第4話 掃除と ピ、ザ!

 ピンポーンとチャイムの音が鳴る。

 眠たい眼を擦り、部屋着でドアを開ける。

「タケルくん! え、きゃっ!」

 俺の姿を見た龍王子さんは目を背ける。

 部屋着として着ていた衣服の破れた穴から地肌が見える。

 それを見て顔を背ける辺り、男なれしていないようだ。

「あ。わりぃ……」

 俺は慌てて床に落ちていた上着を羽織る。

「あ、あの……部屋が……」

 言いづらそうに俺の顔色をうかがっている。

「まあ、見ての通り汚部屋だよね」

 苦笑する俺。

 確かに俺の部屋は汚い。

 だが健康に支障が出ているわけでもない。

「そんなにしていたら、あのGがやってきますよ?」

「ここ東北だからな。寒くて越冬できないんだよ」

「そ れ で も ! この状況を看過出来ません!」

 火のついた瞳をしている。その碧眼がゆらりと揺れる。

 ふらりと自分の部屋へ戻っていく龍王子さん。

 再び戻ってきた頃には掃除用具を持っていた。

「徹底的に掃除、します!」

「え、ええ。まあ、それはありがたいんだけど……」

「なんですか? いやらしい本でもあるんですか?」

「それはパソ……いや、なんでもない」

「もちろん、無許可で捨てたりしません。ですから分別はタケルくんがやってくださいね」

「は、はい!」

 有無を言わせない態度と圧力で俺はビシッと背筋を伸ばす。

 俺は怖ず怖ずと龍王子さんのやることを見ながら、どれが捨てていいのか、どれが使うのかを分別していく。

「いやー。龍王子さん、手慣れているね」

「まあ、家事は得意なので……」

「女子力、高いなー」

「その言葉、死後ですよ」

「なんか殺傷能力高くない?」

 なんだか俺の人生を否定された気がする。

「冗談です」

「顔がマジだったけどね」

「なんですか。うっとうしい」

「ひ、ひどい……」

「まったく。ここまで汚さないで欲しいです」

「それは……申し訳ない」

 俺はただただ平伏するしかなかった。

 しばらく立って、何度目かの洗濯機を動かしていた最中、クッションの上に座る龍王子さん。

 どうしていいか分からず、とりあえず飲み物をだそうと考えが行き着く。

「な、なにを飲む?」

「何があるんですか?」

「お茶と、ミネラルウォーター、それに水道水」

「どういう取り合わせなのですか……」

 呆れて盛大にため息を吐く龍王子さん。

「よく友達とかを呼ばなかったですね」

「あー。すまん。ちなみにプロテインもあるぞ?」

「なんですか。わたしをマッスルボディにするつもりですか? そんなのわたしが認める訳ないじゃないですか。来世で言ってください」

「分かった。すまん。お茶でいいか?」

「はい。たぶんペットボトルですよね?」

「勘がいいね。さすが頭脳明晰」

「誰がそんなことを言っているのですか?」

 にんまりと笑みを浮かべているけど、その後ろにナマハゲが見えた気がする。

 うん。触れないでおこう。

「いや、学校の噂だよ。噂。聞こえてきたんだ」

「そうですか。今度聞いたら顔を覚えていてください。殴ります」

 学園のアイドル、と言う割にはけっこう物騒な子だな。

 これが素なのかもしれないけど。

「あー。でも龍王子さんがやると喜ぶかも」

 我々の業界ではご褒美です、とか言いそう。

 そんなドMを龍王子さんと引き会わせる訳にはいかない。

「まあ俺から叱っておくよ」

「ん。ありがとうございます」

 お茶を飲みながら一息吐くと、龍王子の方から切り出した。

「お掃除、明日もやります。それまでゲームはお預けです」

 いやゲームしたいのは龍王子さんだろ?

