じた教師像に向かって走り続けるだけだ。是が非でも採用してもらうんだ!)


心太は気持ちを新たに、無言で突き進む女性の背を追い続けた。



小嵐心太は、現在23才。昔からの夢であった教師を目指すも採用試験に落ち、現在は就職浪人中である。

大学を卒業して再び教員採用試験を受けるも、再度の不合格。


就職浪人2年目に突入するのかと落ち込んでいた彼に、救いの手が差し伸べられたのは数日前。


その救いの手を差し伸べたのは、現在彼が来ている私立桜花中学校の理事長を名乗る人物であった。


「我が桜花中学校で、教鞭をとっていただきたいのです。よろしければ、1度本校へお越し頂けませんか?」

電話口でそう告げた理事長を名乗る人物の言葉に、心太は喜んだ。


本来は公立中学校の教師を目指していた彼であるが、就職浪人2年目という現実に逆らうことができず、現在彼はこうして無口で気難しそうな女性を追っているのである。


目の前の現実に、あの電話は本当だったのだろうかと若干心配になりながら。


しかし彼には、もはやこの中学校しかない、という想いもまた存在した。


元々心太は、祖母の伝手を使えば公立中学校の教師になることができるはずだった。

しかしそれには、ある条件があった。


その条件を祖母から明確に伝えられたわけではない心太であったが、祖母が自身に何を期待しているのかは分かっていた。


彼自身のを生かすこと。


おそらくこれが、祖母が心太を教師にする条件であるはず。

そう考えた心太は、祖母の誘いを蹴り、自力での採用試験合格を目指した。


しかし心太は、2度目の試験不合格を知った時点で気が付いた。


この不合格は、おそらく祖母が介入している、と。


人よりも必死に採用試験に向けて勉強を続けた心太は、試験に受かるという自負があった。


にも関わらず合格出来ないことに、心太はそこである意味では納得した。

それと同時に、絶望した。


もはや夢を追うことはできないのか、と。


そんなときに差し伸べられた救いの手に、心太が縋ろうとしたのも仕方がないことなのである。


(僕は必ず『生徒を導く教師』になって、あの男の教育方針を改正してみせる!)


そう心の中で叫んでいた心太は、ふと周りに目を向けた。


心太が綺麗だと表現した建物を通り過ぎ、いつの間にか校舎から離れた古びた建物へと辿り着いていた。


(え?さっきの建物が校舎じゃなかったの?あれ?ここが校舎?)


古びた建物に唖然とする心太に、冷たい眼差しを向けた女性が無機質な声をかけた。


「どうぞ、こちらへ」

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