外伝・ザムシードの息吹 後編

-燕真・高3夏-


 燕真は、高校以降もバスケットボールを続けていた。布津迂(ふつう)高校のバスケ部は、平本(へいぼん)中学校のバスケ部ほど強豪揃いではなかったが、燕真の最終的な地位はチームの7番手。点差が開いて勝ちが決まった試合か、スタメンが不調の時しか出番が回ってこない。ベンチの応援要員で燕真は引退試合を終えた。


「終わっちゃったな・・・。」


 負け試合を終え、仲間達は泣いている。燕真も泣いていた。辛いことも沢山あった。仲間と後輩にスタメンを取られ、自分は1回もスタメンを取れなくて悔しかった。だが、総じて、中1から6年を捧げたバスケは楽しかった。もっと続けたかった。改めて、バスケが好きなことを思い知る。だけど、バスケの推薦入学ではなく、一般入試で進学をしなければならない燕真は、いつまでもバスケに未練を残すことは出来ない。




-狗塚雅仁・20歳-


 名門狗塚家の跡取り・雅仁が、砂影と喜田CEOに見送られて、退治屋本部から旅立つ日が来た。


「最後にもう一度聞くが、学んだ仲間達と共に退治屋として生きていく気ちゃ?」

「ありません。砂影さんや皆さんには感謝をしています。

 しかし俺には狗塚の責務があります。

 鬼は、俺が殲滅しなければならないのです。」


 雅仁は、幼少期に、父を除く家族の全てを鬼に皆殺しにされ、父・宗仁は、酒呑童子に致命傷を与えた代償で戦死をした。鬼の殲滅は狗塚家代々の悲願であり、同時に、鬼への復讐が雅仁の行動理念になっていた。


「・・・責務け。厄介な呪いやちゃ。」

「何か困ったことがあれば、いつでも我々を頼りたまえ。」

「ありがとうございます。」


 深々と礼をして、荷物片手に立ち去っていく雅仁。

 身寄りを亡くした彼は、退治屋本部に引き取られ、高校卒業後に退治屋候補生と共に陰陽を学び、砂影滋子の弟子を経て独り立ちをする。

 陰陽就学から妖幻システムを得て独立をするまで1年半。この成長スピードは、約20年前に‘数百年に1人の逸材’と評価された退治屋の反逆者を越える。

 狗塚雅仁と、かつて文架支部に在籍をした源川有紀は‘数百年に1人の逸材’と同等以上の才能を持つが、雅仁は退治屋ではなく、有紀は正規ルートの教育を受けていない為、退治屋の有史に、その優秀さはカウントされない。




-燕真・高3秋-


 布津迂高校は、例年、2割が国公立4年制大学、3割が私立4年制大学、3割が短大、残りは専門学校に進学をする。希に、トップクラスの4年制大学に進学する者もいる。燕真は、志望先を国公立4年制大学に決めて、受験勉強に励んでいた。


 そんなある日、クラス内で、事件が勃発する。体育の授業が終わって教室に戻ってきたら、クラス1のガリ勉・刈部勉(かりべ つとむ)の教科書が落書きだらけになっていた。刈部曰わく、朝の時点では無かった落書き。

 クラスの皆は、体育の授業中に「トイレに行く」と言ってしばらく戻って来なかったグループを疑う。彼等は、派手な存在感だけでクラス内の一軍を気取った連中だ。4年制進学を豪語していたが、努力から逃げた為に実力が伴わず、担任に進路変更を提案されたのが不満で、4年制を狙える者に嫌がらせをしたのだろう。だが、奴等は威嚇と暴力を武器にするので、誰も何も言えない。


「と、隣のクラスの友達が、体育の授業中に、

 笑いながらクラスから出てきた君達を見たらしいけど・・・」

「はぁ!?オマエ、俺達を疑ってんの!?」

「い、いや・・・そうじゃなくて・・・犯人を見てないかと思って。」

「見てねーよ!オマエ、普段から暗いし、嫌われてんじゃねーの!?」


 刈部の問い掛けに対して、彼等は威嚇をして返した。クラスメイトが謂われの無い嫌がらせを受け、皆は心配しているのに、彼等は同情の一つもせずに笑っている。


「睨んでんじゃねーよ!気持ち悪いっ!」


 突き飛ばされて後退する刈部。近くに居た燕真が、後ろから支えてやる。


「先生に頼んで、新しい教科書を取り寄せてもらいなよ。」

「・・・で、でも。」


 刈部は、自分が嫌がらせをされたことを、担任に知られるのを拒む。だけど、それが「自分の心に嘘を付くこと」であり、「未来になって後悔すること」を燕真は知っている。


「そんな落書きだらけじゃ、開く度に悲しくなって、勉強に集中できないでしょ?

 だからさ、新しい教科書に替えてもらいな。」

「・・・う、うん。」


 燕真が割って入った理由は、「刈部が可哀想」という感情もあったが、それ以上に、傍観する自分が許せなかったから。

 燕真が刈部を連れて、教務室に向かおうとする。嫌がらせに対して、横槍が入って、刈部が大したダメージを追わなかったこと、そして、嫌がらせの事実を早々に担任に知られてしまうことを、クラス内の一軍を気取った連中は不満に感じる。


「おい、佐波木!オマエ、ソイツと友達じゃねーだろ!?

