魔族に似ているせいで幽閉されていた幸運をもたらす王女は、追放同然で大魔王に嫁がされたのですが……待っていたのは溺愛でした
畑中希月
本編
第一話 妹は勇者に、姉は大魔王に嫁ぐことになりました
(きれい……)
目の前の男性は得も言われぬ美貌だった。だが、シェリーンはその並外れた長身や腰まで届く銀髪よりも、彼の瞳の色に
濃い青紫色の宝石――バイオレットスピネル色の瞳。まばゆいほどに、希少な色だ。
耳はとがっており、図鑑で見たことのあるエルフ族ほどではないにしろ、少し長い。
自分と同じ紫の瞳にとがった耳をした人を見たのは、初めてだった。
違いといえば、シェリーンの瞳は透明に近いアメシスト色で、耳は人族のものを少しとがらせた程度であることだが、大した差ではないだろう。
紫の瞳は魔族に多いという。彼は本物の魔族なのだ。
継母と異母妹から「不吉だ」「魔族だ」と罵倒される原因のひとつだった紫の瞳。嫌いだったその色が、今はなぜかとても美しく見えた。
青年が薄い唇を開いた。
「お初にお目にかかる、我が后、シェリーン・アン王女。予は魔帝リュデロギス。あなたの夫になる男だ」
では、彼は使いの者ではなく、本物の大魔王。
優しく笑いかけてくるその表情には悪意のかけらもなく、恐ろしいとうわさされる大魔王にはとても見えない。
(しかも、ご自分から迎えにきてくださるなんて……それに、人族の間では「大魔王」と呼ばれているけれど、魔族にとっては「魔帝」なのね。魔族の皇帝ということかしら?)
ついさっきまで馬車の中で抱いていた絶望と悲壮な覚悟が、少し和らいでいく。
緊張が解けてきたところで、シェリーンは妻になる者としての礼儀をハッと思い出し、慌てて
シェリーンが下げていた顔を上げると、未来の夫が手を伸ばしてきた。シェリーンの手を丁重に取ると、その麗しい口元に持っていく。
手の甲に口づけられたことが分かった瞬間、シェリーンは思わず「ヒッ」と変な声を上げてしまった。
***
「勇者が大魔王に勝利したゆえに、我が国と魔族の国は不可侵条約を結ぶことになった。シェリーン、そなたは友好の証として大魔王に嫁げ」
幽閉されている離宮の一室で、シェリーンは父王からそう言い渡された。
父王のうしろには王妃である継母とその娘である異母妹イザドラが控えている。
最後に会った日を思い出せないほど久しぶりに父王の訪問を受けたと思ったら、急な結婚話だ。
この部屋に幽閉されており、一人の世話係としか外の世界との接点のないシェリーンは、勇者が大魔王討伐に旅立ったことすら知らなかった。
シェリーンは魔族に多いとされる、とがった耳とアメシスト色の瞳を持って生まれてきた。そして、人族は好戦的で残忍だとうわさされる魔族を恐れ、嫌悪している。
継母は、なぜか魔族に似ているシェリーンを不吉の象徴と見なして気味悪がり、徹底的に嫌った。そのため、シェリーンは人目につかないように幽閉されているのだった。
魔族と魔物を統べるという大魔王に嫁ぐなんて、シェリーンだって嫌だ。でも、断ればどんな目に遭わされるか分からない。
「……いつですか?」
「一週間後だ。先方がそう望んでいる」
(そんなにすぐ……)
うつむくシェリーンに、異母妹のイザドラが勝ち誇ったように告げる。
「よかったわね、お姉さま。ちなみにわたしは勇者さまと婚約することになったわ。勇者さまはね、以前降嫁された旧王家の王女の血を引いていらっしゃる、とても美しい方なの。その上、武術にも魔法にも秀でていらっしゃるのよ」
イザドラは的確にシェリーンが痛みを感じるところをえぐってくる。
仕方がない。イザドラは第二王女でありながら、第一王位継承者だ。もし、シェリーンがこんなところに追いやられていなくても、彼女が大魔王に嫁ぐという選択肢はなかっただろう。何より父王はこの異母妹にめっぽう甘いのだ。
イザドラの隣にいる王妃も、にこやかに笑う。
「次期女王のイザドラには、勇者さまこそがふさわしいわ。それに比べてシェリーン、魔族そっくりの姿をしているあなたには、大魔王が本当にお似合い。せいぜい、国王陛下に感謝なさい」
「お母さま、本当のことをおっしゃってはお姉さまがおかわいそうよ。大魔王って、何百年も何千年も生きているのでしょう? 多分、醜い老人なのでしょうけれど、包容力だけはありそうじゃない」
王妃とイザドラはクスクスと笑い合う。父王は眉ひとつ動かさない。
(やっぱり、お父さまはわたしに関心がないのね……)
それどころか、いないほうがいい存在とまで思われているのかもしれない。
シェリーンが幽閉されて以降、一切面会に来なかった父だ。分かってはいたことだが、眼前にその事実を突きつけられるとやはり辛かった。
イザドラが華やかな顔をニヤつかせながらさらに嘲ってくる。
「このアルカンが豊かな上に、強い勇者さまが現れて大魔王に勝てたのは、わたしという次期女王がいるからだって、みんな言っているわ。わたしが女神さまのように幸運を運んでくるのですって。でも」
イザドラは言葉を切り、にっこりとほほえんだ。
「魔族そっくりのあなたがいたら、わたしたちまで不幸になりそうだから、出ていってちょうだい。相手が醜い大魔王でも、国のためになれるなら本望でしょう? だって、あなたにはそれくらいしかできることがないのだもの」
シェリーンは軽く唇をかんだ。
イザドラは今までも時折この部屋にやってきては、こうやってシェリーンを楽しそうに嘲ってきた。まるで、日頃の憂さを晴らすように。
それでも、シェリーンはこうして耐えるしかなかった。もし、口答えしたり手を上げたりすれば、もっと酷いことになると分かっていたからだ。
けれど、現実は無情なもの。事態はシェリーンにとって最も悪い方向に転がってしまった。自分は
(それにしても、勝ったのは勇者なのに、わたしが嫁ぐ必要があるのかしら……?)
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
敗者側ならともかく、普通、勝者側が王女を敵だった相手に差し出すものだろうか。
いや、必ずしもあり得ないとは言いきれない。父王は厄介者の娘を片づけるために、あえて「友好のため」というお題目を掲げて、大魔王に話を持ちかけたのだろう。
シェリーンは疑問に蓋をし、そう納得することにした。
諦めきった瞳を父王に向ける。
「……大魔王に嫁げというご命令、確かに承りました」
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