第11話 忍者

 翌日、学校へ向かう途中。

 背中に視線を感じ取り、振り向く。

 そこにはなんの変哲もない電信柱が一つ。

 きのせいか……?

 シュビ、すたたた……。

 でもなんか気配を感じるんだよな。

「どうしました? タケルくん」

 よりを戻した(?)龍王子と一緒に歩いているのだけど。

「なんだか視線を感じるんだよ。なんだか殺気のようなものが伝わってくる」

「アサシンですか!? それとも忍者!?」

「わからん、だがただ者ではないようだ」

 確信めいた発言をしていると、いつの間にか校門をくぐっていた。

 まあ、ぶっちゃけ俺の勘違いだろうけど。

 上履きに履き替えて、教室に向かう。

「今日も一緒に登校か」

「ラブラブだな。この幸せ者め!」

 大河と綾崎が俺をいじりだす。

 それまでは同じだ。

「そういえば、美鈴みすずちゃんが奇行にはしっているって聞いたぞ?」

「マジで? 確か赤井の幼馴染みだろ? 何があった?」

「知らないよ。で、大河はいつから下の名前で呼んでいるんだ?」

「あー。そう言えばフラれたんだっけ?」

 綾崎が説明するように、俺は美鈴にフラれた。

 今でもそれは傷跡として深く刻まれている。

「くぅうう……」

「お、おい。大丈夫か? 赤井」

「つらたん……」

「若者みたいなことを言うな」

「いや僕たち若者だよ?」

 冷静にツッコむ綾崎だ。

「でも、そんな傷心を慰めてくれたのがあのアイドルの龍王子ちゃんだからな。羨ましいぜ」

 大河はケラケラと笑うが、俺としてはあんまり嬉しくない。

 だって偽の恋人だぞ?

 目の前に高級肉があるのに、食べるなと言われているようなものだ。

 この関係が崩れれば、スクールカーストにいる龍王子の思い通りだからな。

 底辺の俺が何を言っても無駄なのだ。

「で。問題の美鈴ちゃんが見えるけど?」

「え?」

 俺は大河の言葉を信じ、教室の入り口を見やる。

 ……が、そこに美鈴の姿はない。

「大河……。嘘は良くないだろ」

「いや、さっきまでいたんだって。まるでアサシンや忍者のようにくもがれしたんだ!」

 俺が大河を問い詰めていると、背中に何かあたる。

 紙飛行機?

 振り向いて見ると、そこには一枚の紙飛行機が落ちていた。

 こういった場合、たいてい中に何か書いてあるものだ。

「は、果たし状……!?」

 送り先の名前はないが『放課後、裏庭に来い』と書かれてある。

「おい。それって……」

「いいじゃないかな。行ってあげなよ。赤井」

 大河が何か言いかけたのを遮る綾崎。

「まあ、行くけどさぁ~……」

 不満のある俺はぶつくさと文句を言う。

 だって果たし状なんて物騒だろ? それに名前すら書かないなんて不躾にもほどがある。

 昼休みに入り、俺のもとに学園アイドルである龍王子がやってきた。

「い、一緒にお昼にしませんか?」

「うん。まあ、毎日話しかけなくても、そのつもりだけど」

 こうして俺と龍王子は一緒に昼飯を食べるのが当たり前になっていた。

「そう言えば、この学校に忍者がいるそうです」

 龍王子の発言に目をパチパチと瞬く俺。

「あ。その話、本当だったんだ……」

 ジューッとレモンティーをすする俺。

「相変わらずレモンティーが好きですね」

 クスッと笑う龍王子。

 はて。どこかでレモンティーを飲んでいるところ見られたのだろうか?

