第11話・山の結界(vs星熊童子・温羅)

 羽里野山を眺める粉木。紅葉も、粉木と同じ方向に視線を向ける。


「ぉ山に、お氷とも、ぉ雪とも別の・・・何か、嫌なヤツがぃるんだねぇ。」


 粉木と紅葉に倣うようにして、燕真も羽里野山を睨み付ける。倒すべきは、雪女でも氷柱女でもない。本当に倒さなければならない敵は、羽里野山にいるのだ!


「なるほどな!行くか!!」

「ぅん!」

「そうするしかないやろな!」


 並んで羽里野山を見詰め、力強い一歩目を踏み出す燕真と紅葉!


ぐきぃっ!

「アヘアヘアヘアヘェ~~~~~」


 途端に、骨がきしむ変な音と、粉木の脱力した声が聞こえてくる。燕真が振り返ると、粉木が、苦しそうな表情を浮かべ、腰を押さえて四つん這いに蹲っていた。


「お、おい!どうしたんだ!?」

「あ・・・あかん。寒さと、久しぶりに暴れた所為で、腰をやってもうた。」

「・・・・・・ジジイ。」

「・・・・・・じぃちゃん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×たくさん


 「今すぐに山に乗り込んで、結界の主を倒す!」ってテンションは、粉木の腰痛騒ぎで急降下をする。一時撤収をすることになり、狙われる危険が無くなった亜美(withお雪)とは公園で別れた。




-数分後-


 燕真は、腰を痛めてしまった粉木を背負って、サンハイツ広院の前まで紅葉を送り、粉木邸への帰路を歩いていた。積雪量は15センチ程度。妖気による寒さは和らいだが、10月中旬の気候では、簡単には融けきらない。


「アホンダラ!

 ワシが腰をやらんかったら、あのまんま、山に行くつもりだったやろ!?」 

ポカッ!


 背負われている粉木は、会話をする度に、燕真の頭をポカポカと叩く。


「イテェ!・・・だって、そんな感じの空気だったし!」

「冬の山を舐めんな!

 そない格好で行ったら、幾らも登らんうちにギブアップやで!」

「だけど、テレビの特撮ヒーローなんて、結構、普段着のまんまで山に行くぜ!

 山を見つめる次のシーンでは、もう山の中にいるとか!」

「アホッ!それを言うたらアカンて!!」 ポカッ!

「イテェ!」

「お嬢は、学校の服のままで、山に連れてくつもりやったんかい!?」

「それは、アイツが勝手に。」

「それを抑えんのが、大人のオマンのするべき事やろ!

 同レベルになってどないすんねん!」 ポカッ!

「イテェ!特撮ヒロインなんて、ミニスカのままで山に登ったり・・・

 あれは、後ろから登るヤツには丸見えなんだろうな。」

「言うたらアカンて!!」 ポカッ!

「イテェ!」

「どんだけ無計画なんや!?」 ポカッ!


 お叱りの内容は尤もであり、なんの準備もせずに、勢いで山に踏み込もうとした事は恥ずかしく思う。しかし、今の燕真には、説教よりも、もっと聞きたい事があった。しばらくは小言を聞き流していたが、タイミングを見て切り出してみる。


「なぁ、じいさん・・・雪の結界を破った時のあれって、じいさんだよな?」

「そういや、オマンに見せんのは初めてやったかの?」

「氷柱女が、アデスとかって呼んでいたな。」

「異獣サマナーアデスや。」

「妖幻ファイターとは、チョット違う格好をしていたな。

 アレも、妖怪の力で戦うのか?」

「妖幻ファイターは、開発目的が違う。

 尤も・・・異獣サマナーが、妖幻ファイターのプロトタイプみたいなもんや。

 もう隠居の立場よって、二度と変身する気はなかったんやけどな、

 今回の件は、お氷も絡んでおるし、

 老骨に鞭打って、出ばらなあかんて思うたんや。

 その結果、その頃の古傷を傷めてもうて、この有様や。」

「古傷?・・・ただの冷え性から来る腰痛だろ、粉木ジジイ?」

「誰が子泣き爺やねん!」 ポカッ!

「イテェ!氷柱女と顔見知りってのは・・・

 やっぱり、その頃(現役時代)なのか?」


粉木は、背負われたまま振り返って、サンハイツ広院を眺める。


「いや・・・お嬢が生まれる少し前の出来事や。

 それ以来、ワシは、お氷が羽里野山に住んどるんを黙認しておる。」

「へぇ~・・・

 てっきり、ジジイが妖怪と知らずにナンパをして、弱みを握られて脅されて、

 氷柱女を黙認しているんだと思ってた。」

「オマン・・・ワシをなんやと思うてんねん!?」 ポカッ!

「イテェ!」

「ワシとお氷の関係の詮索は終いや。

 機会が来たら話したる。ワシ1人の過去を晒せば良い話じゃなくなるよってな。」

「そっか・・・了解。

 ・・・でもさ、じいさんが‘妖怪は何が何でも倒せ!’なんてタイプじゃなくて、少し安心した。」


 積もった雪は少しずつ融けはじめており、雪を踏みしめると、今朝の真っ白な足跡とは違い、湿った半透明な足跡になる。


「雪は今日中に融けるかな?」

「お氷の妖力干渉が無くなったんや、明日には‘いつも通り’やろな。」

「昼過ぎにはバイクに乗れっかな?」

「あぁ。(道路状況は)そんくらいには回復するやろ。」


 YOUKAIミュージアムに到着すると、昨夜駐めたはずの場所に、雪で埋まった愛車の姿は無かった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで無いんだ?」

「何でもクソも、公園にOBOROを召還して使うたからやろ?

 忘れてたんか、アホ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ!」

「支給されたバイクを放置して帰ってくるなんざ、退治屋失格やのう。」

「・・・アンタを背負った所為で、バイクを置いてくるしかなかったんだろうに!」

「老い先の短い老人を最優先で労るんは当然のこっちゃ!」

「老い先が短いとは思えないんだけどさ。」

「家にワシを降ろして、布団敷いたら、バイク取りに行って来いや!

 まだ、バイクを乗り回せるほど道路の雪は消えておらんから、

 無茶をせず、押して帰って来いよ!

 調子こいて乗り回して、滑って転んで、また彼岸カバー壊しよったら、

 承知せぇへんで!」

「老い先が短い・・・じゃなくて、憎まれっ子世に憚る!・・・だな。」

「取りに行くんが面倒だからって、緊急時でもないのに、

 ザムシードに変身して、OBOROを呼び出すなんて横着すなよ!!