 そんなネクラの肩を持つんじゃねーよ!」


 一軍気取りの1人が、燕真の肩を掴んで止める。「犯人はオマエ等だろ」と感じながらも証拠が無くて何も言えずに、内心で腹を立てていた燕真は、突発的に腕を振り回して、掴まれた手を振り解いた。偶発的に、燕真の拳が、一軍気取りの顔面にぶつかって、弾き飛ばしてしまう。


「テメェ!何のつもりだ!?」

「喧嘩売ってんのか!?」


 燕真は「マズった」と青ざめ、一連の行動に腹を立てていた連中が燕真を囲む。机を蹴飛ばして威嚇をする者も居る。


「ご、ごめん。」


 咄嗟に謝った。暴力は嫌いなので、喧嘩履歴はは数えるほどしか無いが、相手の戦意を喪失させる術くらいは知っている。体力と筋力はそれなりにあるので、フルボッコにされる前に1~2人くらいなら伸せる自信はある。

 だけど、威嚇と暴力でしか存在感を発揮できない連中の面子を潰して、卒業までの残り半年を、目の敵にされて過ごしたくはなかった。暴力沙汰で目立ちたくはない。連中のことがムカ付いて仕方がなかったが、頭を下げるのが、今の最善と考えた。


「殴っといて、それで終わりかよ?」

「ごめん、殴るつもりは無かった。」

「偶然のフリをしてわざとだろ!?」

「・・・だったら、どうすれば?」

「土下座でもしてもらおうか?」


 燕真が、威嚇に屈しそうになったその時・・・。


  『ガンバレ60番』


 3年前に出会ったツインテール少女の声が、脳内に響く。いつもそうだ。燕真が、自分に嘘を付いて妥協をしようとすると、あの時の声を思い出す。


「手がぶつかったのは偶然だけど、頭に来てるのは事実だよ。

 クラスのヤツが、嫌がらせをされたのに、なんで、君達は笑ってられるんだよ?」


 睨み付ける燕真。その言葉は、「犯人はコイツ等」と想像しながら、怖くて言えなかった皆が言いたかったこと。一軍気取りの連中は喧嘩腰になるが、今度は、燕真の行動に勇気付けられたクラスの仲間達が黙っていなかった。不満が一斉に吹き上がる。


「もう、そのくらいにしなよ。」

「ばーちゃん(燕真のあだ名)、ちゃんと謝ったじゃん。」

「どう見ても、ワザとじゃなくて、偶然手が当たっただけだったよ。」

「君達は、刈部くんが可哀想だと思わないの?」


 スクールカーストに興味を持たないクラスメイトが大半の中で、連中は一軍のフリをしているだけ。やるべき義務を放棄しているので実績も無く、威嚇と暴力と頭数でしか自己主張を出来ない。

 頭脳、スポーツ、リーダーシップなどを発揮できる真の一軍が声を上げると、クラスの足並みは揃う。そして、凡人なりに努力を続ける燕真は、真の一軍からは、キチンと評価をされている。

 ちなみに、高校での燕真のあだ名は、「佐波木君」→「さばちゃん」→「ばばちゃん」→「ばーちゃん」と変化して、苗字の原形が、ほぼ無くなった。


「・・・チィ」 「ムカ付く」


 自称一軍は、クラス中が敵に回った状況では、何も出来なかった。


「行こう、刈部。」

「うん。」


 燕真は、刈部を連れて教務室へと向かう。


「ばーちゃん(燕真のあだ名)、凄いね。」


 教務室に向かう道中で、刈部が燕真に話しかけた。


「ん?急になに?」

「僕を助けて、連中相手に一歩も引かなかったじゃん。」

「ああ・・・それね。

 俺さ、あとで‘○○しとけば良かった’って後悔すんのがイヤなんだよね。

 後悔を忘れる為に、自分に適当な嘘を付いて誤魔化すのもイヤ。

 あの状況で見過ごしたら、嫌いな自分になっちゃいそうでさ。」

「やっぱり、凄いよ。」

「あっ・・・でも、一歩も引かなかったわけじゃないよ。

 実は、スゲー怖くて、退きそうになったけど、クラスのみんなが助けてくれた。」

「ありがとう、ばーちゃん。」


 褒められた燕真は、恥ずかしそうに照れ笑う。


「アイツ等に逆らったら一生いびられるなら、御機嫌取りくらいするけどさ。

 どうせ、高校を卒業するまでの付き合いだろ?」

「・・・うん。」

「あんな、威張ってるだけの奴等が、勝組の権力者になるとも思えない。

 恨まれたくはないけど、機嫌を取る必要も無いだろ。

 あっ!今の悪口、アイツ等には内緒な。」

「うん、言わない。」


 担任に説明をして、後日、刈部の教科書は新品に取り換えてもらった。「イジメ」については、職員会議の議題に上がったが、学校の「事勿れ主義」と、「証拠が無い」と言う理由で有耶無耶のまま。ただし、担任が刈部の様子を注視するようになったので、自称一軍は手を出しにくくなる。

 燕真は、自称一軍から眼を付けられてしまったが、真の一軍から評価をされている燕真は、真の一軍が傍に居ることで守られた。

 この一件以降、刈部は、燕真に一目置いて懐き、頻繁に寄ってくるようになる。燕真的には、今までと種類の違う友達なので少し戸惑ったが、拒否をする理由は無いので受け入れた。


