認識しないと自動崩壊する彼女

ちびまるフォイ

目を離せば消える

「こんなこと言うと驚くかもだけど……」


「なんだよあらたまって。

 もう付き合って1ヶ月なんだ。

 なにを言ったって嫌いになんてならないよ」


「本当?」

「本当さ」


「じゃあ、私が大地くんに認識されているときにだけ

 存在しているって言っても……嫌いにならない?」





「は?」


理解が追いつかずに聞き返してしまった。


「ご、ごめんっ。そうだよねっ。

 やっぱり変だよね。普通の子のほうがいいよね」


「いやそうじゃなくて……言ってる意味がわからなくて」


「私、最近じぶんが大地くんに見られてないと

 存在していないってことに気づいたの」


「話の入りが意味わからなすぎるんだけど……」


「えっと、つまり、大地くんがわたしを見ていないと

 私はどこにも存在しないの」


「そんなわけないじゃないか。

 だって、そこに存在しているから俺が見ているんだろう?」


「それは大地くんが、私がここにいると認識してるからだよ」


「……?」


「目をつむってみて」


「ああ」


まぶたを下げると真っ暗闇につつまれる。


「これがなんだっていうんだよ。……あれ? おい?」


手を伸ばしてみても、さっきまで居た彼女の位置に手応えがない。

さっきから伸ばした先の腕はなにもない場所を空振りする。


けれど、目を開けるとたしかに彼女がそこに立っていた。


「そこに立ってたはずだよな……?

 なんで俺が目をつむった瞬間触れなく……」


「それは大地くんが私を観測できてないからだよ」


「俺が目をつむった間、君はどこへいたんだ?」


「私にもわからないよ。ただ存在はしなくなってる」


「ええ……?」


「こんな私でも嫌いにならない?」


そう言う彼女をぎゅっと抱きしめた。


「嫌いになんてなるもんか。

 どんな君でも好きになったのは変わらないよ」


「うれしい……!」


ふたりのくちびるを近づける。

そっと目を閉じた瞬間、観測しなくなったことで、キス顔のまま数分放置となった。


目を開けるとふたたび彼女が生成される。


「……なれるまでは時間かかりそうだ」


それからしばらくして、

認識しているときにだけ存在する彼女という話を友達にも相談した。


真面目な顔とトーンで話したが、案の定爆笑されてしまった。


「そんなことあるわけないだろう。

 お前もしかして彼女という幻想ってオチじゃないだろうな」


「本当に存在するんだよ。名前は〇〇でーー」


彼女のプロフィールを話した瞬間だった。

ふたりしかいないはずのカラオケボックスに彼女が出現した。


「ご、ごめん突然っ……。私、大地くんに認識されたからっ……」


「こ……この子が……お前の彼女、か?」


「ああ、俺が認識しているときにだけ存在する……らしい」


「なるほどわからん」


「こうして目をつむると……」


目をつむると一気に周囲は静かになった。


「ほら消えてるだろ?」


目をつむりながらしゃべるが、友達の返事はない。

きっと驚きのあまり言葉を失っているのだろう。


目を開けると、友達と彼女が待っていた。


「驚いた。本当にうそじゃないんだな……」


「私、こんな体でも大地くんに好きになってもらえるよう頑張るから!」


「でもよ、オレは大地がうらやましいなあ」


「うらやましい? なんで?」


「だって、いつでも一緒に居たいときに一緒にいられるんだろ?」


「……まあそうかもしれないけど」


「オレなんか、彼女と会いたいときにだって

 向こうの都合で断られたりするんだからうらやましいよ」


うらやましがる友達の言葉で、いかに自分が都合のいい環境に置かれているかを知った。


旅行なんかいくときも一人分の代金で旅行先へ行き、

到着したところで彼女を認識により生成すればオトクだ。


一緒に家で映画見たいときにも彼女を認識する。

逆にひとりになりたいきとは彼女を認識しなければいい。


彼女のおとなしさもあいまって、俺は何度も自分の彼女を都合いいときに作り上げていた。



けれど、そんな日々が長く続くほど、徐々に罪悪感を覚え始めていた……。


ある日、思い切って彼女に聞いてみることにした。


「なあ、この際はっきり聞くんだけど……。

 こうして俺の都合で毎回存在させられて、嫌じゃないの?」


「どうして? 嫌じゃないよ」


「本当は都合いい女と扱われていることに傷ついてないのか?」


「そんなことないよ。私は大地くんに認識されてないと、存在しないんだもん。

 こうして大地くんが求めるときに存在させてもらって嬉しいよ」


「だから! それがウソっぽいんだって!