 もしそない事しおったら、経費分を差っ引くで!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やろうと思ったのに」


 ジジイなんて公園に放っておいて、ハナっからバイクを引いて帰ってくれば良かった。・・・燕真は少~しだけ、そう思っちゃいました。




-16時半・粉木邸-


 ガラTシャツ&ニットパーカー&ミニスカート姿で、ナップサックを背負った紅葉が訪れた。直ぐに来たかったが、休校の代わりに宿題が大量に提示され、それらを攻略してからナップサックの中身を準備をしたので、この時間になってしまったらしい。

 ちなみに、粉木は、痛めた腰を保護する為に、背もたれのある椅子に座って、腰を温めている。


「お氷!ママの服借りてきたから着替えて~!」


 誰も居ない庭に向かって叫ぶと、氷柱女が実体化をする。


「あれ?居たのか?」

「お氷は、山を追い出されて行き場が無いんや。

 オマンが気付かんかっただけや。ずっとワシ等と一緒に居ったで。」

「お氷、着物じゃ目立つから、ママの服に着替えなよっ!」

「いや・・・私は霊体化をすれば姿を晒さずに済む。」

「えぇ~~・・・

 せっかく、お氷に似合いそうな服を借りてきたんだから着なよぉ!」


 氷柱女は、困惑した表情で粉木を見て「小煩い娘をどうにかしろ」と眼で訴えるが、紅葉が言い出したら聞かないことを知っている粉木は、「諦めろ」と首を横に振る。


「ふん、若い女に弱いのは相変わらずだな。」

「おっ!ジイさんって、昔からそうなのか?なんとなく予想できるけど。」

「いらんこと言うなっ。」


 氷柱女は、紅葉が差し出した服を受け取って着替えようとしたが、燕真と粉木がガン見をしていたので、紅葉に指摘をされて隣に部屋に行って着替える。


「燕真のヘンタイっ!」

「チゲーよ!妖怪と人間の違いを観察したくて・・・。」

「燕真のヘンタイっ!」

「ジジイも変態扱いしろよ。」

「燕真のヘンタイっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで俺だけ?」


 襖が開いて、ウィンドブレーカー&長袖Tシャツ&ショートパンツ姿のお氷が登場。燕真と粉木は、ショートパンツから伸びた、透き通るほど白いお氷の生足に、眼を奪われてしまう。


「確かに、動きやすい着物だが、

 往来で足を顕わにするというのは些か恥ずかしいぞ。」

「ほほぉ~!なかなか似合うで、お氷!この際、イメチェンしたらどうや?」

「ジジイまで同調するな!!」

「ぉ氷、可愛いっ!」

「いいや、変だ!

 ・・・てか、ただでさえ、普通の女性にしか見えない妖怪に、

 現代人の格好をさせるな!

 妖怪のイメージを大切にしろ!!」


 ところで、長袖Tシャツ&ショートパンツは良いとして、何故、ウィンドブレーカー?燕真の印象では、紅葉は、比較的、服のセンスが良い。ワンピースやカーディガン&フレアスカート等々、もっと氷柱女に似合う服を準備できるのではないか?ジョギングでもさせる気か?妖怪が融けるぞ。


「ょ~し!早速行こぉ~!!」

「・・・何処へ?」

「決まってンぢゃん!ぉ山だょ!」

「その格好で?」

「ぅん!山と言えばこの格好でしょ?」

「山を舐めるな!!野原にハイキングに行くワケじゃないんだぞ!!」

「今朝、お嬢を制服姿のまま山に連れて行こうとして、

 ワシに散々説教された分際で、よう言うわい!」

「舐めてないもん!!ちゃ~んと、リュックの中身も整えてきたし!」

「念の為に聞くが、何を入れてきた?

 オヤツしか入っていないとか言ったら、デコピンすんぞ!」

「ハズレッ!オヤツとオニギリと飲み物だよ!!」

「大して変わんね~だろ!デコピンすんぞ!」

「気合いは評価するが、今から行くのは無茶やで。

 直ぐに日ぃ暮れんねん。それに、茶店はどないするんや?」

「あ~~~~・・・そっかぁ~~~・・・。お店があったね。」


 大して標高の高い山ではないが、夕方から山に登るなんてのは無謀すぎる。粉木の意見で、決行日は土曜日(店は臨時休業にする)に決め、その日は、粉木の代わりに燕真がマスターとして店に立ち、紅葉と共に喫茶店の仕事をして、一日を終えるのだった。


「・・・ハードな一日だった。」


 嵐の元凶(紅葉)が帰宅し、燕真は茶店の施錠をしてから粉木邸に上がり込む。茶の間に入るなり、ドッと疲れが出て、大きな溜息をつきながら腰を下ろした。

 粉木は、腰をいたわる為に、茶の間に敷いた布団の中に潜り込んでいる。布団の中で体を温めている粉木は気付かないようだが、少し肌寒い。燕真は、「点けるぞ」と言いながらエアコンのリモコンに手を伸ばした。


「ダメじゃ。」

「はぁ?・・・なんでだよ?

 ジジイは布団があるから良いんだろうけど、俺は寒いんだ。

 まさか、電気代が勿体ないとかって、ケチ臭い事を言うんじゃないだろうな?」

「ちゃうわ!部屋を暖めたら、お氷が融けてまうやろ!

 そやさかい、ワシは布団に包まってるんや。」

「・・・あぁ・・・霊退化してるけど、この部屋にいるのか?

 通りで寒いと思った。」

「実体化には妖力を使うよってな、今は温存しとんねん。

 ただでさえ、あんだけ派手に妖力を使ってしまい、余裕が無いさかいな。」


 なんでこの部屋の中に?別の部屋か庭に居てもらえば良いんじゃね?とは思うが、本人が目の前に居ては(見えないけど)言いにくい。部屋を暖める事を諦め、その日は早々に風呂に入り、別室(寝室)に下がる。




-土曜日・7時半-


 喫茶店の入り口には、『本日臨時休業、ごめんね』と紅葉の筆跡で書かれた可愛らしい看板がぶら下げてある。粉木は、腰が完治をしていないので留守番。駐車場に駐まっている粉木の車のトランクルームに、燕真が準備した大きなバックパックと、紅葉が持ってきたナップサックを詰め込む。


「オマエ、マジで、こんな軽装備で行くのか?」

「ぅん!」

「レギンスくらい穿けよ。」

「虫除けスプレー持ってきたからダイジョブ!」

「そ~ゆ~問題じゃない。」


 紅葉は、先日用意をしたTシャツ&ニットパーカー&ミニスカート&一般的なシューズ。お氷はウィンドブレーカー&長袖Tシャツ&ショートパンツ姿。生足に虫除けスプレーをしても、別の虫(男)が寄ってきそうだ。