「ふむ・・・相変わらず遠回りばかりしているのう。」

「だが、それがヤツの持ち味だ。大王様は気に入ってくださった。」

「さて・・・最終試験だな。」


 校舎から離れたビルの屋上で、司録と司命が、燕真を眺めている。




-放課後-


「・・・おいおい。」


 自転車で帰宅途中の燕真は、横断歩道の向こう側で、大荷物を背負って両手も荷物で塞がった腰の曲がったジジイ2人が、信号待ちをしているのを発見した。


「2人同時かよ?さすがに背負えんぞ。」


燕真は、「帰路を変えようか?」と思ったが、ジジイ共が、こちらに手を振っているので、観念して横断歩道を渡り、自転車を駐車しながら話しかける。


「久しぶりだな、ジイさん達。最近見なかったから、引っ越したと思ってたぞ。

 おばさん(孫娘)と悪ガキ(曾孫)共は元気か?」

「買い物をしすぎて運べなくなって、困っていたんじゃ。」

「運べなくなるほど1度に買うな!少しは学習をして、大荷物は孫娘に頼めよ。」

「家まで送る届けてくれるのか?いつも、すまないな。」

「誰も、運んでやるなんて言ってねー!」


 さすがに2人分の荷物を抱えて、ジジイ2人を背負って歩くのは不可能なので、ジジイには歩いてもらい、大荷物だけを預かった燕真が、ヨタヨタと歩く。ジジイに歩調を合わせながら、町を一つ越え、千段の階段に到着。荷物の重さで引っ繰り返りそうに成りながら、足を踏ん張らせて、ようやく上まで登った。


「鍵を開けてくれ。荷物は居間に運べば良いのか?」


 玄関戸に手を掛けるが、鍵が閉まっていたので、振り返って解錠の催促をする燕真。しかし、ジジイ2人は居なかった。


「おいおい、階段の途中で行き倒れてねーだろうな?」


 心配になった燕真は、荷物を玄関前に置いて千段を駆け降りる。すると、ジジイ共は最下段で腰を降ろして待っていた。


「心配したぞ!何でそんなところに居るんだよ!?」

「オマエに上まで背負ってもらう為に待っていた。」

「少しくらい自力で登る努力をしろよ!」

「荷物はどうした?」

「家の前に置いてきた!」

「愚か者!家の前に放置したら、盗人に持って行かれてしまう!」

「千段を登って荷物を盗みに来る奴なんていねーよ!」

「ならん!急げっ!」


 あまりにも荷物の心配ばかりするので、ジジイ1号を背負って千段を駆け上がる。玄関の鍵を開けてもらい、ジジイ1号と荷物を押し込み、「自力で登る努力」を全くしてくれそうにないジジイ2号を迎えに、最下段へ。案の定、一歩も動くこと無く、最下段で腰を降ろして待っていたので、背負って、フラフラになりながら、三度目の千段を登る。


「・・・若造。儂等はオマエのことが気に入った。」


 背負われながら、ジジイが話しかけてくる。


「・・・はぁ?急になんだよ?」

「高校卒業後の就職先は決まっているのか?」

「何の話?」

「文架市にあるYOUKAIミュージアムを訪ねろ。

 オマエの天職は、其所に用意してある。」

「いや・・・あの・・・

 コネを使って就職の面倒を見てくれるのは嬉しいんだけどさ・・・。

 俺、4年制大学を志望しているんだよな。」

「・・・なに?どういう事だ?」

「どういう事もなにも、進学するから、

 まだ就職は考えていないってことなんだけど・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なんかゴメン。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 半年後、燕真は、県外の浪埜(なみの)大学に合格をする。司録と司命の予定は、ちょっと狂っちゃった。閻魔大王は粉木に「数ヶ月のうちに、『閻』メダルの適正使用者が、オマエの前に現れる」と言ったが、季節が2つ通り過ぎて春になっても、粉木の前には、そんなヤツは現れなかった。



 ただし、この時点では、退治屋側の準備も整っていなかった。

 東東京支部の妖怪退治課では、2課長、兼、開発アドバイザーの砂影が、電話越しに、粉木と喧嘩腰なヤリトリをしている。


「勘平!このメダルちゃ、いったい何なの!?」

〈前にも言うたやろう。閻魔大王が置いていったメダルや。〉

「そんなことを聞いとるんでないが!

 YフォンやYケータイで起動させられんメダルなんて、

 どうやって使えって言うがよ!」

〈新型システムはどうなんや?〉

「まだ開発中のシステムで使えるかどうかなんて、解らんわちゃ!」

〈やったら、使えるように開発せい。〉

「ダラなことを言わんといて!

 適正使用者がおるかどうかも解らんメダルの為に、

 新システムの調整なんて出来るわけが無いでしょうに!」

〈そこを何とか頼む。ワシとオマンの仲やろうに。〉

「私にだって、出来ることと出来んことがあるがよ!」


 『閻』メダルは、旧型システム(Yケータイ)や現行システム(Yフォン)に装填をしても、いきなりリミッターが掛かって機能しないのだ。要は、メダルに封印された妖怪が強すぎる。

 新システムは、「封印妖怪の出力を上げたうえで、システムによって変身者の負担を軽減する」という設計思想で開発をしているのだが、まだ完成もしていないシステムで『閻』メダルが機能するかどうかなんて、解るわけが無い。


「なーんもう!厄介ごとばっかり持ち込んで!」


 砂影は、受話器をブン投げたい気持ちを抑えて、電話機に叩き付ける。粉木は、20年前に左遷をされた立場だが、本来の有能さ、銀メダル事件を鎮圧した功績、文架市での実績で、一定の評価を取り戻していた。

 しかし、発言力を取り戻した途端に、この調子だ。しかも、本部や東東京支部に呼び戻そうとしても「一生、現場が良い」と拒否をして、文架支部から動こうとしない。

 尤も、電話口では厳しく反発をした砂影だが、システムの向上を求める気持ちと探究心は粉木と同じ。預かった『閻』メダルを機能させる思案に手を抜く気は無い。




-狗塚雅仁・24歳-


 『閻』メダルの些細な悶着から4年が経過。


「退治2課の砂影課長はいらっしゃいますか?