 本当は俺に不満があるんだろう!? そうじゃなきゃーー」


そうじゃなきゃ、こんなにいい子を自分の好き勝手に使っている自分が許せなくなる。

そう続けるはずが言葉が出なくなった。


彼女はいつもの変わらぬ笑顔と優しい表情で答えた。


「ううん。私はなんの不満もないよ。大地くんのこと好きだもん」


「……」


その顔を見て俺はもう罪悪感に耐えられなくなってしまった。



彼女を認識することをやめて、彼女の存在を消した。


友達にも一切彼女について話すなと釘を刺し、

もう二度と彼女が現れないようにした。


それでも、ふとした言葉のはしばしで彼女のことを

他人の口から漏れ聞いて彼女を認識してしまうのが怖い。


認識して彼女を生成してしまえば、

どうして自分をしばらく自分を認識してくれなかったの、と詰められるのが怖い。


そんな身勝手なジレンマで、部屋にひきこもることが多くなった。


いつしか、友達すらも連絡を取り合わなくなったころ。


「……たまには外にでもでかけてみるか」


気まぐれに外へ出かけたときだった。

目に映る地平線のかなたのほうで、何かが生成されている。


目をこらしてみると、そこには道路が見えた。


「気のせいか……。一瞬なにもないように見えたけど……」


その場所まで歩いてみるが、目で見えた通りの住宅街と道路が待っていた。

やはり自分の気のせいだと振り返った。


「……ん?」


ふたたび振り返った果てでは一瞬だけ何もない空間が見えた。

それを認識したときには住宅街や自分の家が見えている。


目をつむって、すぐに開く。


一瞬だけ何もない空間が広がり、次の瞬間には元通り。


何度も繰り返せば、同じことが何度も起きる。


いつか彼女の言っていた言葉が頭に思い出された。



"大地くんに認識されているときにだけ

存在しているって言っても……嫌いにならない?"



「そんなはずない……。あれは彼女だけの話だろ……?」


焦って友達に電話をかける。


『もしもし? 電話なんて久しぶりじゃないかどうしたんだ?』


「今、お前は存在してるよな!?」


『はあ? じゃなきゃ電話に出れないだろ』


「俺が"電話に出てくれる友達"を意識したから、

 お前が存在しているわけじゃないよな!?」


『何いってんだよ。さっきからおかしいぞ?』


この電話口の友達は本当に存在しているのだろうか。

俺が電話を切って認識をやめたら消えてしまうんじゃないか。


それを確かめる方法はない。


「そうか……。彼女はこのことに気づいたのか……」


自分は誰かに認識されているときにだけ存在する。

そのことに気づいたから、彼女は俺に対して必死だったんだ。


都合よく呼び出されても自分が存在できるだけまだ良いと思って。


でももう彼女の顔も声も思い出せない。

存在を作ることはもうできない。


この世界には自分以外の人がたくさんいると思っていたのに、

それはすべて自分が認識しただけのもので、

実際には自分の見えている範囲でしか世界は存在しない。


そう思ったとき、とたんに孤独感が襲ってきた。


「俺は……ひとりだったんだ。ずっと……」


認識されている場所しか存在しない限定的な世界にいると知った。




「ーーそれじゃ俺はいったい誰から認識されているんだ?」




今この世界では認識されたものだけが存在している。


俺が認識したから彼女が存在するし、

俺が意識しているから友達も町も存在していた。


でも、そんな自分も誰かが認識していなくちゃ存在できない。


俺はこの世界の神でもなんでもない。

だれかが自分を認識していなくっちゃ俺だって存在しない。


俺はいったい誰から認識されて、今ここに立っているんだ……?



ふと顔をあげると、こちらを見ている目と目があった。



「お前がずっと俺を認識していたんだな」



目は答えない。

ただ次の自分の行動を期待するように見るばかり。


「存在させてくれてありがとう……。

 また気が向いたときには、ここへ戻って俺を存在させてくれ」


目は何も答えなかった。




そして、その目は「応援コメント」の方へ流れた。


俺は認識されなり、まもなく存在が消えた。

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