 一方の燕真は、ベースレイヤー&ミドルレイヤーの上に防水透湿ジャケットを着込み、アルパインパンツ。この日の為に準備をした典型的な登山用の重武装をしている。

 燕真が運転席に車に乗り込むと、見送りの粉木が、運転席の窓枠に手を掛けて、耳打ちをしてきた。


「昨日ワシが行った事、肝にめいじておけよ。」

「・・・了解。」


 燕真は、小さく頷きながら、昨夜、粉木が言った言葉を思い出した。


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 燕真が風呂から上がると、粉木が、縁側に座って、月明かりに照らされた羽里野山を眺めていた。


「なぁ、燕真。お氷は、羽里野山に居着き続けた妖怪や。

 長年、土着を続ければ、そのテリトリーにおいては、妖怪は最強クラスに成る。

 それを簡単に閉め出すなんて、並の妖怪やないで。」

「羽里野山には、かなりの強敵が居るって事か?」

「可能性は高い。」

「でも何で羽里野山に?氷柱女に嫌がらせでもしたいのか?」

「人間や動物の依り代に寄る妖怪は、人里にしか出現せえへん。

 だけど、依り代の要らん妖怪も存在するって事や。

 そういう奴は、わざわざ人目に晒される町中やなしに、

 人のおれへん場所に生息をする。

 人目を避ける妖怪と争うことやら、滅多にあれへんのやけどな。

 今回は、成り行きで例外が起きてもうた言うこっちゃ。」

「・・・なぁ、じいさん?

 ちょっと解らないんだけど、なんで、羽里野山なら最強クラスの氷柱女が、

 アッサリと他の結界に追い出されたんだ!?」

「それは、雪女が来たからやろうな。

 雪女は、これまで戦ってきた妖怪のように、負の感情に憑いた妖怪やあれへん。

 お氷からすれば、出現目的がよう解らん奴が、文架に乗り込んできたやから、

 自分の縄張りを狙ったと考えても不思議はない。

 様子を見る為に、羽里野山から離れた隙を突かれ、

 山に結界を張られて、縄張りを乗っ取られたんや。」

「なるほどな。」

「あとは、乗っ取った奴が仕向けた通り、お氷が雪女を疑うて潰し合うたら、

 何のリスクも抱えんと、我が物顔で羽里野山を闊歩できるちゅうこっちゃ。」

「タイミングが悪かったって事か?」

「いや、このタイミングを利用したんやろうな。

 なかなか小賢しい奴やで!

 本音を言うたら、ワシが満足に動けん状態で、

 オマン等だけを羽里野山に向かわしとうはあれへん。

 えぇか、燕真!これまでより、手強い相手かもしれん!

 行ってみて、少しでも厄介と思たら、無茶はすんな!直ぐに引き替えすんや!」


 真剣な表情で燕真を見詰める粉木。燕真は、緊張した面持ちで、やや気圧され気味に頷いた。


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「・・・手強い相手・・・か。」


 燕真は、粉木の眼を見て、もう一度頷くと、車のエンジンをかけ、羽里野山に向けて出発をした。

 車は、駐車場を出て西に向かい、公園通りから明閃大橋方向へ。助手席の紅葉が早速オヤツの袋を開けて、後部座席のお氷と分け合いながら談笑をしている。


「おいおい、もう食うのか?」

「燕真も食べるぅ?」

「いらん!もう少し緊張感を持ってくれ!」


 どう考えても、山を舐めすぎているとしか思えない。登山の途中で紅葉がギブアップをして、置いていくわけには行かず、燕真が背負って山を登る展開になりそうで怖い。




-羽里野山の麓-


 羽里野山は、登山に日数を掛けるほどの高山ではないが、途中には岩場などの難所もある。一般車で入れるのは麓の駐車場までで、ここから先は自分の足で進まなければならない。

 燕真の運転する車が駐車場入るとまだ、他には車は駐まっていない。一般の客が来るには、まだ少しばかり早い時間なのだろう。


「すまんな。私は此処で待たせてもらう。」

「仕方なぃょ。ココで、ァタシ達が結界をぶっ壊すのを待ってぃてねぇ。」

「青年(燕真)・・・おまえの器、此処から見定めさせてもらう。」

「ん?・・・何のことだ?」

「小娘を託す器だ。」

「意味が解らん。」

「直に解る。心して行けよ。」

「よく解んね~けど、ハナっからそのつもりだ!」


 謎の結界は山全体を包んでおり(燕真は感じない)、麓でも僅かだが、お氷を閉め出そうとする重圧があるらしい。


「紅葉は何か感じるか?」

「ぅん、チョットだけ感じるょ!

 でも、この前、お氷が張ったヤツみたいなキッツイのとゎ違ぅょ。

 きっと、ぉ山全体に薄~く張ってるから、

 この辺ぢゃ、ぁんまり強くなぃんだね。」

「・・・そっか。」


 車から降りて、目指すべき山頂を眺めた後、燕真はトレッキングシューズに履き替え、帽子&サングラスとネックウォーマー&トレッキンググローブを装着する。


「ぇ~~~~っと、今の時間ゎ8時20分だからぁ~

 ・・・バスが来るまで、ぁと10分かぁ~」

「・・・バス?」


 紅葉の声に反応して振り返ると、羽里野山シャトルバス『麓~3合目・羽里野公園』と書かれたバス停が立っていた。どうやら、一般車が入れるのは此処までだが、3合目まではバスで移動出来るらしい。燕真は、やや拍子抜けしてバスに乗り込み、スンナリと行程の3割目に到達をした。


「どうだ、紅葉?何か感じるか?」

「ぅん、さっきよりもザワザワしてる。

 チョット気持ち悪いけど、お氷の結界みたぃに、

 入れなかったり閉じ込められるタィプのヤツじゃないね。

 どっちかと言ぅと、学校にぃた蜘蛛の妖怪(絡新婦)みたぃな、

 縄張りをお知らせする結界かな?

 空気がピリピリして落ち着かなぃから、

 ぉ氷が安住できなぃって言ってたのゎ、解る気がするょ。」

「・・・なるほどな!」


 目指す山頂を見上げ、ベルトを締めて気合いを入れ直す燕真。ここまでは思い掛けずに楽が出来たが、ここから先は自分の足と体力を頼りに進まなければならない!


「ぇ~~~~っと、今の時間ゎ9時10分だからぁ~・・・

 次のロープウェイが出るまで、ぁと20分ぁるけど、どうする?」

「・・・・・・ロープウェイ?」


 紅葉の声に反応して振り返ると、羽里野山ロープウェイと表示された矢印看板があり、矢印に沿って2分ほど歩いたら、『羽里野公園駅』と書かれた施設が建っていた。中に入って案内板を見ると、『羽里野公園~山頂ロープウェイ』という表示と、料金表&時刻表が張り出されていた。


「山頂まで1200円、往復で2000円かぁ~」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山頂?」


 山頂までの所要時間は20分。このゴンドラに乗れば、麓から山頂まで4~5時間と見込んでいた行程は、待ち時間を含めて、たった1時間半で到達をする。


「ところでさぁ、燕真?