 14時に面会の約束をしている狗塚です。」

「少々お待ちください。」


 砂影に呼ばれた狗塚雅仁が、明治神宮ビルを訪れていた。1階の総合受付で、砂影へのアポを依頼する。数分後、エレベーターが降りてきて、中から待ち人が現れた。


「お久しぶりです。」

「息災かい?」

「はい、それなりに。」


 雅仁は砂影に促されてエレベータに乗り、システム開発フロアがある上階へと上がる。


「ご用件は?」

「直ぐに解っちゃ。」


 エレベーターが止まり、砂影は、開発フロアの事務員から頑丈なアタッシュケースを受け取ってから「打合せ室を借りる」と断りを入れて、雅仁を案内する。


「あんたを呼び出いたのは、このシステムを見てもらう為ちゃ。」


 砂影がカバンを開いて取り出したのは、腕時計型のアイテムだった。


「これは?」

「Yウォッチ。現行システム・Yフォンの発展型ちゃ。」


 退治屋の装備は、ヘイシシステムと妖幻システムの2つに大別される。


 ヘイシシステムは、初期型とⅡ型に分かれ、退治屋創生期に開発をされた妖怪の能力を封じ込めたプロテクター。主力として活躍をしたのは、1970年代後半~1990年代前半。コストパフォーマンスが良い為、現在は、一般隊員用の装備として使用されている。


 封印妖怪をプロテクターとして召喚できる妖幻システムの場合は、初期型とⅡ型に分かれる。

 初期型・Yケータイの主力時期は1990年代後半~2010年代前半。改良型Yケータイでは、『炎』や『雷』などの属性メダルや、妖怪の能力を付加した武器の使用が可能になった。

 銀色メダル事件の失敗、及び、文架支部の実績(妖幻ファイターハーゲン)をフィードバックして、「変身者と封印妖怪の相性」に着目しつつ、変身者の負担を軽減したのが、現行Ⅱ型のYフォン。Yケータイでは高い才能の有る者しか使えなかった武器メダルが標準装備になり、2010年代後半以降の主力を務めている。


 そして、現在、砂影と雅仁の目の前にあるのが、ロールアウトしたばかりのⅢ型・Yウォッチ試作機。多様性を目的として、且つ、Yフォンよりも更に、封印妖怪の戦闘能力開放と変身者の負担軽減に重点を置いている。


「Yフォンではなく、Yウォッチ?・・・改良型ではなく新型ということですか?」

「試作を重ねていくうちに、Yフォンとはなーんの別物になっしもたのちゃ。」

「その新型を俺に?」

「高性能のカスタム機になるさかい、

 信頼のある実績を持つ人に優先的に使うてもらいたいが。

 受け取るかどうか、判断はあんたに任せるわ。

 もちろん、使えるかどうか解らんシステムを、

 いきなりあんたに試させるつもりも無い。

 かぁシリアル2。

 シリアル1は、うちの隊員に試用してもろうて、今のとこは問題無し。

 ただし、長期間の使用で、どんな弊害があるかは、まだ不明。

 もし使うがなら、Yフォンとは互換せんさかい、

 Yメダルの再調整が必要になるわ。」

「今までよりも強くなれるのであれば・・・俺には、他に選択肢はありません。」


 砂影は、雅仁が強さを追求する性分を把握しており、急進的な危険性を感じていたので、本音では、試作機を渡したくなかった。だが、上層部の指示を無視することはできない。喜田CEOは、実戦経験が多く、且つ、部外者の雅仁にYウォッチを試させて、問題が発生しなければ、シリアル3以降を自分の子飼い(息子の派閥)に提供するつもりなのだ。


「あんたなら、そう言うて思うたわ。

 Yメダルの再調整をするさかい、数日間ちゃ足止まっしゃいま。

 その間くらいはやわやわ休まっしゃい。」

「お心遣い、ありがとうございます。」


 試作型Yウォッチの、狗塚家への譲渡が決まった。この数ヶ月後、雅仁(新生・妖幻ファイターガルダ)は、単独で鬼の集いを奇襲して、幹部・熊童子と、その他の複数の鬼を討伐。Yウォッチの優秀さを充分すぎるほど示した。




-燕真・大学4-


 リクルートスーツを着た燕真が、電車から降りて、高層ビルが建ち並び、多くの人々が行き交う華やかな東京の街を眺める。


「俺は、この大都会で夢を掴む!」


 彼は、就職活動の為に上京をしていた。


「・・・と言いたいんだけど。」


 周りには、落第や退学をした者も少なからず居たが、燕真は勉学に励み、無事に単位を取得して、現在は、卒業論文を纏めている。親元を離れて1人暮らしをして、自由な時間を過ごせたので、昼夜を問わず遊んだり、バイトに勤しんだ。「資格を持っていると就職に強い」と聞いて、ネットで簡単に取れる資格を調べて、2つほど取得した。

