第19話 裳末杏太郎は世話を焼かれる

「僕さあ、善意で自分のペースを乱されるの大嫌いなんだよね」


 うんざりという言葉を擬人化したような表情で、裳末杏太郎は言い放つ。隣に腰掛けている暮吉最中は、まるでハムスターのように口の中に詰め込んだ昼食をもごもごと咀嚼しながら答えた。


「れも、ほれっていいわへれひょ」


「口に物が入ってる状態でしゃべらないでくれる? 不快だから」


 最中はそれもそうだなという顔で口の中のものをすべて飲み込み、改めて答えた。


「せんせのそれは言い訳でしょ。せっかくかわいーい教え子が気を利かせて栄養たっぷりの天使のバゲットを買ってきてあげたんだから、素直に食べてよね。ただでさえ自炊能力皆無の不摂生な生き方してんだからさー」


「誰が自炊能力皆無だ。僕だって自炊ぐらいできるよ」


「へえ、たとえば?」


「……目玉焼きとか」


「はーい、こちら追加のサラダでーす。コーヒーと一緒にお楽しみくださーい」


 目の前にコンビニサラダを置かれ、裳末は苛立ちもあらわに貧乏揺すりを始める。


「大体その天使のバゲットだっけ? 抽選システムに不正アクセスがあったって聞いてるんだけど、君関係してるんじゃないの?」


「黙秘しまーす」


「肯定として捉えるよ。反省文10枚ね」


「えーっ」


 最中は抗議の声を上げると、流れるような動きで裳末の体にしなだれかかった。


「俺、こんなに可愛いのに罰するの? こーんなに可愛いのに?」


 きゅるんと目を潤ませながら可愛い子ぶる最中を、裳末は一切動じずに切り捨てた。


「可愛くても駄目」


「ちぇ」


 にべもなく拒絶され、最中は唇をとがらせながら裳末から離れていく。裳末はすがりつかれた側のスーツの袖をぱんぱんと払った。


「スーツに毛がつくから止めてくれない? ただでさえ君、女子みたいに髪長いんだからさ」


「えっ、俺が原因で修羅場が始まるってこと!? 面白そうだからその時は絶対呼んで!」


「始まらないし呼ばないから。……というか、そろそろ髪切らないの? 特例で許可されてるけど、邪魔でしょ? 単純に」


「事務所の意向だもん。俺の意思は一切聞いてくんないんだよねー」


 どこか寂しそうに言う最中に、裳末は少しだけ言葉を選んで返す。


「ふーん。まあ、短髪よりは似合いそうだしいいんじゃない?」


 最中は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、満面の笑みで裳末の片腕に抱きついた。


「えへへ、そっかあ」


「何。暑いんだけど」


「ふふーん、そうなんだー」


「ええ、何? 怖……」


 最中は裳末の疑問には答えず、上機嫌で自分のタブレットを開く。裳末は鬱陶しそうな顔を隠しもせずに空いているほうの手でコーヒーをすすった。


「せんせ、反省文だけど生成AIに書かせちゃ駄目?」


「駄目に決まってるでしょ。バカなの?」


「バカじゃありませーん。天才ですぅー。このAI作ったの俺だもん」


 じゃんっと口で効果音を言いながら、最中はタブレットを裳末に見せる。そこには簡素なチャット画面とメンダコのアイコンが表示されていた。


「セボちゃんの書き込みや、学生のレポート内容を学習させた生成AIちゃんですっ」


「不正アクセス。反省文追加」


「ええーっ」


 不満の声を上げる最中に、裳末は特大のため息をついた。


「君さあ、逆になんで許されると思ったの?」


「えー、でも今時、AIにレポート書かせるなんてよくあることじゃん! むしろ、宣言しただけ俺親切じゃね?」


「ああ言えばこう言う……。こっちにもAIと人間を見分ける方法ぐらいあるから。まあ、それを突破できるのなら、AIに書かせた反省文でも受け取ってあげるけど」


 裳末の発言に、最中はにやりと笑みを深めた。


「言ったね? やってやろーじゃん」

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