 そのくらい俺を見つめているのか。

 怖いような、嬉しいような。複雑な気分だ。

 これがあまーいバカップルなら、喜ぶんだろうけど。

「で。その忍者がどうしたんだ?」

「はい。なんでも隠し撮りをしているとか」

「ただのストーカーじゃねーか!!」

「大声を出さないでください。昨日あまり眠れなかったのです」

 そう言えば昨日は佐里が龍王子の部屋に泊まったんだっけ。

「彼女、テクがすごくて、寝かせてくれなかったのです……」

「え……」

「それはもう激しくて……」

「なんの話だ!?」

「え。ゲームの話ですよね?」

 分かっていた。分かっていたけど。

「言い方があるだろぉっ!!」

「すみません。わたし、清楚なので分かりかねます」

「清楚な子は自分で清楚なんて言わないんだよっ!」

 俺は勢いよく声を張り上げる。

「たく。なんてことを言い出すだ。お前は」

「もう。そんなに怒らないでください」

「どの口が言うんだ」

 そんな会話をしながらお昼を終える。

 放課後の期限まで迫ってきた。

 そう思うとなんだか緊張してしまう。

「せんせいトイレ!」

「先生はトイレじゃありません」

「いや宣誓しただけです」

「早くいってこい」

 先生に言われて俺は一人、トイレに向かう。

 これもあれもすべて果たし状が悪い。

 トイレから戻ると、色恋さんがこちらを見て、ニタニタしている。

 なんだよ。

 まるで俺に何か言いたげじゃないか。

「ん?」

「どうした? 赤井」

 俺の疑問符に先生が訊ねてくる。

「あ。いや、外に忍者がいたような……」

「そんなことよりも、ここテストにだすぞ」

「はい!」

「返事だけはいいんだから」

 困ったものを見つめるように言う先生。

 実際そうなのかもしれない。

 しかし目立ってしまった。

 周りからの視線を集めると、少し胃がきゅうってなる。

 つらたん。

 五限目の休み時間。

「ねぇ。赤井君、なんだか様子がおかしいね」

 そう話しかけてきたのは同じクラスの色恋いろこいさんだ。

 優しそうな笑みを浮かべて、健康的な褐色の肌をさらすバスケ部のエースだ。

「まあ、ね。色々とあって」

「ふーん。色々ねぇ。あたしと一緒に夕食を食べたこと、忘れているのかな?」

「いや、覚えているけど?」

「なら、また一緒に行こうよ。おごってあげるっ」

 どこか嬉しそうにはにかむ色恋さん。

「あー。なら家計が苦しいときに頼もうかな?」

「ふーん。火刑にあえばいいのに」

「え。どういうこと!?」

 なんで急に機嫌が悪くなったんだ。

 分からない。

 確かに女心と秋の空とはよく言ったものだ。

 女の子の心を知ろうというのが無理なのかもしれない。

「しかし、そろそろだな。赤井」

 前の席の大河が意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見やる。

「うっせーよ」

「何かあったのかな?」

「あー。果たし状がきたんだよ」

「ふーん」

 色恋さんはジト目でこちらを見やる。

「でも相手の名前も書いていないし、不自然だよな?」

「さーね。その女の子、だいぶ照れているのね。それか隠すほどの事情があるか」

「どう、いう意味だ? 男かもだろ?」

 ハテナマークを二つも三つも浮かべている俺に興味を失ったのか、それとも別の理由からか、色恋さんは自分の席に戻っていく。

 若干、冷たくなったような気がするけど、どうしてだろう?

「てめー。なんで、そんなにモテるんだよ!」

 大河がつかみかかってきた。

「お、おい。落ち着け!!」

「うざいんだよ!」

「俺はあの美鈴にフラれたんだぞ!?」

「はっ。知るかよ!」

「落ちつきなって。大河の気持ちも分かるが、こいつは天然だ。何を言っても分からん」

 綾崎がサポートしてくれる。

「とびっきりの馬鹿だからな」

 サポート……、してくれている、んだよな?

「ちっ。綾崎の言う通りだな。こいつに文句言ってもしょうがねー。ああ、一発やりて――」

「歩く18禁だな」

「僕もそう思う」

 嫌なところで意見が一致したものだ。


 そんなもめ事があり、放課後に裏庭へ向かう。

 夕闇に染まっていく中、裏庭には陰りが差していた。

 穏やかな日々の中でもっとも心がざわつく時間帯。

 落ち着きなく、俺はうろうろとしていた。

 スマホで時間を潰そうと思うが、それもままならない。

 困ったように時間を潰すと、そこに見覚えのある女の子が現れる。

「……お前!?」

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