 何をやっても得意分野が無いが、何をやっても無難に熟せる燕真は、一般的な大学生活を楽しみ、卒業をして社会に羽ばたくまで、あと半年に迫っていた。


「いい加減にヤベーな。そろそろ、何処かに引っ掛からんと・・・。」


 周りの学友達は、理想通りか妥協したかはともかく、企業からの内定を獲得している。都会出る者、地元に戻る者、在学の地域に残る者、様々だ。大学院に進む者も居る。

 燕真は就職をするつもりなのだが、未だに一つも内定を取れていない。最初に面接をした大手企業2社は、ライバルがトップクラスの大学の生徒ばかりで、彼等の立派すぎるスピーチを間近で聞いて「場違い」を肌で感じた。以降は、中小企業に照準を定めて、それなりに手応えを感じることも有ったが、結果は不採用だった。


「就職浪人やフリーターは回避したい・・・。」


 スマホのマップで面接会場を確認したのち、一気合い発して、目的地へと向かう。

 4年前にジジイ兄弟から「文架市にあるYOUKAIミュージアムを訪ねろ。」と言われたことなど、燕真は全く相手にしていない。どうせなら、大学で学んだことを仕事で活かしたい。ネットで調べて、「YOUKAIミュージアムが個人経営の小さな博物館っぽい」ってことは知っているが、全く興味を感じられない。何の思い入れも無い県の、聞いた事も無い会社に就職をする気など無いのだ。




-明治神宮・退治屋ビル-


ピーピーピー

 妖怪出現の警報音が鳴り響き、総務課に備え付けられた巨大モニターに、街中で暴れる妖怪が映し出された。担当者が、妖気履歴と過去のデータベースを照らし合わせて、妖怪の種類を確認する。


〈○○区、××付近にて、中級妖怪・以津真天(いつまでん)発生!

 3課は討伐に向かってください!

 商業地で人的被害拡大の可能性がある為、2課はサポートをお願いします!〉


 出現妖怪が中級クラスの為、担当部署の3課だけでなく、隣接地域担当の2課にも出動の要請が来た。


「行くよ!」

「はいっ!」


 2課長の砂影は、チーフ(妖幻ファイター変身者)と、詰め所で待機中の一般隊員に声を掛けて、移動車輌がある格納庫へと向かう。




-文架市・YOUKAIミュージアム-


 東東京の喧騒とは対照的に、文架支部は暇だった。粉木は、事務室のソファーに座って、数ヶ月前に本部から送られてきたアタッシュケースを開けて、収納されているYウォッチと和船バックルのベルト、『閻』メダルを含めた数枚のメダルを眺める。 4年前に、閻魔大王が粉木に、「数ヶ月のうちに、『閻』メダルの適正使用者が、オマエの前に現れる」と言ったが、未だにそんなヤツは出現していない。


「どうしろちゅ~んや、閻魔はん。」


 Yウォッチは、コストの高い新型カスタムタイプで、数少ない選ばれたエリートしか使っていない。そんな希少価値の高いシステムの一つが、文架支部に支給をされたのだが、使用者が居ない。

 本部では、数人の隊員が『閻』メダルのモニタリングをしたが、データ上で保証をされている強さは、全く発揮できなかった。粉木や、文架支部に配属されている部下(田井弥壱)が試しても、プロテクターが重くのし掛かるだけで、戦闘力は発揮されず、使い熟せなかった。


「宝の持ち腐れ・・・やな。」


 エリート意識が強い喜田CEOの息子に至っては、変身すら出来ずに面子を潰したらしい。砂影は「性格が悪いヤツは閻魔大王に嫌われて変身ができない」と皮肉たっぷりに、粉木に語ってくれた。そんな個人的な都合でシステムが起動しないなんて有り得ないと言いたいが、変身者と封印妖怪の相性は重要視されているので、「ヤツは閻魔大王に嫌われている」は、あながち間違いではないような気もする。




-東京-


 繁華街で、中級妖怪・以津真天(いつまでん)が暴れていた。一定以上の霊感を持つ人々は、本能的に「人間ではどうにも成らない」と逃げ廻る。興味本位で群がって、騒ぎをスマホで撮影する呑気な連中も居たが、次々と子妖に憑かれ妖怪の支配下に落ち、鋭い爪と翼を生やして暴れ始めた。


「・・・ん?なんだ?」


 燕真が就職試験の会場に向かって歩いていたら、先の方が騒然として、逃げ惑う人達がいる。少なからず霊感を持つ者なら、「この先はヤバい」と感じる事が出来るのだが、燕真は何も感じない。騒ぎは気になるが、試験会場を目指して先に進む。


「コスプレ?特撮番組の撮影か?」


 やがて、騒ぎの中心で、顔が人間で蛇のような体をした翼長5mほどの鳥(=以津真天)が暴れているのを目視で確認するが、「この世には人間に理解できない物が存在する」等という発想は全く無い。


「良く出来た作り物だなぁ~。CGとか使わないんだ?」


 目的地までは徒歩で3分程度。指定された時間までは、あと15分くらいある。燕真は、撮影と勘違いして邪魔をしないように道の端を通りつつ、物珍しく眺めながら、通過をしようとした。