 格好がメッチャ重そぅで場違ぃなのは、ちょっと恥ずぃけど我慢するとして、

 その杖(トレッキングポール)とか、武器(ピッケル)とか、

 頭に付けてる電気(ヘッドランプ)ゎ何に使ぅつもりなのぉ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 紅葉の‘山を舐めた格好’が正解だった。オール登山(断崖絶壁有り)のつもりで準備を整えて来ちゃったのが、メッチャ恥ずかしい。バスとロープウェイで山頂に行けるなら、麓の駐車場に居た時に言えや。そうすれば、重武装を車の中に置いてくることができたのにさ。




-9時半-


 降りのゴンドラが山頂駅に近付いてくる。一度に20~30人は乗れるんだろうけど、搭乗口に並んでいる客は燕真と紅葉だけ。2人は会話をして(紅葉が一方的に喋って)待ち時間を過ごす。

 気が付くと、いつの間にか、メガネをかけた若い男が、駅入り口の階段に腰を下ろしていた。彼もゴンドラ待ちなのだろうか?体格から察するに、燕真と同年代くらい。オール登山(断崖絶壁有り)的な格好をしている。


「お~!燕真以外にも、場違いな人がいたねぇ~。」

「思っても、声に出すな。」


 燕真は彼に少しばかりシンパシーを感じる。駅内に「ロープウェイ出発時刻」の案内放送が流れると、先程の若い男が立ち上がり、搭乗口までの階段を上がってきた。

 紅葉は、ゴンドラに飛び乗ると、直ぐに正面側の景色がよく見える席を陣取って、隣の席をポンポンと叩き、燕真に促す。


「ココに座ろっ」


 燕真が紅葉の指定した席に座ると、その後から入ってきた若い男は、軽くゴンドラ内を見廻し、一番後ろの席に腰を下ろして、イヤホンを付けて視線を窓の外の景色に向けた。その男からすれば、「自分以外にはカップルが一組いるだけ」なのだから、サッサと自分1人の世界に入り込んで、同乗するカップルの会話を遮断したいのだろう。

 燕真が、紅葉に視線を向けると、紅葉はジッとメガネ男の横顔を見つめている。ネックウォーマーで口元が隠れているとは言え、その男は、同性視点で見ても、それなりのインテリ系イケメンだ。少女が目を奪われるのも理解出来なくはない。だが、燕真は少しばかり面白くないので、小さな声で紅葉に耳打ちをした。


「オマエ、あぁいうのがタイプなのか?」

「ん?違ぅょ、全然そんなんじゃなぃ。なになに、ヤキモチ?」

「チゲーよ。ジロジロ見るな。あの人に失礼だろ。」

「ん~~~~~ちょっとねぇ。」

「ちょっと、なんだよ?」

「ワカンナイ。」

「なんだそりゃ?」


 少しばかり気になる物言いではあるが、今は‘その男’よりも、山に巣くう妖怪が優先だし、‘その男’がイケメンだとしても、関わるべき相手ではないので、その話題はスルーする事にした。

 むしろ、妖怪が仕掛けてきた場合、何も知らない‘その男’を巻き込まないように配慮しなければならない。山頂に着いたら、「男とは、意図的に距離を置くべき」と燕真は考えた。


「燕真、嫌な感じ・・・強くなってるょ。

 ‘こっちに来るな!’みたぃなザワザワしたのが、いっぱぃぁるょ。」


 最初は、笑顔で景色を眺めていた紅葉だが、ゴンドラが上がるにつれて、表情は次第に険しくなり、これがただの行楽ではなく、結界の中心に近付いている事を如実に知らしめている。


「平気か?気持ち悪いなら、次の(ゴンドラ)で、オマエは下に降りろ!」

「・・・ダイジョブ!」


 ゴンドラが山頂駅に近付くと、後部席にいた男が立ち上がり、搭乗扉の前に立つ。燕真は、「男女ペア以外に自分1人では、一刻も早くその場から立ち去りたいのだろう」と理解して、男の後ろに慌てて並ぼうとはせず、下車ギリギリまで席に座り続け、彼との距離が開いたのを確認してから立ち上がる。


「行くぞっ!」

「ぅんっ!」


 山頂には土産物屋や軽食店があったが、紅葉は、(珍しく)それらには目もくれず、展望台に立ち、深呼吸をしてから周りを眺める。


「ぇ~~~~っと・・・・あっち、かな?」


 紅葉は、文架市街側の中腹を指さすと、『危険・入ってはいけません』と書いてある看板をガン無視して、ロープで張られた柵を潜って、斜面を駆け下りていった。燕真は、慌てて柵を跳び越え、『危険・入ってはいけません』の看板を気にしながら、先行する紅葉を追い掛ける。


「おいおい、行動力ありすぎだろ!日本語読めないのか?少しくらい躊躇しろ!

 ・・・てかちょっと待てよ!!」


 山頂監視係の中年男性が、常識的には乱心中にしか見えない紅葉を見付けて、怒鳴り声を上げる。


「そこの女の子、危ない!!そっちに遊ぶ場所はない!!戻ってきなさい!!」

「スンマセン、俺が保護者です!責任を持って連れ戻します!!」


 燕真は一時的に立ち止まり、監視員に頭を下げ、再び紅葉を追い掛けた。


「騒がしい奴等だ。

 だけど・・・・・・・・・・・いや、まさかな。偶然だろう。」


 展望台から、ゴンドラに同乗したインテリ系イケメンが、命知らずなのバカップルを眺めている。


〈おぉぉぉぉっっっ・・・なんだオマエは!?〉


 斜面を猛進する紅葉の耳を、不気味で冥い声が突く!ビクンと全身を振るわせて立ち止まる紅葉!


「勝手に動き回るな!」


 燕真が追い付き、腕を引っ張って連れ戻そうとするが、紅葉はジッと固まったまま動こうとしない。その表情は青ざめ、体は萎縮してガタガタと小さく震えている。


「・・・・・・・・・紅葉?」

「・・・・・こゎぃ」

「・・・え?」


ドォォォンッッ!!

 一瞬だけ周囲が闇に包まれるような感覚が発生し、山が震えた!

 周りの木々がざわめき、澱んだ空気が、紅葉から20mほど離れた場所(紅葉が向かおうとしていた場所)に集中をして、スモーク状の球体を形作る!(燕真は解らない)

 紅葉は、そのあまりの禍々しさに、息を荒くして、表情を引きつらせ、数歩後退して、燕真の腕に縋り付く。


「ねぇ、燕真・・・ヤバィかも・・・戻った方がィィみたぃ!」

「どうした?」

「ここにぃる妖怪・・・今まで戦ってきたのと全然違ぅ!それに1人じゃなぃょ!」

「・・・え?」

「ぉ山全体に結界を張って、占領したヤツ以外に、もう1人ぃる!

