第16話 吸血鬼は動機を語る

「目の前の僕がAIであることを証明せよ。ただし、僕に手を触れてはならないものとする」


 期せずしてつい先ほど友人たちとしていた話題と同じ問題に直面し、私はぐっと考え込む。


 考えろ。私がテストで回答した『手で触って確認する方法』はすでに封じられた。ならば、奈月たちが想定していた方法を使うべきだろう。


 私はびしっと大きく手を上げた。


「はい、質問です!」


「何かな?」


「これって小道具を使ってもいいですか?」


「いいよ。ただし、あまり乱暴なことはしてくれるなよ?」


 一応彼に了承を取り、私は自分の鞄の中身をあさる。目的は、女子ならば誰でも持っている化粧ポーチだ。


 チャックで閉ざされたポーチの口を開き、私はその中身を覗き込む。


 リップ、鏡、制汗剤、コーム、ヘアピン。ほとんど奈月が持っていたポーチと中身は同じだ。


 つまり、この中のどれかを使えば彼がAIであることを証明できるはずだが――


「うぐぐぐぐ……」


 唸るほど考え込んでも、一向に名案は浮かばない。そうしている間に、暇になってきたのか、寄坂よれさかは壁の水槽を眺めはじめた。いや、彼がプログラムだとすれば、さしずめ待機モードといったところか。


 何か手がかりがないか、私は水槽を眺める彼の横顔を見る。単純にホログラムでの投影なら、よく目をこらせば映像の揺らぎや透明感でわかるはずなのだが、いかんせん部屋が薄暗いせいでぱっと見ただけでは判別が出来ない。


 そう、彼は『映像』のはずなのだ。実体のあるものと、実体のない映像の違い。私はポーチの中身をにらみつけてうんと考え込み、とある発想に至った。


「分かった!」


 私はポーチの中から一つのアイテムを取り出し、寄坂よれさかにかざした。


「これでどうですか!」


 私が手にしているのは、手鏡だ。そして、鏡を向けられたはずの寄坂よれさかの姿は、そこには『映っていない』。


「ホログラムは眼鏡に映像が流れているだけです。だったら、鏡に映るはずありませんからね!」


 ふふんと誇らしげに鼻を鳴らしながら、私は宣言する。寄坂よれさかは一瞬ぴたりと動きを止めると、すぐに返答した。


「うん。なかなか、とんちの効いた回答だけど、反論は思いつくかな」


「えっ」


「僕は吸血鬼なんだよ。そして、『吸血鬼は鏡に映らない』」


「……あっ」


 つい数十分前に聞いたばかりのことを持ち出され、私はぽかんと口を開ける。


 吸血鬼の特徴として佐夜があげていたものの中には、確かに「吸血鬼は鏡に映らない」という情報があった。


 これでは、彼が吸血鬼だと自称してしまえば言い逃れは確かに可能だ。


 うまく言い負かされてしまった私は再び考え込んだ後、すぐに寄坂よれさかに視線を戻した。


寄坂よれさかさん!」


「何かな?」


「全然分からないのでヒントください!」


 私の言葉が想定外だったのか、寄坂よれさかは不自然に数秒固まった後に、すぐに滑らかな動きに戻った。


「いいだろう。会話系AIとして問いかけには答えないとね」


 寄坂よれさかはひょいと肩をすくめると、指を一本立ててみせた。


「ヒント。僕やこの魚たちが仮にホログラムだとして、どんなでこの位置に投影されているでしょうか?」


 ホログラムの投影方法。


 技術的なその問いに、私はすぐさま一つの結論に至った。


「わかった! 眼鏡を外せばいいんですね!」


「言っておくけど、そんな原始的なことしたらもう二度と出てきてあげないから」


 ぴしゃりと否定され、私は眼鏡に伸ばしていた手を止める。


「名案だと思ったのに……」


「これは知恵比べなんだよ。ほら、頑張って」


 にまにまと笑みながら、寄坂よれさかは私に推理を促す。


 とはいえ、私は『情報倫理』の成績が平均点以下の女だ。技術的な観点でものを見ろと言われても困ってしまう。


「うーん?」


 困り果てる私に、仕方なさそうに寄坂よれさかは付け加えた。


「ヒント。君をここに連れてきた矢印も同じで投影されていたよ」


「矢印も……?」


「これまで君が相対してきた事件のことも考えてみるといい」


「ええー……?」


 余計に分からなくなり、私は首をひねる。


「私が和菓子先生絡みで目にしてきたホログラムのいたずらは、マーカーに対応した場所に出現していました」


「うんうん。それで?」


「でも、今回はマーカーらしきものを見ていないんです。寄坂よれさかさんは自由に歩き回っているし……今回は、マーカーを使った投影ではないんでしょうか」


 ぼんやりとした疑念を口にすると、寄坂よれさかは満足そうに頷いた。


「その通り。僕たちはマーカーを読み取って出現しているわけじゃない。さて、ではどんなをしているでしょう」


 


 和菓子先生も多用していたそのワードに私はさらに考え込む。繰り返すようだが、私のIT技術に関する成績はお世辞にも良くないので、技術的なところを問われるとお手上げに近い。


