しょうもない俺はダンジョン配信で成り上がる
羽川明
第一部 《アークウィザード》
第1話 ブラック企業とクソ上司
今日で何連勤目だろう。途中で数えるのをやめてしまった。
何かの間違いで入ったこのゴミみたいな会社で、今日も朝からキーボードを叩く。社内の空気は最悪で、罵声と怒号のオンパレードだ。
電話がかかってきた。
大きく舌打ちをして、上司はいかにも不機嫌そうに出る。
「んだよ。……はぁ!? 田中がバックれた!?」
この怒鳴り声にもいい加減慣れた。構わず仕事を続ける。
「いや、代わりなんかできるわけないだろうが。 おい、おいっ!!」
一方的に電話を切られたようだ。胸がスカッとした。
田中は顧客に頼まれたアイテムをダンジョンへ取りに行く調達部のエースで、慢性人手不足なうちの会社では『田中がバックれる=会社が潰れる』と言っても過言ではないらしい。
俺としては別にそんなことはないと思う。
視線を感じてさりげなく上司の方を見ると、目があってしまった。
「おい、精密機器!」
俺のあだ名だ。
俺のスキル『スタビライズ』は転んだりよろけたりしないという能力で、精密機器を運ぶときに毎回こき使われているうちになぜかそう呼ばれるようになった。
意味がわからない。
不愉快なので無視したかったが、上司は逆らうと謝罪するまで延々説教するようなやつなので従うしかない。
重い足取りで上司のデスクに向かう。
「精密機器、わかってるよな? ダンジョン
言うと思った。
ちなみに俺は事務職なので戦闘経験はない。コイツよりマシだとは思うが。
「まぁ、ついていくだけなら」
「はぁ? 馬鹿か。一人で行くんだよ。お前スキル持ちだろうが」
俺の『スタビライズ』は単に転ばないのであって、戦闘力が上がるとかそんなことはまったくない。
さすがの俺でもダンジョンを一人で攻略するのは無理だ。
さて、このクソ上司をどう説得したものか。
俺は曖昧な表情で笑い、感情を殺してから応じる。
「人手不足なのは知ってますけど、傭兵とか代行業者雇えばいいんじゃ……」
「あぁん? 雇ってもいいが責任取れよ?」
このクソ上司の中では『責任を取る=自分で金を払え、経費では落ちない』という意味だ。
うん、死ね。
「……わかりました。それで、今回は何を納品するんです?」
「トロールのドロップアイテムだ。ほら、あの手に持ってる棍棒。楽勝だろ?」
じゃあお前が行けよ。
てかトロールってダンジョンボスじゃねぇか。
「いや、俺事務職なんで、さすがにダンジョンボスを一人でってのはちょっと」
クソ上司の表情が一気に曇った。
「あぁ!? 田中はいつも平気な顔で取って来てんだろうが! なんで新人にできてお前にできねぇんだよ」
事務職だからだよ。
俺だって若いうちから経験を積んでいれば田中なんか目じゃなかっただろう。だが俺はより安全かつ安定した職業を取った。
クソ上司がデスクを叩いて威圧してくる。もう慣れたので怖くはなかった。
「あぁそうそう、そこにあるヘルメットかぶってけ」
「ヘルメット?」
クソ上司が指差す方に振り返ると、棚の上に安っぽい白いヘルメットが置かれていた。正面には小型のデジタルカメラがくっついている。
「なんすか、あのカメラ」
クソ上司はまたわざとらしく舌打ちをして、
「察し悪いな、新人教育用にダンジョン攻略動画撮って来いって言ってんだよ。説明しねぇとわかんないのか、ったく」
と悪態をついた。
いや、わかるわけないだろうが。
調達部の教育用動画が未だにないことにはとくに驚きはなかった。
なにせ事務作業のマニュアルすらないのだ。うちより忙しい調達部がご丁寧に動画なんか作っている暇はない。
ならなぜ今になって作ることになったのかと言えば、エースの田中がバックれたからだろう。
田中は後輩の面倒見も良かったそうだし、新人を他に育てられる奴がいないのだ。ちなみに即戦力級の人材は大企業が独占しているため、中途採用も期待できない。
そしてそんな状況でのんきに動画なんか作っていられないので、偏見から暇そうなイメージのある事務に丸投げされたのだろう。
「このヘルメット、ちょっと小さいな」
逆らうとあとあと面倒なので、俺はいつも表面上従うようにしている。
ダンジョンがどれほど危険かはよく知らない。
が、万一うまくいけば今の仕事をやめてフリーの冒険者として大成できるかもしれない。
この現状を、変えられるかもしれない。
そう思うと少しは前向きな気持ちになれた。
「パイセン、なんすかその格好。だっさぁ」
オフィスから通路へ出ると後輩のサナに出くわした。
子どもみたいに背が低くて、いつ見ても生意気な顔をしている。今日も茶色の髪をツインテールにしてまとめていた。
「あぁ、ちょっと野暮用でな。出かけてくる」
「まぁた押し付けられたんすか? 断れないとかざぁこざぁこ♡」
多分あおってるつもりなんだろうが、メスガキみたいな見た目なので気にならない。
クソ上司がまったく同じセリフを吐いたらぶん殴る自信はあるが。
「はいはい、わかったわかった」
構わず立ち去ろうとすると、スーツのすそをつかまれた。
「出口そっちじゃないっすよ。とうとう頭おかしくなったんすか?」
「ばーか、調達部に行くんだよ。さすがに武器無しでダンジョンはな」
何気なく吐いたつもりだったが、サナの顔から小馬鹿にしたような笑みが消えた。
「ダンジョン? パイセン、ダンジョン行くんすか!?」
サナは目を見開いて大声を上げる。甲高いせいで耳の奥が痛い。
「しょうがないだろ、仕事なんだから」
「はぁ!? ホントに頭おかしくなったんすか? 死にますよ!?」
どうやら本気で心配しているようだ。
だからこそ腹が立つ。
俺はお前なんかに心配されるほどやわじゃない。
俺は強い。スキルだって持ってる。
うまい使い道が見つからないだけで。
運命のイタズラで今はこんな会社にいるが、他に選択肢がなくてここに入ったお前とは、根本的に違うんだよ。
説明してやってもいいが時間の無駄だろう。
だから俺は突き放すことにした。
「パイセン、あたしの話聞いてます?」
うつむいた俺の顔を、サナがのぞき込んでくる。
「サナ、お前さ」
「なんすか」
サナはムスッとした顔でほほをふくらませる。
「ウザいんだよ。ほっといてくれ」
それだけ言って、俺は視線をそらした。サナの傷つく顔なんて、見たいわけがなかった。
返事を待たずに調達部へ向かう。
角を曲がる寸前、なんとなく振り返ってしまった。
サナは笑っていた。
なにやらよからぬことを思いついた顔だった。
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