「・・・んっ!?」


 高校生くらいの腰を抜かした少女が、子妖にに憑かれた中年男性に襲われそうになっている。霊感ゼロの燕真には、血色の悪い変質者が、少女を襲っているようにしか見えない。


「ホントに撮影・・・か?」


 ようやく違和感を感じて、周囲を見廻す。街中で撮影する場合、一般の人が事件と勘違いをしないように、アナウンスや立入禁止の区画ってされないのだろうか?テレビカメラや撮影スタッフっぽい人も確認できない。

 東京は物騒と聞いていたが、白昼の往来で少女が襲われるほど物騒とは思っていなかった。


「何かヤバくね!?」


 付近のビルの屋上で、妖幻ファイターが配置に付き、退治3課の課長と、2課長の砂影が、現場の様子を眺めていた。繁華街で事件が起きた場合、出来る限り、妖幻ファイターを人目に付かないように制圧作戦を立てる。プロテクターを着ただけのヘイシトルーパーが現場に入って、一般人の避難誘導をして妖怪から遠ざけ、妖幻ファイターは遠距離から攻撃対象を狙う。

 狙撃の準備が出来たので、3課長がヘイシトルーパーに突入の指示を出そうとしたが、砂影が「ちょっと待て」と制止をかけた。


「ありゃなんだい?」


 渦中で、逃げもせず、発せられた子妖に憑かれることもなく、様子を眺めている青年が居た。


「どうしたんですか、砂影さん?」

「度胸があるのか・・・現状把握がなーん出来んほどダラなのか・・・

 ちょっこし、判断に困るヤツを発見ししもてね。

 ヘイシには、避難誘導の指示を出いて。

 ただし、あの青年の一角だけは手を出さんと、ちょっこし様子を見る。」


 砂影は、ビルの屋上から、興味を引いた青年を指で差して指示をする。


「状況を理解した上で度胸があるタイプなら、スカウトしようて思うてね。」


 その青年は、襲われていた女子高生を庇いながら、子妖に憑かれた中年に話しかけている。


「なぁ、オッサン。

 この子と知り合いって感じでもなさそうだけど、女の子に何の用だ?」

「うがががががっ!ソノ娘・・・食ウ。」


燕真は「食う」を性的な意味で解釈する。


「さすがにマズいだろう。」

「退ケ・・・邪魔ダ。」


 中年男性が奇声を発しながら、燕真に向かって拳を振るう!驚いた燕真は、逃げ腰に成りながら腕でガードをするが、スーツの袖が、まるで鋭利なは物で切られたように裂け、腕には掠り傷が付いてしまった!


「マジかよ?」


 更に、怯んだところで蹴りを喰らって尻餅をつき、ズボンが破けてしまう!少女を襲う変質者だとしても、素手の中年くらいなら追い払えると思っていたが、見誤っていた。変質者、メッチャ強い。ちょっとマズそうだ。


「おい、女子高生!念の為に聞くが、これはテレビに撮影か!?」

「違います!」

「了解!逃げるぞ!」


 ようやく異常事態と判断した燕真は、少女の手を握って逃走を開始!指定された時間まで、あと15分弱だが、考えている余裕が無くなり、会場とは反対の方向に走り出した!振り返ると、中年男性が雄叫びを上げながら追い掛けてくる!

 「東京は怖いところ」とは聞いていたが、まさか、こんなに怖いとは思っていなかった。燕真と少女は、路地から建物と建物の間に入って身を隠す。


「怪我は無いか?」

「はいっ!」

「しばらく隠れて様子を見よう。」

「はいっ!」


 その後、ヘイシトルーパーが投入され、広くて人が居ない空き地に誘き出された以津真天は、妖幻ファイター達によって狙撃されたのだが、隠れている燕真が、退治屋による妖怪制圧を見ることはなかった。




-30分後-


 周囲の喧騒が収まった。身を隠しながら様子を見るが、変質中年の姿は無い。まだ疎らだが、往来を行き交う人々が居て、街が日常を取り戻したように感じられる。


「もう、大丈夫・・・かな。」


 燕真は、助けた少女を連れて、一定の警戒をしながら来た道を戻った。


「助けてもらって、ありがとうございました。」

「さすがに、目の前で女の子が襲われてたら、無視は出来ないよ。」


 慌てていて気付かなかったが、改めて見ると、少女は結構可愛い。燕真は内心で「助けて良かった」等と考えてしまう。


「服(スーツ)がボロボロですね。」

「新しいの買わなきゃだ。出費が痛い。」

「・・ごめんなさい。」

「君に破られたわけじゃないんだから、君が気にすることじゃない。

 東京って、あんな騒ぎが日常的なのか?」

「日常的ではありません。私だって、初めて遭遇して驚いちゃいましたよ。

 お兄さんは、東京の人じゃないんですか?」

「うん、就職活動でさ、今日はシノギって会社の面接を受ける為に・・・あっ!」


 言い掛けた燕真は、スマホで現在の時刻を確認して青ざめた。面接先の会社から指定された時刻を、豪快にオーバーしている。


「ゴ、ゴメン!遅刻だっ!もうダメかもだけど、俺、行くよっ!!」


 就職希望者が面接の時間を守らないなんて、査定云々以前にアウトだ。慌てて駆け出した燕真を、少女が呼び止めた。


「お名前だけでも教えてください。」

「佐波木燕真っ!」

「私は、篠木園波(しのぎ そのは)。宜しくお願いします。」

「うん、ヨロシク!」


 何が「宜しくお願いします」なのか解らないが、燕真は適当な社交辞令で返して、一目散に駆け出す。一方の篠木園波は、燕真を見送ってからスマホを取り出して、何処かに電話をかけた。

