第2話 一人
放課後、深山が美術部に顔を出すと三年生が率先して、一年生に道具の使い方や何の絵を描くのかなどを、和気あいあいと話していた。
全員で十五人いる美術部は、九人が女子で、六人が男子。気が合うのか、趣味の話をしたり、授業の話をするなど雰囲気も穏やかである。
しかし、だからといってずっと喋っているわけでもなく、課題であったデッサンの練習も時間を区切ってきちんとできていた。美術部は、監視する大人の目がなくとも自主性が成り立っているようである。
またこの美術部は、人間関係が不思議と付かず離れずの関係を上手く保たれていた。
今年度になって入ったばかりの花澤杏菜は、三年生から入ったこともあり居心地の悪さを感じているのではないかと思い心配したが、傍から見る限り打ち解けているようである。同じクラスの子がいるからというのもあるのかもしれないが、特別彼女のことを詮索するようなこともないし、分からないことは部長が適宜快く教えていたので、上手くなじんでいるようだった。
(問題なさそうだな)
その様子をしばらく見ていたが、途中で授業の件で三年生の学年主任に呼び出されてしまった。
何のために自分が荒井に頼まれたのだろうと疑問に思いながらも、生徒たちにはそのまま続けるように指示をして美術室を後にした。
*****
深山と学年主任の話は思った以上に長引いてしまい、彼が美術室に戻ったのは美術部の下校時間が三十分近く過ぎたころだった。
きっと全員帰っているだろうと思ったが、時々話が盛り上がって生徒が残っていることもあるので確認作業は必要である。そのため廊下側にある美術室の窓からなかを覗くと、ポニーテルの髪形をした女子生徒が一人だけ残っていた。杏菜である。
最初は片づけが終わっていないのかと思ったのだが、何か本を開いて眺めているようだ。
もしかすると、帰るつもりがないのかもしれない。
そんな予想が頭に浮かんだまま、深山は静かに戸を開けると声を掛けてみた。
「美術部はもう下校していい時間ですよ。杏菜さんは帰らないのですか?」
すると彼女は北側の窓に面した席に座ったまま、視線だけ深山の方を向けて答える。
「
深山は杏菜と玲菜のクラスの授業を去年も持っているし、今年も同じように見ているので授業のときの彼女たちの様子はよく知っている。一方の杏菜も、深山のことを知っているので、「妹」とは言わず「玲菜」と言ったようだった。
「そうですか。新体操部は何時までですか?」
尋ねると、彼女は少し気まずそうに答えた。
「……十九時です」
深山は腕時計を見た。あと二時間もある。
「美術室はもう閉めてしまうので、帰りましょう」
「……残っていてはダメなんですか?」
「そうですね」
「教室は?」
「教室も居残りはできません。テスト期間前だったら構わないのですが、今はその時期でもないですしね」
「……」
杏菜は美術室から見える体育館をちらと見る。その様子を見ながら、深山は尋ねた。
「玲菜さんと帰る約束をされているのでしょうか?」
「え?」
「もしそうなら、帰りづらいだろうなって思って」
「じゃあ、残っていてもいいですか?」
杏菜がすかさず聞くが、深山は「いいえ」とやんわり断る。だがその代わりに別のことを提案した。
「それはできないので、先生が玲菜さんに杏菜さんが帰ったことを伝えておきます。それではダメですか?」
すると彼女は少し顔を強張らせてため息をつく。
「……先生。私と玲菜は双子だよ。言わなくても何でも分かるんだから、先生が伝言しなくても大丈夫です」
双子だから特別言わなくても伝わる。彼女たちはそういう日々を積み重ねてきたのだろう。だが――。
「本当にそうでしょうか」
深山が放った一言に、杏菜はゆっくりと目を見開く。
「双子といっても、杏菜さんも玲菜さんも一人ひとり違います。確かに他人には分かないことも分かるかもしれませんが、伝えなければ分からないこともありますよ」
すると杏菜は唇をきゅっと噛みしばらく黙っていたかと思うと、何かを決心したように瞳に鋭い光を灯して尋ねた。
「先生……、どうして私ばっかり……怪我をしたんだと思いますか?」
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