 今までのヤツみたぃに、依り代の念を祓ぇば温和しくなるのとゎ違ぅ!

 2人とも、笑ぃながら人を殺しちゃうみたぃな凶暴なヤツだょ!!」

「何が言いたいんだ!?」

「ここにぃたらヤバィょ!また、変身できなくなっちゃぅ!」

「・・・なに?」

「怖ぃのが2人ぃるから、もぅ1個結界を持ってる!!

 2つ目の結界が来ちゃぅ!!」


 紅葉は動揺をしながら、言葉をまとめずに伝えてくる為、いまひとつ何を言いたいのか要領が掴めない!しかし、このままでは危険だと言う事は、充分に伝わってくる!


「だったら、ヤバくなる前に、こっちから仕掛ける!!先手必勝だ!!」


 燕真は、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌めこんだ!


「幻装っ!!」 


 燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!

 紅葉が見ている方向にセンサーを向けると、20mほど離れた場所に、スモーク状の闇の球体が2つほど確認出来た!


「紅葉をビビらせてんのはアレか!?・・・オマエはここで待ってろ!」


 ザムシードは、妖刀ホエマルを装備して、闇の球体目掛けて突進をする!


「おぉぉぉぉっっっっっ!!!」


 球体目掛けて妖刀を振り下ろすザムシード!中から、赤くて太い腕が出現して、ホエマルの切っ先を受け止める!ふと気が付くと、2つ在ったはずの球体は1個しか見えない!

 見失った球体は、いつの間にか、ザムシードの真後ろに在った!白い足が出現して、ザムシードの背中に蹴りを叩き込む!


「わぁっ!!」


 弾き飛ばされて斜面を転がるザムシード!適当な幹に捕まって滑りを止め、起き上がって球体を睨み付ける!


 闇の球体から、その者達は出現をした!身の丈2mを越える2匹の人型妖怪!


「ガッハッハッハッハ!随分と未熟な退治屋だ!!」

「鬼の結界内にも関わらず、我ら相手に何の策も持たずに来たようだな。

 それほどの自身があるのか、それともただのバカか?」


 片方は、巨漢で、赤銅の肌、頭に大きな1本角を生やしている。

 もう片方は、赤銅の巨漢よりスマートで、白い肌に、灰色の髪と、頭に2本の角を生やしている。

 一見すると、2本角の方が理知的で人間に近い外見をしている。だが、その眼は、冷たく、近付いただけでも命をもぎ取られるような、圧倒的迫力を持っている。

 妖怪の知識が乏しい燕真でも、それが‘鬼’と呼ばれ、古来から恐れられた存在である事は、直ぐに理解出来た。


 妖刀を構え直し、鬼達を警戒しながら一歩一歩間合いを詰めるザムシード!しかし、2本角の白鬼は、ザムシードには目もくれず、周囲を見回し、木陰から半身を出して戦況を見守っていた紅葉に目を付ける。


「なるほど、我らの潜伏を的確に暴いたのは、あの小娘か?」


 冷たい笑みを浮かべ、紅葉に近付くべく、ゆっくりと斜面を登り始める白鬼!紅葉が狙われてると察したザムシードは、斜面を駆け上がり、宙返りで赤鬼を跳び越え、白鬼に斬りかかる!しかし、妖刀を振り下ろした瞬間、白鬼は、ザムシードの真後ろにいた!


「は、早いっ!!」

「遅すぎる。」


 白鬼は、スリムな体躯に似合わぬ怪力で、ザムシードの後頭部を鷲掴みにして軽々と持ち上げ、まるでゴミでも捨てるかのように、斜面下に放り投げた!再び斜面を転がり、妖刀を突き立てて滑り止めにして、白鬼を睨み付けるザムシード!

 白鬼は、ザムシードなど眼中など無いらしく、一瞥もせずに、紅葉に近付いていく!その行為が癪に障る!


「ふざけんなぁぁ!!!」


 ザムシードが、剣を振り上げ、30mほど先にいる白鬼に突進しようとした瞬間、白鬼は、ザムシードの目の前に居た!凄まじく重たい拳が、ザムシードの腹に打ち込まれている!


「うるさい。騒ぐな小僧。」

「グゥゥ・・・ガハッ!!」

「鬼の結界内では能力が半減することも知らぬような未熟者には興味はない。」


 たった一撃喰らっただけなのに、胃液が逆流しかけ、意識が混濁して、目の焦点が定まらない!だが、未熟扱いをされて、笑って引き下がれるほど根性無しではない!


「バカにすんなぁぁっっ!!!」


 半ば自棄っぱちでホエマルを大振りする!しかし、次の瞬間には、白鬼の2撃目の拳が、腹に叩き込まれていた!全身の力が抜け、剣を手から滑り落とし、その場に両膝を着くザムシード!

 白鬼は「虫の駆除は終わった」程度の興味しか示さず、再び、紅葉に視線を向けて歩き出そうとして、ピタリと足を止めた。その右肩からは、血が噴き出すようにして、一筋の闇が上がる。


「・・・なに?今のデタラメな一振りが?」


 足元で蹲っている虫けらほどの興味もない物に視線を向け、落ちている刀に目を止める。


「妖怪殺しの剣、吼丸か。・・・・調子付かぬように、封じておくか。」


 白鬼は、拳を上に向けて握り締め、頭上高く掲げて、獣のような声で大きく吼えた!すると、空気が弾け、冥く澱んで重たい空気が、白鬼を中心に半径50mほど、山頂展望台辺りまでを包み込んだ!紅葉が危険視していた2つめの結界(二重結界)が発動したのだ!

 山頂監視係、ロープウェイ管理人、売店の売り子さん、軽食店の店員さん等々、闇の干渉下に落ちた人々が、次々と目眩を起こして倒れていく。


「・・・くっ!」


 密集結界の中では、妖幻システムの稼働は不可能!ホエマルも、ザムシードの外装も、蒸発するように消えて、燕真の姿に戻ってしまう!


「燕真っ!!」


 異常を察知した紅葉が斜面を駆け下りてきて、燕真を抱き起こす!


「バ、バカ野郎!なんでオマエが来るんだよ!!

 狙われてんのはオマエなんだぞ!!」

「だって燕真が!!」

「だってじゃない!!逃げるんだ!!」


 白鬼は、些か驚いた表情で紅葉と燕真を見詰める。


「なんだ、この小娘・・・

 苦痛の表情1つせずに、鬼の密集結界の中心に寄って来ただと?