 20分後、燕真は【(株)シノギに】に到着するが、言うまでもなく面接時間は終わっている。しかも、スーツはボロボロ。「さすがにもう無理だろう」と思いつつ、「先ほどの騒ぎを理由にすればワンチャン行けるか?」と淡い期待をして、受付に顔を出した。


「・・・あ・・・あの・・・。遅れてスミマセン。」

「君、佐波木燕真君?」

「は、はい、そうですが。」

「おお!待っていたよ!」

「あの・・・面接は?」

「本来は人事部の仕事なんだがね。

 君には、会長が直々に会いたいと連絡が来たんだ。」

「・・・はぁ?」

「君の内定は確実ですよ。

 会長が此処に到着するまで、応接室で休んでいてください。」

「こんなボロボロのスーツで?」

「名誉の負傷だ。大変だったね。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 【(株)シノギに】は一部上場で伸び代のある会社。燕真は、「何でこんなにフレンドリーなの?」と疑問に感じながら、立派な応接室に通され、お茶まで出してもらえた。5分ほどすると、ドアがノックされたので、燕真は姿勢を正して入室者を待つ。


「あっ!ちゃんと入れてもらえたんですね。良かった。」

「ん?君は?」


 顔を覗かせたのは、先ほど助けた少女だった。燕真は、呆気に取られた表情で、少女を見詰める。


「君が会長?・・・まさかね?」

「会長は、私のお爺ちゃんです。」

「・・・えっ?」

「気付きませんでした?この会社名はシノギで、私の名前は篠木園波ですよ。」


 慌てていたので、少女の名前なんて聞き逃していた。


「危ないところを佐波木さんに助けてもらったこと、

 その所為で面接に遅れちゃったことと、スーツが破れちゃったこと、

 全部、お爺ちゃんに教えたら、佐波木さんのことを気に入ったみたいで、

 直々に会いたいって言ってました。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「出張中のお父さんも会いたがってましたよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「そろそろお爺ちゃんが来ると思います。

 大丈夫と思うけど、面接、頑張ってくださいね。」

「ああ・・・うん、ありがとう。」


 柔やかに会釈をしてから退出をする篠木園波。燕真は、園波が去った後の扉を興奮気味に眺めていた。

 人助けをして面接に遅刻。助けたのが可愛い子で、しかも就職希望会社の娘。これって、確実に、アニメやドラマの「あるある」に突入しているんじゃね?数ヶ月後には、社長の娘と交際して、将来的には婿殿、兼、重役ってパターンか?

 燕真は、期待に胸を膨らませながら、園波の祖父の到着を待つ。




-数分後-


 会社の前に運転手付きの高級車が停まり、後部座席から髭を蓄えた好々爺が降りる。孫娘の園波に出迎えられ、事情と恩人の人間性を「そうかそうか」と笑顔で聞き、「任せなさい」と返してから、部下が持ってきた燕真の履歴書に目を通す。


「真面目そうな青年だな。中堅大学だが、肝心なのは人間性。

 園波のお気に入りならば、問題は無いだろう。」


 余程の失礼が無い限りは、既に燕真の採用は決まっていた。篠木会長は、燕真の履歴書を持ったまま応接室へと向かう・・・が、会長には見えない司録&司命が真後ろを歩きながら、脳内に囁き続ける。


〈不採用、不採用、不採用〉

「採用で決まりじゃ。」

〈不採用、不採用、不採用〉

「可愛い孫娘の恩人を採用通知無しには帰せん。」

〈不採用、不採用、不採用〉

「園波のお気に入りじゃ。」

〈不採用、不採用、不採用〉

「園波の思いなど関係は無い。」

〈不採用、不採用、不採用〉

「可愛い孫娘に取り入る性悪め!」

〈不採用、不採用、不採用〉

「不採用で決まりじゃ!!」


 応接室のドアが、ノックもされずに勢い良く開けられた。燕真が立ち上がり、礼儀正しく会釈をする。


「浪埜(なみの)大学の佐波木燕真です。今日は・・・」


 しかし、燕真が挨拶を掻き消すように、会長の怒鳴り声が鳴り響いた!


「貴様などクビだ!貴様のような男に可愛い孫娘はやれん!

 手切れ金をくれてやるから、二度と儂の前に姿を見せるなっっ!!」

「えっ?あのっ!?」


 面接時間2秒。篠木会長は、「スーツ代弁償」と書かれた封筒を「手切れ金」と言って机に叩き付け、早々に退出をする。燕真は、まだ採用されていない会社を解雇され、数分程度しか会話をしていない孫娘と別れさせられてしまった。


「内定確実じゃなかったっけ?・・・何が何やら解らない。」


 1分前までは「人生バラ色」って感じだったのに、急に何が有った?色々とムカ付いたが、スーツは新調しなきゃなので、手切れ金(?)は貰っておくことにした。孫娘に事情を聞きたかったが会わせてもらえず、燕真は、不採用になった会社をあとにする。

 人助けをして面接に遅刻になるが、助けたのが可愛い子で、しかも偶然にも就職希望会社の娘で、重役に気に入られて採用され、数年後には交際するってパターンは、アニメやドラマの世界にしか存在しないらしい。人生は甘くないようだ。


