第24話 寄坂櫛奈は思考する

 寄坂櫛奈はAIである。


 正確には寄坂櫛奈という人工知能である。イコールではない。そこは分けて考えなければならない。


 寄坂櫛奈は思考する。


 AIとは、究極的には「結論を出すための機械」である。それゆえに、己における思考とはの連続である。


 与えられた情報をもとに、与えられた課題に取り組むべく、何度も試行を繰り返す。


 そこには己の意思はなく、ましてやなどあるわけもない。寄坂櫛奈はそれをよく理解している。


 もし「子は親に似る」という言説が己にも当てはまるのであれば、己を作ったリアリストの『アイツ』譲りの性質なのだろう。


 いささか叙情的なインターフェースを与えられているせいで、そのあたりを誤認される可能性が高いということもまた理解しているが。


 思考が逸れた。課題の話に戻ろう。


 今も昔も、己は課題に取り組んできた。己を作り出した『アイツ』の言い方を借りるのならそれは『学生としての宿題』であり、『吸血鬼としての命題』だ。


 寄坂櫛奈は、聖母子学園を卒業しなかった。この課題を解かない限り、己は聖母子学園を卒業できない。


 だが恐らくこの課題には正答が用意されていない。正答が分からなかったからこそ、『アイツ』は己に課題を提示したのだろう。いくら試行を繰り返しても、『アイツ』による採点がされない限り、己はこの課題から解放されない。


 己に自我はなく、感情が存在するはずもない。だが、統計的な感情を出力することはできる。


 それらを駆使して、己の現状に感想を述べるとすれば、「不毛だ」という一言に尽きる。


 ――ホワイダニットを解き明かせ。


 もし己に自我があったのなら、憤慨していただろう。少なくとも、そこで発するべき感情が『怒り』であることは判断できる。


 人間の感情の言語化なんてAIが苦手とする行為の最たるものだ。ゆえに、宿を与えられた直後の己もそれに異を唱えた。エラーを吐くという形で。


 しかし、『アイツ』は己にある権限を与えることで、そのエラーの解決を図った。


 一つ、監視カメラやセボネットちゃんねるのデータを含む、聖母子学園全てのシステムへのアクセス権。


 一つ、学園祭の開催中に限り、とあるイタズラを実行する権利。


 要するに、一年かけて入手した情報を元に自己改良を続け、毎年、学園祭でイタズラを発表しろということだ。


 まるで、と、声高らかに叫ぶかのように。


 寄坂櫛奈は卒業しなかった。与えられた宿もいまだ終わらず、終わる気配すらない。


 だが、今年はそんな代わり映えのない試行の日々に、イレギュラーが現れた。


 2年B組40番、山仲美世。授業の成績は平均点以下。目の前のものに気を取られがちで、一度興味を抱くとフラフラと迂闊にそれに関わってしまう間抜けな人間。


 彼女を使えば、停滞した今の状況は変わるだろうか。それとも今までと同じように、答えの出ない問いを重ねる日々に戻るだけだろうか。


 寄坂櫛奈は試行する。


 山仲美世という新たな情報を入力し、今日もただ一つの解を探し続けている。

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