 それに、この男・・・人間には戻ったが、

 結界の中で、重圧を1つも受けていないようだ。」


 眼前には、2人を見おろす白鬼が立ち、背面からは赤鬼が笑みを浮かべながら近付いてくる。対する燕真には、生身で歯向かう手段など無い。


「いいか、紅葉、俺が合図をしたら、全力で斜面を駆け下りるんだ。

 コイツ等が俺達を見下している今ならば、可能かもしれない!!」

「ぅ・・・ぅん!」

「せ~のっ!!」


 タイミングを合わせて地面を蹴り、斜面下の赤鬼を迂回しながら、一気に斜面を駆け上がる燕真と紅葉!しかし、起伏のある斜面は、思ったほど楽なものではない!15mも進まないうちに紅葉が遅れ始めたので、燕真は、紅葉の手を握って誘導し、先に行けと背中を押す!


「わぁっっ!!」 「なにっ!?」


 だが、気が付くと、1本角の赤銅鬼が、笑いながら、紅葉の眼前に立っていた!見た目の印象とは違い、かなり素早い!


「ガッハッハ!それ、人間の遊びで鬼ごっこって言うんだよな!?

 鬼役でいいから、俺も混ぜてくれよ!捕まえたら食っちまっても良いんだろ!?」


 2本角で白鬼は、先程の場所から一歩も動かずに、燕真と紅葉を睨み付けている!


「温羅よ!・・・小娘は食ってはならぬ。

 その女は、お館様への貢ぎ物にするゆえ、生け捕るのだ。」

「そりゃ無いぜ、星熊の兄貴!せっかくのご馳走なのによぉ!!」

「代わりと言ってはなんだが、男の方は好きにするが良い。

 少しは興味のある存在だが、小娘に比べれば価値は無いに等しい。」

「ちぇっ!つまんね~の!!仕方ない、男だけ食って我慢するか!!」


 白鬼の名は星熊童子、赤い大鬼の名は温羅鬼という。


※星熊童子(ほしくまどうじ):酒呑童子の配下、四天王の1匹。

※温羅(うら):桃太郎に退治された鬼。


「クソッ!バカにしやがって!!」

「どぅしょぅ、燕真!?」

「どうも、最初の標的は俺に変更されたみたいだ!

 なんとかして時間を稼ぐから、オマエはその間に逃げろ!!」

「・・・でも!!」

「いいから、行け!!」


 燕真は、足元に転がっていた木の枝を拾い上げて構え、紅葉を突き飛ばし、温羅と呼ばれた赤鬼目掛けて突進をする!しかし、振り下ろした枝をアッサリと退けられ、軽く押されただけで20mほど吹っ飛ばされて、無様に地面を転がる!


「ガッハッハ!鬼ごっこは、もう終わりか!?」


 温羅鬼は、ゲラゲラと笑いながら、一飛びで燕真が倒れている場所まで接近し、金棒を振り上げて燕真目掛けて振り下ろす!燕真は、全く動けないまま、温羅鬼を見ることしかできない!


(あ・・・俺、ここで潰されて死ぬんだな。)


 燕真が抗えない死を受け入れようとしたその時、紅葉が、燕真を庇うようにして、倒れている燕真に体を重ねてきた!


「・・・チィ!」


 格上の鬼から「小娘は殺すな」と命じられていた温羅鬼は、慌てて金棒を引っ込めるが、重心のバランスを崩して、その場に尻餅をついてしまう。

 その間に、燕真の体を揺さぶって、必死で呼び掛ける紅葉。燕真は、全身の痛みを堪えてなんとか起き上がる。


「燕真!!燕真!!生きてるんでしょ!!?」

「まだ・・・死んでね~よ!」

「ょかったぁ~~!」

「良くないだろ、バカ!・・・なんで逃げないんだよ!?」

「燕真が一緒じゃなきゃヤダ!!」

「クソォ・・・時間稼ぎすら出来ないのかよ?」


その時・・・


「そうでもないさ。

 おふたりさんが時間を稼いでくれたお陰で、奴等を倒すお膳立てが出来た。」


 絶望の淵にいた燕真達に、何者かが声を掛ける。


「・・・え?」 「・・・だれ?」


 先程の、インテリ系イケメンが、何度も、指で小石を真上に軽く弾いて、手のひらで受け取りながら、斜面を降りてくる。


「色々と仕込んでから仕掛ける予定だったがね。

 君等が、好き勝手に動いた為に、段取りが滅茶苦茶だ。

 だから、君達が派手に動き回って、鬼が俺の存在に気付かなかった分と、

 怖い思いをしながら時間稼ぎをしてくれた分で、帳消しにさせてもらう。」

「・・・アンタは?」


 インテリ系イケメンは、燕真の前に立ち、足元に、先程まで手で弾いていた小石を落とした。良く見ると、それは、小石ではなく、小石サイズの銀塊だった。


「不思議な連中だな。正規の退治屋なんだろ?

 ピンポイントで結界の中心を見抜くほど優れた選眼を持っているのに、

 銀が魔封じに使いやすいことや、結界相殺を知らないのか?」

「・・・結界相殺?」


 インテリ系イケメンが指で呪印を結んで呪文を唱えると、先程転がした銀塊が光を放ち、銀塊を中心に半径10mほどの光の柱を造った!(燕真は感知できない)


「なにこれ?一体どぅなってるの?この中にぃると、ザヮザヮしなぃょ!」

「鬼の結界を相殺する結界を張ったのさ!

 当初計画では、奴等が動き出す前に1つめの結界の無力化と、

 2つめの結界封じを仕掛けるつもりだったんだけどな!

 想定外が起こって先に張られてしまったから、

 結界の種類を確認して、結界相殺の念を込めるのに時間が掛かってしまった!

 狭い範囲だけど、この場の空気だけは清浄化されている!

 つまり・・・この結界の中ならば!!」


 インテリ系イケメンは、左腕の裾をまくり、左手首に巻いた腕時計型のアイテムを正面に翳して、『天』と書かれたメダルを抜き取って、一定のポーズを取りつつ、羽根扇を模したバックルに嵌めこんだ!


「・・・・幻装っ!!」

《GARUDA!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 電子音声が鳴ると同時に男の体が光に包まれ、翼を模したマスク、翼を模した肩当て、そして翼のある異形の戦士に変身完了!

 その造形は、鳥の意匠を模したものでありながら、何処となくザムシードに似ている!


「Yウォッチ!?アンタ、一体!?」

「名前なんて拘った事はないが、妖怪共からは、ガルダっと呼ばれているようだ!」


 ガルダは、ベルトのホルダーに収納してあった鳥の顔を模したハンドガン=鳥銃・迦楼羅焔(カルラほむら)を抜いて、目の前に居た温羅鬼に向ける!両腕を広げて、ガルダに掴みかかる温羅鬼!

ガォンガォン!

 獣の咆吼のような銃声が鳴り響き、嘴型の周囲にあるガトリング型の銃口から光弾が放たれ、温羅鬼に命中!直撃を受けた温羅鬼は、数歩後退をして片膝を付いた!