「孫娘の苗字と名前、篠木園波を逆転させると、

 そのばしのぎ・・・こ~ゆ~オチかよ。」


 不採用通知は何社も喰らっているが、今回は流石にキツかった。何が不興を買ったのは解らないが、「このまま何処からも採用されないのでは?」と、少し不安になる。

 最初の身分不相応な2社はともかく、今回を含めて、他が不採用なのは、燕真の実力や人間性ではなく、一般人には見えない力が働いているからなのだが、燕真は全く気付いていない。一般人には見えない力は、燕真を退治屋に所属させようとしており、既に準備をされた『閻』メダルとYウォッチは、燕真が手にする事を待ち望んでいる。


「とりあえず、服を何とかしなきゃな。」


 破れたスーツのままでは恥ずかしいので、何処かで着替えたい。貰った手切れ金(?)で、安物の服を買おうと思って、周囲を見廻す。


「おもっしい子やちゃ。なんで、あの状況で、娘を助けようて思うた?」

「・・・え?俺のこと?」


 立ち止まり、声のした方向に視線を向ける。其所には60代くらいの女性が立っていた。


「見ていたんですか?」

「一部始終をね。」

「何でったって・・・目の前で襲われてたんですよ。

 相手が銃でも持ってればビビるけど、不健康そうなオッサンだったから、

 俺でも、どうにか助けられる思って。」

「なるほど・・・霊感ゼロ。子妖の危険性に気付いとらんかったか。

 戦うてみて、敵わんて思うたが?」

「うん、ヤバいと思いました。」

「それながに、なんで娘を見捨てなんだの?

 あんたが、危険を肩代わりする必要ちゃ無かったわやちゃ?」

「見捨てられるわけないだろ。それにさ・・・」

「・・・ん?」

「最悪でも、俺が盾になれば、あの子を逃がすことは出来るかな~って思ってさ。」

「見ず知らずの娘の盾に?」

「成り行きだったけどさ・・・中途半端に放置すんのは苦手で・・・。」

「そう・・・気に入ったわ。名前ちゃ?」

「・・・佐波木燕真。」

「佐波木燕真くん。あんたは、私の責任で採用してやる。」

「・・・はぁ?急に何ですか?

 貴女が、何処の会社の誰なのかも、俺には解らないのに?」

「私ちゃ、怪士対策陰陽道組織の砂影滋子。

 こう見えても、それなりに権限のある地位ちゃ。」

「怪士対策・・・?」


 砂影は、スタッフが誰1人適合しない『閻』メダルを調査した結果、閻魔の妖力と変身者の霊力がぶつかり合って、満足に機能しないことを知っていた。根拠は無いが「性格が悪いと機動すら出来ない」ことも認識している。

 つまり、目の前に居る霊力ゼロの男は、『閻』メダルに適合をする可能性がある。それに、彼は気付いていないが、彼の周辺からは、閻魔大王の書記官の気配を感じる。確証は無いが、砂影は、「彼こそが閻魔大王が指定した男」と感じていた。


「あんた向きの職種やて思うわちゃ。

 合わんにゃ辞めりゃ良いんやさかい、お試しで採用されてみっしゃい。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 砂影は「お試し」という甘言で燕真を誘ったが、彼との会話で、彼が「自分で決めたことを簡単に投げ出す根性無し」ではなく、「一度始めたことは、簡単には投げ出さない性分」と見抜いたうえで、気に入っていた。彼が「閻魔大王が指定した男」ではなかったとしても、事務職やサポート隊員(ヘイシ)等に配置転換をして面倒を見てやることは出来る。


「それなりに長う生きとるさかい、自慢でないけど、人を見る目はあるが。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 捨てる神あれば拾う神ありと言うべきか?天国から地獄へ引き摺り降ろされた燕真は、砂影の採用告知を受け入れる事にした。


「卒業したら、文架市のYOUKAIミュージアムを訪ねっしゃい。

 支部長には話を通しとくわ。」

「文架市のヨウカイ・・・?」


 燕真が「文架市のYOUKAIミュージアム」という単語を聞くのは二度目。4年前に千段階段のジジイ兄弟から、同じ単語を聞いている。


「文架市ですね。解りました。訪ねてみます。」


 本来なら、入社後1~2年は本部で陰陽道を学ぶのだが、霊感ゼロの燕真では、何も身に付かないだろう。それどころか、霊感ゼロの退治屋候補生など、本部が受け入れるはずが無い。だから、就学抜きで、いきなり文架支部に押し付けて、1~10まで粉木勘平に教育を施してもらう。

 粉木は、この人事に文句を言うだろうけど、今まで、散々、厄介ごとを押し付けられてきたのだから、たまには押し付け返してやるつもりだ。



 文架市は、町並みと川の位置の都合で龍脈が整っており、人口密度のわりに妖怪の発生率が高く、実戦経験を積むには最適の地域。

 当時の文架市には、支部長の粉木勘平と、部下の田井弥壱(妖幻ファイタータイリン)が常駐しており、砂影は、一定の実績を積んだ田井を、そろそろ東東京支部に呼び戻したいと思っていた。


 数ヶ月後の夏、新米退治屋・佐波木燕真は、文架市の少女・源川紅葉と出会い、『妖幻ファイターザムシード』の物語が始まる。

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