 とは言えなかった。

 それだけの無言の圧力を感じた。

 少し冷や汗が吹き出した。

 あかん。

 龍王子さんは怒らせたらあかんタイプや。

 思わずイントネーションがおかしくなるくらいには心臓がびくついている。

「さ。続きをしましょう?」

「……分かった」

 俺は応じると、すぐにゴミ袋を持って龍王子さんの傍に寄り添う。

「……なんだか、ナイトを従える姫、みたいです」

「やりましょう姫様」

「調子に乗らないでください」

「わりぃ。俺なんかが」

「あー。もう卑屈にもならないでください」

 面倒な人だな、とでも言いたげな顔。

 まあ実際面倒な奴かもしれないので黙っておく。

「まずは上から」

 そう言って長い柄のついたモップでカーテンレールや本棚の上などを掃除し始める。もちろん、窓は全開だ。

 よどんだ空気が晴れ晴れとしてくる。

 舞い上がった埃が陽光に照らされてキラキラと光る。そしてそれらが風に乗って空高く舞い散る。

「なんだか、自然界の神秘を感じたよ」

「掃除のどこにそんな要素があるのですか? しゃべっていないで、手伝ってください」

「あいよ」

 と正面に顔を向けると、椅子の上に乗り、モップを必死で動かす龍王子さん。

 別に椅子ががたつくとかはないけど、スカートでその角度だと、俺にもろ見えているんだよな。水色のストライプが。

「タケルくんの方が背が高いんだから、手伝ってくださいよ」

「ああ。わりぃ」

 俺はモップを受け取り、高いところの掃除を済ませる。

「まあ、今日はこんなところですね」

「あー。悪いな。こんなに手伝わせて」

「そういう自覚があるのなら、汚さないことですね」

「あいよ。男に二言はないよ」

「ふふーん。じゃあ、次汚くなったらなんでも言うこと聞いてもらいますね!」

「なんだよ。それ」

 まるで俺ができない子みたいじゃないか。

「その前に、今日のお礼だ。お昼はピザでも頼もう」

「ピザ……」

「どうした? 嫌いか?」

「そ、その好きか嫌いかで言われると、分からないです。はい」

 かしこまった言い方に少し怪訝な感じを受け取る。

 しかし分からないというのはどういうことだろう?

「実は一度も食べたことないのです」

「あー。じゃあ、試しに食べてみるか? 店屋物なら蕎麦とかもあるが……」

「はい。食べてみたいです」

 翠色の目がうるっとしたように見えた。

 電話で注文して、届いた頃にはピザを開封していた。

「おお――っ。これがピ、ザぁ!」

 なんだか、発音が怪しい龍王子さんを置いておく。

 飲み物はお茶があるし。

「さて。龍王子さんのお陰で部屋が綺麗になりました。ありがとうございます」

「いえいえ」

 そう言ってピザを手にする二人。

 俺が齧り付くのを見て、見よう見まねで齧り付く龍王子さん。

 チーズが次々と落ちていき、皿の上に具材全部が落ちていく。

「意外と食べづらいですね」

「耳から囓ったしな。それに持ち方も良くない」

 俺はピザの持ち方を指南すると、龍王子さんはうまく食べられるようになった。

「師匠。美味しいです!」

「そうだろう。そうだろう」

 いや待て。いつの間に師匠になったんだ?

 しかもピザの師匠って字面がヤバいだろ。

「あー。師匠とかは気にするな」

「アイアイサー!」

 どこで覚えてきたのか、そんな言葉を使う龍王子さん。

「龍王子一等兵、フライドポテトもどうぞ」

「ありがとうございます」

 彼女は恐る恐るフライドポテトを口に頬張る。

 これまた美味しかったのか、顔をだらけさせる。

「うん。美味しい……」

 甘い吐息と一緒に喜びが零れていた。

 そんな龍王子さんも可愛いなー。

 頬にチーズついているし。

 俺はそっと頬のチーズを手でとると、パクッと食べる。

「へ?」

 龍王子さんはなにをされたのか、わからない様子。

 しかし次第に気がついてきたのか、

「へえぇぇぇっぇぇぇぇっっぇぇ!」

 大声を上げて、顔をまっ赤にする。

「恋人なら、これくらい当然だろ?」

「偽、の、です!!」

 顔を朱色に染め上げる龍王子さん。

 やっぱり可愛い。

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