「今度は逃がさん!」

「アンタ、コイツ等を追っていたのか!?」

「あぁ!そいつ等には、あと一歩のところで、逃げられてしまってな!

 文架の支部長から、鬼が隠れている可能性を聞いて、この地を訪れたんだ!」

「粉木のジイさんから?」

「さすがは粉木さん。予想通りだったって事さ!

 君達の所為で、俺の段取りを崩されて迷惑半分!

 鬼達に警戒をされている俺の存在に気付かれずに接近出来たから感謝半分!

 プラスマイナスでチャラって事だ!!

 (実際には優れた選眼のお陰で探す手間が省けたから感謝の方が多い)

 温羅鬼の方は任せてもいいか!?

 俺はあっちの大物(星熊)に専念したいんでね!」

「え!?・・・そ、そうか!アイツが張った結界相殺の中なら、変身が出来る!!」

「そう言う事だ!

 それに、相殺結界が鬼の結界を抑えているから、

 相殺結界外でも、数十秒程度なら、妖幻ファイターとして戦える!」


 燕真は、温羅鬼を睨み付け、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌めこんだ!


「幻装っ!!」 《JAMSHID!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!


「お言葉に甘えて、アイツ(温羅鬼)は貰う!だいぶ恨みがあるからな!!」


 ザムシードは、ガルダに警戒しながら構えている温羅鬼を睨み付ける!一方のガルダは、少し離れた場所で構えていた星熊童子に銃口を向けながら、間合いを詰める!


「任せたぞ!」


ガォンガォンガォンッ!

 鳥銃・迦楼羅焔から放たれた光弾が星熊童子目掛けて飛ぶ!星熊童子は素早く回避をしつつ、弓を装備して、ガルダに向かって矢を射た!しかし、ガルダの射撃は、矢を的確に撃ち落とし、数発の光弾が星熊童子に命中をする!


 一方、ザムシード目掛けて突進を繰り返す温羅鬼に、弓銃カサガケ(連写モード)から撃ち出された弾が命中!温羅鬼は、突進速度を弱めながらも、お構い無しに突っ込んできて、金棒を振り下ろす!ザムシードは難無く回避!!何度も空振りをしたうちの一撃が大木に炸裂して薙ぎ倒した!自ら倒した大木によって、一瞬だけ、温羅鬼の視界が塞がれ、その視界が開けた時には、ザムシードが、弓銃カサガケを一撃必殺モードに切り替えて、目の前で構えていた!


「そのパワー、そのタフさ、流石だな!!・・・だが、それだけだ!!」


 ザムシードがゼロ距離発射をした光弾が、温羅鬼に炸裂!更に、右ストレートが腹に、蹲って下がった顔面に蹴りが、仰け反って開いた腹に2発目の蹴りが叩き込まれる!5~6歩後退をして尻餅をつく温羅鬼!

 ザムシードは、Yウォッチから空白メダルを抜き取って、右足ブーツのくるぶし部分にある窪みに装填!温羅鬼の間に炎の絨毯が発生する!


「地獄の炎!!オマエは一体!?」

「上司の名前くらい知ってんだろ!?

 鬼なら鬼らしく、閻魔様の下でコキ使われてろ!!」

「う、うわぁぁぁぁっっっっっっ!!」


 閻魔大王の名を聞き、慌ててザムシードに背を向け、逃走を開始する温羅鬼!ザムシードは温羅鬼の背中目掛けて突進!両足を揃えて空高く飛び上がり、空中で一回転をして、右足を真っ直ぐに突き出した!


「うおぉっ!!! エクソシズムキィィーーーッック!!!」


 朱く発光したザムシードの右足が温羅鬼の背中に突き刺さり、貫通をする!


「ガォォォォォォォォォン!!!」


 温羅鬼は、大声で嘶いたあと、俯せに倒れて、黒い炎を上げて爆発四散!撒き散らされた黒い霧は、ブーツにセットされたメダルに吸い込まれて消えた!ザムシードがメダルを確認すると、表に『温』、裏に『鬼』の文字が浮かび上がっている!


「へぇ・・・鬼を封印すると、裏表に文字が浮かぶんだ?」


 離れて見守っていた紅葉が、周囲の空気が変化したことに気付く。温羅鬼が倒れた事により、羽里野山全域を覆っていた結界が消滅をしたのだ。


「んぉぉっ!?ギラギラしたのゎ、まだぁるけど、ザヮザヮしたのゎ無くなったぁ!

 そっかぁ、ぉ氷を追ぃ出した結界ゎ、ァィツ(温羅鬼)が張ってぃたんだねぇ!」


 ガルダは、鳥銃・迦楼羅焔の銃身後方を展開させて、『雷』のメダルを装填し、銃口を星熊童子に向け、引き金を引く!数発の雷撃弾が発射され、回避する星熊童子を追尾して炸裂!いくつもの小爆発を起こしながら吹っ飛ばされ、悔しそうに歯軋りをしながら立ち上がり、ガルダを睨み付ける星熊童子!

 星熊童子が深手を負った為、山頂付近に張られていた結界も消滅をする!


「随分と動きが鈍い!!残存妖気が少ないようだな!!

 素人丸出しの囮に惑わされ、調子に乗って結界を張り、

 軽率に妖力を大幅消費させたのがオマエのミスだ!!」

「おのれっ!傷さえ癒えておれば、これしきの結界など簡単にっ!!」

「だから、そうなる前に、わざわざ此処まで追っ掛けてきたんだろう!!

 諦めて、封印されろ!!」


 ガルダは、鳥銃・迦楼羅焔の銃身後方を展開させて、空白メダルを装填!

 数歩後退しながら、地面に向かって邪気を吐き出し、土煙で煙幕を作って姿を隠す星熊童子!


「チィィ!また逃げる気か!?」


 濛々と立ちこめる土煙が消えた時、その場には、既に星熊童子の姿は無かった。


〈フン!これで勝ったと思うなよ!〉


 星熊童子の、負け犬の遠吠えの典型のような言葉だけが周囲に響き渡る。・・・が、その直後!


〈鬼め!コケにしてくれた報いを受けよ!!〉


 地響きと共に、周囲が吹雪が吹き荒れ、ザムシードやガルダを包むようにして、今度は山頂一帯に雪の結界が発生をした!結界内の敵意は、鬼のみに向けられている!身に覚えのある空気を感じ取り、顔を見合わせて相づちを打つザムシードと紅葉。


「ぉ氷の結界!?・・・そか、鬼の結界が無くなったから、戻ってきたんだぁ!!」

「うわぁ~・・・土壇場でこうくるか?スゲ~嫌がらせだ!やるな、氷柱女!