 一向に正答にたどり着かない私に焦れたのか、寄坂よれさかはさらにもう一つ手がかりを提示した。


「君が見たあの矢印、日常生活でも似たようなものを目にしたことがあるんじゃないかな?」


 似たようなもの。


 日常生活であんな風に浮かぶ矢印なんて――


「あっ」


 私は間抜けな声を上げて、それに思い至る。日常的に使いすぎて、意識にすらなかなか昇らなかったそれは――


「地図アプリの案内用の矢印!」


「その通り」


 地図アプリ内の画像連携型矢印。おおよそ十数年前から実用化されている技術だ。


 スマホやタブレットに最初から入っている地図アプリ。そこには目的地へのナビ機能がデフォルトで装備されている。


 そして、従来は地図上の矢印でしか案内できなかったナビ機能は、十数年前にとある機能を実装した。


 それは、カメラ機能とリンクして、カメラで町並みを写すと自動的に目的地への案内矢印をその映像に表示させる機能だ。その矢印の浮かび方は、先ほど自分を案内した矢印と酷似していた。


 つまりここから考えられることは――


「あの矢印は、位置情報に固定されて投影されている?」


「その通り」


 寄坂よれさかはにこりと笑うと、壁を指さしてみせた。


「見てごらん」


 彼が指さした先には、ゆったりと泳ぎ回っていた魚たちがこちらに近づいてくる姿があった。魚たちはまるで愛想を振りまくように接近しては、まるでそこに水槽のガラスがあるかのように遠ざかっていく。


「眼鏡を通してはいるけど、プロジェクションマッピングの仲間ってやつだよ。僕たちという映像は、位置情報を頼りにこの場に投影されているんだ」


「はえー……」


 理屈はわかったが、理解の限界ギリギリの情報量に私は間抜けな声を上げて口を開ける。寄坂よれさかはくすくすと笑いながらそんな私を促した。


「さあ、僕たちが仮に位置情報に縛られたホログラムだとしたら――どうやったらそれを証明できる?」


「どうって……」


 私は考え込みながら視線を巡らせる。この壁の水槽は、『この部屋の壁』に投影されるようにできているのだろう。では、寄坂よれさか櫛奈くしなは? 今こうして自由に歩き回っているように見えるけれど、実は何か制限があるのでは?


 私は考え込み、ハッと思い至る。


 魚たちにとって必要な位置情報がこの部屋の『壁』なら、寄坂よれさかにとってのそれはこの部屋の『床』なのでは?


 つまり、位置情報に縛られた寄坂よれさかができないことは――


「わかりました!」


「おや、回答をどうぞ」


「はい! 寄坂よれさかさん、この部屋から出てみてください! もしアナタが位置情報に縛られない実体のある人間なら、この部屋から出ることができますよね!?」


 鼻息荒く回答すると、寄坂よれさかはとても嬉しそうな笑顔になった。


「ご明察。よくできました」


 拍手をする仕草をする寄坂よれさかに、私は胸を張って勝ち誇る。


「じゃあ私の勝ちですね!」


「うん、でも実はまだ反論する方法があるんだよね」


「えーっ」


 後出しのように否定され、私は不服の声を上げる。そんな私をまあまあとなだめながら、寄坂よれさかは続けた。


「言ったでしょ、僕は聖母子学園の吸血鬼だって。吸血鬼が日光の降り注ぐ外に出られないのは当然じゃん」


「う、ぐぐぐ……」


「そう悔しがらないで。君の勝ちでいいって言ってるんだよ」


 なんだか勝ったのに勝った気がしない。


 見るからに不満がありますという顔で寄坂よれさかをにらみつけるも、彼はただ私を促すばかりだった。


「ほら、質問してごらん。僕に聞きたいことがあるんだろう?」


 余裕の表情で促す彼に、私はこれまでため込んできた疑問を一気にぶつけることにした。


「……アナタを作ったのは誰ですか? アナタは何のために作られたんですか? というか、寄坂よれさか櫛奈くしなさんと和菓子先生ってどういう関係なんですか?」


「質問が多いね。答えられるのは一個だけだよ」


 寄坂よれさかは人差し指を立てて自分の唇の前で振っている。私は大きく深呼吸をすると、本当に尋ねたい疑問は何か考え込み――きっと、今この瞬間、『彼』相手にしか聞けないことを口にした。


「アナタは、どうして私をゲームに誘ったんですか?」


 ここに来たのは私の意思だ。彼がAIについて語ったのは、誰かが組み込んだ誰かの意思かもしれない。


 だが、こうしてゲームを持ちかけてきたのは? 自我がないと語った彼が私をゲームに誘ったのは、『誰』の意思なのか?


 シンプルな私の疑問に、寄坂よれさかは文字通り一時停止すると、長い長い沈黙の末にたった一言で答えた。


「ホワイダニットのために」


「……えっ?」


寄坂よれさか櫛奈くしなは、10年前に殺されたんだよ。和菓子先生の手によってね」


 次の瞬間――周囲がふっと暗くなり、寄坂よれさか櫛奈くしなと水槽は私の前から姿を消した。


 慌ててタブレットのライトをつけて周囲を照らしてみたが、そこに広がっていたのは机も椅子もないがらんとした教室だけだ。


 魚も、雄弁なAIもそこにはいない。


「和菓子先生が、寄坂よれさか櫛奈くしなを殺した……?」


 復唱するように口にした疑問は、誰もいない教室にやけに大きく反響した。




第三問 人工知能の実体反証 完

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