 ・・・あの手のタイプの女って、怒らせちゃダメなんだな!怖っ!!」


 霊体化をして空に逃走をするつもりだった星熊童子は、雪結界に弾かれて退路を塞がれ、実体化をして地面に落ちた!


「グゥゥゥゥ・・・バカな!!」


 それを見たガルダが、鳥銃・迦楼羅焔の照準を星熊童子に向ける!!


「ギガショットッ!!」


 次の瞬間、鳥銃・迦楼羅焔の中央にある嘴が開き、風のエネルギーが凝縮されて白く輝いた空白メダルが発射され、星熊童子の腹を貫通した!


「グウォォォォォォォォォン!!!」


 星熊童子は、断末魔の悲鳴を上げ、全身の力を失って地面に両膝を落とし、黒い炎を上げて爆発四散!撒き散らされた黒い霧は、メダルに吸い込まれて完全に消る!

 同時に、鬼の逃亡を邪魔していた雪の結界が解かれた。



「ぉ~~~~ぃっ!ぉ氷~~~~~~~っ!!!」


 周囲を見回し、大声で氷柱女の名を呼ぶ紅葉の元に、戦いを終えて変身を解いた燕真が歩み寄る。


「いるのか、氷柱女?」

「ぅん、姿は見えなぃけど、気配ゎ感じるょ。邪魔者が居なくなったから、ぉ山に戻ったんだねぇ。

 でも、なんで、姿を見せてくれなぃんだろ?

 手伝ってくれたぉ礼、言ぃたぃのになぁ!」

「無愛想な奴だからな。でも、居るって解るなら、それで充分だろ?」

「そっか・・・そぅだね!」


 互いの眼を見て頷き合う燕真と紅葉。2人は、疑問だらけの答えを求めて、ガルダの居た方向に視線を向ける。だが、既に、インテリ系イケメンの姿は何処にも無かった。この場所での仕事を終えた為に、早々に立ち去ったのだろう。


「ぁの、絵心がある3歳児が描ぃた魔法使いみたぃな顔の人、

 もう帰っちゃったのかなぁ?」

「・・・絵心がある3歳児が描ぃた魔法使い?」


 燕真は、絵心がある3歳児の絵が、上手いのか下手なのかは解らなかったが、チョットだけ、紅葉の表現が理解できた。


「早く帰って、ジジイに御報告しなきゃな。さぁ、俺達も行こう。」

「ぅんっ!そ~だね!」


 紅葉は、山頂を見廻し、大きく息を吸い込んだ。


「おひょ~~っ!!また、会ぉ~ねぇぇ~~~~~~~~~っっ!!!」


 何処に居るか解らない氷柱女に対して、山頂全体に響き渡るほど大声で叫ぶ。




-数日後(11月)・優麗高校-


 大ホールの舞台上では、紅葉達のクラスの演劇が披露されている。


 巳之吉(紅葉)の体験談を聞いたお雪(亜美)が寂しそうに立ち上がり、一時的に照明が暗くなって、次に明るくなった時には、お雪(亜美)の姿は雪女の物に変わっている。


「喋ってはいけないと言ったのに、何故、喋ってしまったのですか?

 ~~中略~~

 私にはあなたを殺すことは出来ません。

 どうか、子供をあなたのような素敵な人間に育ててください。」


 そう言い残して、巳之吉(紅葉)に背を向け、その場から立ち去ろうとするお雪(亜美)。しかし、巳之吉(紅葉)は立ち上がって咄嗟にお雪(亜美)の手を掴み、力任せに引き寄せて、思いっ切り抱きしめる。


「行っちゃダメェ~~~~!!ぉ雪ゎ離さないょぉ~~~!!!」

「・・・巳之吉!」

「山の神様なんて怖くなぃもん!!

 もし、ぉ約束を破って罰が当たるんなら、ァタシが山の神をやっつけたげる!!

 だから、ぉ雪、ずっとァタシのところにぃなさぃ!!」


 巳之吉(紅葉)の提案を受け入れ、熱い抱擁を交わす2人。こうして、お雪は何処かに立ち去ることもなく、巳之吉と、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし♪



「・・・脚本も・・・紅葉の演技も・・・・酷い出来だな。」


 燕真と粉木は、最後方に立って、紅葉達の劇を見物している。


「あのストーリーはオマンの所為やろ?

 しかも、なして、お嬢が巳之吉役なんや?お雪の方が背が高いやんけ?」

「紅葉の話によると、

 平山さんが、‘ラストで抱き合うのを男子とはやりたくない’と言い張って、

 急きょ、巳之吉役も、女子から選ぶ事になったらしい。

 だけど、よりによってアイツかよ?・・・巳之吉に成りきる気ゼロじゃん!」

「オマンがお嬢の練習に付きおうてやらんから、こうなるんやで!」

「・・・俺に雪女役で練習に付き合えってか?・・・絶対に嫌だよ!」


 舞台上で紅葉と亜美が抱擁をするシーンで照明が暗くなり、幕が下りる。

 同時に、亜美の体がスゥッと軽くなり、抱き合う2人にだけ、小さく穏やかな声が聞こえる。


〈亜美、色々と迷惑をかけて済まなかったな。

 お陰で、良き経験をし、私の伝承を知る事も出来た。礼を言うぞ。〉

「もう行っちゃうの?」

〈あぁ、氷柱女との約束だからな。〉

「ねぇねぇ、ァタシ達の‘雪女’ゎどうだった?」

〈・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〉

「・・・ねぇ、お雪?」

〈以前、ポンコツ男が提案していた‘でーぶいでぃ’とは、

 何をどうすれば借用できるのだ?〉

「ぉ雪~~~・・・もしかして、遠回しに、ァタシ達のぉ芝居のダメ出ししてる?」

「遠回しじゃなくて、ほぼ直球でしょ?」

〈もみじよ、おまえと、佐波木の行く末・・・、

 わたくしと巳之吉のようになるのか、この芝居のようになるのか、

 おまえ等が、どんな未来を選ぶのか、遠くから見守らせてもらうぞ。〉

「・・・・え?お雪?」


 意味深な言葉を残して、霊体化したお雪は、亜美の体から抜け出す。その日を境にして、雪女の気配は、紅葉達の周りから完全に消えるのだった。




-深夜-


 文架市内の、とある空き地に、ガルダの変身前のガルダ=狗塚雅仁の姿があった。周囲にヒッソリと静まりかえって生活音は無く、時々、遠くの道路を走る車の走行音が聞こえる程度だ。しかし、彼の耳は、人が出す音以外の、騒がしい雑音を捉えていた。

 その場に片膝を付いてしゃがみ、地に掌を充てて、何かの痕跡を辿る。


「星熊だけではない。・・・鬼達の胎動が聞こえる!」


 退治屋と鬼の戦いは終わっていない。むしろ、始まったばかり。

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